第十字学園の合宿



「きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜」
楽しそうな声が左上から、

「ぁ〜〜〜〜〜〜むぎゅ」
右下に通りすぎる、あ、木にぶつかった。更に上から雪の追い打ち。

「お〜い、ベルティ生きてる?」
小さな影がソリを引きずりながら雪の塊に近寄る。
白ければ雪だるまと間違うのではないかと思う。

「チビスケ・・私は素敵な出会いのためにあえて木に突っ込んだの、わかる?」
雪の塊から顔だけだした女の子は言葉を返す。

「・・わからないし、わかりたくない」

「今にこのかよわい乙女に声を掛けれくれる人が・・」

「大丈夫ですか?」
そんなやりとりに無駄の無い動きで滑りこむスキーヤーが一人。

「はい〜ちょっと出られなくなっちゃって・・って桜花じゃん・・」
顔だけ出した女の子は明後日を向いてしまった。

「何をしているのです、ベルティ?」
「素敵な出会いを求めてるんだってさ」
雪だるま・・もとい小さな女の子はため息をついた。

「そうですか、風邪を引かない程度にしてくださいね」
そういってゴーグルを付け直そうとした顔がこちらを向いた。

「喜司雄さんは滑らないのですか?」
桜花は雪山でもやっぱり桜花だと自分でもよくわからない納得をした。

「・・たしかスキーは始めてだって言ってたよな〜」

「はい?」

「いや、何でも・・今行く」
真っ平らな雪にストックを突き刺し、彼女に向かって滑り出した。


      ※      ※      ※


3日前の事・・。

「ほら、行くのが『彼等』だろう?どうにも引率が必要でね・・」

数日前、生徒会副会長であり、悪友である叶志度から特組の雪山合宿の話しを聞いた。
合宿といっても2泊3日の何の変哲も無い宿泊行事だ。

「なら行ってくれば。たまにはしっかり役職を果してこい」
コイツは基本的に悪い話ししか持ってこない。

「定員割れが出来てしまってね・・人数を合わせる必要がある」
って聞いてないし・・。

「どうした副会長、申しこみ人数を間違えたのか?」
「こっちに落ち度は無い。彼等が勝手に事故を起こして数人入院しただけだ」
「同じ学内だろう・・十分問題無いかそれ?」

