『ならば、フォルと共に参るがよい!』

 純白のローザリッタァから降りてきたソイツは、臆する事なく高らかに宣言しやがった。
 屈託のない笑顔。
 握り返せば壊れてしまいそうな小さな手と、揺るぎのない凛とした眼差し。
 俺は唖然とした。
『宿縁』の歌姫に愛想を尽かされ、半ば自棄になって入った現世騎士団ともソリが合わず、抜け出して……。
 行くあてもなく、守るべき存在も持たず。
 俺は日々の糊口をしのぐ為に村々を襲う、野盗のような暮らしを送っていた。

 そんな俺の前に立ちはだかったのが、コイツだった。
 しかも、コイツが繰り出してきたその剣技は、俺が現世で「役立たずの剣」とバカにしてきた『夢想願一刀流』の太刀筋で……。
 笑うしかなかった。
 俺はコイツに……たった15歳の少女に、手も足も出なかったのだから。

 そして俺は、このコイツ……フォルの差し出した手を握った。
 以来、コイツとその侍女マリーカとの奇妙な旅を続けている。

 何故、俺はあの時、差し伸べられた手を拒絶する事なく受け入れてしたまったのか……?
 俺はあの時、何を求めていたのだろうか……?

 その答が知りたくて、俺は今日も旅を続けていた。
 

       ◇     ◇     ◇


「ったく、いい気なもんだぜ」

 目眩を覚えそうなパーティー会場の華やかさに、俺は悪態をついた。
 世界は混沌の最中にあり、今も「白銀の暁」と評議会軍が派手にドンパチ繰り広げているって時に『クリスマスパーティー』だと?

「ぼやくでないリョーヘイ」
「へいへい」

 窘めるようなフォルの口調に、俺は肩をすくめた。
 が、こんな呑気なパーティーの中に入れば、誰だって気が抜ける。

『クリスマスパーティーの会場の警備』

 これが今回の仕事なんだが……。

「こんな呑気なパーティー、一体誰が妨害するってんだ?」
「知らぬ。が、これも仕事だ。気を抜く出ない。フォルは少し、向こうの様子を見てくる」
「生真面目な奴め……」

 フォルは憮然と踵を返すと、人ごみを掻き分けるように会場の奥へと姿を消した。
 ……ま、これでようやく煩い奴が消えたワケだ。
 こんなアホみたいな仕事、一口も呑まずにやってられるかよ。
 そういうワケで、取り合えず一杯……。

「お仕事中に飲酒とは、さすがは遼平さま。豪胆にございますわ」
「ブッ……!」

 ゲホ、ゲホ、ゲホッ……く、気管に少し入ったじゃねぇーか!

「マリーカ、貴様っ……!」
「あらあらまあまあ。お鼻でお酒を召し上がるとは現世の風習、まことに奇妙でございますれば……」
「んなワケあるかぁ!」

 鼻から出たワインを拭って、マリーカを睨み付ける。
 もっとも、この程度の睨みなんか、コイツにとっては微風みたいなもんだろうが。

「ああ、おいたわしいフォルさま。このクリスマスの夜に、独り職務に没頭なさるなんて……。
 しかも家臣の一人は胸の内の虚しさを分かち合うどころか、一人裏切り酒に溺れる始末……ヨヨヨ」
「白々しい嘘泣きなんかするな! つーか誰が家臣だ! いつ酒に溺れたぁ!?」
「何を騒いでおるのだリョーヘイ、マリーカ?」
「げっ、フォル!?」
「これはフォルさま。いま丁度、遼平さまがフォルさまとパーティーを楽しみたいと話していたところでございます♪」
「リョーヘイが? フォルと?」
「言ってない!」

