「え〜〜〜。まだ残ってたのぉ〜〜〜?」

 唐突に現れたシュヴァルツローザに、げんなりしたような優夜の声。
 折角、キューレヘルト一機を真正面から撃破するというウソのような戦果を上げた後だけに、元々乏しかったヤル気が完全に枯渇したらしい。

「残っていたみたいです。戦って下さい」

 にべもなく、ルルカは言葉を返した。
 まともに相手をすると疲れるのは判りきっている事だし、なによりその時間もない。
 『邪魔』な味方機の首を刎ねたシュヴァルツローザの戦意は、どう少なく見積もっても優夜よりも上なのだから。

「はいはい。ルルカの為に戦います。君の歌声の為に、ボクは不慣れな剣をとる。あ〜あ〜、なんて英雄冥利に尽きるシチュエーション」
「判っているなら、口よりも手を動かしてください」
「ったく。意外に見えるかもしれないけど、オレって元気な奏甲よりも、弱りきった衛兵をイジメルの方が得意なんだけどなぁ〜」
「何を意外に見ればいいのか判りませんが、優夜さんには秘密兵器があるじゃないですか」
「……そういうやそうだった。なぁ〜んだ。なんかヤル気が出てきたかも」

 途端に優夜の声が、新しいオモチャを与えられた子供のようにウズウズと弾む。
 ルルカは小さな吐息をついた。
 判ってはいるつもりのルルカなのだが、こうも露骨だと正直いって頭が痛い。

 ザッッッッ!

 先にシュヴァルツローザが動いた。
 その踏み込み速度が、尋常ではなく……速い!
 稲妻のような踏み込みと同時に、鋭い刃を備えた強大な鎌がビリオーンに迫る。

 ビュンッ!

 左下からの、唸るような斬り上げ。
 まともに命中すれば、奏甲の首どころか胴体ですら切断できる一撃を、しかし優夜が「ほやぁ!」と躱す。
 が、優夜が回避運動を終えるよりも早く、次の一撃が優夜を襲った。
 空振りをした大鎌の柄を、ローザは手の平の中で滑らせ、槍のような突きを放ったのだ。

 ギィィィンッッ!

 突発的に伸びてきた鎌の柄が、ビリオーンの右肩にめり込んだ。
 
「うにぃ!?」
「きゃぁぁぁっっ!」

 呻き声を上げられないビリオーンに代わって、奏座から二種類の悲鳴が重なり響く。
 危うく右肩の可動部を粉砕しかけた一撃に、ビリオーンのバランスが大きく崩れる。
 バタバタとたたらを踏み、必死に転倒を避けようとする優夜に、ローザの左腕のマシンガンが咆哮した。
 吐き出された徹甲弾の群れが、先を競うようにビリオーンに殺到する。

 しかし、優夜の反応も速かった。

「ハっ………ま!」

 右腕でビリオーンのコックピットをガードしつつ、優夜も左腕のマシンガンのトリガーを絞る。 
 至近距離からの銃撃戦。
 両機の装甲に紅い閃華が無数に乱れ、砕けた破片の一部が乾いた大地に降り注ぐ。
 コックピットを狙いたがるシュヴァルツローザの戦術的なクセを、優夜なりに読んでいたのだ。
 でなければ、撃たれてから間に合うような芸当ではない。

 ガン、ガン、ガン、ガン!

「………っ!」

 不気味な衝撃音と奏座を揺する振動に、ルルカは歯を喰いしばって悲鳴を断ち切った。
 相対的に見れば、命中弾の数は圧倒的にシュヴァルツローザが上回ったが、コックピットを庇った為に致命的なダメージはない。
 一方、シュヴァルツローザは優夜の弾幕をものともせずに突進した。
 牽制の銃撃を右腕から放ちつつ、滑り込ませた左腕でビリオーンのガードを弾き、銃口を胸部に捻りこませる。

 瞳に映った漆黒の銃口に、ルルカは氷塊が滑り落ちる音を確かに聴いた。
 しかし、その腕は優夜がバタバタと振り回した右腕と絡み、振り払おうとして巻き込まれ、螺旋を描き、銃口が外側に弾かれた。
 刹那、掃射された弾列がビリオーンの頭部を掠め、虚空の隙間に放物線を描いて消えた。