「人数を合わせれば問題無い」
「・・・こっちの拒否権は?」

「それは別に構わんが・・」
そう言って目線をずらした先には志度の妹である所の美空ちゃんが
壁に半分隠れながら恨めしそうにこちらを見ている。

「・・・・あれは、何を・・?」ちょっと・・いや、だいぶ怖い。

「『一緒に行ってくれなかった恨みます』ってさ」
「ここに来て言えばいいじゃん!あんな人を射殺すような目で見なくても・・」

「あれで結構恥ずかしがりやなんだ」
「・・それは嘘だ」
この兄妹はどこまでが本気かわからない。結局自分も参加することになった。

そんなに嫌ではないけれど・・一つだけ気になることがあった。

「スキー・・ですか?」

後で桜花がウィンタースポーツ全般の経験が無いと聞いたとき、
下心が全く無かったと言えば嘘になるけど、自分が教えるのも悪く無いかなと思った。


      ※      ※      ※


しかし・・。

「これが、同じ学園の人達ね・・」
ゲレンデでも彼等の異常さは十分に発揮されていた。

「優夜さん、ダメ。押しちゃダメです!!」
「大丈夫、大丈夫。ギャグキャラは死なないから♪」
「だれが、ギャグキャラですか!!」

学園名物の天災コンビは遠征先でも絶好調のようだ。

「皆何故、あの『リフト』なる物を使うのだ。登った方がはやい」
「それはお前だけだレグ・・」

常人離れした人間に事欠かないなほんと・・。

「あの〜由宇羅さん?何故に僕は雪のだるまになっているのでしょうか?」
「何言ってるの、しばらく店を手伝わなかったバツよ」

少し離れた所で雪だるまと女の子が会話をしていた。

「だからあれは入院していたからで・・」
「どうせ仮病でしょ?すぐに退院してたじゃない」
「そんな・・だってまだ忍君は入院しているし・・」

そうそう、彼等の言うとおり寮の同居人であり僕の胃痛のタネである
新見忍は現在入院中だ。

「すいません、一緒にスキーできなくて・・」

一度見舞いにいったときはさすがに気落ちしている様子だったが・・。
全然結構である、ビバ平穏な日々。

「忍君は繊細なの、悠然とは違ってね」
「そんな殺生な・・」
いやそれは外面であって、あの男女は殺しても死なない。

実際ここに来てあの無駄に端整な顔は見ていない。
この合宿に来ていないのは確かなようだ、それだからこそ・・。

「きゃ!」声に振り向くと桜花が尻餅をついている。
「大丈夫?」慌てて手を差し伸べる。

「あ、はい、大丈夫です」少し恥ずかしそうに僕の手を握り返した。
それだけでも緊張する、自分向きの役じゃない何気なく振舞うのが精一杯だ。

スキー未経験桜花に僕が教える事になった。

てっきり志度が相手をするものだと思ったが「こちらは特組を見ていなくてはならない」
と言って美空ちゃんと滑っている。

特組の面々も多少こちらにちょっかいを入れてくるけど、いつもの彼等からすると大人しく思える。

ただ端々から聞こえる話しを総合すると、たんに桜花と僕が一緒にいる状況が珍しいかららしい、
動物園のパンダか・・。

いつぞやの屋上の一件以来桜花とは顔をみると軽く話をするぐらいにはなった。
どちらかと言えば特組の毎日の騒ぎを見ていて、悩んでいる自分が馬鹿らしくなったのだけど・・。

「喜司雄さん?」

「ああ、ごめん。じゃあ、もう一度ゆっくり滑ってみて」
ぼんやりしていた。好きな人が目の前にいるのに何をやってるんだか・・。

桜花が慎重に滑っていく、彼女は何に対しても真面目だ。
最初から何でも出来る人間はいない。何回も繰り返して努力して身に付けていく。
才能という言葉があるけどそこにも努力の後はあるのだ、
桜花はいろんな事が出来るけどもそれは結果であって、
本当に見るべきところは『努力を惜しまない才能』がある所だと思う。僕には無いものだ。

だから、数時間もしないうちに・・。

「喜司雄さん、大丈夫ですか?」少し先を滑る桜花、

僕はそれをよろよろと追うのが精一杯「うん、いや、まあ」
完全に立場が逆転していた。

まあこんな事だろうとは思ったさ・・話しが上手すぎる。
実際スキーなんて前の学校で一度しかやったことが無いのだ、もとよりインドア派だし・・。
毎日体を動かしている桜花と僕では技術の吸収速度は違いすぎる。

「あははははは、少年頑張ってるかい!」
ドンッいきなり背中を叩かれる。

「優夜さん!!危ないですよ!!」
「はっはぁ!白銀の貴公子は誰も止められないのだよ!」
「ラルカ!追いますよ!」
「・・・ん」
天災コンビのスキーとソリが脇を駆け抜ける。

「っていうかこっちを何とかしれくれってぇ!!」
今ので完全にバランスを崩した。くそ、こっちは一般人だってのに・・。

「喜司雄さん!」
桜花がよってくれているけど、それ以上はかえって危険だ。

「ちぃっ・・くそ」こういう時は適当に倒れた方がいい。
体制を低くして無様に滑りこむ。怪我をするよりはましだ。

そのまま目の前を雪と空が数回入れ替わって止まった。彼等と一緒に居るだけで十分災難だ。

「喜司雄さん・・」
「あ〜桜花、心配ないよ・・」体制を立て直して振り向く。

「喜司雄さん後ろ・・」
「え・・・があぁ」
振り向くと巨大な雪だるまが目一杯に広がっていた。


      ※      ※      ※


「・・・・も、あっちでは・・たんですけどね」

遠くから声が聞こえてくる。

「・・がそう・・てもな・・わかに信じ・・話・だ」

あれ・・どうなったんだっけ・・。

「でも、デッドさん・・・なければ・・ここに居・・なかった・・・よ」

たしか桜花と一緒に滑っていて・・。

「こんな間抜けにか?俺はそんなヘマはしない」

視線を感じる、なんか僕が悪く言われているっぽいぞ。

「それは否定しませんが・・」

「否定しろよ!!」ガッと体を起こす。

「おはよう喜司雄さん、可愛い寝顔でしたよ♪」
「ふん、異常無いようだな。俺はもう行く」
席を立つ男と笑顔で迎える少年。あの男の人は確か学校の用務員の人では・・なんでここに、
いやそれよりも・・。

