「うりゃあ〜〜〜」

 ガシンッ!

 気合の抜けた掛け声と共に、振り下ろされた優夜の一撃。
 硬い甲殻で覆われた奇声蟲すら容易く叩き割る破壊の旋風は、しかし虚しく大地に突き刺さった。
 その僅か数十センチ、真横に逃げた奇声蟲が、反撃とばかりに優夜の奏甲……キューレヘルトの背後に回り込み、飛び掛る。
 だが、優夜が機体を振り返らせた瞬間、キューレヘルトの背中に生えた半月状のバランサーが、襲い掛かった奇声蟲を「ぺしんっ」と叩き落した。
 仰向けに倒れてぶざまにもがく奇声蟲に、後部奏座からラルカの声が短く響く。

「お兄ちゃん、今の内………」
「ほいさ」

 ラルカの声に応え、優夜が機体を走らせた。
 土煙を巻き上げ、猛然と奇声蟲に迫るキューレヘルト。
 どちらかと言えば鈍純なキューレヘルトだが、その瞬発力と加速性能は、より新型の突式ローザリッタァすら上回っているだろう。
 一息に奇声蟲に肉薄し、優夜は勢いを乗せたキューレの蹴りを、容赦なくその外殻に叩き込んだ。

 ドカッッッ!

 鈍い音を響かせて、まるでカン蹴りのカンの如く、クルクルと虚空を舞う奇声蟲。
 軽く十メートルは吹き飛んだソレは、堅い岩盤に激突し、緑色の体液と蜘蛛のような足がバラバラに飛び散った。

「ハッハッハッ! この『高機動突式キューレヘルト・Plus』スゴイよ! さすがローザのお兄さん!」
「でも、この子……ルスフォンの売れ残り……」
「キューPちゃんである!」
『何をワケの判らない事を叫んでいるんですか! まだ奇声蟲は残っているんですよ!』

 いつものように<ケーブル>越しから届く、ルルカの怒声。
 キューレヘルトを取り囲むように、五メートルクラスの大型奇声蟲が鋭い牙を蠢かせている。
 その数、四匹。
 奏甲の性能と英雄の力量次第では、蟲を殲滅するチャンスであり………もしくは絶体絶命のピンチでもある。
 優夜の場合は、もちろん後者だ。

 野太い<ノイズ>の咆哮を合図に、奇声蟲が一斉にキューレヘルトへ襲い掛かる。
 幸いにしてキューレヘルトは<ノイズ>への耐性は強い。
 が、幻糸を乱す奇声蟲の咆哮は、アーカイア人にとって耐え難い不協和音である事実は変わらない。
 
『ゆ、優夜さん! 早くその奇声蟲をなんとかして下さい!』
「へ〜いへい。ラルカ」
「ん………」

 後部奏座のラルカかの唇から、囁くような歌声……歌術『月と銀糸のアフタクト』が流れ、ルルカの織歌に重なり響く。
 静かで柔らかい、風のように広がる二人の織歌に耳を傾けながら、優夜はキューレヘルトを再び疾駆させた。
 それに合わせるように、四体の奇声蟲が包囲の輪を縮める。
 優夜はその内の一体、正面の奇声蟲に向かって突撃を続けた。

「右かな? 左かな?」

 まるで大上段に構えられた太刀のように、ユラユラと揺れる奇声蟲の前脚。
 正面から受ければ、握った剣ごと腕を叩き折られ、コックピットを圧し潰すであろう必殺の一撃は、右か左か………。

「お箸を持つ方向!」

 叫び、機体を右方向へ跳び込ませた瞬間、奇声蟲の前脚は振り下ろされた。
 その方向は右……すなわち、優夜が跳び込んだ方向に!

『優夜さん! ラルカ!』

 蒼白に染まったルルカの悲鳴。
 激烈な一撃が鉄槌となって風を捲き、容赦なくキューレヘルトの頭上に叩きつけられる。

「なんとっ!」

 優夜の見切りが、しかし半瞬の差で勝った。
 振り下ろされた左上方からの一撃を、優夜は機体を屈ませ、そのまま右足を軸にしてコマのように機体を捻る。
 急激な回避運動に、機体の各部が悲鳴のような軋みを上げた。背中に装備された半月状のバランサーが必死に転倒を防ごうと、  翼のように左右に揺れる。
 激しく回転する視界の中で、踊るように、舞うように、鼻歌を交えながら優夜は奇声蟲の背後に回り込む。

(お兄ちゃん)

