第十字学園の亡霊・後の後
 
 
騒がしい夜から数週間後。
 
ソード「新入生だそうだ、仲良くするように」
 
教壇のソードの脇に特組面々の視線を浴びる少女が一人。
 
マリー「マリーツィア・アルハイムです。よろしくお願いします」
 
年の頃は14、5歳、腰まで伸びる黒髪と
同じく黒を基調とした簡素だが仕立のよさそうな服に身をつつんだ少女は深々と頭を下げた。
 
優夜「おうおう。僕はつくづく恵まれているね」
 
ルルカ「別に優夜さんが恵まれることはないでしょう・・」
 
カイゼル「これだけ美人が揃えば、もう怖いものなしだな」
 
サレナ「わけのわからない事をいわないでください・・」
 
忍「・・・・」
 
それぞれが新しい仲間に感想をもらす中で、忍だけは仏頂面で外を見ていた。
 

      ※      ※      ※
 

数週間前の件の夜・・。
 
夜明け前、学校の屋上で忍は携帯電話を握っていた。
 
忍「・・・・不本意な結果ですが、プロト7の回収に成功。現在自分が確保しています」
 
抑揚の無い声で報告する。マリーはうずくまったまま動く気配はない。
 
ハカセ「上出来だ、期限までギリギリだったが・・」
 
忍「質問があります。このプロト7はシャーマンに返されるとして、中のマリーさんはどうなるのです?」
 
ハカセ「そのことだが、マリーのプログラムはウィルスに感染している疑いがある。すべてクリアするしかないだろうな・・」
 
忍「全てのデータがですか?」
 
ハカセ「全てのデータが対象だ」
 
忍「目的はプロト7自体なんですからマリーさんを何とかできませんか?」
 
ハカセ「ふう・・お前の気持ちはわからなくものないが・・マリーを落しこむ電子体が無い」
 
忍「・・・・僕のスペアがあるでしょう」
 
ハカセ「何を言うかと思えば・・・技術的には問題無いがスペアは一体だけだ。それにあれはそもそも五条のためにとってあるものだろう」
 
忍「五条さんには僕から話します。戻ったら準備をしておいてください」
 
ハカセ「お前な・・わがままもたいがいにしろ」
 
忍「すいません、こっちの事後処理がまだなのでいったんきります・・」
 
ハカセ「お、おい。こら!忍!」
 
携帯電話をポケットに戻す。
 
忍「わがままは承知の上です・・・ですけど」
 
マリー「・・・・私の事はかまわないで・・」
 
振り向くとさっきと同じ体制のままのマリーがいた。
 
忍「起きたんですか、気分はどうです?」
 
マリー「・・・・・」
 
忍「あなたを必ず助けます。デッドさんもいずれわかってくれます」
 
マリー「・・・私はもういいの」
 
忍「せっかくここまで来て何を言うのです」
 
マリー「もう一度だけデッドに逢いたかっただけだから・・」
 
忍「そんな悲しいことは言わないでください」
 
マリー「あなたにその言葉が言えるの?たくさんの人を泣かしてきて・・今も一人の女の子を迷わせて・・」
 
二人の視線の先に桜花が寝かされていた。
 
忍「彼女との事は決着をつけます。そのためにここに運んだのですから」
 
マリー「本当に?あなたは嘘が上手だから・・」
 
忍「本当です。だからあなたも必ず助けます」
 
しばらく沈黙のまま視線が交錯する。
 
マリー「そう・・ならもう一度信じてあげる。でも、私の事はいいわ・・かわりに・・」
 
スッと手を振るう。その先にいつのまにか少女がたたずんでいた。
 
マリー「あれはもう一人私、デッドとの楽しかった思いでだけを切り取った、あのときのままの私」
 
少女は無言のままに微笑んでいる。
 
マリー「かわりに連れて行ってあげて、たくさんの血で汚れた私はあの人とは一緒にいられない」
 
