『第十字学園の入寮』 バッド「まあ、一段落って所かな・・」 朝の賑やかな登校風景を校長室から眺めながら呟く。 フローネ「モデルクラス・・・特組(とっく)の事を言っているんですか?校長代理」 直立不動でフローネが答える。 バッド「ああ、設立して一ヶ月。あれももう学園の風物詩だろう?」 見ると、生徒が一人校門で吹っ飛んでいる。とりあえずフローネは見なかったことにした。 フローネ「特組のために私を含め数人の教員、そして在学中だった生徒や近隣遠方とわず無作為に選んだそうですが・・・」 更に校門で教員とおぼしき人物と生徒が罵り合っている。やっぱりフローネは見なかったことにした。 バッド「我ながらライトスタッフだと思うね・・」 フローネ「・・そうでしょうか・・?」 目線の端にいやでも校門の風景が映る。教員とおぼしき人物が何かを取り出している所だ。 フローネ「校長代理が何を考えて、このような事を始めたかわかりませんが。問題が多すぎます」 銃声・・・のような音が聞こえる。きっと幻聴だろう。 バッド「まあ、なんだ。問題を問題として見初めただけましだろう」 フローネに振り向くバッドの後ろをガラス越しに『何か』が通り過ぎて行く。 その絵がこの学園の今を端的に現わしているのかもしれない。 そんな思考が頭をよぎりつつ、フローネは『その絵』を生暖かい目で見守っていた。 フローネ「そういえば本日、転入生がくるとか・・」 バッド「特組か?もう締め切りにしたはずだが・・」 フローネ「いえ、普通の学生です。ただ本人の事情で四月に間に合わなかったそうですが・・」 バッド「・・・・」 フローネ「いま、『そいつも入れれば良かった』と思ってますね」 バッド「別に・・それはそれでなるようになるさ・・」 ※ ※ ※ 喜司雄「ああ・・やっと着いた・・」 大十字学園と刻まれた校門の前で呟く。 喜司雄「しばらく見ないうちに変ったよな、この街も・・」 二月に一度遊びに帰ってきたが、見直して見るやはり四年前とはだいぶ違う。 この街にはいろいろな思い出が詰まっている。 楽しい事も、つらい事も・・。 喜司雄「・・そういえば美空ちゃん・・桜花が戻ってきてるって言うけど・・・」 一度戻ったときに美空に聞いた話しだ、志度も一緒に捜したくれたが。 喜司雄「やっぱり思いでは思いで・・・だよな」 頭を振り思考をさえぎりながら門をくぐった。 ※ ※ ※ バッド「え〜と、三園(みその)喜司雄君・・・ね」 校長室でバッドは目の前の少年と書類を見比べる。 喜司雄「はい・・予定より遅れましたが・・今日付けでこちらに・・」 バッド「兄弟とかいる?」 喜司雄「は?・・いませんが」 いきなりのフランクな態度に少し驚く。 バッド「そうか・・なんとなく似てる生徒がいてね・・」 喜司雄「は・・・はあ・・・」 バッド「まあいいわ、ここはわりかし自由なところだから、それなりにがんばってくれ」 喜司雄「・・・あ、はい・・」 この人本当に校長だろうか?と悩んでいるとドアがノックされる。 アール「失礼します」 入ってきた人物を眺める喜司雄。 制服を着ている所を見ると女生徒なのだろうと思い当たるが、何か普通でない雰囲気を感じさせる。 アール「転入生が来たと聞きまして、寮長としてまいりましたが」 バッド「そうか・・そうだな・・まあ特組の授業なら後回しでもいいだろうし任せる」 アール「わかりました・・君が転入生か」 喜司雄「はい、三園喜司雄といいます」 アール「・・・・」 喜司雄「・・あの・・何か・・・」 寮長と名乗った女生徒に上から下まで眺められてたじろぐ。 アール「・・君は・・兄弟とかいるのかな?」 喜司雄「いえ・・・いませんが・・」 同じ質問、そんなに似ている生徒がいるのだろうか・・。 アール「まあ、いい。私はアーデルネイド、言いにくいだろうからアールでいい」 そう言って手を差し出す。 喜司雄「あ、はい。これからよろしくお願いします。アールさん」 差し出された手を握る。 