 刹那、ラルカの思念が優夜の両腕に覆い被さった。
 優夜は平然と、ラルカの思念に神経回路の全てを委ね、重ね、アームガンを構えたキューレの左腕を奇声蟲に指向した。
 ミリ単位で補正された照準が、脚部の隙間から覗く奇声蟲の下腹部に喰らい付く。

 アームガンの銃口から、小さな火焔が噴出した。



病弱姫に花束を アナザー・メモリー 1.5部
〜狂月の舞い 哀夜の調べ 『前編』〜



「あれからもう、一週間ですか………」

 ルルカは小さな村の小さな宿場の二階から、窓辺に身体を預けるようにして、青い瞳に外の景色をぼんやりと映していた。

 リーズ・パスでのあの戦いから、およそ一週間。
 ルルカ・ソロ・エンフィールと、その『宿縁』である天凪優夜、そして義妹となったラルカは、辺境に出没する奇声蟲退治の依頼を請け負っていた。
 ボサネオ島における「女王討伐戦」以降も、アーカイア各地で出没する奇声蟲退治は、トラベラーにとって重要な資金源である。
 今日も今日とて五匹の奇声蟲を退治して、無事に一仕事を終えたところだった。

 ………が、これまでの優夜を知るルルカにとって、最近の優夜の活躍は信じられない光景だった。。

 『サボる』『逃げる』『壊す』の三拍子揃ったあの優夜が、一度も奏甲を壊す事もなく、マジメに奇声蟲を退治しているのだ。
 ヒドイ時には、たった一匹の衛兵種にすら撃退された事のある、あの天凪優夜が。

 もちろん、マジメになる理由もあるし、タネもある。

 まずその理由だが、単純明快。早い話しが借金生活に突入してしまったからだ。
 シュヴァルツローザとの戦いで大破したシャルVに代わって、新しい奏甲を買うハメになってしまったのである。
 これが『白銀の暁』や『評議会』に所属する英雄なら、それほど胸のイタイ問題ではなかったのだが、優夜は『無色の工房』のトラベラー。
 自分達の不始末のツケは、自分で払わないといけないのだ。

 生れて初めて……というワケでも、最近はないが……ルルカは母姫を呪った。心の底から、母姫を呪った。
 もし現世人が信仰している『神様』なる存在が実在するのなら、ルルカは断言できる。
 貴方は絶対、わたしの敵です! ………と。

 それはさて置き、仕方なく『ルスフォノクラスタ』という工房に足を運んだルルカだったが………。

「な、なんですか、このふざけたお値段は!?」

 ズラリと並ぶ新型奏甲の価格に、愕然とした。
 カルミィーン・ロート。ヘルテンツァー・リミット。シャルラッハロートW。シャッテンファルベ。そしてナハトリッタァ……。
 どれも基本性能でシャルVを大きく上回る絶対奏甲なのだが、当然のようにお値段も高い。

 借金がないのが不思議という日々を送ってきた自分に、どうやってこんな大金を支払えばいいのだろう?

 愕然と膝をつくルルカの瞳に、ホコリまみれの奏甲が映ったのは、その時だった。
 機体各所に備わったスパイクの突起物。頭部に生えた闘牛のような角。
 見る者によっては『悪魔のような』と形容される『冷徹な英雄』が、ルルカの瞳には、しかし『天使』のように映った。

 ………安かった。
 否、格安だったのだ。

 安いとはいっても、それなりに高額だ。が、他の新型奏甲に比べたら、夏の露店に並んだ春物のセーターのようなものだ。
 早速ルルカは、実際に搭乗する優夜の意見や、機体の性能や機能を相談し………最終的に『キューレヘルト・Plus』の購入を決めてしまった。
 もちろん、お支払いはローンを組んだのだが………。
 結果として、このキューレP型の購入は、ありがたい事に大正解だったらしい。
 それこそが優夜が活躍しているタネであり、ラルカの同乗による歌術『月と銀糸のアフタクト』の効果だった。

『月と銀糸のアフタクト』………。
 簡単に説明するなら、『歌術』を補正する為の『歌術』であると言っていい。
 絶対奏甲と機奏英雄を結ぶ『織歌』を、歌術的に補正する事で、機体の性能を上乗せするというルルカのアイデアが生み出した苦肉の歌術である。

 主旋律の前後に組み込ませる小さな織歌で、本来なら防ぎようのない旋律と旋律との繋ぎ目に発生するロスと、不安定な『間』を補正する。
 いわゆるBメロを主旋律に食い込ませる事で、主旋律となる織歌の展開を効率的に引き上げる技法だ。

