深夜、街の周囲を囲む山肌から延び、そのまま中央を避けて回りこんでいく幾本
かの道路のひとつ。道幅は広いが周囲に建物は少なく、深夜とあって人通りも車通
りも殆どなくなってきているその道を、ブレッグは郊外――海の方向へ向かって走
っていた。
 アクセルを開ける。スピードが増すにつれて風の抵抗が大きくなっていく。
 徐々に前のめりになりながら、だがこの程度のスピードならまだまだブレッグに
は余裕があった。
 まだ早い。
 胸の奥のちりちりとした火種が、いつも満足に燃やしきれないそれが、早く早く
行け行けとブレッグをせかす。
 まだだ、焦るな。
 そう考えた途端にどくん、と弾む心臓が胸板を内側から突き上げた。待て。こん
な場所で火をつけてどうする。
 今火をつけようとしてもくすぶって終わってしまう。もうすぐだ。だから待て。
もうすぐ――

「吹っ飛ばせるからよ……っ」

 長い直線。更にアクセルを開けた前方に、騒がしい光の集団が道幅一杯に広がっ
ているのが見えた。
 長いマフラー。耳に入ってくる排気音。装飾過剰な車体の群とその半分程度をし
める暴走族仕様自転車。
 自転車混じりという珍妙な編成、更に街中よりも人気の少ない場所……周囲の迷
惑になりにくい場所を主に走るような暴走族は少なくともこのあたりでは一つだ。

「ガルフか」

 ほとんど人が走るような速度で道幅一杯に広がっている彼等は、ブレッグからす
ればバリケードが道を塞いでいるようなものである。
 それでもブレッグは速度を落とす事無くその群に突っ込んで行った。

「――うぉう!?」

 目を剥いた暴走族の顔が瞬時に後方に流れていく。

「げぇ――!?」
「な――んだぁぁ!?」

 右から左。正面から右。左からそのまま。左から右。
 高速でバイクを左右に振り回し、タイヤが触れ合うような細い隙間を猛烈な速度
でブレッグは抜けていく。
 タイヤで自重を支えられるだけのグリップが残るよう、しかし振り回すために可
能な限り荷重を抜いて。回転速度の落ちたコマがぶれながら回るかのごとくバイク
はめまぐるしく傾きを変え、時にはカウルを擦りながら突破していくブレッグの描
く軌跡は、まるで赤い人魂が暴走族の群をからかっているようにも見えた。

「ブレッグか――!?」

 群の先頭を走るひときわ気合の入ったバイク――ガルフの乗る暴走族仕様バイク
に挨拶するようにタイヤ同士を擦らせて、ブレッグは再び障害物のなくなった道路
を駆け抜けていった。
 揺らいだハンドルを立て直し、ガルフは遥か遠くに消えた背中を睨んで呟く。

「……野郎、何はしゃいでやがる」


school days of S&N vol.ex02 "Night Race"


「…………」

 人一人、車一台通らない道路。
 辺りの建物は軒並み倉庫か作業場であり、こんな時間に明かりがついているのは
宿直室くらいで――そういった部屋は意外に奥にある事が多い。
 周囲にまったく明かりがない為に、オレンジ色の街灯に照らされた3車線道路だ
けが延々と続くようなそんな道路の途中に、ぽつんと交差点があった。
 歩行者用のボタンを誰かが押したのか、それとも何かの拍子に車両検知機が反応
したのか。誰も通らない細い道につながる方向の信号が青になっている。
 そして現在赤信号になっている方向、3つあるレーンの中央。
 誰の目もない場所で律儀に信号待ちをしているバイクが一台。

「…………」

 エンジン音もなく、前輪、後輪と操縦者が作る三角形のシルエットが極端に潰れ
た黒いバイクにまたがるソードは、ハンドルから手を放して茫洋とバイクと共に突
っ立っていた。
 やがてうつむき加減だったヘルメットがぴくり、と動く。
 遥か後方から一つの光が近づいてきていた。やがて野太いエンジン音が光に遅れ
て届き始め、どんどんと音と光は強くなってくる。

「――――」

 ぶぉん、と右隣の車線で同じく律儀に停止したのは、炎のような赤い塗装の施さ
れたバイク。異様に大径な為にボディと一体化したラインを作っている黒いバイク
の前輪に並んで、カウルと内側のボディからシャフト、それを支える車輪が明確に
分かれている赤いバイクの前輪が停止線にぴたりと止まり。

「よう」
「おう」

 横の歩行者用信号が点滅を始めた。ソードは茫洋としたまま、ブレッグはしっか
りとハンドルを握って、二人は同じ方向を向いたまま言葉を投げあう。

「走るのか」
「おう」

 幾度目かの点滅の後、歩行者用信号が赤になる。ぶぉん、とブレッグがアクセル
を吹かした。半端につなげられているクラッチがきゅるきゅると音を立てる。

「どこまで」
「ここから港の3番埠頭。手前のポールで折り返した後、南大通り」
「……ふ、ん?」

 若者たちが良くドリフトの練習に使う埠頭手前のポール。そこを経由して今いる
道路を通り過ぎ、そこから90度折れ曲がって中心街へ。後半になるほど障害物の
増えるルートだった。
 歩行者用信号が赤になってから一拍遅れて車道の信号が黄色になる。ソードが重
心を前方に戻し、ハンドルを握った。