忍「そんな事はないです、あれはシナリオ上の事で・・」
 
マリー「いいの、ここに来ていろいろ聞かされたわ。でも、私にはやっぱりあれが真実なの」
 
忍「そこまでわかっているなら・・」
 
マリー「ここはいい所だわ・・理不尽な事や争いは等しくあるけれど・・それを覆す可能性も同じに秘めている。あなたがこだわる訳もわかる気がする」
 
マリー「もっとも、あの人がいれば私は何処だってよかったのだけど・・それはもう一人の私に譲るわ・・そういう約束だから」
 
忍「最初から決まっていたんですか・・?」
 
マリー「彼に出会うまで何も出来なかった私がどうしてあなたと互角に渡り合えたと思う?魔女として最後の契約・・力を得る代わりに目的を成就した時には記憶を全て失う」
 
忍「でもそれじゃあなたは・・」
 
マリー「それでもいいの、ここには彼がいるんだもの。私はきっと彼の元に行くわ」
 
忍「それは・・そうかもしれませんが」
 
マリー「見届けられないのが残念だけど、それはあなたに任せる」
 
忍「わかりました・・必ず」
 
マリー「それとそこの子の事もしっかり決着をつけてあげなさいね」
 
忍「・・・・・ハイ」
 
マリーは静かに目を閉じた
 

      ※      ※      ※
 

朝の風が頬を撫でる。桜花は自分が置かれている状況が掴めなかった。
 
学校の屋上なのは間違い無い。しかしここに来る以前の状況がぼんやりと記憶に膜がかかったようで思い出せない。
 
更に辺りを見回す。少し離れた所に人影を見つけた。
 
???「やっと起きたんだね」
 
桜花「・・・誰・・です?」
 
紫城「さっき会ったばかりだろうに・・もう忘れたのかな?」
 
桜花「兄さん・・?」
 
紫城「そうだ、あまり時間がないが始めよう」
 
そういうと紫城は木刀を投げる。
 
紫城「それを取りなさい。桜花、少し話をしよう」
 
その屈託の無い笑みは記憶の中にある一度だけ見せたやさしい兄の姿だった。
 
桜花はまだ状況が飲み込めなかったが木刀を握り紫城に対峙する。
 
紫城「いい子だ。時間は朝焼けが終わるまで、それまでに私から一本とってみなさい」
 
それが合図のように日が昇り空が朱に染まる。紫城も木刀を振り構えをとる。
 
桜花「兄さん・・?何を・・?」
 
紫城「お別れの挨拶かな・・」
 
こうして試合が始まった。
 

最初は迷いのあった桜花も一振り二振りする中で冴えを見せ始めた。
 
桜花「本当に紫城兄さんなのですか?」
 
紫城「疑り深いな・・まあ、無理も無いか・・」
 
桜花の打ち込みをすんででかわす姿形は忍そのものである。
 
紫城「今はこの少年の中に居る。私はもう生きてはいない」
 
桜花「そんな・・そんな事」
 
紫城「ほらほら、動揺して動きが鈍っている」
 
隙を逃さず紫城は流れるように攻めに転じる。
 
桜花「なぜ、このような事になったのです」
 
ギリギリで受け流す。少ない対戦経験の記憶を引っ張り出し癖を読み取る。
 
紫城「説明すると長くなる・・今は成長した所を見せてみなさい」
 
桜花「兄さんと新見さんにどんな関係があるのです」
 
紫城「それも難しいな、浅からぬ因縁と言っておこう」
 
桜花「私は今までどんなに心配した事か・・」
 
紫城「それはすまないと思っている。だが時間が無い手短に言うぞ」
 
桜花を組み伏し、顔を近づけて話す。
 
紫城「先に言ったが、私はもう生きてはいない。紅野家は叔父の遺言の通りお前に任せる。
   私が居ない事で証人が不在になるが、屋敷の私の部屋に証文がある。家の人間にはそれを見せなさい」
 
