第十字学園の亡霊・蛇足
 

結局、突き詰めていけば想像に適う物は無いのだ。
 
大作映画とラジオドラマと言った方がいいかもしれない。
 
見て取れる物の究極を追い求めても、自己から想像するものには勝てない。
 
それでも人は自分の描いた風景を伝えずにはいられない。
 
送られる側が同じ物を映していないとしても。
 
そんなジレンマがその男を物を語る側に立たせていた。
 

その差異を埋める事に意味があるのか?
 

男は幾度目かの自問自答から急に我にかえった。
 
自分の顔を照らす光に目を細める。
 
思考がハッキリしない、気が付かないうちに寝ていたのかもしれない。
 

辺りを見回す。何も変らない自分の部屋だ。
 
更に時計を見る。さっき見た時から数分しか経っていなかった。
 

それだけ確かめると再び机に向き直る。
 
備え付けられたディスプレイが男を照らす。
 
男はじっとディスプレイを見る。文字の羅列のみの画面、一見無意味に見えるそれを男は既に半日以上眺めている。
 
そこには自分の解き放ったモノの全てがあった。
 
目まぐるしく変わる数字や記号はそれが何をし、何を見たかを全て教えてくれる。
 

今それが止まってしまったことも・・。
 

「捜しましたよ・・」
 
唐突に声が響く。
 
「やっぱりあなただったんですか・・」
 
声は少年とも少女ともつかない、ただ男はそれが来る事はわかっていた。
 
「渡したデータディスクは役にたったかい?」
 
「ええ、あれのおかげで彼女はここで生きる事が出来ます」
 
「そうか、さすがシャーマンの精霊使い、と言ったところか・・」
 
「僕の事を最初から知っていたんですか?」
 
「いや、君に渡したのは興味本位だ。まさかたまに来る手伝いが電子体とは思わないよ」
 
「そうですか・・」
 
いつのまにか画面に少年が映っている、少年は少し視線をずらしながら続けた。
 
「何のためにこんな事をしたんです?」
 
「自分のためだ」
 
「彼女は苦しんでいましたよ」
 
「それもまた生きる証だ」
 
「他に道は無かったのですか?」
 
「無い。上の決定は絶対だ。それに抗うにはこうするしかなかった」
 
「あなたの意思表示のために無理やり彼女を使ったのですか?」
 
「そうだな・・彼女がどうするか見てみたかったというのもある」
 
「彼女の意思は最初から存在しなかったのですね・・」
 
「そうだ、全て私が独断でやった事だ」
 
「ありがとう・・・ございます」
 
「・・・確認は済んだはずだ。君は君のすべき事をしなさい」
 
「何故もっと・・あなたほどの人なら、たくさん自分の紡ぐ物を伝える事が出来るのに・・」
 
「負けたんだよ、私は。もっと他の大きな可能性に」
 
「だからって・・こんな形で作り手の席から降りる事はなかったはずです」
 
「私がそれだけ弱かったに過ぎない。自分が語り継ぐことよりも彼女が人の記憶から無くなることの方がつらかったんだよ」
 
「だったらなんで自分の居る場所で、自分の力で戦わないのですか」
 
「疲れたのかな、私は彼女を求める私だけで生きているわけではない」
 
「他の事で理由をつけないでください」
 
「それは責任だよ、今の世は君が思うよりも1人1人にたくさんの役割を必要としている。
 それに私は疲れたのだ、だからせめて君の手で『彼女を求める私』で終わらせてくれないか」
 
「僕だって・・彼女を生かす条件でもなければこんな事はしません・・」
 
「手段を選ぶな・・少年。自分の決めた事に迷ってはいけない」
 
「人の・・語る人の命を奪ってまで守る事なのでしょうか?」
 
「それは君が決める事だ。人は理由無く人を殺めることもできる・・・進むべき道に石ころがあったと思えばいい」
 
「・・まだ死ぬと決まったわけじゃないです・・・生きて戻ってください」
 
男の視界が光に包まれる。
 
「そうだな、そのときは他の道を捜すとしよう・・・」
 
そして男の世界が反転した。
 
 
 
      ※      ※      ※
 
 
 
そこは全てが白かった。
 
影も端も底も時間も自分も無い。そんな所だった。
 
そこでも男はかろうじて自我を保っていた。そのような気がしているだけかもしれない。
 
振り向く・・見える物に違いが無いのだから感覚だけだが・・。
 
「私はどこまでが私のなの・・」
 
女が居た。男が思い描き書きつづった女がそこに居た。
 
「ねえ、私は私でいられている?」
 
女が問いかける。その顔も声も髪も全てが男のつづったものだ。
 
「君は何処までも君だ」
 
「そう・・この手が無くなっても?」
 
女の手が消える。
 
「それでも君は君だ」
 
「この髪が無くなっても?」
 
長い髪がバサバサと落ちる。
 
「ああ、君は君のままだ」
 
「この身体が無くなっても?」
 
視界から女が消える。服だけが透明人間のように浮かんでいる。
 
「この服が無くなっても?この声で無くなっても?この・・・・」
 
延々と続く問いかけ、最後にはまったく聞き取れなくなった。
 
しかし男は呟く。
 

「私が思う限り、君は君のままだ」
 

瞬間、男は首が締まるのを感じた。
 
消えて無くなったはずの女が片手を持ち上げている。
 
「そう・・なら、私の思うあなたになって・・」
 
「それは難しいな・・」
 
男は穏やかな顔で女を見つめた。
 
ギリギリと首が締まる。
 
「それは私の思う腕ではないわ・・」
 
両腕に激痛がはしる。
 
「それは私の思う足ではないわ・・」
 
足が指先からバラバラと砕けていく。
 
「それは私の思う顔ではないわ・・」
 
顔の皮膚が焼けるように痛む。たまらず男は声をあげる。
 
「それは私の思う声ではないわ・・」
 
肺から空気が抜ける。
 
「それは・・・・・」
 
延々と続く呪文のようにそれは繰り返された。
 
それでも男は男のままだった。
 

「かわいそうな人・・・それは・・」
 
女はいとおしそうに男を見つめる。
 
「・・・・私の思う心ではないわ・・」
 
そこで男の全てが砕けた。
 
 
 
      ※      ※      ※
 
 
 
質素な部屋のわずかな電化製品がランプの明滅を繰り返している。
 
窓は開け放たれ夕焼けの赤が部屋を満たしていた。
 
風が部屋の主の男と少年を撫でる。
 
机に座る男は動く気配が無い。
 

その場の空気を壊すように少年の携帯電話が鳴る。
 
友人に無理矢理入れられた着メロが響く、少年は全く反応しない。
 

粘り強く鳴っていた着メロは鳴った時と同じように突然途絶えた。
 
再び風が部屋を拭きぬける。
 
耳に残る音をかき消すようにサイレンの音が近づいていた。
 
 
 

第十字学園の亡霊・蛇足  了

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