 次の瞬間、一旦シュヴァルツローザから機体を離す優夜。
 そしてすぐさま、その上半身を前屈させる。
 半瞬遅れて、信じられない速度で翻ったローザの大鎌が、ビリオーンの頭部があった位置を通過した。

「ぐ………」

 優夜は前傾姿勢になったビリオーンを、そのまま地面に倒れこませ………

「り、っと!」

 奇妙な掛け声と同時に両手をバネにして、転がるように真横に飛ぶ。
 と、そこへ尚も振り下ろされる、ローザの大鎌。

 ガキィーーーンッッッ!

 ビリオーンの左肩を、ローザの大鎌がわずかに捉え、ショルダーアーマーに巨大な亀裂が奔る。
 が、ビリオーン本体にはダメージはない。
 砂の上を二転三転して距離を置き、優夜は素早く機体の体勢を立て直した。

「いやぁ〜〜〜。危ない危ない。今のをもう一回やってくれって言われても、二度と無理」
「そ、それにしてもこのローザ、崖の上にいた機体よりもさらに早くありませんかぁ!?」
「………全く。こりゃちょっと、ややこしい事になってるみたいだぞ、ルルカ」
「? どういう意味ですか?」
「アレを動かしてるの、ほぼ間違いなくラルカだ」
「……え? え? えぇぇぇ〜〜〜〜っっっ!!!」



病弱姫に花束を   アナザー・メモリー

〜君が見る夢 詠う歌〜


第十二楽章   決戦! リーズ・パス 『後編』




「はぁぁぁっっ!」

 その頃、桜花は二機のシュヴァルツローザを相手に、しかし互角に近い激戦を演じていた。
 桜花の奏甲操縦技術は、レグニスに比べて若干劣る。
 その桜花に二機のローザをぶつけてきたのは、戦術的にはそれなりに正しい。
 実力に劣る桜花を二機掛かりで瞬時に撃破し、三対一でレグニスを屠るという必勝の体勢に持ち込めるからだ。

『頑張って、桜花!』

 ベツティーの声援に応えるように、桜花のローザが二刀を煌めかせる。

 ここにシュヴァルツローザにとって、一つ大きな誤算があった。
 それは桜花が修練を重ねてきた『紅野流総合武術』が、いわゆるスポーツ武道の類いではなく、
 一対多勢を当たり前のように想定し、そのような状況下における武芸の技を追及した、極めて実戦的な流派だった事だ。

 ザザッッッ!

 踏み込む黒薔薇の斬撃を左に受け流し、桜花が機体を右前方の空間へ滑らせる。
 桜花は切り結んでいる黒薔薇を基点にして、同心円を描くように絶え間なく機体の位置を動かし続けていた。
 二対一での戦いにおいてもっとも忌避すべきは、もう一方の敵に側面から射撃を浴びる事や、背後に回られてしまう事だ。
 それを防ぐには、二機の敵機と自分の位置を直線で結ぶ、円を描く戦場移動しかない。

 もっとも、理屈では簡単であったとしても、実際はそうではない。

 激しき切り結ぶ生と死の狭間の中で……ましてや平坦な道場の床ではなく、障害物が無数に転がる荒れた大地の上で、
 この動きを十数分に渡って保ち続けられる桜花の集中力と精神力こそが、脅威であり武器だった。

 カンッ! キンッ! ギンッ! カンッ………!

 視界の端に映るもう一機のシュヴァルツローザの位置を確認しつつ、桜花は三機の位置を直線で結ぶようにリズムを刻む。
 輪舞を踊る二機のローザ。
 舞い散る火花。
 煌めく刀身。
 踊り損ねれば、待ち受けるのは死へのフィナーレ。

「せいっ!」

 幾度目かの斬撃を、左の一刀で弾く。
 と、その打点が大鎌のバランスを崩し、黒薔薇の動きに一瞬の遅滞が生じた。
 桜花がすかさずに攻勢に転ずる。
 黒薔薇が出るポイントを斬り込み、押さえ、また出てきたところを斬り込み、封じる。
 常に敵が同じ軸線上に重なるように足を捌きつつ、間をあけずに強く打ち込む!

