わたしは生れた時、お医者さまに「冬は越せないだろう」と言われたそうです。
 そして次の春を迎えた年に「三歳までの命」、五歳の時には「十歳までもたない」と言われて……。
 そんなわたしが迎えた十五歳の誕生日は、世界にとってもわたしにとっても、忘れられない出来事の連続でした。

 二百年以来の、奇声蟲の大襲来。
 憧れだった「歌姫」への昇格と、「宿縁」である機奏英雄との出逢い。

 わたしの英雄さん、天凪優夜さんは……その、なんていうか……………。
 とにかく「英雄」という言葉のイメージからは、随分とかけ離れた人でした。
 この人を「英雄」と呼ぶのなら、きっと世界中の辞書を書き直す必要があると思います。

 ……いえ、マジメな話し。

 でも、それでも優夜さんは、やっぱりわたしの英雄さんでした。
 この人との出逢いは、確かにわたしの運命を大きく動かす大転機だったのですから。
 いったい自分は何のために生れてきたのだろうと、そればかりを考えて、
 熱にうなされる夜を迎える度に、次の朝日を迎えられるかどうかに怯え続けて、
 緩慢に訪れる確実な「死」を、ただ静かに待ち続けるしかなかったか細い命を、
 優夜さんは随分と図太くしてくれましたから。

 毎日が怒ったり、困ったり、笑ったり、躓いたり……。
 自分が「生きている」っていう実感を、この人は毎日のように与えてくれるんです。
 
 ……時々、目眩や胃痛を伴うくらいに。

 ま、まぁ……取りあえず元気になった事は、いい事だと思います。
 健康、とはとても言いづらいわたしですけれど、昔と比べたら別人のように元気ですから。


 けれども、例えどんなに元気になっても、生きている限り「死」は必ず訪れます。
 それはきっと避けられない事で……とても哀しい事で………。
 でも、一番哀しいのは死んでしまった後、誰も自分の事を思い出してくれないこと。
 少なくとも、わたし自身はそんな風に考えています。


 だから、わたしはここに綴りたいと思います。

 忘れないように………。

 消えてしまわないように………。

 わたしと、優夜さんと………。

 そして……………。

 あの娘と重ね、響き合わせた、小さな小さなこのメロディーを。



病弱姫に花束を   アナザー・メモリー
〜君が見る夢 詠う歌〜


第一楽章    漆黒の奏甲



 アーカイア最大の大国である、トロンメルの中部を渡る「リーズ・パス」。
 その南東に位置するファルベと、ゼンタルフェルドシュタットを結ぶ街道から西に五十キロほど外れた平野に、
 左肩に小柄な歌姫を乗せて悠然と闊歩する一機の絶対奏甲の姿があった。

 シャルラッハロート3。

 飛びぬけた能力こそないが、走・攻・守のバランスが取れた、汎用奏甲の見本のような機体である。
 白銀の歌姫の離反以来、続々とロールアウトされる新型奏甲を比べれば幾分性能不足は否めないが、
 その普及率の高さと優れた整備性から、まだまだ主力機としてアーカイアの各地に配備されている。

 そんなシャル3のコックピットから、奇妙な調子の旋律が流れていた。

『オレのマシンはぁ〜♪ 幻糸の三重織り〜♪』
「あの〜、優夜さん……」

 肩の上に置いた専用のクッションの上に、ちょこんと腰をかけるルルカ。
 その額の上に、薄っすらと青い血管が浮かび上がっている。
 原因はいつもの意味不明、出自不明、音程不明の優夜の歌だった。

『右の腕にはロングソ〜ド〜♪ 左の腕にはマシンガン〜♪ 右の肩にはグレネ〜ド〜♪』
「優夜さん……優夜さんってば!」
『左の肩に〜〜〜♪ 病弱な歌姫をちょこんと乗せりゃあ〜〜〜♪』
「あああ、もう! だから何なんですか、その歌詞は!」
『どんな敵でもぉ〜♪ って、なんか言ったかぁ、ルルカ?』
「キャ! い、いきなり首を動かさないで下さい!」

 唐突にグルリと回ったシャル3の頭部に、ルルカは危うく振り落とされそうになる。

『お〜、悪りぃ悪りぃ。で、何か用か? オヤツの時間には、まだ早いと思うぞ?』
「違います! 何度も何度も何度も言いましたけど、その恥ずかしい歌を止めて下さい!」
『え〜〜〜。オレ達以外、誰も訊いてないんだから、別にいいだろ?』
「そういう問題ではありません!
 その歌はわたしの精神衛生上、とぉ〜〜〜っても良くないからお願いしているんです!」
『それはつまり……………もっと沢山の人の前で歌えと?』
「あなたの耳は一体どういう構造をしているんですかぁ!」

