「で、コッチで本当に合っているのか、レグニスくん?」
『……その問いには、もう何度も応えているはずだが』

 黙々と先頭を歩くレグニスのシャル3。
 そのシャル3と並ぶように、ルルカと優夜を乗せたビリオーン・ブリッツが続く。
 そんな二機から僅かに遅れて、桜花のローザリッタァが最後尾を歩いていた。

 ラルカをさらった四機の奏甲・シュヴァルツローザ。
 彼らの根拠地は未だに不明なのだが、たった一つだけ、漆黒の襲撃者達が残したものがあった。
 それは奏甲の『足跡』である。
 飛行型の奏甲でない以上、奏甲が移動すれば、そこには必ず巨大な足跡が刻まれる。
 ルルカには俄かに信じられない話しだが、レグニスの『眼』はそれが判るらしいのだ。

「って言ってもよぉ。オレには全然、奏甲の足跡なんか判らないからなぁ〜」

 と、ルルカの心を代弁するように、優夜がぼやく。

『だったら黙って、俺に付いて来い』
『優夜殿。ここはレグニス殿を信じましょう。どのみち私達には、他にあの奏甲を追いかける手掛かりがないのですから』
『大丈夫だ。レグを信じろ』
『そうそう。少なくとも、棒倒しで追いかける方向を決めようとした誰かさんよりは、信用できるし』

 その棒倒しで方向を決めた機奏英雄が、「何の事やら」と言わんばかりに、呑気な口笛の音色を奏でる。
 ルルカは耳まで赤くして、後で絶対に説教しようと硬く誓った。



病弱姫に花束を   アナザー・メモリー

〜君が見る夢 詠う歌〜


第十楽章   決戦! リーズ・パス 『前編』



 堅牢なる山々が連なる「リーズ・パス」の山裾を、三機の奏甲がゆっくりと移動する。
 このまま山道を進み、幾つかの峠を抜ければ、砂漠と商業の国ファゴッツランドに繋がる道だ。
 ルルカはまだ、砂漠というものを見た事がない。
 どこまでも広がる「砂の海」というものは、一体どんな光景なのだろう?

『……一つ、言い忘れていた事があった』

 雄大な神々の峰に思いを馳せていたルルカは、不意に入り込んだレグニスの声が現実世界に引き戻した。

『確かに俺は奏甲の修理を条件に、貴様の依頼を引き受けた。が、貴様の為に命を投げ捨てるつもりは毛頭ない。
 貴様を護り切るつもりもなければ、さらわれた少女を救ってみせると大言壮語を吐くつもりないし、その意志もない。
 約束通りに援護はするが、適当なところで切り上げさせてもらう。過度の信用を俺に向けるな。以上だ』
「あ〜、そうなの? 了〜解、了〜解」
「了解って、そんなアッサリと!?」

 レグニスは桜花と並ぶ……或いはそれ以上の、対奏甲戦闘の主力戦力である。
 そのレグニスが戦闘中に抜けるとなると、ルルカは目の前が暗くなるのを感じた。

『すまんな、ルルカ殿。だが、これは元々あなた方の戦いだ。それを忘れてもらっては、困る』
『確かにレグニスの言葉も、一理あるわね。桜花はどうするの?』
『出来る限りの助太刀はしたいと考えています。ですが、私が出来る事は、あくまでも「助太刀」です。最初から他力本願では困ります』
「それは……そうですけど………」

 ルルカは弱々しく語尾をしぼませた。
 自分の戦い。他力本願は困る。もっともな言葉ではあるし、納得もできる。
 できるのだが………。

「ははは。こいつはキビシイお言葉だなぁ〜」

 能天気にオデコをぺちりと叩く機奏英雄を頼みとする身としては、ワラにもすがりたいというのが本音なのだ。
 コレは本当に、覚悟を決めた方がいいのかもしれない。

「おやおや。心配かい、ルルカ?」
「いいえ」

 一応、礼儀として否定してみる。

「ま、そう心配しなくても大丈夫。成算ならちゃんとあるから、黙ってオレを信じなさい」
「………はい」

 不承不承、ルルカは頷いた。
 黙ってオレを信じなさい………。
 これほど英雄らしい言葉が似合わない英雄も、随分と珍しいだろう。
 仕方なくルルカは、今まで優夜を信じて間違いはなかった………と、自分を説得しようと試みた。
 すると途端に、むしろ優夜を信じたが故に生起した様々な忌まわしき出来事が脳裏に滾々と溢れ出し、
 優夜の後頭部を石入りスリッパではたきたくなる衝動に駆られるのだった。