 ブンッ!

 たまらず黒薔薇は、苦し紛れに大鎌を水平に薙いだ。
 その一撃を左の一刀の付け根で受け止め、貼り付け、一気に下方へと押し潰す。
 黒薔薇は慌てて大鎌を太刀から離そうとするが、合わさる刃が離れない!

「はぁぁぁぁっっ!」

 桜花の咽から滑る裂帛の気合。
 まるで磁石で吸い付いているかのように、桜花の太刀が切っ先を押し下げ、黒薔薇の上半身にどうにもならない隙を生じさせた。

 刹那、右の一刀が水平に滑り、凄まじい金属音を轟かせて黒薔薇の頭部が虚空に舞った。

「紅野流総合武術奥義………『落水』」

 敵の太刀筋を下方に押し潰し、残る一刀で首筋を刈る必殺の一閃………

『やったぁぁぁっっ!』

 静かな桜花の呟きにベルティーナの歓声が重なり、黒薔薇は前のめりに倒れ、停止した。




『桜花殿がやったぞ、レグ! 残りは二機だ!』
「了解した」

 静かに呟き、レグニスは改めて正面に対するシュヴァルツローザと対峙し、ボロボロに砕けた左腕のナイフを無造作に捨てた。
 次の瞬間、両者は同時に踏み込んだ。
 レグニスのナイフが煌めき、既に大鎌を喪失した黒薔薇が左の手甲でそれを弾きつつ、右腕のマシンガンを発砲。
 火花と銃声が無数に弾け、流れた銃弾が乾いた大地に大量の土煙を巻き上げる。
 
 レグニスにとって、自らの意志で動く「絶対奏甲」という兵器は、鍛え抜かれた肉体……生体兵器の延長線上に過ぎない。
 シュバルツローザという名の肉体性能は、確かにレグニスのシャル3を数段上回るだろう。
 実際、この黒薔薇は数で勝るトロンメル軍の奏甲部隊を、圧倒的なまでの破壊力で蹂躙したという。
 
 だが、その高性能の化物奏甲が、未だに性能の劣るレグニスや桜花を撃滅できないる。

「所詮、勝負を決めるのは機体の性能ではなく、搭乗者のセンスと……宿縁との『絆』の深さという事か………」
『なっ!? レ、レグっ………!?』
「どうした、ブラーマ? 俺の為に歌ってはくれないのか?」
『う、歌うとも! 歌うに決まっているだろっ!』

 力強く、咆えるようなブラーマの意志が<ケーブル>から流れ込んでくる。
 なにやらよく判らないが、ブラーマがより一層、力強い織歌を編んでくれる事は、レグニスとって幸いであった。
 ………もちろん、敵に勝つ為に幸い、という意味だが。

 無論、この間にも両機の戦闘は継続されている。
 閃光が奔り、シャル3の右手のナイフが鋭利な直線を描いて黒薔薇の左腕を削るが……浅い。
 黒薔薇の銃撃。
 執拗にコックピットを狙う右腕を、左腕一本でどうにか射線を外側に逸らす。
 レグニスは更に機体を低く踏み込ませ、ナイフを横に薙いだ。黒薔薇が右脚を引き、ギリギリでその一閃を躱す。
 ナイフの切っ先を装甲の表面をわずかに掠らせ、黒薔薇が尚も右腕のマシンガンを撃ち続ける。
 シャル3の機体を半時計回りに捻らせ、レグニスが銃口から機体を回避。
 同時に突き出された右腕を掴み、引き倒そうとしたが、寸前のところで腕を弾かれる。

