第十字学園の亡霊・中
 
 
「お前を殺す」男は短く言い放った。
 
(あなたには・・・無理)少女はじっと男を見つめる。
 
「おまえは俺にそう願ったのだろう」
 
(ずっとそう思ってた・・でも、今は生きていたい)
 
「ころころとよく考えが変る・・くだらない理由だったら本当に殺してやろうか・・」
 
(理由なんて他人からみれば、全てくだらないわ・・私はあなたと一緒に居たい。ただ、それだけ)
 

      ※      ※      ※
 

学園の階段で向かい合うマリーと忍。
 
ハカセ(おい!聞こえているのか、応えろ)
 
忍「聞こえてますよ・・聞こえてますけど・・」
 
マリー「あなたを許さない・・」
 
マリーの剣が忍をかすめる。
 
忍「今思いっきり取り込み中です・・」
 
ハカセ(とにかく、武器だ。そのフロアの学園のどこかに刃物が置いてある、それを捜せ)
 
忍「そんな事をいっても・・・」
 
忍は廊下に逃げこむ。そこにはぼんやりと外を見ていたシュレットがいた。
 
忍「シュレットさん!逃げて!」
 
シュレット「え、何?」
 
忍の後ろから数本の短剣が飛ぶ。
 
シュレット「うわわわわ、あれ誰?忍ちんのいい人?」
 
忍「少なくともそれは違います・・」
 
廊下を走る忍とシュレット、後ろからマリーが追いかけてくる。
 
シュレット「でも、忍ちんが狙われているっぽいけど、だめだよ女の子は怖いから・・」
 
忍「・・・シュレットさん、この学園に真剣ってあります?」
 
シュレット「あるよ、蛇の道は蛇ってね・・」
 
忍「・・・取ってきたください、大至急で・・」
 
シュレット「刃物沙汰も感心しないけど、冗談言ってる場合でもないか・・」
 
忍「とにかく、お願いしますよ」
 
シュレット「この貸しは高いよ〜♪」
 
二人は次の階段のフロアで二手に分かれた。
 

      ※      ※      ※
 

悠然「・・・小雪ちゃん・・後ろから誰か着いて来るって?」
 
小雪「はい、少し後ろをヒタヒタと・・」
 
由宇羅「き、きっと、誰かの悪戯でしょう・・」
 
恐る恐る後ろを振りかえる悠然と由宇羅。
 
今まで進んできた廊下を振りかえるとぼんやりと人影が見える。
 
小雪「さっき見たら人影が一つ見えたので怖くてもう見れません・・」
 
悠然「うん・・確かに人影はあるね・・」
 
由宇羅「はい・・それも二つ・・」
 
悠然「こうゆうときは・・」
 
由宇羅「逃げましょう!」
 
脱兎のごとく走る、風景がどんどん後ろに流れる。勢いを殺さず角を曲る、しかしそこで悠然は何かに弾かれた。
 
悠然「うわぁ、びっくりした」
 
由宇羅「あ、大丈夫ですか・・ってルルカさん!?」
 
人影・・ルルカは廊下でぐったりとしていた。
 
優夜「むお?ルルカ大丈夫か・・・・むう、ダメのダメダメだ既にこと切れておる」
 
どこから現れたのか優夜がルルカの脈をとる素振りをして言った。
 
悠然「・・・・んな馬鹿な・・」
 
由宇羅「そうですよ、どうせ優夜さんの悪戯でしょう・・起きてください、ルルカさん・・」
 
さすがに二人とも馴れているのか、動揺せずルルカを揺する。
 
ルルカ「はれ・・おはやうございます・・」
 
優夜「・・・本気で寝てたとはお兄さんもびっくりだ、まだラルカの方ががんばっているのに・・」
 
悠然「そっか、ラルカちゃんも一枚噛んでいたのか・・」
 
由宇羅「で、後ろに二人いましたがもう一人は誰なのですか?」
 
優夜「何を言っているかな・・ラルカ一人しかそっちに行かせてないぞ」
 
悠然「いやだな〜また冗談でしょう?」
 
優夜「それはそれとしてご両人、小雪ちゃんはどうしたんだい?」
 
悠然「え、さっきまで一緒に・・」
 
由宇羅「・・・居ない!?小雪ちゃん!」
 
周りを見る悠然と由宇羅、確かに小雪がいない。
 
今まで走ってきた廊下を見てみる。そこにはもう人影はなかった。
 

      ※      ※      ※
 

(女の人の匂いがする・・)
 
少女は訝しい目で男を見た。
 
「ああ、仕事でちょっと出ていたからな」
 
(嘘、さっき綺麗な女の人がここに来た)
 
「それも、仕事だ。利用できるものは全て利用する」
 
(いつもお仕事、お仕事。全然構ってくれない)
 
「仕方がないだろう、そうしないと明日泊まる宿がなくなるぞ、ベッドで寝れなくていいのか?」
 
(それは嫌、でもそうしなくてもよくなったら一緒に居てくれる?)
 
