現実と言う名の妙

Chapter.2







 光画部部室の片隅にひっそりと存在する、比較的一般peple寄りの者が寄せ集められる机。その席に座り会話する、4人の馬鹿(じょうしきじん、と読もう)が居た。


 一人は篭手を着けているので一般からは遠そうに見えるが、それ以外は全く個性と言うものが感じられないほどパターン化された、いわゆる堅気の男子学生である。

 彼の名は、仙仁 琉都。

 一人は服装の面では多少乱れが見られるが、盗撮に近い光画部の活動を正そうと無意味に働きかける、正義漢と言えなくも無い男子生徒だ。

 彼の名は、アルゼ・クオンゼルン。

 一人はむしろ被写体になりそうな、金髪青眼の美少女風の女子生徒。彼女が今まで一度も盗撮された事が無いのは、堅気のちみっこ軍団ファン──通称『ちみファ会員』がガードしているからに過ぎない。

 彼女の名は、ソフィア・エルファイム。

 一人は目立たなさそうな、茶色(見る角度では金色)い瞳に黒茶色い癖っ毛の女子生徒。彼女が被写体にならない理由の一つには、盗撮常習者曰く「R指定食らわずに撮れるものが無い(注:ここで言うR指定は“琉都による流通規制指定”である)」そうだ。

 彼女の名は、クゥリス=フォルティッシモ。


 この4人をよく「光画部の楔」と言うのは、盗撮行為を認めながらも流通させる品に規制をかけている琉都、盗撮行為を行わせない為にパトロールはするアルゼ、『ちみファ会員』を手懐けているソフィア、いざと言う時の最終手段を講じるクゥリス、と言う役割があるからに過ぎない。

 もしこの楔が抜け落ちたなら暴走する盗撮行為は、最終的には警察沙汰になりかねないだろう───今までそう言った事態は一度も無かったが。

 いや、今でも十分に際どい位置に光画部はあるのだ。

 まず第一にフィルム代がバカにできず、部費が不足している。

 第二に新入部員を某逆噴射式全自動迷惑製造装置が泣かせて追い返してしまう為、絶対的に部員が不足している。

 第三に、これが決定的だが、もはや盗撮としか言えない行為を繰り返す光画部員が(誰とは言わないが)居る為に、職員会議でもそれなりに槍玉にされているのだ。

 もっとも「光画部のサムライ」こと盗撮部員はその事を知らない為、某暴発式迷惑製造発射装置をリーダーとして今日も盗撮行為に勤しんでいる訳であるが。


「しかし、夏だな…暑くて敵わない」

 琉都は篭手を流水で冷やしながら、ぼやくように呟いた。この篭手、異様に丈夫でこそあるが、金属なのでやはり熱は蓄えてしまうのだ。

「そりゃそうだろうぜ……オレとソフィアは白人系の人種だから、余計にこたえる訳だけどよ……」

 いつもならカメラ片手に盗撮現場の盗撮に向かうアルゼだが、今日はどうした事か机に突っ伏して動かない。それだけ外気が暑かったと言う事だろう。

「そう言えばここの近くって、何だか異様に暑いよねー…」

 冗談か本気かが微妙に察し辛い口調でそう言いソフィアは、何本か買い出してきたペットボトルの炭酸飲料を惜しげも無くアルゼの額に押し付ける。アルゼはそれを受け取り、しばらく涼を楽しんだ。

 琉都も『福建省が自信を持って〜』云々と漢文で書かれた茶のペットボトルを受け取り、頬に当ててその心地よい冷たさを思う存分に楽しむ。

「そうですよね…何か不自然な感じの蒸し暑さと言うか、逆に背筋が寒いような…」

 クゥリスはまるで霊感少女のような事を言った。それを聞いてソフィアはクゥリスの制服の背中に、天然水のペットボトルを滑り込ませる。

 ひゃっ、と小さく悲鳴をあげて跳びあがる様は、なかなかに面白い見物だった。

 琉都はそれを半笑いで見ながら、ズボンのポケットにつっこんであるメモ帳を取り出す。パラパラと捲り、紐の挿んであるページを開いた。

「……あー、そう言えば水泳部はもう泳いでたっけな……」

 他のページも幾らか捲って見ながら、琉都はそう呟いた。

「そこかァ…。けど逆にプール周辺って、何故だか知らねえけど塩素臭い上、蒸し暑いからなァ……」

 暑いのはもはや遺伝子的レベル(白人系だから)で苦手なアルゼは、渋々と言った感じに愛用の一眼レフカメラを首に引っさげる。望遠レンズもついている為、盗撮には実はこっちの方が向いていると言う説が無いではない。