 と、叫ぼうとした瞬間、マリーカの肘が鳩尾に突き刺さった。

「……まことか、リョーヘイ?」

 フォルは赤い顔をしながら、チラチラと俺に視線を投げ掛けてきた。
 が、俺が蹲ったまま無言でいると、やがてクリーム色の頭を左右に振って溜息交じりに言った。

「マリーカの心遣いは有り難いが、そうもいくまい。このパーティーは、機奏英雄と我等アーカイアの民との親睦の証だぞ」
「そうでございますか……はぁ〜」

 と、今度はマリーカが落胆の吐息を漏らした。
 ……もの凄く冷たい目で、俺を「この甲斐性なし!」と罵りながら。
 それにしても『親睦』ねぇ。
 主催者のテーブルに視線を移すと、次々と訪れる来客と談笑している金髪の歌姫と、同じく金髪の機奏英雄の姿がある。
 なんでもボサネオ島では、随分と活躍したそうだ。
 その功績に評議会から授けられたビリオーンブリッツが、物珍しげに集まった来客者を精悍な面持ちで睥睨している。

「なんでも歌姫の出身地であるこの街に戻ってからも、街を襲った奇声蟲や絶対奏甲を何度も撃退したとか。
 自棄になって夜盗化していた誰かさんとは、まさしく大違い」
「やかましい。嬉しそうに語るな」
「その話はフォルも聞いたぞ。立派なものだ。しかし、折角の親睦パーティーであろうに。
 他の機奏英雄を蔑ろにする姿は、いささか感心せぬぞ」

 ほぅ、フォルでも気付くか。
 俺を含めた他の機奏英雄なんかほったらかしの、このパーティーの雰囲気に。

「その割には、肝心の英雄さまの表情が優れないように見受けられますわ」

 マリーカの言葉に、俺とフォルは頷いた。
 確かにあの英雄、浮かない顔をしてやがる。
 主催者の歌姫も自慢げに武勇伝を語ってはいるが、どこか様子がおかしい。

「お気づきになりましたか? あの歌姫、先程から一度も英雄の腕から手を離そうといたしません」
「確かに二人とも、何やら様子がおかしいのぅ」
「ま、アレだけの招待客に途切れる事なく挨拶やら世辞やらを受け続けたら、誰だって疲れもするだろうが……」

 奇妙な事には変わりがない。
 或いはその辺りに、警護の人間を雇った理由があるのかも知れないが……。
 と、その時だった。

 ボンッ!

 閃光と衝撃、それに続く爆発音。
 宙に吹き飛ぶテーブルと料理の数々。
 俺とマリーカが反射的にフォルの背中に覆い被さる。

「っ!」
「フォルさま!」

 僅かに遅れて、悲鳴と怒号が交差した。
 こうなったら、華やかなだったパーティーもお仕舞いだ。
 会場は一瞬にして大混乱に陥り、炎と煙と血の海が生々しい惨劇の様を克明に刻み込む……。
 いや、ちょっと待て。
 ……妙だ。火災も起きてなければ、壁も天井も崩れていない。
 呻き声やヒステリックな怒号は聞こえるが、血塗れの負傷者なんか一人も見当たらない。
 主催者の歌姫は白煙を吸って咳き込んでいるが、取り合えず無事な様子だ。
 英雄の方は……姿が見えないが、この分だと無事だろう。
 
 と、そこへ今度は、会場の外から別の騒ぎ声が聞えてきた。

『自由民のキューレヘルトだ!』

「リョーヘイ!」
「チッ! マジかよ!」

 俺とフォルが同時に駆け出す。
 念の為に会場の外に用意していた奏甲が役に立つとは、まさに備え在ればなんとやら、だ。
 外に飛び出した瞬間、俺が最初に目にしたのは3機のキューレヘルトだった。
 我ながら迂闊だったぜ。自由民の存在を忘れていたなんてな。
 連中なら、このパーティーが面白いハズがねぇー。
 俺は愛機のメンシュハイト・ノイに駆け込むと、急いで機体を立ち上げる。

「ん……?」

 その時、離れた場所に駐機してビリオーンに、あの金髪の機奏英雄の姿が見えた。
 流石……と思ったが、腕に抱かれた歌姫の髪が「黒」というのは、どういう事だ? 
 会場に居た歌姫は、紛れもなく金髪だった。そもそも衣装が違う。
 戸惑う俺を無視して、ビリオーンはキューレ部隊とは反対の方向へと走り出した。

