Fantasic War Ru/Li/Lu/Ra
後のアーカイアで『英雄大戦』として語り継がれた戦は佳境を迎えていた。
フェァマイン、そしてノイン・パスにおける評議会軍の敗北。黄金の歌姫の覚醒。立て
続く情勢の急変は、最前線から離れた世界にさえ少なくない変化をもたらしていく。
これはそんな御時世に起きた些細な、だけど当人たちにはとても重大な、そんな事件の
お話……。
『彼氏彼女と絶対奏甲の事情』
−1−
その日、歌姫ナーデルの機嫌は最悪だった。宿縁との間に別段何かあったわけでもない。
奇声蟲の襲撃や盗賊英雄の襲撃で、部隊の誰かが死傷したなんて事も、このトロンメルの
ど田舎、辺境警備隊にあろうはずがない。最近減らされるばかりだった補給物資に不満が
ないこともなかったが、それもつい昨日まとめて届いたばかりだ。
いくら喜怒哀楽の激しい彼女でも、ここまで不機嫌になれるような事は一つもないはず
だった……新品の部品や生活用品の中で一際存在感を示す新品の絶対奏甲を見るまでは。
「だからあんな物騒なモンはうちには要らないって言ってんでしょ! さっさと持って
帰んなさいよこのアマ!」
「領主様からの許可はとっていますよ。それにそれを決めるのは歌う貴方ではなく、こ
れを駆る機奏英雄じゃない?」
「その宿縁のあたしが必要ないってんだから、必要ないの! だいいち、最新機だか何
だか知らないけど、あんなデカイ大砲くっつけた馬鹿奏甲、森や不整地で使えるわけない
でしょうが!!」
「それは貴方が無知だというだけでしょう?」
「ぬぁんですって!?」
警備隊の宿営地にヒステリックな怒号が響き、補給部隊の女たちが何事かと振り返る。
騒ぎの中心にいるのはナーデルと、彼女と微妙に違う制服の女性……補給部隊を率いてき
たヒルフェという歌姫だった。感情に任せて一気にまくし立てるナーデルへ、彼女は務め
て冷静に切り返す。
「まず最初に。クーゲルの機動性は元機であるドライと比べていささかも劣らないわ。
次に、たしかにこの奏甲の本来の用途は対空戦闘だけど、通常任務に使えないなんて事も
もちろんない。現世にも対空兵器が地上攻撃で大きな戦火をあげた事、知らないかしら?」
「そ、そんなもの……アーカイア人のあたしがしるわけないでしょッ!!」
沸騰寸前だったナーデルの怒りが一気に爆発した。感情のまま、ヒルフェの胸倉に手を
かける。何が現世だ、機動性だ!あんたがあたしとアイツの何をしってるっていうのよ!
迫る拳にもやってみろとばかりに睨み返す歌姫。ナーデルは感情のままに拳を……
「何やってるんだ、ナーデルッ!」
……声と共に背後からつかまれた。そのまま体がぐいと、目の前の仇敵から引き離され
る。振り返れば背後には見慣れた相棒の姿があった。
「……テル! 聞いてよ、こんな話ってあると思う!?」
反射的に怒鳴った返事は問答無用の拳骨だった。手を掴んでいるため逆手だったが、十
分痛い。
「ったぁ!? ……何すんのよ!」
「こんな話は、はお前だ! 全く……申し訳ない。半身が迷惑をおかけして」
周囲に頭をさげるテル。ナーデルは周囲に補給隊の人々が集まっていることにやっと気
づいた。何か納得できないもやもやが胸の内をぐるぐる回っている。
「な、なんであたしたちが謝るのよ。元はといえば……」
「先に手を出そうとしたのはお前だろ?」
「ぐ……」
見られてた。周囲の目なんてそう気にはならないが、宿縁に見られたのは恥ずかしすぎ
る。それも、今まで何度も同じようなやりとりを繰り返してきていたとあっては……。