「仕方ないだろ。それに俺達がやんなきゃあいつらを誰が止める?」

 気合が戻ってきたのか琉都はそう言い、ズボンのポケットにデジタルカメラが収まっているのを確認した。

 琉都のポケットにはいつでも、メモ帳、シャーペンと消しゴム、耳栓、魚肉ソーセージ一箱、デジカメ、携帯電話の7つ道具が収まっているのだ。魚肉ソーセージと耳栓が意味無いように見えるが、実はこれが案外役に立つ事もあるのである。

「あれ、アルゼ、今日は帰らないんだ?」

 ソフィアはそう訊ね、槍でも降りはしないかと不安そうに窓から天を仰ぐ。幸いにも雲一つ無い快晴だ。

「そう毎日毎日口説いてっと、そろそろ爆焔が嫌になってきたからな…3日に1回に減らしたぜ」

「アルゼも真人間になりつつあるのか…合掌」

「琉都兄に倣って、合掌」

 ソフィアと琉都に合掌され、アルゼは何となく怒りを覚えた。と同時に軽いショックも受ける。

 と、ふと思い出したようにクゥリスが

「あの…別に私達が無理しなくても、ソード先生かネレイス先生辺りが『指導』すると思うんですけど…」

「それを避ける為に行くんじゃないか、仮にも俺らの学友だぜ。それにまさかアイアンメイデン(処刑法・処刑具の一種で、長く鋭いトゲトゲが内側についた鉄棺桶に罪人を閉じ込める。転じて掃除用品のロッカーに罪人を閉じ込め外側からボコボコにする私刑)なんて目に遭って見ろ……トラウマ級だろが」

 まるで思い出したくない事を思い出したように、琉都はその身をブルッと震わせる。

 そう言えば過去に1回だけ何かの冤罪でアイアンメイデンを食らった事があったような、とアルゼはおぼろげながら思い出していた。その時の琉都は確か無遅刻無欠席無早退の連続記録更新を止めて、ほとんど半泣きの状態で玄流に帰ったはずだ。

「…あれは見てる方が心臓に悪いよね…」

 ソフィアもその時の様子を思い出したのか、くらぁぁぁぁぁい表情で呟いた。

「それは否定できねえな」

 やはり暗い表情で、アルゼはソフィアの意見に同意する。

 うっかりすると暗くなりきってしまいそうな空気を察して、琉都は素早く気持ちを切り替える。

「ま、仕方ないっちゃあそこまで。それにあの迷惑屋本舗こと天凪がその程度で心理的外傷を負うとは思えないし?」

「あ、それは言えてますね。他の人はちょっとアレですけど」

「そういう事だ。 …さて。んじゃ俺はいつも通り、用務員のおっちゃんの仕事っぷりを見てから、どっか良い場所の風景でも盗って──もとい撮ってくる」

 ここだけの話。琉都はそれなりに用務員の人がどこで何をしているか、ある程度までなら行動を把握していたりする。

 ただ単に友交関係が狭い(と言うか無い)時代に『ヲーリィを探せ』気分でやっていた事の成果なのだが、それが原因で用務員──風野と言うらしいと教職員名簿で見て先週初めて知った──と仲が良いとかそういう事は無い。何故か青いシマフクロウっぽいクリーチャーに餌をやる事は度々あるが。

「をぅ。んじゃオレはあの盗撮野郎どもを取り締まってくっから」

 アルゼはそう言うが早いか、さっさと部室を出て行った。恐らくプール近くの高い場所に昇るつもりだろう。

「じゃ、わたしはお留守番してるねー」

 そう言いながらソフィアは暗室に入って行った。恐らく自分で撮ってきた写真を現像するつもりなのだろうが、ネガがネガに埋もれてしまっている方に100ルピア賭けてもいいと琉都は思った。

「えと、私は…」

 クゥリスはしばらく考える風にした後、ぽん、と手を打ち

「琉都さんについて行ってもいいですか?」

「何でそうなる…。いや、別に構わないけど」

 またかと内心で呟きながら、琉都はそばにあったカメラを引っ掴んでクゥリスに渡す。部の備品なのだが、部員が使う分には怒られる事も無い筈だが。

「生物部と料理部は行かなくていいのか?」

「いいんですよ。私はあっちじゃあくまで予備戦力ですし」

 そう。クゥリスは3つの部に顔を出しているので、かなり顔が広いのだ。しかしあくまで正式所属は光画部のみである。

 料理部にはアメルダも所属しているのだが、今まで彼女が持ってきた料理が美味く無かった例は(無いといえば嘘だが)あまり多くない。クゥリスもそれなりに持ってくるが、こちらは当たりもハズレも無いと言った所か。

 生物部ではせいぜい誰も世話を出来ない時に代行している程度なので、部長も名前と顔を知っている程度にしか過ぎないとは本人談。

 本腰を入れて何かをすると言う事が無いと言われればそこまでであるが、本人としてはやりたい事をやりたい時にしているので全て本気でかかっているらしい。

「そか。ならいいんだけど」

 琉都はやけにあっさりと納得し、光画部の部室を後にした。




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