「そうだな・・お前がもう少しイイ女になったら考えてやってもいい」
 
(本当?)
 
「言ってみただけだ」
 
(じゃあ私が仕事を手伝う)
 
「バカを言うな、これは遊びじゃない」
 
(・・・言ってみただけ)
 

      ※      ※      ※
 

〜音楽室〜
 
小雪「で、この人はさっき会ったお友達・・ですか」
 
ラルカ「そう、さっきそこで会った」
 
二人の視線の先には、二人と同じくらいの背格好の少女がいる。
 
小雪「あなた、お名前は?」
 
???「・・・・・」
 
ラルカ「マリーさん、話せないって」
 
少女はコクコクと頷いた。
 
小雪「そうなのですか・・」
 
ラルカ「でも、名前は知ってる、マリーさん」
 
小雪「マリーさん?」
 
マリーと呼ばれた少女は、またコクコクと頷いた。
 
ラルカ「そう、鞠と棒でマリーさん」
 
小雪「・・・・・・・」
 
どうやら正確な名前にいきつくまでにいろいろあったらしい。
 
小雪「それはわかりましたけど、何故音楽室にきたのです?」
 
ラルカ「マリーさん、一人で寂しいって」
 
小雪「わかるのですか?」
 
ラルカ「うん、目でそう言ってる」
 
マリーは一つ頷く。
 
ラルカ「だから一緒に遊びたいって、マリーさん歌が上手」
 
小雪「話せないのに歌えるのですか?」
 
ラルカ「うん、さっき一人で歌ってた。とても上手だった」
 
 
 