桜花「兄さんは戻らないのですか?」
 
紫城「こんな身では誰も信じまい、それにこの少年についでに生かされている身だ。無理は言えない」
 
桜花「では、これからはいつでもお会いできるのですね?」
 
紫城「そうもいかん。私は事のついでに生かされているに過ぎない。この少年のためにもならない」
 
桜花「では、私はどうしろと・・」
 
紫城「お前の兄は死んだ。それだけだ」
 
桜花「嫌です。こうして再開できたというのに・・」
 
紫城「おまえには厳しい事を負わせるが、叔父が亡くなった時のように気持ちの整理をつけろ」
 
桜花「私の中で叔父様が亡くなるのに6年かかりました、またあの時に戻れと・・」
 
紫城「すまないと思っている。が、人はいずれ死ぬ・・その理を曲げてはならない」
 
桜花「私はまた1人に戻るですか?」
 
紫城「お前は1人ではない、たくさんの仲間がいるだろう」
 
桜花「でも、私の・・私の家族と呼べる人は・・」
 
紫城「人は最後は1人になる。お前にはそれが少しはやまっただけだ。いずれ馴れる」
 
桜花「叔父様のときの親族のようになれというのですか?私は・・・嫌です」
 
紫城「お前はまだ若い、いずれ生涯を共にする相手も現れよう。今は耐えるのだ」
 
紫城は飛び退き構えを変える。日は高く上りつつある。
 
紫城「そろそろ時間だ終わりにしよう」
 
紫城の奥義の構えを見て本気だと悟る。
 
桜花「・・・・・・・兄さん」
 
桜花も同様に奥義の構えをとった。
 

      ※      ※      ※
 

アール「浮かない顔だな忍」
 
アーデルネイドの言葉で現実に引き戻される。
 
忍「そうでもないよ、ここの所いろいろあって疲れただけ・・」
 
アール「そうだろうな、件の晩からこっち彼女の入学書類やら戸籍手続きに奔走していたようだし・・」
 
マリーは空いている席につこうとしていたが、ラルカに引っ張られている。
 
忍「・・・・どこまで知っているのさ・・」
 
マリーの人としての手続きは昔のシャーマンの伝手やハカセへの強引なお願いで事無きを得た。
 
書類上マリーは西欧圏の豪商の家の出という事になっている。
 
もちろん完全部外秘の特機事項だ。
 
アール「だいたいだ、私を甘く見るな」
 
そう言って悪戯っぽく笑った。
 
忍「もしかして・・あの日誘わなかった事・・怒ってる?」
 
アール「さあな、私はあの件の後始末にどれだけ駆り出されたか・・それだけは言っておこう。苦労したのはお前だけではない」
 
忍「・・・さいですか・・・あ〜またやな事を思い出しちゃった・・」
 
アール「・・?このさいだ言ってみろ」
 
忍「入学書類を校長に届けた時の話しなんだけど・・」
 

      ※      ※      ※
 

忍「何で認めてもらえないんです!」
 
校長室の机を盛大に叩く。
 
バッド「何度も言っている。特別な理由が無い限り特組への急な編入は認められない」
 
忍「だから理由書と紹介状も沿えて出してるじゃないですか!」
 
机にはマリーの入学証明の他数枚の書類が散乱していた。
 
バッド「確かにお前が持ってきたのはりっぱな理由書と紹介状だが・・」
 
忍「だったらなんの問題も無いでしょう、ここまできて『残念でした』では帰れません」
 
バッド「しかし、これを受理するわけにはいかんのだよ」
 
忍「そんな!?不備が無いように先に提出しておいたのに何故です?」
 
バッド「だって俺が先に書類作って出しちゃったから」
 
忍「・・・・・・・・・は?」
 
バッド「だから俺が先にヤッコさんの書類をこさえて上に出しておいたんだよ」
 
忍「・・・・そんな、校長権限でも無理な部分があったはずでは・・」
 
バッド「あったよ、でも君の書類のおかげで上のいいパイプを教えてもらったからバッチリだった」
 
そうやって引き出しから出してきたのは、大きな判子の押された机にあるのと同じ書類の束だった。
 
忍「・・・・僕の苦労は・・」
 
バッド「まあ、お前のでも無理な部分があったのは本当だしな、おかげでこっちはシャーマンの息の掛かった委員会メンバーがわかったからラッキーだったけど」
 
忍「・・・・・・・・」
 
バッド「まあそう気を落とすな、女のために身をきるのが男ってもんだ」
 

      ※      ※      ※
 

アール「あの狸らしいやり方だな・・」
 
忍「きっと、僕の困った顔が見たかったからに決まっているんですよ」
 
机に突っ伏しながら力なく答える。
 
アール「そういう所は優夜に似ているな、あの狸は」
 
忍「やめてくださいよ、優夜さんがバッドさんみたくなるんですか?」
 