 本来、キューレヘルトは歌術能力の低い突式だが、この歌術は機体ではなく『織歌』そのもののを強化する歌術なので、効果は高かった。

 もちろん、この歌術を成功させるには二人の歌姫と、何より英雄との<リンク>がしっかりと同調している事が前提だ。
 主旋律のルルカと、Bメロ担当のラルカの息がバラバラでは、どんなに美しい織歌でもタダの雑音なってしまう。
 だが、幸いにして優夜との<リンク>は高かったらしく、ラルカとの呼吸も問題なかった。
 ラルカは非常に優秀な、歌姫としての才能を秘めていたのだ。
 更にラルカがアームガンの照準を担当する事で、銃弾の命中率が格段に向上した事も、ルルカにとっては嬉しい誤算だった。

 キューレP型は、ルルカにとって精神的にもサイフ的にも、実に頼もしい奏甲だったのだ。
 余計な弾薬費を払う必要もなく、スペアパーツはどこの町でも安価で手に入る。
 しかも、奇声蟲を相手に引けを取る事はない。

 実に全てが順調で、この調子でいけばローンの返済も問題なく終える事ができるだろう。
 それはいい。それはいいのだが………。

「はぁ〜〜〜」

 ルルカは漠然とした不安を、胸に抱えているのだった。

 何故なら、何もかもが順調すぎるからだ。

 あの優夜が、問題も面倒も騒動も、何一つ引き起こさない。
 言動こそ以前と変わらないが、今の優夜にルルカは違和感すら覚えるのだ。
 思考の片隅で微かに響く、耳鳴りのような違和感を。
 まるで何かの目的を内に秘め、一度も失敗する事なく依頼をこなす優夜の姿に……。

 心当たりは、ある。
 リーズ・パスでの戦闘中に現れた、ナハトリッタァの操縦者……『伊織』とい女性英雄だ。
 彼女は明らかに優夜の知り合いであり……それも随分と深い……自分の知らない優夜の顔を、色々と知っているのだろう。
 その事を考える度に、ザワザワとした胸騒ぎをルルカは感じた。

 考えてみれば、自分は優夜の過去を何一つ知らない。
 どんな世界で、どんな風に暮らしていて、どんな環境で育ち………どんな女性が周囲に居たのかも。
 ルルカは何一つ、知らなかった。
 何一つ知らないのに………ルルカは優夜に、何一つ訊くことが出来なかった。

 そして不安は、もう一つある。ラルカの首筋に浮かび上がった、呪印の存在だ。

(本来、アーカイア人が絶対奏甲を効果的に操れないのは、その体内に大量の幻糸を宿しているからだ。
 しかし、連中は薬と歌術を使って、その幻糸を体内の一箇所に押し込める方法を編み出したらしい)

 不意にルルカの脳裏に、エドの言葉が過った。
 アーカイア人の持つ幻糸を体内の一箇所………子宮に押し込め、一時的に現世人に近い状態を生み出す。
 だがそれはアーカイア人にとって、死に至る可能性をはらんだ、危険な行為でしかない。

(まぁ、普通は死ぬだろうな。実際、奴等もまだ研究段階で、完全な実用化には到っていない。ローザの戦闘能力に顕著な個体差が存在したのは、そのせいだ。
 つまりほとんど歌姫には、幻糸を押さえ込む歌術は施していない……いや、施せないんだよ。失敗する可能性の方が高すぎるからな。
 だが、成功例もある。それがお嬢ちゃんだ)
(ラルカが………ですか?)
(首筋の後ろに『呪印』が浮かんでいたんだろ? それがその証だ。前にも言ったが、ソイツが全身に浮かぶようになったら手遅れだ。助からない)
(じゃあ、どうすれば………?)
(確実に言える事は、一つだけだ。これも前にも言った通り、二度とお嬢ちゃんをシュヴァルツローザに乗せるな。今の俺には、それしか言えん)

 浮かんでしまった『呪印』を消す事は、誰にもできない。
 いや、ひょっとしたら出来るのかもしれないが、その為の呪式を完成させるには、長い時間と研究が必要なのだ。
 そんな時間は、どこにもない。
 ラルカの身の安全を保障してくれる場所も、施設も………。

 仮にあったとしても、いずれラルカに負の歌術を押し付けた何者かが、この子を奪い返しに来るだろう。
 その時に現れる刺客が、もしあの『伊織』だった時は………。

 その時は自分から、ラルカばかりか優夜まで連れ去ってしまうのでないのだろうか?