      ※      ※      ※
 

忍「シュレットさん遅いな・・」
 
忍は拾ったカッターナイフでなんとか応戦していた。
 
剣とカッターが触れ合うたびに鈍い金属音が響く。
 
マリー「あなたがあそこにいなければ」
 
マリーはドレスを翻しながら、両手の剣を突き出す。
 
忍「シナリオの中で確かに僕の中の紫城が、あなたを狂わせましたが・・」
 
受け流すたびにカッターが短くなっていく。
 
忍「僕の力が足りないばっかりに・・あなたまでこんな思いをするなんて」
 
マリー「あなたも、同じ苦しみを味わいなさい」
 
忍「でも、僕は立ち止まるわけにはいかない」
 
マリー「それは私も同じ」
 
忍のカッターナイフが弾かれる。
 
マリー「内なる狂気に全てを奪われる気持ちを・・・」
 
忍の胸倉を掴み壁に押し当てる。
 
マリー「あなたも味わいなさい!」
 
マリーは空いた手で忍の首を締めるとじっと目を睨み続けた。
 
忍はマリーを見返して気が付いた。
 
この人は僕を見ていない、僕のもっと奥を見ている。
 
マリー「出て来なさい!人を弄ぶ道化の人形!」
 
忍「マリーさん・・まさか紫城を・・」
 
マリー「出て来ないのならこのまま殺しますよ」
 
マリーの細い腕が信じられないほどの力で忍の首を締める。
 
マリー「それとも、このままこの少年と一緒に死ぬ気ですか、どこまでも人をバカにするのですね」
 
ギリギリと締め上げる音が響く、忍の身体は既に持ち上げられていた。
 
忍「・・・人を、人をと五月蝿いね。同じ人形風情が」
 
忍がマリーの手を掴み、蹴りを繰り出しながら振り払う。
 
まともに蹴りをくらい後ろに下がるマリー。
 
マリー「・・・やっと来ましたね。道化の人形」
 
忍「あんまり、ぎゃあぎゃあ言うから出てきてやったんだ。それ相応に楽しませてくれるんだろうな」
 
首をコキコキと鳴らしながら様子を確かめる。
 
マリー「それは、あなた次第です」
 
忍「言うじゃないか、出来たての新参者が」
 
マリー「二度も遅れはとらない」
 

      ※      ※      ※
 

〜廊下〜
 
桜花「状況はだいたいわかりました。が、いったい誰なのです」
 
シュレット「知らないよ、でも何か切羽詰ってた」
 
ベルティ「とにかくその女を確かめなくちゃ」
 
刃物を見つけて走っている所で桜花達と合流したシュレット、簡単に事情を説明したが・・。
 
シュレット「ああ、安心してあんたよりも全然美人だった」
 
ベルティ「なんですって!!桜花、行ってぶっ倒しちゃって!」
 
桜花「・・・・・・兎も角行きましょう、場所はこっちでいいのですか」
 
シュレット「うん、さっきはこの辺にいたんだけど・・」
 
突然、廊下の先の教室から廊下に何かが叩きつけられる。
 
シュレット「あ、あれだよ。さっき話していたの」
 
それは吹き飛ばされたらしく、まったく身動きをしない。
 
ベルティ「なんだ、随分年上じゃない・・心配して損した」
 
桜花「それより、新見さんは・・」
 
言葉と同じに教室から忍が姿を現わす。
 
シュレット「よかった、忍ちん無事だったんだ。じゃあこれ頼まれた物」
 
シュレットが投げた刀を無言で受け取る忍。そのまま三人をゆっくりと見据えた。
 
ベルティ「どしたの少年、もしかしてそこの年増に惚れた?」
 
近づこうとしたベルティを桜花が手で制する。
 
桜花「あなた、本当に新見さんですか?」
 
警戒しながら、シュレットから受け取っていた刀を抜く。
 
忍「おまえ・・強いか?」
 
桜花をつまらなそうに見ながら尋ねた。
 
シュレット「忍ちん・・なんか怖い・・」
 
桜花「二人とも下がって!腕のたつ人を呼んできてください」
 
ベルティ「ええ!?どうしたのよ・・」
 
桜花「急いでください!」
 
ベルティ・シュレット「「は、はい!」」
 
滅多に大きな声をださない桜花に驚きつつ二人は元来た道を戻っていった。
 
静かになった廊下で桜花はもう一度聞いた。
 
桜花「あなた達は、誰です?」
 
ゆっくりと刀を構える。危険だ、とてつもなく危険だ。頭のどこかで警笛が鳴る。
 
忍「忘れたか、紅野の継承者」
 
桜花「・・何故、それを・・」
 
忍「言葉で動揺するのは、昔と変らないな桜花!」
 
隙を逃さず抜刀と同時に打ちこむ。
 
桜花「・・その声は・・」
 
ギリギリで避けたが服の一部が切れる。
 
忍「・・兄を忘れたか、薄情なやつだ・・」
 
桜花「・・まさか・・紫城・・兄さん?」
 
忘れるはずはない、ただ目の前にある事が信じられなかった。
 
レグニス「出遅れたか」
 
反対側の廊下からレグニスが現れる。
 
桜花「レグニスさん・・」
 
忍「・・ふん、新手か。マリーの言っていた事もあながち間違いじゃないな、ここは面白い奴が多い」
 
桜花「レグニスさん、新見さんが・・」
 
レグニス「わかっている。新見は俺がなんとかする」
 
桜花「ですが・・」
 
レグニス「自分を見失うな、今のお前に適う相手じゃない」
 