そのとき女生徒の微妙な表情の変化に喜司雄は気が付かなかった。 ※ ※ ※ 今日は授業がほとんど無いのかそのまま寮に案内される。 アール「ここが寮だ、男女別に棟が別れているが。私が総括で寮長をやっている」 喜司雄「はあ、随分古い建物ですね・・」 アール「まあ、戦前にもあったという説もあるくらいだしね」 そのまま男子棟に案内される。 アール「おじゃまするよ、シィギュン」 入口の受けつけに声を掛ける。 シィギュン「はい・・ああ、こちらが転入生さんですね」 受けつけ越しに物腰やわらかな女性が現れる。 喜司雄「喜司雄といいます。よろしくお願いします」 シィギュン「はい・・私はここの管理を任せられているものです。 何かあったら遠慮無く言ってください。それと荷物はもう届いていますし、同居人の方もお待ちですよ」 喜司雄「ありがとうございます」 さらに案内されて寮内をいく。 喜司雄「綺麗な・・人ですね・・あんな人が管理をしているんですか?」 アール「ああ、シィギュンの事か・・・まあ本来だったらもっと適任な仕事もあるし、これぐらい事は誰でも出来るんだが本人の希望らしい」 喜司雄「そうなんですか・・・」 程なく一室の前に止まる。 アール「ここだ、さあ入りたまえ」 喜司雄「はい・・」 そういえば同居人がいるんだっけ、ふと思い出しながら部屋のドアを開ける。 ???「あ、転入生さんですね」 中の人物が笑いかける。 きっかり五秒で開けたドアを閉める。 喜司雄「・・・・・・・あの」 アール「どうした入らないのかい」 喜司雄「いえ、中に女の子が・・・」もう一度ドアを開ける。 アール「ああ、彼か・・紹介がまだだったね、彼は新見忍。歳は君よりも下だが同じ学園に通う生徒だよ」 忍「新見です。よろしく」 そう言ってまた笑いかける。 喜司雄「ああ、てっきり女の子かと・・・」 アール「いや、実はその『女の子』なのだよ・・」 喜司雄「え゛!?」 アール「まあ、いろいろ込み入った事情があってね、最初は私も驚いたよ、彼・・いや彼女は戸籍からなにから全て男になっているんだ」 喜司雄「な・・な・・え・・えぇ」 アール「そこで真面目そうな君に頼みなのだが、彼女が卒業するま協力してやって欲しいんだ」 喜司雄「あ・・・・は・・・はい?」 アール「まあ君なら大丈夫だろうと思うが、ここは先程言った通り安普請でね防音性はよくない。 もし彼女の悲鳴の『ひ』でも聞こえようものなら・・・」目が真剣な光を宿す。 喜司雄「・・・・・・」 アール「とにかく頼むよ、それじゃあ私は用事があるので失礼するよ」 言うだけ言うとアールは去って行った。 喜司雄「・・・・・そんな・・・」 忍「大丈夫ですか?」喜司雄の前で手をヒラヒラさせる。 はっと我に帰り忍を見る。 喜司雄「新見さん!あなたはこれでいいんですか?」 忍「忍でいいですよ・・・・で、何がです?」 喜司雄「だって、ここには女子寮もあるんだし、どんな理由があるか知らないけど・・・」 忍「・・・訳は聞かないでください、もし喜司雄さんが迷惑なら寮監に言いつけてもいいです」 喜司雄「そんな、別に僕は・・・」 忍「そうですよね・・やっぱり迷惑ですよね・・こんなこと」 後ろを向きシクシクと泣く忍。 喜司雄「いや別に・・・わかった、わかったから泣かないでよ・・・」 忍「そうですか、ありがとうございます。あ、荷物はまだ応接室に置きっぱなしだったんで手伝いますね」そう言ってさっさと出ていってしまった。 喜司雄「な・・・なんなんだここの人達は」 そして喜司雄の新しい生活ははじまった。 ※ ※ ※ 次の日の朝、二段ベット上で喜司雄は目を醒ました。 喜司雄「そうか・・・寮に入ったんだっけ・・・」 起きようとしてベットと部屋を仕切っていたカーテンを開けようとする。 忍「喜司雄さん起きたんですか、すいません今着替えているんでもう少しまってください」 カーテン越し声がかかる。そうだ同居人がいたのだ、問題の多い。 食堂で忍と一緒にご飯を食べていると見知った人物が現れる。 