 クラァ〜〜〜。
 と、いきなり大きな声を出してしまった為か、ルルカは軽い貧血に見舞われた。

 ……落ち着いて、落ち着いて。
 口の中で呪文のように繰り返し、どうにか呼吸を整える。
 こんな場所で倒れてしまったら、せっかくの依頼も果たせなくなってしまう。

「判っているとは思いますけど今回の依頼、ちゃんと果たさないと今日は野宿ですからね」
『へいへい。よ〜〜〜っく、判っています』

 鷹揚な……と、いうより、露骨に意欲もヤル気も伝わってこない優夜の声。
 ルルカは脱力するように、長いため息を吐き出した。
 今回二人が受けた依頼は、町の周辺に出没するという奇声蟲の群れ退治……………ではない。
 奇声蟲退治に出掛けたまま戻らない、別の機奏英雄のパーティーの捜索だった。
 
 何故、パーティーの捜索などではなく、奇声蟲退治を引き受けなかったのか?

 それが出来るなら、ルルカの苦労も半分くらいは減ってくれるだろう。
 何せ機奏英雄・天凪優夜の戦闘能力は、雑魚クラスの衛兵にすら苦戦してしまうレベルなのだ。
 これはもう、笑うしかない。

 もちろん、本当は笑い話ではないのだが。 

「もう、本当に判っているんですか?」
『いや、実は良く判ってない』
「………ハァ〜。なんだかもう、疲れてきちゃいました」
『だから大人しく、町で待っとけばよかったのに』
「そう言ってわたしを街に残したら優夜さん、お仕事をサボるつもりなんでしょ?」
『………』

 シャル3の首が、無言で明後日の方角を向いた。
 心なしか奏甲の表面から、乾いた汗が浮かんでいるようにも見える。

「優夜さん。町に帰ったら、ゆっくりとお話ししましょうね♪」
『……あっ、なんかコッチに来るぞ?』
「誤魔化さないで下さい!」
『違うって。アッチの方から、本当に何かが向かって来てる』

 言われ、シャル3が指さす方向に目を凝らすと、確かに何かが接近して来る。

「あ、あれってもしかして、メンシュハイト・ノイじゃないですか!?」

 ソレは蟲でも探している機奏英雄でもなく、現世騎士団が独自に開発した絶対奏甲だった。
 歌姫なしでも完璧に稼動するという機能を有し、それ故に搭載する事ができる特殊なノイズ発生器を装備した
 この奏甲は、基本的には現世騎士団以外には使用されていない。
 性能的にも同クラスの奏甲と比べて決して高いとはいえず、しかも歌術による支援を受ける事もできない為、
 カタギの機奏英雄ならよほどの物好きでもない限り、好んで搭乗するような機体ではない。
 故にこの奏甲の乗り手は、大抵が現世騎士団と相場が決まっているのだ。

『にしても、様子が変だな。襲ってくるって様子でもないし、第一武器も持ってない』
「っていうか、ボロボロに損傷しているようにも見えますけど?」
『ん〜〜〜。確かにそうみたいだな。左腕も千切れてるみたいだし……あっ、コケた。
 いや、違うな。右足の膝の関節が、外れちまったみたいだ』
「ひょっとして、向こうで戦闘でもあったんでしょうか」
『まぁ、その可能性は高いだろうな』
「だったら行ってみましょう! ひょっとしたら探している英雄さん達かもしれません!」
『え〜〜〜』
「え〜〜〜じゃなくて、ハイ! 織歌を紡ぎますから、全力疾走で!」

 渋々と動き出す優夜を、ルルカが急かすように叱咤する。
 ガシャン、ガシャンと奏甲が軋む音を響かせながら、
 二人を乗せたシャル3はメンシュハイトが逃げてきた方向へと向かうのだった。




「な、なんですか、コレは………」

 その場所に着いた瞬間、ルルカは想像を絶する光景に絶句した。
 無残な残骸と化した、十数機を超える絶対奏甲。
 その大半は現世騎士団と思われるメンシュハイト・ノイやプルパァ・ケーファであり、
 他にも数機のシャル3やリーゼ、ヘルテンツァー等も転がっている。