「………って、ダメです。なんでこんな、暗い方にばっかり想像力が働いてしまうのでしょうか」

 ブルンブルンと、ルルカは金色の髪を左右に揺らした。
 と、その時だった。

「〜〜〜〜〜♪」

 小さな………そして奇妙な旋律が、微かにルルカの耳を掠めた。

「これは………」

 聞き覚えのある旋律だった。
 より正確には、最近よく訊くようになった、アーカイアには存在しない奇妙な旋律だ。

 ルルカは顔を上げると、微かに聴こえる音源に向かった。


   ※   ※   ※   


 その立ち振る舞いは、まるで別人を見ているかのようだった。

 半月状の二本の板………『扇』と呼ばれる小道具を、ヒラヒラと蝶のように舞わせ、弧を描きながら左右に広げる。
 ピンッ、と針金でも入っているかのように、真っ直ぐに伸びた背筋。
 荒れた土の上を、まるで氷の上を滑っているのかのように移動する、不思議な足取り。

「〜〜〜〜〜♪」
「〜〜〜〜〜♪」

 少しだけ開いた二人の唇から流れる、ゆったりとした調べ。

 一人は舞いながら。
 一人は石の上に腰を落として。

 刻むのではく、紡ぐように、流すように、ユラユラとユラユラと。

 すり足がピタリと止まり、広げられた二本の扇が生命の喜びを表現しながら、左右に分かれて真円を描く。
 そこからクルリと身を返し、扇を閉じて、ゆっくりとしゃがみ込む。
 左右非対称な腕の動き。
 ユラユラと、ユラユラと。
 リズムもテンポもまるで違うのに、全体として一つの動作を表現する、奇妙な舞い………。

 そう。それは『舞い』に他ならない。
 水鳥が水面から羽ばたくような……麦が微風に煽られるような………。
 彼の世界の神々に奉納する為の……『神楽』と呼ばれる神聖なる『舞い』だった。

 時に儚く、時に力強く。
 しゃがんだ反動を、しかし利用しないでゆっくりと二本の弧を描き、上半身を立ち上げる。
 そこからは感じられるのは、身体の中から飛び出しそうな力の流れではなく………。

 むしろ包み込むような、幻想的な優雅な体捌き。

   シャンッ……

 存在するはずのない鈴の音を、しかしルルカは確かに聴いた。

   シャンッ……

 凛とした音色が転がる中で、四肢に宿る不思議な輝きが、螺旋となって絡みつく。
 放つのではなく、渦巻かせる力の流れ。
 ユラユラと、ユラユラと。
 振り返り、バラバラに動いていたはずの左右の腕が、いつのまにか正面に揃えられ………。

   シャンッ……!

 開いた扇で面持ちを隠し、絡めた残心を宿したまま………。

 優夜の『舞い』は終りを告げた。


   ※   ※   ※   


「相変らず、見事なものですね………」
「おやおや、ルルカくん。さてはオレに見とれていた?」
「………まぁ、綺麗な舞いだった事は、一応は認めます」

 渋々といった口調で、ルルカは応える。
 あまり手放しで手放しでホメると、どこまで調子に登るか判ったものではない。
 しかし、優夜はルルカの微妙な言葉使いを全く無視して、ヘラヘラといつもの締りのない笑みを浮かべた。

「お兄ちゃん、上手………」

 と、ラルカも優夜の舞を讃える。

「いやいや。それほどでもあるんだけどねぇ〜。んじゃ、次はラルカの番だぞ」
「ん………」

 トタトタと、ラルカが前に進み出た。
 そして優夜と同じ、ゆっくりとした動作から、独特の『舞い』を踊り始める。

「………で、どうしてラルカに、その『舞い』を教えているんですか?」
「ん〜〜〜。特に他意はないけどね。まぁ、強いて理由を挙げるなら、ラルカが教えてくれと言ったからと………後はヒマ潰し?」
「そう……ですか………」

 小さい声で、呟く。

 ルルカは目を細め、二人の前で『舞い』を続けるラルカを見やった。
 優夜と比べても、ラルカの『舞い』は遜色がないように思えた。
 少なくとも、とても数日前から唐突に教えたような動きには見えなかった。

「なんだったら、ルルカに教えてあげようかい?」

 その言葉に、ルルカはゆっくりと頭を振った。
 嘘を付いているのは、誰なのだろう?
 二人の『舞い』には、どんな意味が含まれているのだろう?

 優夜とラルカ。二人の『舞い』………。
 何も知らないのは、自分だけ。

 ラルカはこの『舞い』を、ずっと前から習っていたのではないのだろうか?
 優夜と同じ、異世界から召喚された機奏英雄に。
 優夜と同じ黒い瞳と髪をした、あの機奏英雄に。
 ルルカはチクリと、胸のどこかに痛みを感じた。

 訊ねたいハズなのに……訊ねなければならないハズなのに………。
 いざとなると足が竦み、咽の奥が凍りつき、何もできない自分が居た。
 このままではいけない事は、判っている。
 優夜の周囲で、何かが動き出そうとしている事は、漠然とした予感の中で気付いている。

 『今』という時間が、もう直ぐ終りを告げるであろう事も。

 それなのに、足を、踏み出せない………。

「……………ん?」

 不意に優夜の肩がピクリと動き、ルルカの横から腰を浮かせた。
 すると突然、

 ………ズシンッ!