 鉄と鉄が激しくぶつかり合う轟音と、それを掻き消す激しい銃声。
 灼熱した銃口は赤く輝き、削れた装甲の一部が赤い火花を飛び散らす。

「………………」

 息詰まる攻防の中で、しかしレグニスの表情には汗一つ浮かんではいなかった。
 まるで全てが予定事項のように、淡々とシャル3を操り、ナイフを煌めかせる。
 常人を遙かに超えた『死』への嗅覚。
 そして、殺人への躊躇いのない冷徹な意志。
 この両者を完璧なレベルで兼ね備えるレグニスであればこそ、既に勝負を見切っていたのだ。

「そこだ………!」

 レグニスがカッと目を見開いた。
 双眸から放たれた鋭利な眼光がシュヴァルツローザの右腕を見切り、その腕をシャル3の左腕が遂に捕らえた。
 同時に、機体のパワーに任せて絡めた腕を、手前に引き倒す。

 バキィンッ!

 瞬間、大量の部品とオイルを撒き散らして、黒薔薇の右ヒジがあり得ない方向に捻じ曲がった。
 さらにレグニスはその腕を引き寄せ、敵機の脇腹に膝蹴りを叩き込む。
 シュヴァルツローザは轟音と共に吹き飛び、堅い岩壁に激突した。
 尚もレグニスは飛び掛り、無傷な左腕の肩にナイフを突き入れる。
 まったく容赦はしない。はずみでローザの左肩の装甲が剥がれ、剥き出しの内部構造へさらなる一撃を加えようとした瞬間………

「………」

 左ヒジの関節だけを動かして、黒薔薇はシャル3の胸部に禍々しい銃口を押し付けた。
 わずか一メートルにも満たない至近距離。
 この距離から銃撃を浴びれば、レグニスであろうと『死』は免れない。

「………やめておけ」

 レグニスが、告ぐ。
 それは命乞いでも降伏勧告でもなく………非常に珍しい事だったが………憐れみだった。

 だが、ローザがレグニスの忠告を受け入れる事はありえなかった。
 絶体絶命からの起死回生を賭けた、決して外す事のない一撃を躊躇う正当な理由は、どこにも見当たらないはずだった。
 
 しかし、レグニスの忠告はブラフではなかった。

 カチッ!

 ローザがマシンガンを発砲した瞬間………その腕が内側から弾け、爆散した。

「バカが……。銃身が致命的に歪んでいた事に、気付かなかったのか?
 そもそも激しい衝撃を浴びやすい腕に、繊細な銃器を内蔵しておくこと自体が、ナンセンスなんだ」

 レグニスは吐き捨て、物言わぬシュヴァルツローザの胸部に、トドメの一撃を無慈悲に加えた。


  ※  ※  ※  


「ラルカが乗っているって……どういう事ですかぁ!?」
「どいう事って言われても、そういう事としかいいようがない。さっきルルカも「早い」って言ってただろ」

 言われてみると、ルルカにも思い当たる節がある。
 ラルカが一度だけ、シュヴァルツローザを操ってみせた時の事だ。
 あの時の圧倒的な戦闘力は、今でも目に焼き付いている。
 それに比べたら、温泉宿や崖の上で遭遇したシュヴァルツローザは、その動きは確実に見劣りしていた。

 逆に目の前のローザは、あの時の動きを彷彿させるものがある。
 それは即ち、優夜の正しさの証明なのだろうか?

『………ご名答』

 その声は<ケーブル>に割り込むようにして、唐突に響いた。

『そのローザを動かしているのは、あなたたちが『ラルカ』と呼んでいる少女……。わたし達がドライツェーンと呼んでいる生体ユニットよ』
「ドライツェーン? ド、ドライツェーン……『13番』ですって!? それが、そんなものが、女の子の名前だって言うのですか!」
『違うわ。生体ユニットよ。間違えないで欲しいわ』
「………っ!」

 涼しげに響く声色に、滾るような憤りがルルカの身体を突き上げる。

「あなた………ユーディーさんですね。そのシュヴァルツローザを、ハウリングシステムを設計した技術者の………」
『だとしたら、どうする気なのかしら?』
「だったら、もうこんな無意味な事は今すぐ止めて下さい!」