『リョーヘイ! よく判らぬが、リョーヘイはビリオーンを追うのだ!』

 有無を言わさぬ口調で命じ、フォルが純白のローザリッタァを駆ってキューレヘルトに斬り込む。
 キューレの腕のマシンガンから、眩しいばかりのマズルフラッシュが一斉に瞬いた。
 硝煙と轟音を狂ったように撒き散らし、無数の徹甲弾がローザを襲う。
 だが、放たれた銃弾は夜気を貫くだけで、一発もローザに命中しない。
 当たり前だ。
 既にローザは白い残影だけを夜陰に残し、連中の内懐にまで迫っていたのだから。

 ローザの鞘から白刃が煌めく。
 一陣の風にも似た太刀筋が、キューレの両脚をクリスマスキャンドルのように容易く切り裂く。
 
 これだ……。これがフォルの太刀だ。
 フォルを相手に、たかだがマシンガンを装備したキューレが束になろうが、物の数じゃねーんだよ。
 
 俺はメンシュハイトの巨大な脚で大地を蹴ると、闇に消えたビリオーンを追った。 


       ◇     ◇     ◇


 ビリオーンに追い付いたのは、会場から2キロほど離れた場所だった。
 警告代わりに、逃走する方角へ肩の20ミリランチャーをぶっ放す。
 赤い曳光弾の輝きが闇を切り裂き、大地に無数の弾痕を穿つと、ビリオーンはゆっくりとコチラを振り返った。

『申し訳ありませんが、ボク達を見逃してはくれませんか?』

 聞えてきたのは、金髪の機奏英雄と思しき青年の声だった。

「はい、そうですかって、頷くと思うか?」

 すると青年は返答代わりに、背中の大剣を引き抜いた。
 月明かりに照らされた純白の機体を、まるで歴戦の勇士が発するオーラでも纏っているかのように蒼く輝かせながら。
 いい返事だ。ゴチャゴチャと言い訳するより、ずっといい。
 俺も奏甲用の『刀』を引き抜き、正眼に構えた。

「そこに居る歌姫は、お前の『宿縁』じゃないんだろ? 『宿縁』の方はどうするんだ?」
『……彼女に不満があるワケじゃない。でも、ボクが護りたいのは、今、ボク為に歌を紡いでくれるこの女性だ』

 なるほどね。二人して示し合わせていた、って事か。
 それなら会場の爆発物も頷ける。
 目的はあくまでも撹乱なのだから、誰かを殺傷する必要性はどこにもない。
 
 そしてコイツは、運命の定めた『宿縁』よりもホレた女を選んだってワケだ……。

 納得した途端、俺は奇妙な心持ちになった。
 それもまた、一つの選択肢だろうさ。もっとも、俺の場合は逆の立場だったがな。
 俺は『宿縁』に捨てられて、コイツは『宿縁』を捨てるという。
 コイツはなかなか、奇しき巡り合わせじゃねぇーか。

 そしてコイツの心を知っていたからこそ、あの歌姫は必死に周囲に自分との『絆』を認知させたかったのだろう。
 そうする事が、唯一自分と『宿縁』とを繋げる鎖だと信じて。
 愚か、とは笑えまい。
 それも人の心だ。
 何かに縋ってでも、自分の側に大切な人間を留めたいと願う人間の心だ。

「そこまでの覚悟あるのなら、後で泣き言なんざ………」

 大剣を横に滑らせ、一気に間合いを詰めてくるビリオーンに対し、俺は静かに納刀した。
 左足を僅かに退いて半身を捻り、鞘の口をビリオーンへと指向……。

「ぬかすなよっ!」

 深く落とした腰を引き上げ、踏み込むと同時に鞘の太刀を滑らせるように引き抜く!

 キィィィンッッ!

 大剣と太刀がぶつかりあり、凄まじい火花と金属音が弾け散った。
 巨人同士の踏み込みに大地が震え、大気が軋む。
 次の瞬間、間髪を入れずに全力の横薙ぎが俺の視界を真横に奔る。
 疾いっ!
 紙一重で、俺はビリオーンの大剣を受け止めた。
 凄まじいパワーだ。『宿縁』でない歌姫のサポートでこれとは、特殊な『声帯』でも装備してるのか!?
 受け止め切れなかった衝撃が、機体の各部にダメージを刻み込む。
 これがエース機ビリオーンと、メンシュハイトの性能差かよ!