 ルルカにも判るほどの小さな地響きが、地面を揺らした。
 一定のリズムを刻み、徐々に近づいてくるソレは………絶対奏甲の足音だ。

「こんな辺境の村に、他にも機奏英雄さんがやって来るなんて、どうしたんでしょうか?」
「そういう時は、確かめるに限る。行くぞルルカ、ラルカ」
「ん………」
「へ? わ、わわっ………!」

 首を傾げるルルカの腕を、優夜が強引に引っ張る。
 驚き、慌ててみても、優夜は一切お構いなし。
 ズンズンと腕を引っ張りながら、村の外れまでルルカを引っ張った。



 果たしてソコには、傷ついた一機の絶対奏甲………プルファ・ケーファが佇んでいた。
 胸や腕に刻まれた弾痕は、それが奏甲同士の戦闘の傷跡である事を、生々しく物語っている。
 むしろここまで辿り着けた事が、奇跡に近いような損傷だ。

「酷い………」
「………」

 無残なその光景に、ルルカは口を覆った。
 そんなルルカの服の袖を、ラルカがキュッと握り締める。

 そして奏甲の腕には、ボロボロの長衣に包まれた美しい女性が、大切に抱えられていた。

「………お願いします。助けて……下さい…………」

 長い銀髪を茜色に反射させ、その女性はやつれた頬を動かした。

「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
「う〜〜〜ん。美人さんだ」
「そういう事を言っているヒマがあるんでしたら、早く助けて上げて下さい!」
「へ〜い、へい」

 いそいそと奏甲の腕から、優夜が女性を抱きかかえた。
 随分と衰弱している様子だが、幸いな事に外傷は見当たらないようだ。

「お願い……します………。あの人を……リョウを助けて………」

 懇願するような声と眼差し。
 それが奏甲の中にいる機奏英雄である事は、疑いようもないだろう。
 ルルカは傷ついたケーファに、再び視線を滑らせた。
 ケーファを貫いた弾痕の数々はハッチの周辺にも及び、無残に捲れ上がった装甲版が痛々しい。
 操縦者は負傷しているのか、自力でハッチから出てくる気配がない。

「優夜さん!」
「………男を助けるのは、オレの趣味じゃないんだけどなぁ〜」

 言いながら、奏座のハッチに近づく優夜。
 強制排出装置のコックを捻ると、圧縮空気のくぐもった音が響き、中から血塗れの機奏英雄が転がり落ちてきた。

「おっと、危ないねぇ〜」
「……グァッ! す、すま…ない……」

 寸前のところで、優夜が落ちてきた機奏英雄を受け止める。
 瞬間、機奏英雄の面持ちが苦痛に歪み、血と脂汗に汚れた眉根が小刻みに震えた。
 青年は優夜よりも長身で、年齢は少し上かもしれない。

「優夜さん! もう少し、丁寧扱ってあげて下さい!」
「あ〜〜〜。悪い悪い」
「……ゆ、優夜……?」

 苦しそうに歪んでいた青年の眼差しが、ゆっくりと動いた。

「………あ、天凪……優夜さま……?」

 優夜の顔を眼差しに写し、青年の双眸が驚愕に見開かれ………そのまま青年は気を失った。

「あの……優夜さん?」
「お兄ちゃん?」
「……………あ、ちゃ〜」

 それは珍しい………本当に珍しい、優夜の舌打ちだった。


〜狂月の舞い 哀夜の調べ 『前編』〜 (終)



あとがき

と、いうわけで、久し振りの本編SSです。
今回のお話しは、第一部と第二部を繋ぐ中間ストーリーとなっています。

少しずつ明らかになってゆく、優夜の過去と本当の「実力」。
それに新型奏甲や、調子にのって揺れるルルカの心理描写なんかも書いてみました。
中でも一番のお気に入りであり、一番の不安要素である優夜の『舞い』はいかがだったでしょうか?
尚、今回の『前編』に登場する要素は、全て第二部に繋がる伏線となる……予定となっております。
その辺りも含めて、愉しんでいただけたら幸いです。

ちなみにこの後、中篇・後編と続く予定なので、気長に待っていて下さい。
ではでは。

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