 ルルカは叫んだ。
 飾らず、言葉を選ばず、突き上げてくる感情をそのまま言葉に乗せて、ルルカは叫んだ。

「あなたの事は、訊いてます。……ボサネオでの出来事も、訊いています」

 その悲しみ、痛み、屈辱は、それを味わった者にしか判らないだろう。
 ましてや現世人は、いずれは蟲化すると言われている災いの元凶。
 アーカイアを、元の平和だった世界に戻すには、彼らの存在は確かに悩みの種となるだろう。

 だが……それでも………。

 ルルカは奏座の中で、目を伏せた。

「それを理由に全ての現世人を殺そうだなんて……同じアーカイア人の命を弄ぶような装置を創るだなんて………」

 どこに道理があるというのだろう?

 どこまでも熱い衝動が、細い身体を突き上げる。
 復習を果たす為に、同胞の命すら手にかける。
 蟲化の恐怖と戦いながら、アーカイアの為に必死になって剣を振るう人々すら根絶やす。

 その行為の一体どこに、道理があるというのだろう?

「絶対に、間違ってます!」

 ルルカはカッと正面を見据えた。
 と、その眼光に反応するように、ラルカのシュヴァルツローザが猛然と射撃を再開した。

「おわっ、とととと」
「そんなものは、目を背けているだけです!」
『………黙れ』

 ビリオーンの動きを封じるような、牽制射撃。
 実際、思うように回避運動ができず、たちまち足元が猛烈な土煙に包まれる。

「危ない危ない危ない危ない」
「可哀想な自分自身から! 過酷な現実から! 罪の意識から! そして大きすぎる憎しみから!」
『黙れ、小娘が……お前に何が判る』

 ガン、ガン、ガンと不気味な着弾音が連なり、白い装甲の破片が白煙に踊る。

「あたたっ! 止めろ、止めろって、ラルカ。これ借り物なんだぞ? 高いんだぞ?」
「復讐がしたいなら、相手を選んでして下さい!」
『相手を選べだと? ふざけるな! 現世人など、皆同じだ! 奇声蟲にも劣る、鬼畜どもだ!』

 優夜は無茶を承知で機体を横転させ、近くにあった倉庫の陰に飛び込み、射線を避ける。
 瞬間、機体の到る場所に銃弾が着弾し、装甲の一部がボロボロに砕けた。
 これがビリオーンではなくシャル3だったなら、確実に致命的な損傷を被っていたところだ。
 
「あっ、やべぇー。今ので大分、ガタが出てきやがった」
「それが嫌なら哀れな自分を慰めながら、世界の隅っこで世を儚んで下さい! ハッキリいって迷惑です!」
『黙れ黙れ黙れぇぇっっっ!』

 と、レンガ造りの倉庫に閃光が走り、わずかな間を置いて斜めに崩れた。
 ローザの振るう大鎌が、たった一閃で遮蔽物を切り裂いたのだ。

「どわぁぁぁ!!!!???」
「って、さっきからうるさいです! 優夜さんも少し黙っていて下さい!」
「んな事を言ったってだなぁ!」

 ブオンッ!

 崩れるレンガの壁を突き破り、漆黒の奏甲が飛び出す。
 危ういタイミングで振るわれた大鎌を、かい潜るように回避。
 が、寸前のところで、その右肩を掴まれる。

「しまっ………」

 次の瞬間、ビリオーンは腕を掴まれ、半壊した倉庫に叩き付けられた。
 無数のレンガが四方へ飛び散り、崩れた瓦礫が容赦なくビリオーンの上へと降り注ぐ。
 そこへトドメとばかりに、二門の重マシンガンから灼熱した弾丸が次々と吐き出される。
 バラバラに砕けたレンガの破片が宙を舞い、濛々と上がった煙が一メートル先の視界すら覆い隠した。

 一瞬の静寂、直後………。

「舐めるなぁぁぁっっ!」

 白煙を中から、ビリオーンが飛び出した。
 浴びせられる銃弾の雨を右肩のショルダーアーマーで弾きながら、優夜がローザの懐に機体を滑らせる。
 純白の奏甲は無数の亀裂と銃撃による損傷で、見るも無残なまでにボロボロになっていた。
 だが、それでもビリオーンは未だに動く。
 ルルカが紡ぐ歌術の調べに呼応して、シャル3を凌ぐパワーを漆黒の奏甲に叩き付け、突き飛ばした。

「決めるぞルルカ!」
「はい!」

 ガシャンッ!