「……いえ、お気になさらず。わたしも言い過ぎました」
言い返すこともできず口篭もるナーデルに、助けは意外な所からきた。ヒルフェはテル
に丁寧なお辞儀を返すと、何事もなかったかのように襟元を正す。
「そういってもらえると……こいつには、いつもいつも世話を焼かされてて」
苦笑しながらナーデルの頭に手を置くテル。同い年のはずなのだが、テルはナーデルよ
り頭二つは背が高い。こうされていると何となく年下の妹か何かに見られているようなの
が、パートナー兼恋人を自称する彼女には少し不満だった。
「――それで、こいつが例の?」
「ええ。他にも更新用のパーツを幾らかもってきています、確認をお願いできますか?」
頬を膨らますナーデルを横目に、テルが話の話題を変える。現世で機械工をしていたと
いうテルは、奏甲への造詣もナーデルより深い。一転して蚊帳の外になってしまったナー
デルは、かといってその場を離れるのも負けを認める気がして所在なげに二人を見やった。
帳面を見ながら真剣な表情でやりとりをする二人。なんとなく嬉しそうなヒルフェと、
まんざらでもなさそうなテル。やっぱり面白くない。
(この人も結構、背あるのね……)
あたしといるより恋人みたいに見えるかもと感想が一瞬浮かび、大慌てでそれを振り払
う。いや、そんなことない。テルのパートナーで、恋人なのは現に今あたしなんだ。たと
え幼児体系で、背も低くて、立派なのは胸だけとか周囲からからかわれてばっかだとして
も!……心で叫んでみて、更に落ち込んだ。どうもこの二人を見ていると考えが悪い方ば
かりにいってしまう。
「……なんか、けっこうかかりそうだから、あたし先に村に戻ってるね!」
「ん、そうだな。俺も片付き次第、すぐにいく」
内心を隠した明るい声はどうやら気づかれなかったようだ。顔を上げたテルに手を振り
返しながら、ナーデルは居心地の悪い陣地から一目散に駆け出していった。
−2−
宿営地から下っていく農道を一気に駆けると、そこはもうクヴァルティア村である。
ナーデルは顔なじみの村人へ適当に挨拶しながら、村唯一の酒場のドアを開けた。
トロンメル辺境警備隊の駐屯するクヴァルティア村はユヴェール湖の湖畔に面する小さ
な村だ。昔は名の通り、奏甲部隊の宿営地とされたともいうが、その名残は部隊の使って
いる領主の館脇の小さな工房くらいである。当然、たいした施設も娯楽も大してあるわけ
なく、緊急事態など滅多にないのを幸いに、部隊はもっぱら村の方で暮らしているのだ。
「おっ。おかえりー」
「ただいまー……ハルカ、まだ帰ってないんだ?」
人が集まりだすこの夕方、隅のテーブルを占拠する男女に挨拶を返す。この一角はいわ
ば辺境警備隊の指定席だ。顔を出しているのはナーデルと同じ年頃の少年と妹くらいの少
女、それにジャケットをラフに羽織った少し年上の女性の三人。これにテルとナーデル、
そして領主ロゼの英雄シラセ・ハルカを加えた七人が辺境警備隊の全戦力である(もちろ
ん整備兵や後方支援にはこれを倍する人数がいるのだが)
こういうとき話しやすい少年英雄の姿がないのをみて、ナーデルの声は少し落ち込んだ。
「そりゃしょうがねぇだろ、ロゼさんがいきなり王都に召集だっつーんだから……なん
で俺をみて残念そうな顔すんだよ」
「だぁって、スレッドってスレッドだしー」
「何だよそりゃ!?」
元学生の英雄があげる悲鳴のような抗議に、彼の宿縁の幼い歌姫は大笑いし、私服の女
英雄はにやにや様子を楽しんでいる。まぁ、いつもの日常だ。スレッドを軽くあしらいな
がら、ナーデルは少し心が軽くなった。