アール「や、昨日はよく眠れたかな」 喜司雄「はあ、それなりに」 アール「いや〜忍の同居人が君で良かった。これからも頼むよ」 喜司雄「・・・・はい」 安請け合いするんじゃなった、と思っても後の祭りだった。 忍「そろそろ行きましょうか、クラスが別で残念ですけど・・」 喜司雄「え、だって君とは年齢が違うだろうから・・・」 忍「ああ、聞いてないんですね。この学園は四月から特別なモデルクラスを作ったんです。年齢の枠の無い自由な学問のためにとか言ってましたけど」 喜司雄「・・・何それ・・・」 忍「さあ・・・とにかく僕はそのクラスなんです。いろんな人がいて面白いですよ。今度遊びにきてください」 ※ ※ ※ 自分のあてがわれたクラスに入る喜司雄。 そこは何も変化の無い普通のクラスだった。 喜司雄「やっと落ち着ける・・・」 休み時間に机に突っ伏す。 志度「・・・おい、久しぶりの再開の挨拶も無いのか?」 見ると志度をはじめ懐かしい顔が数人立っている。 喜司雄「ああ、ごめん。なんだか寮でいろいろあってさ」 友人「おまえ、特組の奴と一緒の部屋になったんだってな」 喜司雄「とっく?」 志度「モデルクラスは言いにくいからな、みんなそう呼んでる」 友人「あそこは変人ばかりだからな染まるなよ、一日平和だったためしが無い」 喜司雄「既に自信無い・・同居人は男女だし・・・」 友人「そんなのも居たな、しかしあれが本当に女の子だったら喜んで一緒に住んじゃうけどな」 だったら変わってくれ、と思ったが言う元気も無い。 志度「しかし、本当にお前が帰ってくるとはな、昔の事はもう吹っ切ったのか」 喜司雄「・・・それは・・大丈夫、もう・・大丈夫さ」 喜司雄は『弱者』を引き当てる体質がある。自分でも何となく自覚はしていた。 仲良くなった、友人がいじめられっ子だったと言うのはざらにあるし、捨て猫などをよく見つけてしまう。 それはそれで構わない、その事があって志度と美空にも会えたのだし。 ただ、自分ではどうする事も出来ない事が多かった。結局自分が一番『弱者』だったのだろう、 そう思った時にこの街を一端離れようと決めたのだ。 自分の力で誰かを助けられるようになりたい。 桜花との出会いと別れでその事を身に染みて思い知らされたのだ。 今回のあの同居人も、きっとそういった類の事なのだろうと納得することにした。 志度「・・・そうか、ならいいんだがな・・」 真剣な目で遠くを見つめる喜司雄に、志度は掛ける言葉がみつからなかった。 ※ ※ ※ 忍「お帰りなさい」 その固い決意を脆くも崩れさせる笑顔がそこにあった。 喜司雄「あのねえ、忍君」 忍「なんです?」 喜司雄「どうせ男として振舞うのだったら、髪とかそれらしくした方がいいんじゃないかな」 忍の髪は長い、顔も女の子そのまんまなので男物の制服がまるで似合っていない。 忍「え、似合いませんか?」 喜司雄「いや・・そうゆう事でなく」 忍「自分なりのいろいろ考えたんですけど、やっぱりボロが出ちゃうのでこうして開き直ることにしたんです。でも・・喜司雄さんが切れと言うのなら・・」 喜司雄「い、いや僕はね、別に・・・」 忍「そうですよね、やっぱり似合ってますよね。うん、喜司雄さんならわかってくれると思った、そろそろ夕食ですよ食堂に行きましょう」 先程の暗い表情はどこえやらといった感じで先を行く。 かわいい顔して、とんでもない同居人だな。何度目かの後悔が先に立つ。 ※ ※ ※ しかし、数日後・・。 トイレでばったりと忍とあった時の事。 忍「あ、後で寮長の所に勉強を教わりに行くんですよね?」 喜司雄「そうだけど・・」 忍「じゃあ僕も行きます。先に部屋で待ってますね」 そそくさと退場する忍。 喜司雄「・・・・・」 何か違和感を感じる、ここはトイレだ。大便小便、用具入れと幾つかのスペースに分かれている。 忍は今、小便器でようをたしていなかったか・・? 喜司雄「・・・あの男女・・」怒りでフルフルと小刻みに揺れる。 