 そしてルルカ達が探してパーティーの奏甲も、その中には含まれていた。

『それにしても、コイツらみんな………』

 そこで言葉を切った優夜だったが、ルルカにも優夜の言わんとしている事は想像できた。
 何せどの奏甲にも共通しているのが、執拗とも思えるコックピットへの直接的な攻撃なのだ。
 至近距離から重マシンガンを浴びせられてハチの巣になっているのはまだマシな方で、
 中身と一緒にフレームごとひしゃげ、グシャグシャに潰れた奏甲すらある。
 それは奏甲を撃破する為というより、搭乗している機奏英雄を殺す事が目的のようであり……

「うぅ…………」

 胃の上を圧迫する嫌悪感に、ルルカは蒼白な面持ちで口元を押えた。

『お〜い。大丈夫か、ルルカ? 吐くならちゃんと、奏甲から降りてくれよ?』
「……だ、大丈夫です」
『それにしても、コイツはひでぇ〜なぁ〜。搭乗者はみんな、奏甲と一緒にペチャンコだ』
「ひ、人が必死に堪えているのに、ワザワザ声に出して言わないで下さい!」

 批難する眼差しに涙すら滲ませて、ルルカはシャル3の頭部を睨む。
 奇声蟲が人間を喰らい、盗賊化した現世人が村々を襲うようなこの時代……。
 ルルカのような少女でも、誰かの「死」を間近に見るのはコレが初めてではない。
 それこそボサネオ島の集会場では、コレに匹敵するような地獄絵図を目撃した経験もある。
 だが、だからといってこの手の光景に慣れるほど、ルルカの感性はまだ「正常」を失っていなかった。
 それはきっと幸せな事であり……同じくらいに、不幸な事なのだろう。

『ペチャンコ、ペチャンコ、ペッチャンコ〜♪ ルルカの胸も〜ペッチャンコ〜♪』
「いきなり不謹慎かつ失礼な歌を、大きな声で唄わないで下さい!」
『ここで散った彼らと、キミの胸に送るオレなりのレクイエムなのに……』

 残念そうな声で、優夜。

「どうしてわたしの胸に、レクイエムが必要なんですか……」

 ピクピクと額を引きつらせながら、ルルカは押し殺した声を絞り出す。
 こういう時に、こういう場所でも、普段と変わらない優夜の神経がルルカには理解できない。
 もっともそれがほんの少し、頼もしくもあったりするのだが………。

(まぁ、優夜さんらしくない優夜さんなんて、見たくありませんけど……)

 心の中で独りごち、ルルカは胸の前で拳を握る。

 ルルカは一度だけ、心底落ち込んだ優夜を見た事がある。
 現世人はいずれ蟲化すると告げられた、あの運命の夜の出来事だ。
 上手く表現できないが、あの夜の優夜を思い出すだけで、胸が押し潰されるような感覚に襲われる。
 この苦しさの正体が何なのか、それはルルカには判らない。
 判らないが、でも………

『……カ? お〜い、ルルカ。寝ているのかぁ〜?』
「え? は、はい? どうかしましたか、優夜さん?」
『いや、アッチに変わった奏甲があるんだけど……ルルカはどう思う?』
「変わった奏甲……ですか?」

 ルルカは優夜の指し示した方向に視線を転じ……そこで瞳をパチクリさせた。
 二機のメンシュハイトに、漆黒の奏甲が取り縋られるように仁王立ちしていたのだ。

「あれは………ローザリッタァ?」

 呟いたその奏甲名は、自由民が開発した最新型の突撃型絶対奏甲のものだ。
 現世人を嫌う彼らが開発したその機体は、歌姫×歌姫での起動も可能とされている。
 もっとも、歌姫同士のペアでは暴走も多く、幾人もの歌姫を廃人にしたとの黒い噂もある。
 自由民の機体と現世騎士団の機体が戦っている姿は、ある意味珍しくもない事なのだが………。

「でも、確かローザリッタァって、赤い色の機体だったハズですけど………」
『さぁ? 自分で好きな色に塗り替えるヤツなんて、いくらでも居るだろ』
「それはそうでしょうけど……」

 しかし、ルルカは釈然としなかった。
 両手に握られた巨大な鎌といい、何か不気味なものを感じるのだ。
 ここに転がっているバラバラの奏甲が、あの大鎌で切り刻まれたものだとしたら………。
 あの黒いローザは、たった一機で十機以上の奏甲を破壊した事になるのだろうか?

 ガシャン!