「っくっ、はっ、はは……で、なんだい? ハルカを探してるってのみると、またテル
のヤツとなにかあったんだ?」
彼女の表情の変化を察したのか、様子を笑い見ていた女英雄が声をかけてくる。ナーデ
ルはどう答えるか、少し迷う。
この女性英雄も、ハルカと同じくらい人の心の機微に鋭い。ただ、彼女の意見はこの状
況で聞くには……色々ときつい、かもしれない。
(まぁ、メェルでもいいか)
結局、ナーデルはそう結論づけた。どうせハルカはいないのだし、それにこういう事に
関しては年長者の彼女の方がいいアドバイスをしてくれるかも。そう結論づけると彼女は
意を決して三人にことのあらましを話す事にした。
「……ふーん。そのヒルフェって、こないだ助けたって工房の?」
「そ。お礼だってならいいけどさー。だったらあたしにももう少し敬意はらいなさいっ
てのよ。だいち、いきなり使わない奏甲なんかもってくんじゃないわよ!」
話していてまた胸がムカついてきた。亭主の出してくれたジュースを一息に飲み干し、
空杯をテーブルに叩きつける。乾いた音と共に机上の皿が一瞬宙を舞った。
「はーいはい、落ち着く落ち着く。別にいいじゃん、奏甲ぐらいさ。もう相当のボロっ
しょ?あんたたちのツバイ。これ機会に取り替えちゃえば」
「よくないの!」
「駄々っ子か、お前は……」
あきれた表情で呟いたスレッドは、ナーデル怒りの形相に慌てて首をひっこめる。メェ
ルは轟沈した機奏英雄に憐れみを感じつつも、とりあえず無視を決め込んだ。
「まー、だいたい理解理解。あたしのテル君を勝手にいじらないでー、ってワケか」
軽そうな口調と正逆にメェルの目線は鋭い
「ちょっと、茶化さないでよ。こっちは真剣なんだから」
「真剣真剣、ね。けどさナーデル、あんたそこまでテルの事言える権利あるわけ?」
メェルの意外な反撃。ナーデルは一瞬言葉を詰まらせる。
「だって、あたしはアイツの宿縁で恋人……」
「それ、はっきり言った事ある?」
再び、言葉に詰まる。たしかに、言われてみれば普段から『テルはあたしの恋人!』な
んて言ってまわってるけど、テルの返事は聞いた覚えがない。そういう時、彼はいつも困
ったように笑って、ナーデルのするがままに任せるのだ。
(テルはあたしを嫌いじゃない。それは自信をもって言える。けど……テルの『好き』
とあたしの『好き』は違うのかもしれない)
メェルの冷静な指摘に頭が一気に冷めていく。
「……だからさ、まずそれをテルに確かめてみなよ。ちゃんと本人に好きって言っても
らえりゃ、自信だってできんでしょ」
「……好きじゃない、って言われたら?」
「そんな脈のない男は諦めて、別のを探すね。アタシなら」
そんな簡単にできたらここまで悩むわけないじゃない、と心の中で呟きながらも、不安
と焦りがないまぜとなってナーデルの口を塞ぐ。周囲の喧騒から隔離された気まずい沈黙。
ようやっと立ち直ったスレッドが、場の雰囲気を変えようとした時、酒場の戸が開いた。
「あ……テ、テルか。よぅ」
スレッドの声に顔を向けるナーデル。そこには親しげに腕を絡ませた、テルとヒルフェ
の姿があった。
「ぁー、えっと」
何か声をかけようとする向かい席の女性英雄を待たず、ナーデルは立ち上がった。涙は
出なかった。たぶん、あまりに衝撃的すぎて。
「……ごめん、テル。馬鹿だよね、あたし」
なぜか、急に笑いがこみ上げてくる。このあまりに唐突な偶然に、自分の馬鹿な考えに。
「どうしたんだ、急に……」
限界だった。それだけいうとナーデルは酒場を飛び出した。後ろでテルやみんなが何か