忍は恐る恐るトイレの様子を伺っていたが。 喜司雄「まて!こらぁ!」トイレのドアが勢いよく開けられる。 忍「うわ、やっぱりばれた」その形相を見て慌てて逃げる。 廊下を全力疾走で駆け抜ける二人。 喜司雄「待て、そこの男女!もういっぺん見せてみろ」 忍「わ〜人前で見せるものじゃないですよ〜」 両者の間はみるみる縮まる。 そして走り抜ける、周りでは・・。 「おい、やっと気が付いたらしいぜ」 「忍のバカがへましやがって・・」 「だれか今日に賭けていたのいたか?」 「おい、寮長に報告、結果は『三日目の午後』だ」 などと、とんでもない会話が行き交う。 廊下の端で忍を捕まえる。 忍「やっぱり、体格差はどうにもならないか・・」 喜司雄「おい、これはどう言う事だ!説明しろ!」 忍「僕は寮長に言われた通りにしただけです、ちなみに髪はかつらです」 喜司雄「寮・・・長・・」それを聞くと女子寮に走る。 忍「う〜む、やりすぎたかな・・」とりあえず喜司雄を追う。 ベルティ「寮長〜向こうからご乱心一名〜」 アールの部屋を開け、ベルティが報告する。 アール「うむ、そろそろだと思った」 程なくご乱心一名が到着する。 喜司雄「アールさん!」 アール「いや〜、転入が遅れた寮生を寮長として精一杯歓迎したつもりなのだが・・」 喜司雄「・・あなたは・・あなたは・・」 アール「ああ、安心してくれ。君ががんばってくれたおかげで歓迎資金はだいぶ集まっ・・・」 喜司雄は最後まで聞かずに走り出してしまった。 忍「だから、冗談は通じないタイプだって言ったのに」 アール「まあ、いいんじゃないかお前も随分楽しんだろう」 忍「それより、きっと彼しばらく口も聞いてくれませんよ」 アール「大丈夫さすぐに忘れる。そのために桜花の事を教えなかったのだろう」 忍「う〜ん、それはもっと怒るかも・・・」 ※ ※ ※ 翌朝・・。学園への通学路にて。 忍「喜司雄さ〜ん」 喜司雄「・・・・・」 忍「喜司雄さ〜ん、怒ってます?」 喜司雄「・・・・・・・・・」 忍「機嫌直してくださいよ、お詫びにいいこと教えますから」 喜司雄「・・・・・・・・・」 忍「同じクラスの桜花さんに聞いたんですけど・・」 喜司雄「何・・いま・・なんて・・・」 忍「はい、僕と同じ特組の紅野桜花さんい聞いたんですけど、喜司雄さん桜花さんと知り合いだったんですね、桜花さん懐かしがってましたよ」 喜司雄「桜花・・桜花・・がいる・・・」 忍「あの人ならもう教室に居るんじゃないかな・・」 それを聞くとダッシュで走り出す喜司雄。 忍「やれやれ・・忙しい人だ・・・・」 既に喜司雄は見えなくなっていた。 忍「全ての事象はたくさんの選択肢から紡がれる、それは選択一つで悲劇にもなれば喜劇にもなる。 この世界もまたその選択の一つに過ぎない。がんばってくださいね、喜司雄さん」 ※ ※ ※ 特組の教室のドアが開かれる。 喜司雄「・・・・・・」 視線が喜司雄に集中する。 モデルクラス、特組と呼ばれるクラス。変人の集まり。 確かに変だと喜司雄は思った。 何故、あんな子供までいる。普通の生徒らしい人間もいるが。奥ではただならない雰囲気の人間もいる。 それにやたらと金の掛かった服装の人間や朝からボロボロになってるのに平気そう笑う人間。そして・・・。 喜司雄「・・・・桜花・・」 忘れようとした人 守れなかった人 悲しそうな目をしていた人 好きだった人 ベルティ「あ〜昨日の、騙され君」 シュレット「おお、確かに忍ちんに何となく似ている」 モデルクラス、特組と呼ばれるクラス。変人の集まり。何故そこに桜花がいるのか? 喜司雄「う・・・嘘だ・・嘘だぁあああああああああ」 訳もわからず叫びならが走りだす。 その声は高等部の志度の耳にもはいった。 志度「トムとジェリーかあいつは・・・・」 『第十字学園の入寮』〜 了 〜 ※注釈 桜花、喜司雄、志度、美空の過去の話しは『春雪恋歌』によります・・。 今回は好きな漫画の第1話をそのままに書きました。 |