 ビリオーンの背中から、筒状の奇妙な物体が右肩のウェポンベイに装着された。
 それは砲身の類いではない。
 本来ならビリオーンどころか、唯一の例外を除いて全ての奏甲が装備しない、特殊な兵装。

『っ!? 貴様、なぜそれを!?』

 それは優夜が鹵獲したメンシュハイト・ノイから取り外し、勘違いから装着した『ノイズ発生器』だった。

 その筒の先端から、増幅し集束された人工の<ノイズ>が放射束され、ラルカのシュヴァルツローザに降り注ぐ!

 瞬間、アーカイア人の自我を容赦なく引き裂く嘆きの絶叫が、周囲の喧騒を一時的に掻き消した。

「………」
「………」
「………………」
「………………………」

 流れる沈黙。
 転倒したローザは、しかしピクリとも動かない。

 崖の上で戦ったローザも、最後はこの一撃で機能を停止した。
 かつて貴族種の<ノイズ>を浴びた時も、シュヴァルツローザはその対奇声対策の脆さを露呈した。
 その前の、あの現世騎士団の奏甲と刺し違えるように機能を停止していたのも、メンシュハイトの人工<ノイズ>を浴びた事が原因だったのだろう。

 そして今、ラルカを乗せた最後のシュヴァルツローザも………。

「………さて。頼みのラルカは、大人しく眠ってくれたぜ?」
『………………』
「大人しく投降して下さい」
『………クッ。クハハハハッッッ! よもやトラベラー如きがハウリングシステムの弱点を知っているなんてね!』
「笑って誤魔化しても、容赦はしないぞ?」
『容赦? なんの容赦かしら? ひょっとして、勝った気でいるのかしら?』

 刹那、凄まじい衝撃と一緒に、優夜とルルカの視界が真横に飛んだ。

「ぐあっ!」
「きゃぁっ!」

 大地の一部をえぐり取って尚、ビリオーンは転がり続けた。
 まるで蹴り飛ばされた人形のように、装甲の破片を撒き散らしながら、歪曲地層がむき出しになっている崖に頭から衝突。
 ビリオーンは、ようやく停止した。

「お、お星様が見えたぁ〜〜〜」

 奏座の中でグッタリとしながら、優夜が呻くように呟く。
 強烈な横Gと回転。
 いくら衝撃を吸収する奏座といえ、今の衝撃から搭乗者を完全に守り切るのは不可能に近い。
 だが、機体と同調しているルルカは、優夜以上に酷い目に遭っていた。
 危うくムチ打ちになるような衝撃に加え、機体が負ったダメージまでもが精神の中枢を責め立てる。
 
 口の中に、奇妙な味が広がった。
 それが血の味だと判ったのは、咳き込んだ拍子に飛び散った、赤い飛沫のおかげだった。
 全身の骨という骨が軋み、バラバラに砕けたかのように……痛い。

「わ、わたしは黒い星が見えましたぁ………」

 だが、それでもルルカは、優夜にならって軽口を叩く。
 弱音など、間違っても吐けるはずがない。
 大見得を切った以上、ユーディーの見ている目の前で、無様な泣き言などをどの口が吐けるだろうか。

「……いや、ソッチは多分、錯覚じゃないぞ」

 呟き、優夜が崖の中から頭部を引っこ抜く。
 無残にもひしゃげたビリオーンの頭部は、エドが見れば目を覆いたくなるような状態だろう。
 
 そして殆ど動いているのが不思議なくらいのビリオーンの前に………

『あいにくとそのシュヴァルツローザには、既に最新のノイズリダクションシステムが搭載されているのよ』

 何事もなかったかのように、シュヴァルツローザが大鎌を構えて佇んでいた。



第十二楽章   決戦! リーズ・パス 『後編』 (終)

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