言っているのが聞こえる。戸を開けたとき、誰かを突き飛ばした気がした。
みんな、みんな、どうでもよかった。ナーデルは真っ白な頭で夜の村を走りつづけた。
−3−
気づけば、ナーデルは森の中に一人立っていた。たぶん村外れの小さな森だろう。ずい
ぶん長い間、無我夢中で走っていたらしい。軍服はそこかしこに枝をひっかけたかぎざき
ができ、やや幼くも愛らしい顔は途中ではりついた泥や木の葉に汚れていた。
「っ、なんで……」
なんでこんな事してるんだろう。思い出していくうち、ナーデルは瞳に涙が溢れてきた。
宿縁は英雄とくっつくもの、なんて決まってない事は随分前から知ってた。知ってたのに。
自分たちは別だと思ってた。特別だと思ってた。
奇声蟲の襲撃、わけもわからず召喚されたのに助けてという自分に『任せろ』と笑って
くれたテル。自分のミスでピンチになった時も、怒鳴るでなく、許すでなく、静かに諭し
てくれたテル。テルと、自分と、絶対奏甲。苦しい時も悩んだ時も二人と一体だから歩み
続けてこれた。これからもそうだと思ってた。なのに……
「La……」
ナーデルは泣きながら歌を口ずさんでいた。奏甲起動の織り歌。テルから教わった、彼
の故郷の民謡。豊かな自然を歌い上げるゆったりとした歌。たぶん、もうテルのために歌
う事はないのだろう。歌いながら、疲れから樹によりかかった彼女はそこに信じられない
ものをみた。
「の……奇声……ッ!」
叫びは最後まで響かなかった。声に反応した奇声蟲が、その身体を震わし、倍する雄叫
びをあげたのだ。
「RYYYYYY――H!!!」
ナーデルは声にならない叫びをあげ、樹の根元にぺたりと尻をつける。奇声が彼女の身
体と心を縛った。動けない。ゆっくりと近づいてきた奇声蟲は更に念を入れるように、彼
女へ向け蜘蛛の糸にも似た粘液を吐き出す。打ちのめされた歌姫の身体は瞬く間に樹へ貼
り付けられた。ご丁寧に口まで糸が入り込み、声も出ない。
(なんで、こんな夜中に奇声蟲が動いてるの……新種?……あたしの歌のせいなの?!)
恐怖をごまかすためか必死に考えるナーデルの思考はまたも奇声蟲によって中断された。
ナーデルが抵抗できない事を確認した奇声蟲が、彼女の上に覆い被さってきたのだ。ナー
デルの視界を奇声蟲の腹部が埋め尽くし、いやがおうにも"ソレ"が目に入る。
(ウソ……っく、こんなのって……!)
腹を貫く産卵管。嬲り尽くされる体。縛られて自害する事も許されないまま、奇声蟲に
食い破られる自分。……そして無残な遺体を見下ろすテルと仲間たち。
最悪のシナリオが脳内をフラッシュバックし、ナーデルは絶叫しようとした。だが口ま
で封じられた今、出るのは僅かな吐息だけだ。管から零れた体液が顔にかかる。反射的に
ナーデルは目を瞑り、腹に力を込めた。あと数秒で想像は現実のものとなる。
突如衝突音と、蟲の悲鳴が夜の森に響いた。まぶたの向こうに眩しさを感じ、ナーデル
は目を開く。奇声蟲の腹部は目の前になかった。かわりに見えたのは艶のない青色の巨大
な甲冑如き姿。右胸にはトロンメル軍の紋章。肩には辺境警備隊の徽章と、重ねて書かれ
たアーカイア文字の『2』。見間違えようもない、自らの宿縁、テル・ジャイムのシャル
ラッハロートIIだ!自分のかわりにヒルフェが歌を!?
考えた矢先、体をおこした奇声蟲が奏甲へと突進する。テルのシャルラッハロートはぎ
こちない動作で間一髪それをやりすごすが、爪が脚部をひっかけた。幻糸鋼板が数枚千切
れ、木立の間に突き立つ。
(まさか、あいつ……!?)