「忍・・」
「はい、どうしました?」
ここはスキー場の救護室のようだ。僕が寝ているベッドの他に薬品の棚がある。

「何故ここに居る?」
「それはもう愛する喜司雄さんを追いかけて」
誤解を招くような事をシレッと言うのなこの男女は・・。

「嘘をつくな、入院していてスキーには来れないって・・」
「だから、スキーはしてませんよ」

「・・・・・・」確かにスキー場には居なかったが呆れて声も出ない。この理屈バカが・・。
「・・・・ね♪」

「『ね♪』じゃねえ、男がしなつくるな!」
「はいはい、じゃあ心配している人に来てもらいましょう」

タイミングを見計らったようにドアが開いた。

「喜司雄さん!大丈夫でしたか」
「お、桜花・・大丈夫、大丈夫だから」
スキーウェアのままの桜花に詰め寄られる。

「まったく、悠然だるまがちょっとぶつかっただけなのにねぇ?」
「ねぇ♪」
後ろでは桜花と仲がいい女の子二人が何やら呟いている。

「ベルティ、シュレット!悠然さんを押したのは二人なのですからちゃんと謝ってください」

「でも、悠然は嬉しそうに叫んでたけど・・」
・・きっとそれは悲鳴だ。

「まあいいや、元気そうじゃん。これなら夜のイベントも参加できるわね」
「夜?・・イベント?」

「ええ、優夜さん達が何かをするようです、プレゼントがどうとか・・?」
優夜?天凪優夜?あの局地災害指定が?

「大丈夫なのか・・それ?」

「何も無いわけ無いじゃない、あんたもそろそろなれたら?」
そのときツインテールを揺らして満面の笑みを浮かべるその子が、
あの優夜と一緒に騒いでいる一人だとやっと気が付いた。


      ※      ※      ※


食堂での食事が終わりかけた頃、

「さぁ〜て皆の衆」例の優夜が全員の注目を集める。

「これからサンタさんがプレゼントをあげよう」そして全員の生暖かい視線。

「そんな事を言って、どうせくだらないものでしょう・・」
さっき僕を潰してくれた悠然が諦めたように呟く。

「それはこれを聞いてから判断したまえ。ラルカ、テープスタートだ」
「・・ん」

どこからか出したラジカセにテープを入れる。
『え〜サンタです』
『・・・ん』
『ん、じゃない。今日はトナカイさんだろう?』
『ん・・トナカイ』
どう聞いても今、目の前にいる二人の声だ。

「優夜さん!ラルカと何をしたのです!」
「僕は知らないよサンタさんがやったことだし」
「そ、サンタさん」

『よしトナカイ、サンタさんは何をする人だ?』
『プレゼントをくれる人』
『そうだ、じゃあプレゼントは何処から貰ってくる?』
『ん〜〜〜』

『それを今教えよう』何処かの家のチャイムの音。

「なんでうちの家の前にいるんだ!!」
悠然が叫ぶ、どうやら彼の家らしい。

『よし、誰も居ないな・・』
『悠然は病院・・』
『しっ・・それは秘密の中の秘密だ』

カチャ、ガラララ。どうやら家の中に入ったようだ。

『よし、突入』
『・・・ん』

「合い鍵とは用意がいいというか・・」
「いや、由宇羅君に事情を説明したらくれた」

「人が留守の時に何をするか〜!!」

悠然がテープを止めようとしたが、他の特組の面々に取り押さえられた。
「悠然君、これはイベントだ楽しもう」
「そうだ悠然、面白ければいいじゃないか」

「ぐぅ・・他人事だと思って・・」哀れだな、なんか。

『意外と質素だな』
『・・・・コレ』
『おお、いつの間にPSPなんぞを・・没収だ』
『ん・・プレゼント』

「ちょっとまて!これは犯罪だ!」
「私が許可したからいいの」
由宇羅が平然と言ってのける。

「・・・・・せっかく、お金をためて買ったのに・・」

『さてと・・意外と面白い物が無いな・・』
『サンタさん・・コレ』
『おお、トナカイでかした。悠然・・こんな特殊な趣味が・・』

「ちょっとまて、何を見つけた・・アレか!・・いや、もしかしてアレか!」
既に悠然は半狂乱状態だった。

「というわけで、これが善意の提供者によるプレゼントだ」
テープが終わり、白い袋がドンとテーブルに置かれる。

「これを今から説明するゲームの勝者に進呈しよう」
「だからそれは僕のだ〜!!」

「ちょっっっと、おまちなさい!」
天災コンビの片割れ、ルルカが割って入った。

「2人とも姿を見せないから何をしているかと思えば・・
 これは使わないつもりでしたが・・忍さん、例のテープを」
「あいです」
そう言って忍が進み出てテープをセットする。何だろうこの人達は・・。