「きゃ!」

 いきなり膝を付くシャル3に、ルルカは小さな悲鳴を上げた。
 そしてコックピットが開き、中から優夜さんが飛び降りる。

「ゆ、優夜さん!?」
「ちょっと見てくる」
「わわ、ちょっと待って下さい! こんな場所に、置いてきぼりなんてヒドイですよぉ!」

 慌てて優夜の背中を追いかけるルルカ。

「どうして普段は少しも自分から動き出そうとしないのに、
 こういう面倒事のニオイを嗅ぎつけた時だけは首を突っ込もうとするんですか!」
「それが『男』という存在だからだよ、ルルカくん」
「優夜さん。ご自分を基準にした考え方は間違っているって、そろそろ気がついた方がいいと思います」
「まぁ、確かにオレみたいな天才肌の人間と、常人を比較するのはナンセンスかも知れないが……」
「………(呆れてものが言えないって、こういう時に使う言葉だったんですね)」

 ルルカは無言で、首を横に振るのだった。




「……やっぱりな」

 漆黒の奏甲を見上げ、ひとり納得した面持ちで優夜は呟いた。

「なにが、やっぱりなんですか?」
「変だと思わないか? コイツ、ほとんど無傷だろ?」
「言われてみれば……確かにそうですけど………」
「って、ことはだ。機能が停止したのは活動限界か、或いはメンシュハイトの……っと」

 呟きながら、コックピットまでよじ登る優夜に、ルルカは顔色を変えた。

「あ、危ないですよ、優夜さん! この子の搭乗者は、まだ生きているかもしれないのに!」
「生きているかもしれないから、調べるんだろ?」
「……あっ、そうか。で、でもでも、もしアブナイ人が乗っていたら!」
「大丈夫、大丈夫」
「その根拠のない楽観論は、どこから来るんですか……」

 こうなると、いてもたっても居らない。
 不安に駆られ、ルルカも優夜を追って奏甲をよじ登る。
 優夜はルルカが登るのを待ってから、おもむろにコックピットを開放した。
 無用心な事に、武器すら用意していない。
 真っ先に顔を突っ込む優夜の背中から、ルルカも恐る恐る中を覗き込む。
 そしてルルカは、予想もしていなかった全くの不意打ちに息を飲み込んだ。

 何故なら、中に入っていったのは………。

「女の子………?」

 フワリとした銀色の髪を伸ばした、おそらく十二、三歳の少女が、コックピットの中に横たわっていたのだ。
 少女の首には、「歌姫」の証しである首飾り……<声帯>……が輝いていた。
 しかし、少女だけで機奏英雄の姿が見当たらない。
 ルルカと優夜は、お互いの顔を見合わせた。




第一楽章   漆黒の奏甲(終)




後書き
さて、いよいよ始まりました長編連載「君が見る夢 詠う歌」シリーズです。
掲示板ではルルカの一人称だったのですが、書きにくいので三人称に戻しました。
これが読み手の方にとって、いい方向にプラスになればいいのですけど。
さて、繰り返しますがコレは「長編連載」ものになります。
多分、合計で十二楽章は超えると思います。

かな〜〜〜り長いシリーズになりますが、最後までお付き合いしていただければ幸いです。

ではでは。

 

登場人物・設定


天凪優夜   致命的にヤル気の少ない、19歳の機奏英雄。
       のほほんと、徒然なるままにアーカイアを探索中。
       一見、お人好しのようだが、本当にお人好しかどうかは意見が分かれるところ。
       困っている人を見ると、もっと困らせたくなるトラブルメーカー。
       現世に帰る事には、あまり執着心がない様子。


ルルカ    ヤル気はあっても致命的に体力の少ない病弱の歌姫。15歳。
       温かな家庭と家族に大切に育てられてきたが、いつも誰かの負担になっている事に、
       若干の心苦しさを感じていた。が、優夜の歌姫になった事で、状況は一変。
       誰かの負担になっていた日々から、全ての負担をその身に背負い、
       自分がしっかりしないとその日の宿さえままならない生活に突入する。
       毎日に張り合いが出来たのはいいが、果たしてそれが幸せなのか不幸なのかは微妙。
       最近、生来の病弱に加えて、頭痛・胃痛も絶えないらしい。


シャルラッハロート3  優夜の愛機。
            見た目は普通のシャル3だが、実は中身もノーマルのシャル3。
            幻糸炉もノーマル。
            右腕・ロングソード  左腕・マシンガン
            右肩・グレネード   左肩・???
            攻撃力偏重な上に重量オーバーな装備は、単なる優夜の趣味。
            戦術的には機動力の低下を招いているだけで、意味はない。

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