ナーデルの疑念はすぐ現実のものとなった。目の前に最初想像した歌姫が姿をあらわし
たのだ。ヒルフェは小さなナイフを取り出すと、彼女を縛り付ける糸を手早く切り離す。
「だいじょうぶ? まだ手遅れじゃ、なさそうね。よかった……」
「……ぷはっ!? どうなってんのよ、ヒルフェ! あんたもだけど、アイツなんで織
り歌受けずに戦ってるの!? そもそも何でここのこと……」
「落ち着いて、ナーデル。一つずつ、手短に説明するから」
ナーデルを抱き起こしたヒルフェは、そういうと戦う奏甲と奇声蟲を背に話を始めた。
「あなたが出て行ってすぐ、村の人が駆け込んできたのよ。見たこともない奇声蟲が森
を動き回っているのをみたって。聞いたら、あなたも森の方に走ってったっていうし、慌
てて追いかけたんだけど……」
テルたちは館に駆け込み、ナーデルに鋼糸を繋ごうとしたのだが存在を感知できなかっ
たのだという。
(あの時だ……きっと、あたしが何もかも拒否してたから)
ちくりと罪悪感がナーデルの胸を刺した。ヒルフェの話は続く。
「それで、しょうがないからわたしが代わりに歌おうかって言ってみたんだけど……ふ
られちゃったわ。あなたじゃないと駄目なんだって。奏甲もよ。こっちのほうが、ナーデ
ルを感じやすいって」
語るヒルフェの顔は少し寂しそうだった。ナーデルは、自分の了見の狭さを心の中で恥
じた。
「RYYYYYYY――H!」
奇声蟲の雄叫びが二人の会話を中断させる。話し込んでいた5分足らずの間に、テルの
シャルラッハロートIIはかなり追い詰められていた。シャルラッハロートと一般的な奇声
蟲の戦力比は1:1〜5と言われる。だがそれは歌姫の織り歌をうけ、万全な状況で戦っ
ての話だ。加えてテルの奏甲は部隊の中でも砲撃支援に特化している。その手持ちキャノ
ンの威力は奇声蟲相手に申し分ないが、この距離で使えばナーデルたちを巻き込んでしま
うだろう。
奇声蟲の鉤爪が奏甲の脚部を捕えた、払われまいと踏ん張る絶対奏甲。地面に脚が大き
くめり込み……次の瞬間、鈍い破壊音と共に右足があらぬ方向へ折れ曲がった。胴体への
ダメージもかなり蓄積している。もう一度直撃をもらえば、動くかどうか。
「テルッ!」
奏甲の惨状に悲鳴を上げたナーデルだが、もう迷わなかった。手早く織り歌を紡ぐと、
意識が慢心創痍の奏甲と、そしてそれを駆る英雄へと繋がっていく。体に走る鈍痛で奏甲
の状態を確認すると、彼女は最愛の宿縁へと声を投げかけた。
『ナーデル……怪我は、ないか?』
「あったりまえでしょ! テルが守ってくれたんだから……」
『そうか。スマン』
「何よ、いきなり……なんでテルが謝るのよ」
『起動の織り歌だけ、ヒルフェに頼んだ』
「……バーッカ!」
思わず吹き出して歌が途切れそうになってしまった。なんでこんな時にそんな事いいだ
すのだこの男は。けれど、同時に安心感が自分の中を満たしていくのをナーデルは感じた。
やっぱりテルは、あたしのテルだ。
『やっといつもの調子にもどったか。……いけるな!』
「当然!」
鋼糸を通して返事をしつつ、織り歌の調子を更に高めていく。奏甲の動きが変わった。
その旋律にのるかのように、止めの一撃を繰り出そうとする奇声蟲へ踏み込むと、軽々と
それを投げ飛ばす。
「よーし、いっちゃえ!」
歌姫の声援に呼応するように、シャルラッハロートIIは背中のキャノンを引き抜き、正
面に構える。目の前では立ち上がり、怒りと共に突進してくる奇声蟲が見えたが、テルに
もナーデルにも、それはスローモーションのような鈍さでしかなかった。テルの意志と共
に奏甲が目標の情報を解析する。視界が拡大し奇声蟲が照準される!