『・・・で、ルルカさ・・もといトナカイさん』 
『はい、何ですかサンタさん』
予想通り、忍とルルカの声がテープから流れる。

『何故にこのサンタルックはスカートなのでしょう?』
『全国10万人の女装美少年ファンのためです』

・・やっぱりこの子も変だ。

『・・僕は構いませんけど・・しかし、本当にいいんですね』
『いいんです、ついでですから・・』
『わかりました突入します・・・このドアって立て付けが悪いんですよね』

ギィ〜ガチャ、ん?なんか聞いたことがある音だぞ・・。
「って、そこは僕と忍の部屋か!!」

「そうですよ・・あ、いけないテープ、間違えた」
いそいそとテープを取り返る忍。

「ちょっとまて!部屋で何をした、無視して話しを進めるな!」
そう言って走り出した途端体制を崩した。

「ダメですよ喜司雄さん、せっかく皆さん楽しんでいるところなのに」
振りかえると美空ちゃんが足を付きだしている、足を引っ掛けたのか・・。

「グッジョブです、美空さん♪」
「へっへ〜それほどでもあります」
なんで僕の周りにはこんな人間ばかりなんだ・・。

「んでは改めて・・」
忍がテープをスタートさせた。

『ではトナカイさん、こうして優夜さん宅にプレゼントを頂戴しにいくわけですが・・』
『ええ、きっとコレを聞いて驚いている事でしょうね』
再び忍とルルカの声だ。

「・・・むぅ・・ルルカさん?」
優夜が面白い声でルルカに聞いた。

「はい?」
「これはいつのロケでしょう・・?」

「合宿の前日です。あの日優夜さんは前夜祭だっていって朝帰りでしたね♪」
「むぅ・・たしかにそのまま雪山にGOだったけども・・」

思いっきり確信犯ではないのだろうかそれは・・。

『あれ、意外とかたずいてますね・・』
『ええ、あまり汚いので定期的に掃除をしています』

「ゆうや〜そんなことまでさせてんの?」
「はっはぁベルティちゃん、ルルカの善意に甘えているだけだよ」

それって全然ダメじゃん。いつのまにか優夜も取り押さえられている。

『漫画ばかりですね・・ゲーム機を持っていくのはつまらないですし・・
 トナカイさんノートパソコンを起動していいですか?』
『のーとぱそこんですか?いいです私が許します』

「おい、犯罪だ個人情報保護法違反だ!」
「何かやましい事でも?」

「・・・乙女の秘密だ、しかし、あれには・・」

こんな所でも冗談を言える彼を少し見直した。

『むぅ、パスワードですか・・こんなのちょちょいのちょいです』
『わあ、忍さん凄いですね〜こんな画面始めて見ました』
『こういうの得意ですから』

「忍く〜ん」
優夜が更に面白い声で鳴いている。互いに人権が無いなこのクラス・・。

「大丈夫です、中身は秘密にしておきましたから、それに・・」

『あれ、画面が真っ暗ですよ』
『むぅ、急にシャットダウンしました・・レアなOS使ってるなぁ・・』

「おおぅ、さすが我が親愛なるOSM※たん!」
「・・ある意味鉄壁のセキュリティでした」

『あまり面白い物はなさそうですね・・ルル・・もといトナカイさん何かあります?』
『では・・これを』
『ビデオテープ・・ですか?』
『ええ、最近ずっと何かアニメを見ているのです。
 ラルカまで巻きこんで夜更かしして・・絶対よくありません!』
『でも・・皆さんが欲しがりそうな物でないと・・』
『さあ、人気なんじゃありませんか?私は興味ありませんが』
『はあ・・わかりました。じゃあ関連グッズも押収しておきましょう』