 機体の各部が奏でる悲鳴に、俺は咄嗟にビリオーンの横腹を蹴った。
 
 バキィンッ!

『ぐあっ……!』

 マヌケめ。剣術使いが、蹴りを使わないと思ったら大間違いだぜ!
 
 ブンッ……ガキィンッ!

 苦し紛れの胴薙ぎの軌道を、真下からの一撃で上方へ逸らす。
 そして間髪入れずに、俺は強引に抉じ開けた敵機との隙間にメンシュハイトを滑り込ませた。
 ガラ空きになった胴体へ、跳ね上げるように太刀筋を一閃。
 ビリオーンの右腕が、大剣ごと宙を舞う。
 そして切っ先は胸部の装甲をも弾き飛ばし、剥き出しになった奏座から金色の髪が舞い上がる。
 だが、まだ終りじゃない……終わらせない。
 更に峰を返して左腕を柄に添え、脇腹の隙間から幻子炉を貫く!

「夢想願一刀流奥義、『浪下の木走り・追の太刀』……」

 幻糸炉を貫かれ、ビリオーンは完全に停止した。
 もし、相手が完全な戦闘起動状態のビリオーンならこうも上手くはいかなかっただろう。
 ともかくこれで二人は、逃げる手段を失ったワケだが……。

 チンッ……。

 微かに澄んだ切羽の音色を響かせて、俺は刀を鞘に戻す。

「何をグズグズしているんだ。さっさと行けよ」

 俺が言うと、奏甲から金髪の青年が驚いた顔が出てきた。

「俺の仕事は『パテーィー会場の警備』だ。会場を荒らした奏甲を潰すのは、仕事の内だ。
 が、逃走した英雄を捕まえろなんて仕事は、請けてねぇーよ」

 ガラじゃねぇーけど、今日はクリスマスだ。
 少しくらいサービスをしたって、バチは当たらないだろう……多分、な。
 やがて奏甲から、金髪と黒髪の頭が降りてきた。
 二つの頭は俺に向かって微かに一礼すると、闇に包まれた地平に向かって走り出す。

「……と、まぁ、そういうワケだ」

 二人の姿が完全に見えなったところで、ゆっくりと振り返る。
 案の定、白いローザリッタァが闇の中から姿を現した。

「逃がしてやったのか?」

 奏甲から降りながら、フォルが訊ねてきた。

「問題ないだろ、別に」
「………」
「『宿縁』に捨てられた英雄と『宿縁』を捨てた英雄とじゃ、一体どっちがマシなのか興味が湧いた。それだけだ」

 そうする事で、或いは俺は俺の『宿縁』に、ささやかな復讐を望んだのかも知れない。
 あの二人が『運命の絆』を断ち切ってでも、未来を切り開ける事ができるのなら……。
 俺にも或いは……………って、な。
 自虐になる趣味はないが、自然と自嘲気味の笑みが浮かんでくる。
 
 習いたくもない剣術を習って、最後まで分かり合えなかった『宿縁』とパートナーを組んで……。
 運命ばっかり嘆いた俺は、けれども一度でも運命に逆らおうとしただろうか?
 
「俺にもアイツくらいの気概あれば、自分の『宿縁』に見放されずに済んだんだろうが……」
「それは困る。そうなっていたら、フォルとリョーヘイは出逢えぬ理屈ではないか」
「そりゃそうだ」

 真面目くさった……それでいて拗ねたようなフォルの口調に、俺は自虐は苦笑に変わった。
 コイツのガキみたいな……実際ガキなんだが……純粋さには、何かを変える力があるのかも知れない。

「フォルにはどちらがマシかなど判らぬし、リョーヘイの『宿縁』でもない。が、だからこそ言える事があるぞ」
「……ほう?」
「フォルはリョーヘイを見捨てたりはせぬ。だから安心して……」

 制約や宣言というよりも、むしろ挑むような口調だった。
 それが如何にもコイツらしいと、俺は思った。
 冬のアーカイア。
 荒涼とした大地に流れる蒼い月の夜想曲を背に受けて、やわらな髪が波打ち、小さな胸を大きく反らす。

「フォルと共に参るがよい!」

 高々と響く少女の声に、俺は込み上げてくる笑いを抑え込もうとして、失敗した。

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