 それでも不思議と、脚が震え出したり、今すぐに逃げ出したいとは思わなかった。

 矛盾しているかもしれないが、これもその頼りない機奏英雄が、一緒に側にいるからなのだろう。
 考えてみれば、当たり前の話しなのかも知れない。
 自分はいつだって、この世界で一番頼りないこの機奏英雄を、世界で一番頼りにしてきたのだから。
 それに絶望するのだって、まだ早いかも知れない。
 なんだかんだ言っても、優夜はこれまで幾度となく大きな危機を乗り切ってきた、超悪運の持ち主である。
 しかも、記憶を満たす様々な忌まわしい出来事の中にも、誰かが死ぬような結末はなかったではないか。

 もっとも、これが最初で、しかも最後になる可能性もなきにしもあらずといったところなのだが………。

「………」

 その時は、その時だ。
 最初で最後。考えようによっては、とても効率的な話しではないか。
 少なくともここで優夜と共に斃れれば、優夜が起こす様々な厄介事からも解放されるワケである。
 ルルカは無理矢理、自分を納得させた。

「それにレグニスくんはああ言ってるけど、彼が戦闘中にオレを見捨てて逃げ出すなんて、まずあり得ないから」
『……おい。貴様は俺の言葉を訊いていなかったのか?』
「訊いていたよ? でも、レグニスはオレを見捨てて逃げ出さない。これは真実。いずれ、判る」
『勝手にしろ』

 ズダダダダッ!

 吐き捨てるレグニスの声に、重マシンガンが奏でる凶暴な銃声が重なった。
 道を挟む山肌の頂上部にそれぞれ二機、計四機のシュヴァルツローザが待ち伏せていたのだ。

『散開して岩陰に隠れろ! 奴らのマシンガンはこの射程からの狙撃には向いていない!』

 レグニスの指示に従い、それぞれの奏甲が岩陰に散開する。
 その動きを追随するように、大地に幾本もの弾列が弾けた。
 が、レグニスの言葉通り命中精度が悪いのか、直撃した銃弾は一発もない。

『奴らはいずれ斜面を降りて、接近戦を挑んでくる。そこを、叩く』
『なるほど』

 頷くように、桜花の声。

『四対三だが、オレと貴様が居れば、勝負にならない戦力差ではないだろう』
『………いえ。どうやら四対二のようです』
『ふっ。確かにな。優夜は居ようが居まいが、戦力の内には入らないか』
『え〜〜〜と。そういう意味じゃなくってぇ………』

 呆れを含んだベルティーナの声にレグニスは訝しみ、岩陰から怪訝な眼差しを優夜機に向けた。
 そしてレグニスは、絶句した。

『なっ………』

 そこに優夜の駆るビリオーン・ブリッツは存在しなかった。

 優夜のビリオーンは、その時………。

「ふはははははっ! オレの逃げ足に、着いてこれるかなぁ!」
「きゃぁぁぁぁ! と、止まってぇ! 止まって下さい、優夜さんっっっ!」

 六十度近い急勾配の斜面を、奇声を悲鳴を撒き散らし、土煙を上げながら驀進していた。
 無論、それぞれのシュヴァルツローザも優夜機に銃撃を加えるが………当たらない。
 斜面の上を、まるで足の裏に吸盤でも装着しているように、器用にジグザクに高速移動しながら守備ラインを突き抜ける。
 シュヴァルツローザの配置は、高地から真下の山道を銃撃するには向いていたが、お互いの陣地を支援するようにはできていなかった。
 もとよりこの急勾配を、奏甲で駆け抜ける『バカ』がいるとは、悪魔であっても想像できないだろう。

 常識を超える行動力。それこそが『バカ』の特権であったとしても、だ。

『………まるで白いゴキブリみたい』
『い、いうなベルティーナ殿! 白いゴキブリなど、脱皮した後みたいで余計に気持ち悪いではないか!』
『なるほど。オレが見捨てるよりも早く自分が逃げる、か。確かにそれなら、オレが貴様を見捨てる事はできないな』
『なにを感心しているのだ、レグ』
『そうよそうよ! っていうか、ここは私達に任せて先に行け、ってセリフくらい言わせなさいよ!』
『違うぞ、ベルティーナ。つっ込みどころは、そこではない』

「ってなワケで、後は任したからなぁ〜〜〜」
「す、すみませぇぇぇ〜〜〜ん! 後でしっかり叱っておきますからぁぁぁ〜〜〜!」

 土煙とドップラー効果を残し、ビリオーンはシュヴァルツローザの守備ラインを突破した。

『……オレには理解のできん行動力だな』
『まぁ、無理して理解する必要もないのでしょう。それよりも、来ますよ』

 守備ラインを突破された時点で、シュヴァルツローザが陣地に籠もる意味は喪失した。
 この上は速やかに目の前の敵を殲滅し、突破した一機を追撃するつもりなのだろう。
 三機のローザが斜面を駆け降り、レグニス・桜花に肉薄する。