「終点は駅前公園か?」
「ああ」

 黄から赤へ。唸り続けるブレッグのバイクのエンジン音に応えるように、ソード
のバイクがひゅぅん、と静かな音を立てた。
 横の信号が赤くなり。そして目の前の信号が青になって――

『!』

 がりん、とクラッチが擦れあいながら繋がる音にばぎょん、とジョイントが激突
しながら繋がる音が覆いかぶさる。
 一瞬先に飛び出したのは接続音の通りブレッグのバイクだった。だが見た目の体
積比で1.5倍以上はありそうなソードのバイクは恐ろしいパワーでもって加速し、
スタートの一瞬でブレッグが稼いだわずかな距離をじりじりと縮めていく。
 ギアチェンジのたびにわずかに戻すものの、ほぼ全開を維持するアクセル。跳ね
上がってはギアチェンジと共にがくんと戻るエンジンのタコメーター。ぐんぐんと
上昇していくスピードメーター。路面に連なる途切れ途切れの白線はどんどん通り
過ぎていく速度を増し、もう殆ど一続きのように見えてくる。
 視界の端に、やたらと大きなタイヤが煙を上げながらちらちらと映る。
 前方には大きく回っていく右カーブ。アクセルを開きっぱなしで曲がりきれるよ
うな角度でも速度でもないが、ここで過度に減速すればそれこそ距離を引き離され
る。
 コーナーの外側からゆるやかなラインで必要最低限の減速を行い、徐々にコーナ
ーの内側へ――

「――っ!」

 ソードよりコンマ数秒早くコーナーに突入したブレッグは慎重にアクセルを操作
し、駆動輪である後輪に最適な駆動力を与えていく。
 まだまだ始まったばかりの場所で強引に速度を優先する必要はない。ブレッグは
タイヤの磨耗を最小限に、グリップが保持するぎりぎりのラインを踏み越えては戻
し、踏み越えては戻しの繰り返しでカーブにぴったりとくっついて後輪と車体の向
きをコントロールしていった。
 コーナーの間のわずかな直線。一般道は決まったラインがほとんど存在しないと
は言え、通常取り得るラインの『幅』はバイクでも並んで走ることは不可能な程し
かない。
 ミラーに幾度も映っては消えるソードのバイクは、速力で上回りつつもコーナー
へのライン突入の度にブレッグの真後ろへつく事――減速を余儀なくされ、前に出
ることが出来ない。しかし、それでもブレッグに離されずについてくる時点で『不
知火』の大半のメンバーよりも腕前は上だ。
 左コーナー。
 ブレーキに応じて荷重を前方に移し、体と車体を傾けて角度をつける。車線も対
向車も気にせずに最大限外側から最大限内側へ。
 ごこっ、と道路が補修された跡を乗り越える。一瞬だけサスペンションが沈み込
み、わずかに車体がぶれた。
 サーキットのように良好な路面状態が維持されているわけではない一般道では、
コーナーそのものの性質よりもむしろ路面とタイヤの状況を読み取ることに神経を
割り振る。処理するべき情報は多い。舗装の継ぎ目の微小な段差、開いた穴の補修
跡やマンホールはグリップが突然変わり、また路面自体も波打ち、削れ、複雑な曲
面を描いている。
 ソードも安定して追随してくる事を気配で察しつつも、ブレッグは眉をひそめた。
 何度か会ってもいる、噂も聞いている、だがバイクに乗ると極端に性格が変わる
気質だというのでなければ、この走り方はおとなしすぎるのだ。
 多少前に出ようとするそぶりこそ見せるものの、決定的なチャンス――いくつか
のコーナーで意図的に作って見せた隙間にさえ食いついてこない。それこそわずか
な接触のリスクすら避けるかのように引っ込んでしまう。
 半開きになった港のゲートをすり抜けた頃には、ブレッグの精神にはひとつの言
葉がずっしりと鎮座していた。

 ――いつ、仕掛けてくる?

 がひょん、と市場の脇をすり抜ける。長い直線になるここでも一定以上には踏み
込んでこない。
 いつ仕掛けてくるのか。これがソードの本来の走り方であり、このまま仕掛けて
来ない、という可能性は驚くほど自然に排除していた。
 埠頭の根元、陸地との境目というべき場所にぽつんと立っているポールが視界に
入った。常夜灯とヘッドライトに照らされて反射材をきらめかせるそれが折り返し
地点になる。
 アクセルは未だ全開。加速はもはやしようもなく、取り得る操作は車体コントロ
ールと減速のみ。
 ふい、とソードの姿がミラーから消えた。ここで仕掛ける気か。だがもう遅い。
ポールは目の前で、そしてコースの優先権は先に突入するブレッグにある。
 がぎゅ、とブレッグは今日はじめて強引なスライドを始めた。ロックさせた後輪
を滑らせ、ポールを中心にほとんど膨らまない反転軌道を描き出す。1秒とかから
ずにやってきた方向を向いた視界は――