二人共優夜に視線を移す。当の優夜は何を話しているのかゲラゲラと笑いながらルルカにちょっかいを出している。
 
忍「とりあえず、僕は最後の仕事にうつります・・」
 
アール「丹羽の所か?あれはあれで何をしでかすかわからんぞ」
 
忍「わかってます。だから僕が連れて行くんです」
 
少し緊張した面持ちで忍はマリーを呼びに席を立った。
 

      ※      ※      ※
 

用務員室に行く用事なら幾らでもあった。
 
忍「ここが用務員室です。特組ではたびたびお世話になる所です」
 
マリー「そうなのですか?今も蛍光灯の代えを頼まれましたが・・」
 
忍「それは日常茶飯事です。とりあえず入りましょう」
 
少しためらいつつ、部屋の戸を開ける。
 
忍「丹羽さ〜ん、蛍光灯を・・」
 
恐る恐る部屋に入る忍、室内はタバコの煙が充満していた。
 
忍「丹羽さん・・居るんでしょう?」
 
丹羽「聞こえている・・蛍光灯ならいつもの場所に・・」
 
そう言って顔を出した丹羽の顔が歪む。
 
しかし、何かを言おうとした丹羽よりはやくマリーが動いた。
 
マリー「ここは火気厳禁って書いてあるじゃないですか、危険ですよ!」
 
そういって丹羽のタバコを掴むと灰皿に押し当てる。
 
マリー「それにこんなに煙が一杯でよく平気ですね」
 
今度は窓に行き窓を全快に開ける。
 
丹羽「・・・・・・なんだこれは?」
 
呆気にとられている丹羽はそれだけいうのがやっとだった。
 

一段落ついた後、忍は改めて紹介した。
 
忍「今度特組に入ったマリーツィアさんです。まずは挨拶でもと思って・・」
 
しれっとマリーを紹介する。マリーもつられて頭を下げる。
 
丹羽「お前・・・何をした?」
 
忍「マリーさんこちらは丹羽兵衛さんで、学園の雑用を預かる人です。まあ学園の人や施設を守る人と思ってください」
 
丹羽の言葉を無視してマリーに説明する。特に『学園の人と施設を守る人』のくだりを強調して言った。
 
丹羽「・・・小僧、そういう事か・・」
 
丹羽の呟きに忍は笑みで返す。
 
マリー「改めまして、マリーツィア・アルハイムと言います。不束者ですがよろしくお願いします」
 
二人のやり取りに気が付かずマイペースに挨拶をする。
 
忍「・・・マリーさん、それじゃお嫁に行く時の挨拶みたいです・・」
 
瞬間、マリーの顔が真っ赤になる。
 
マリー「あ、ああ、え〜と。と、兎に角、学園の安全を預かる人が火気厳禁の所でタバコをのむのはどうかと思います。私はそういう人は嫌いです」
 
慌てて取繕うマリー。
 
丹羽「別にお前に好かれようと思っていないがな」
 
それを聞いて更にしどろもどろになる。
 
マリー「あう・・・すいません。初対面の人にヅケヅケと・・・普段はこうではないのです・・」
 
丹羽「そうだな・・・・そうだった」
 
マリー「え?何か」
 
丹羽「ただの独り言だ・・小僧、他にも案内する所があるんだろうこんな所で油を売っているんじゃない」
 
忍「ええ、まあそうですが・・」
 
マリー「そうですね・・あ、あの。また来てもいいですか?」
 
丹羽「何のためだ?別に用事が無ければ来ないに越した事はなかろう?」
 
マリー「それはそうですけど・・」
 
丹羽「なら行け、他にもやらなければならない事はたくさんあるはずだ」
 
マリー「・・・・わかり・・ました」
 
寂しそうに用務員室を後にする。
 
丹羽「・・・・そうだな・・」
 
何か思いついたように丹羽が呟く。
 
丹羽「たまにチェスの相手が欲しくなる時がある、お前が暇な時は尋ねて来ても構わん。気が向けば相手をしてやらなくもない」
 
パッとマリーの顔が明るくなる。
 
マリー「ハイ、では時間のある時に来させていただきます。これでもチェスは得意なんですよ」
 
丹羽「・・・そうか・・それは楽しみだ」
 
マリーを見ずに呟く。
 
忍「マリーさんそろそろ行きましょう。他にも案内しなければならない所がたくさんあります」
 
嬉しそう慌てて付いて行くマリー、促す忍の足取りも心なしか弾んでいた。
 
 
 
第十字学園の亡霊・了
 

・あとがく
 
長い・・説明不足・・いろいろと突っ込む所がありますがこれで学園編にマリーさん登場です。
 
本編との違いは気持ち明るめな所と普通に話せる所でしょうか・・これは忍君の意向ですが・・。
 
本編の記憶はもちろんありません、歌のうまい普通の女の子です。
 
いつのまにか、他のメンバーが忘れられていたりしてましたがフォローは各人の想像に任せます。
 
何か桜花の話しも紛れてましたが・・まあそういう事もあります。

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