『三機……。残りの一機は、優夜殿を追ったようですね』
『これで三対二。戦わずして敵の戦力を一つ削るとは、なるほど大した勇者だ』
『ルルカちゃん、大丈夫かなぁ〜。一対一でも、あの英雄様には荷が重いんじゃないのぉ?』
『しかし、ここは優夜殿に任せるしかあるまい。自分の身は自分で護る。これは戦場の鉄則だ』
『ブラーマ殿の言うとおりですよ、ベルティー。それに私達とて、他人の心配をしているような余裕は、ありません』

 厳かに桜花は告げ、二刀の刃を引き抜いた。


  ※  ※  ※  


「でも、本当によかったんですか、優夜さん」

 後ろ髪を引かれる思いで、ルルカは言った。
 助太刀してくれた二人を戦場にほっぽりだし、自分達だけ逃げ出してきたのだ。
 ルルカでなくとも、まともな神経の持ち主なら後味の悪さを感じずにはいられないだろう。

 もちろん、まともな神経など持ち合わせていない優夜の場合、その限りではない。

「大丈夫、大丈夫。アイツらならきっと、上手くやってくれるさ」

 どこか遠い眼差しを空に向けながら、優夜。
 その脳天を叩きたい衝動を、必死に抑えるルルカ。

 この機奏英雄に関わって尚、不幸にならずに済むほどの強い人間は、この世界に何人くらい居るのだろうか?

「それにオレだって、無責任に他人を信用しているワケじゃないんだぞ? ちゃ〜んと、基準がある」
「……参考まで訊いておきますけど、それはどんな基準ですか?」
「オレより弱いヤツは信じない。どうだ? 確実な判断基準だろ?」
「うわぁ〜♪ さすがは優夜さんですね。それってつまり、自分以外の世界中の方々を信用するって事ですよね?」
「はっはっはっ。それは過大評価ってもんだぞ、ルルカ。オレはそこまで博愛主義者じゃないって」
「謙遜しないで下さい! わたしは皮肉を言っているんです!」

 バカに皮肉は通じない。
 ルルカ・ソロ・エンフィール(十五歳)は軽い頭痛と引き換えに、また一つ、大人になった。

「……どうやら目的地に着いたみたいだぞ、ルルカ」

 不意に優夜が、機体をうつ伏せに倒した。
 唐突な機動にルルカは短い悲鳴を上げつつも、ビリオーンの眼が捉えた映像に、鋭く息を呑み込む。

 崖の下に広がる広大な窪地に、工房とおぼしき施設が佇んでいた。
 慌しく動き回るゴマ粒のような人の影。
 台座の上には巨大な冶具や、ローザリッタァのものと思われる部品の数々が並んでいる。
 
「どうやらアジトを引っ越す準備中らしいな」
「………みたいですね」
「動いている奏甲は、キューレヘルトが一……二……三機か。他にも三機いるけど、あっちは待機中みたいだな」
「あ、向こうに組みあがっているシュヴァルツローザが、五機も並んでいますよ」
「う〜〜〜ん。ちと、マズイな。キューレはともかく、黒薔薇が五機も動き出したら、いくらオレでも手に負えないぞ」

 キューレ三機でも、充分手に負えないのでは?
 言葉に出すのも面倒なので、ルルカは心の中で呟いた。

「ん? なんだ、あの黒薔薇の前に並べられている連中は?」
「え? どこですか?」
「ホラ、台座の前。軍服を着た綺麗なおねぇーさんが、十人ばかりロープで縛られてるだろ?」
「よ、よく見えますね、あんなのが?」

 ルルカには正直、よく見えなかった。
 ただ確かに、台座の前に十人ばかりの人影が並べられているのが判るだけだった。

「なるほどね。彼女達がエドのおっさんが言っていた、トロンメル軍の歌姫さんか」
「まだ生きていたんですね………。よかった」
「クククッ。これも何かの縁だ。彼女達にも手伝ってもらうとするか」
「……また何か、悪だくみを思いついたのですか?」
「兵法と言ってくれたまえ。……さて、まずはどうやって、先方のド肝を震撼させるかだが………」

 優夜の視線が周囲を彷徨い、やがて彼女達が並べられている後方へ向けられた。
 五機のシュヴァルツローザの後ろには、切り立った岸壁がそそり立っている。
 砂漠の国ファゴッツランドの乾燥した風が作り出した、保水性のほとんどない荒野に切り立った岸壁が………。

 優夜はニタリと人の悪そうな笑みを浮かべ、ルルカは心の中で母姫への祈りを捧げた。


 そんな二人に背後に………。


 漆黒の奏甲が、音もなく忍び寄りつつあった。




第十楽章   決戦! リーズ・パス 『前編』 (終)

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