「し、しのぶく〜ん」
優夜が本気で泣いている。血の涙が見えそうだ。

「え〜というわけで、優夜さん宅から戴いてきた一式です」
そう言って新たにテーブルに白い袋が置かれる。

そこから悠然と優夜が暴れだして場は大混乱になったのは言うまでもない。


      ※      ※      ※


「何だったのかな・・アレは」
結局、担任のソード先生がまとめに入りどうにか収まったようだけど・・。

「合宿の方が疲れないか・・これ?」

今は全員解散して、僕と志度はホテルのラウンジで一息ついている。

「彼等はいつものレクリエーションのつもりのようだったね」
イスでくつろいでいる志度が軽い口調で流す。

「しかし、桜花はなんであんなところに・・」

「お前が居なくてせいせいしてるんじゃないのか?」
「そっくりその言葉返してやるよ」

「口が悪いな・・誰に似たんだか・・」
「おまえに似たんだろ・・『兄弟』?」

忘れかけていた記憶が蘇る。一瞬空気が変わった気がした。
子供の頃記憶、感覚を共有していた不思議な時、もう何年も昔の話しだ。

「・・・・すまん、志度」
「気にしてない、昔の事だ」

そう言って志度はテーブルの缶ジュースを飲み干す。
気にしていないはずは無い、お互いあの頃の事をうまく処理できないでいる。
だが『無かった事』にしようとしている事だけはわかった。

「部屋に戻る、もうそろそろ先生の説教も終わるだろう」

さっきの騒ぎの首謀者達は今頃ソード先生に延々とお説教を受けていることだろう。
ちなみに、忍はここでも僕と同じ部屋だ。部屋割りは志度が決めたらしい。

「もう少し付合え、戻ったって玩具にされるのがおちだろ?」
「ここに居たって同じじゃん」

背中越しの言葉はかなり痛いところをついている。

「そうだな・・だがここには・・」
「なんだよ、もったいぶって」
言いかけて黙った志度に向き直る

「お2人で内緒話ですか?」
「兄さんそろそろ見回りの時間ですよ」
桜花と美空ちゃんがそこに居た。こいつ始めから気付いていたな・・。

「わかってる、先生の変わりに生徒が外出しないように見張っていただけだ、
 ついでに可哀相な友人の愚痴の聞き役だ」
「誰が可哀相か!」

「大丈夫ですよ喜司雄さん、ちょっとルームメイトにガサ入れにあっただけじゃないですか」
「美空ちゃん、それフォローになってない」

「美空、あまり喜司雄さんを困らせてはいけません、
 それに忍さんが部屋から持ってきた物を預かってきたのでしょう」

「ああ、はいはい。忘れてました」
ここで会わなければ、きっと押収品は物色されていただろう・・。

「なんでも『一番大切にしていた物』を取ってきたと言ってましたよ」
そう言って、例の白い袋を取り出す。
あいつめ・・戻ったら布団で簀巻きにしてベランダに吊るしてやる。

「まったく何を持って来たのやら・・」
袋を受け取り中に手を伸ばす。さすがに人様に見せられない物ではないだろう。
おもむろに中身を取り出す。

「これは・・」
「・・・あれれ」
「綺麗な音ですね」

「あいつめ・・」それはオルゴールだった。オーソドックスな作りで木箱を開けると音が流れる仕組みになっている。

「喜司雄。それはガキの頃、俺の誕生日に出したやつじゃないか?」
さっそく気が付きやがった、サバン症候群かと疑いたくなる。

「そうですよ、桜花さんが始めて家に来た時です。
 喜司雄さんが桜花さんに渡すって言い張っていたんですよね」
美空ちゃんまで・・よく覚えてるなこの兄妹。

「そうなのですか?」桜花に面と向かって尋ねられて嘘がつけるほど僕は器用じゃない。

「ああ・・確かにそうだよ。渡しそびれてずっとそのまんまだったんだ・・
 せっかくだし桜花にあげるよ」
忍め・・また変な物をもってきて。

「いいのですか?」

「桜花。それはもともと君が貰うはずだったんだ、喜司雄のバカが忘れなければね」
バカは余計だ。

「はい、ありがとうございます」
大事そうにそれを受け取る桜花の顔が印象的だった。


      ※      ※      ※


部屋に戻ると真っ暗だった。

奥に進むと既にベッドでは先客が寝息をたてている。

「ほんとにやってくれたよな・・」
さっきまでの騒ぎが嘘の様に穏やかな寝顔だ。
一瞬悪戯してやろうかと思ったがさっきの事を思い出し踏みとどまる。

「あれはとっくに壊れていたはずなのに・・」
寮に入るとき荷物中に紛れていたそれは既に音が出なかった。
捨てることもできずずっと奥にしまっていたのだ、
あのオルゴールの事をどこから知ったのか、どこまで知っていたのか・・。

「今回だけは礼を言っておくよ・・」
悪戯小僧の額を軽く小突く、程なく無意識の細い手に払われた。



第十字学園の合宿・了

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