「ナーデルに手を出した報いを……受けろッ!」
発砲。轟音と消炎器から溢れた煙が周囲を満たす。一瞬遅れて爆音。ナーデルを襲った
奇声蟲は断末魔をあげる暇すら与えられず、夜の森に四散した。
−4−
「本当によかったのか?ずいぶん拘ってるって聞いたが」
「あー、うーん。そりゃちょっと寂しくはあるけど。もう平気よ、うん」
翌朝。領主館前の陣地に二人と『二体』の姿はあった。一体は引き取られていくテルの
シャルラッハロートII、もう一体は彼の新たな愛機、シャルラッハロート・クーゲル。昨
晩の戦闘でのダメージは思った以上に深刻だった。大戦初期より戦い抜いてきたIIには既
にかなりのガタがきており、それに昨晩の無理が祟ったのだ。撤収準備を始めた補給部隊
を手伝いながら、テルとナーデルは長年の愛機の姿を目に焼き付けていた。
「では、準備も整いましたのでわたしたちはこれで失礼します」
横合いから声がかかる。ナーデルがみれば、ヒルフェが帳面を手に歩いてきていた。
「ん……その、色々スマンな」
「お気遣いなく。未練は……ないといえば嘘ですけど、ああ言われてしまったらわたし
には何もできません」
申し訳なさそうに頭を下げるテルに、微笑むヒルフェ。二人の間で何があったのか、結
局ナーデルは聞かないことにした。経過はどうあれ、テルは自分を選んでくれたのだから。
「……けど、気をつけた方がいいわよ? テルさんって結構もてそうだから」
「ぇ……えぇ!?」
いきなり話が自分のほうに向かって焦るナーデル。同様を誤魔化すように笑ってみるが、
やっぱりひきつる。
「それに機奏英雄の方ってけっこう移り気なんだから。ちゃんと首輪つけて捕まえとか
なきゃダメよ。ナーデル」
「だーいじょうぶよ、テルはあたしのテルだもん!」
さらっととんでもない事を言われた気がするが、笑顔で笑い返してやる。俺はものじゃ
ない、と脇でテルが苦笑いを浮かべているが、あえて無視してナーデルは言い切った。
「……こりゃあ、かなうわけなさそうね」
ヒルフェはそう言うと、ちょうどやってきた補給部隊の馬車に歩みを進めた。既に奏甲
は梱包され、その姿は見えない。途中振り返ってお幸せに、と一言残すと彼女は馬車の荷
台へ姿を消した。
「……ねぇ、テル」
「ん?」
補給部隊の馬車を見送りおえたナーデルはテルに声をかけた。
「テルはさ……あたしのこと、どう思う?」
メェルにされたアドバイス。答えはもうわかりきっていたが、何となくテルの答えを聞
いてみたくなった。
「んー、そうだなぁ……例えば」
「例えば?」
「家族、かな?」
「……バーーーーカッ!」
ナーデルの明るい声と、テルの悲鳴がアーカイアの空にこだました。
<END>
<あとがき……というか蛇足>
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
課題絵を題材に話を書くって企画なのに、できあがったのがこれってどうなんだ、自分。
辺境警備隊の面々はけっこう詳しく設定した割に主人公以外で目立ってるのはメェルだけ
だし(スレッドに至っちゃ、扱いが某種のディアッカ並……)そのうち、ナーデルやテル
以外の面子にもスポットを当てて話を書いてやりたいものです。名前だけのハルカとか。
なお、完全に蛇足な話を一つ。テルの最後の台詞は深読み厳禁です。わざと穿った見方
できるように書いたところもありますが(苦笑)
|