忍「そうだな、そもそもお前には生きていてもらわないと困る」
 
桜花「・・何を、言ってるんです?」
 
忍「剣を交えると、うっかり殺してしまいしそうだからな、楽しみは後にとっておきたい」
 
桜花「あなたは本当に兄さんなんですか?」
 
忍「おまえが一番わかっているんじゃないのか?まあいい、今はこっちの男の方が面白そうだ、おまえは強いか?」
 
レグニス「その身体で知れ」
 
忍「いいだろう、いくぞ」
 
忍とレグニスは互いに打ち合いながらその場から消える。
 

桜花「・・・紫城兄さん・・・」
 
しばらくぼんやりとしていたが、うずくまっているマリーに気が付いた。
 
桜花「あの・・大丈夫ですか」
 
マリー「近づかないで」
 
マリーは素早く立ちあがると桜花に剣を向ける、
 
マリー「あなたもあれに関わりがあるのね」
 
桜花「私は・・何も・・」
 
マリー「いいわ、知らないならそのまま死になさい」
 
言葉と同じに剣を突き出す。
 
桜花「やめてください。私はあなたと交える理由がありません」
 
マリー「私にはあるの、あれの大切なものなら私が殺してあげるわ」
 
桜花「私が・・兄さんの?」
 
仕方なく刀を構え直し応戦する。
 
マリー「大切なものを失う苦しみを、あれにも味あわせてあげます」
 
振るわれる剣を桜花は刀で受け止める。
 
桜花「今ここにある事は何もわかりませんが・・」
 
そのまま力で押し返す。
 
桜花「私も武芸者のはしくれ、簡単には膝を折りませんよ」
 
マリー「そう、なればそのまま苦しみなさい!」
 
お互いの目に迷いは無かった。
 

      ※      ※      ※
 

(何故、あの人にこだわるの?)
 
「別にこだわっちゃいない、最初は俺と同じと思っていたが・・」
 
(違ったの?)
 
「いや、遠回りをしているが根は同じだな」
 
(あの人の話をするのなんだか楽しそう)
 
「ふん、そういえばお前も一度会ったんだろう?」
 
(優しそうな人だった)
 
「いずれ顔を合わせるときがくるだろう、あいつは何か大きな物を背負って気負いしている、今度会ったら協力してやれ」
 
(うん、そうする)
 

      ※      ※      ※
 

〜玄関付近〜
 
優夜「しかし困ったな・・」
 
ルルカ「何がです?」
 
優夜「これでは肝試しにならない・・」
 
ルルカ「まだ言いますか・・」
 
由宇羅「とにかく、二人を捜さないと戻れませんよ」
 
悠然「まあそのうちひょっこり出てくるって、別に危険なことは無いんだから・・」
 
四人が歩きながら相談をしていると、ベルティとシュレットが後ろから走ってきた。
 
ベルティ「強そうなのは・・・」
 
シュレット「少なくともここにはいないと思う・・」
 
ルルカ「どうしたのですか?」
 
シュレット「話せば長くなるんだけど・・」
 
シュレットが簡単にいきさつを説明した。
 
優夜「美人の・・・」
 
悠然「・・幽霊!?」
 
由宇羅・ルルカ「「どうしてそこに反応しますか!」」
 
シュレット「まあ、ベルティが焦るぐらいは美人だったかな・・」
 
ベルティ「別に焦ってないわよ」
 
優夜「悠然君、今無性に二人を捜さないといけない気がしてきたのだが・・」
 
悠然「ええ、手分けして捜すべきです」
 
優夜「そうだな、そうだろう。では、ルルカ君、僕達二人はラルカと小雪ちゃんを捜す旅にでるので・・」
 
ルルカ「どうしたのです、急に?」
 
優夜「はっはっは、ここから先は男の世界DAZEってことで・・」
 
悠然「そういう事で・・」
 
男二人はそのまま廊下を走っていく。
 
ベルティ「ふん、男共が鼻の下を伸ばしちゃってさ」
 
シュレット「それより、桜花が大変なんだってば」
 
ベルティ「おっと、忘れてた」
 
ルルカ「あの・・ラルカと小雪ちゃんが居なくなってしまったんです」
 
由宇羅「どうします?男手は居なくなってしまいましたし・・」
 
シュレット「そっか・・どうしようか、僕達だけじゃ手におえないよ・・」
 
???「やっと出番って感じじゃないか」
 
???「ずっと隠れててどうするのかと思いましたよ」
 
廊下の暗がりからカイゼルとサレナが出てきた。
 
ベルティ「いい時に出てくるじゃない、伊達男」
 
サレナ「ええ、ずっと様子を伺ってましたから・・」
 
カイゼル「それは言わない約束だ」
 
由宇羅「でも、根本的な解決になってません」
 
カイゼル「いや、そうでもないぞ。二人の居場所はだいたい見当がつく」」
 
ルルカ「本当ですか!」
 
サレナ「いえ、遅れて学園に来る時に音楽室の明かりがついてました」
 
カイゼル「だからそれは言わない約束だろうに・・」
 
シュレット「じゃあ、まず音楽室に行ってみるとして・・桜花の方はどうする?」
 
???「さっきからうるさいぞ、静かにしていれば大目にみてやるつもりだったが」
 
6人が一斉に振り向く。そこには作業着姿の長身の男が立っていた。

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