「!?」

 ――黒いモノに占領されていた。それから聞こえる高い駆動音、頭上でグライン
ダーの如く空転する巨大な車輪。そして車体の脇から覗く、地面と垂直になったハ
ンドルとそれを握る両腕。
 ソードの運転する大型バイクは前輪を支えにして浮き上がり、ブレッグの描いた
円の更に内側を回っていた。
 巨大な重量をタイヤ一本でバランスさせ、あまつさえスライド移動まで見せてい
る。予想だにしなかったタイミングでの予想外のアクション。
 だがブレッグが理解の次に抱いた情動は驚愕や感嘆ではなく、失望だった。
 いくら内側を回れたとしても、その後の立ち上がりが不可能ではどうしようもな
い。バイクは後輪で進むものなのだ。今から着地させたとして――
 そんな事を考えていたブレッグの目の前で、黒い巨体が動いた。前輪の中央部分、
普通のバイクならばホイールがあるべき場所にある大型のカバーから、まさに今聞
こえていた駆動音と同じジェットエンジンのタービンのような高い音が鳴っている。

「な――」

 ブレッグの強化された視力は、真っ黒な前輪が地面を噛んで微細に歪む様子がは
っきり移っていた。ソードのバイクは逆立ちしたまま、地面についた前輪を引っ張
られるように加速を始める。

「両輪駆動だとぉ!?」

 前輪が前進した当然の結果として後輪を下げ、元の姿勢に着地したソードのバイ
クは、今度こそ驚愕したブレッグの前で驚くほどのサスペンションの懐の深さを見
せて本格的な加速に入った。


「あ」

 ばりばりと鳴るエンジン音とペダルの軋みの中で、誰かが呟いた。
 そちらを振り返り、妙に遠い目をしていることに気づき、訝り、はっと気がつい
てガルフは前を向き直り――

「うぉお!?」

 ほとんど同時にそれぞれ左右を通過した赤と黒の『何か』が引きずってきた風の
直撃を受けた。
 ぼふぉっ、と食いしばった歯と頬の間に風が入り込んで膨らむ。
 再び崩れた姿勢を苦労しながら制御する後方からも『それ』に煽られたのであろ
う暴走族たちの悲鳴が上がる。
 なんとか振り返った時には、既にその襲撃者達はテールランプがどうにか判別で
きるほどの距離まで離れていた。
 それでも一瞬だけ見えた輪郭やカラーリングからわかる。前方からそろって飛ん
できたのはソードとブレッグ。猛スピードで接近してきた二人はそのままの速度で
ガルフたちの走る間をすり抜け、一瞬の内に走り去っていった事になる。
 改めて自分達とブレッグとの嗜好の違いを噛み締めながら、ガルフは空を仰いだ。

「なんだよ。楽しそうじゃねえか」


 夜はいつの間にかにじみ出た光に溶かされ、徐々に紫色になっていた。鳥たちが
朝のさえずりを始める下を、それらを圧するエンジン音とスリップ音が駆け抜ける。
 ほとんどブレーキをかけずにコーナーに突っ込んだソードが豪快に回転して向き
を変え、そのまま横滑りしながら再加速していく。
 速度による遠心力で車体が引き起こされるぎりぎりのラインで速度を維持し、コ
ーナリングするブレッグの方法に対してソードのとった方法は豪快なものだった。
 一気にコーナーに突っ込み、車体を横滑りさせて一発で進行方向をコーナー出口
へと調整してそのまま加速していく。
 超人的なコントロール精度で『減速を最低限にする』ブレッグに対して『最大限
に加速する』ソードの走り方は、この場合バイクの性能にきっちり噛みあっている
事もあって互角の勝負を演じていた。
 がぉん、とブレッグの視界の中で横向きに飛んでいくソードの黒いバイク。

「いいねえ」

 現在の差はおよそ3m。バイク一台分ほど。コーナーで微妙に縮まった差は直線
で広がり、結果として折り返し地点での差が維持されている。
 直線ではソードのバイクが上回る。事故でも起こらない限り抜くことは不可能に
近い。コーナーではブレッグが若干速いが、それでも一気に追い抜く程の優位はな
い。仕掛ける事のできる場所はそう残っていない。後は駅へ直接通じる南大通りへ
の合流場所、巨大な交差点くらいだが。
 縦線が斜めになった変形十字路が見えてくる。
 ソードのバイクは予想通り減速せずに突っ込むコースだ。コーナーの中央で豪快
に振られる巨体は今までラインを完全に塞ぐバリケードになっていたが、この十字
路――後はゴールの駅前までカーブと呼べるような場所はない、最後のコーナリン
グポイントならば、次へのラインを考える必要はない。
 アウト・イン。やや膨らんだ軌道を描き、外側から車体を振っていく。ソードは
まだコーナリングの準備段階だ。セオリーならば次はアウト。対向車線にはみ出さ
ない範囲で『曲がらなければいけない角度』を最小限に抑え、加速する領域。
 その領域で、ブレッグは更に内側に切り込んだ。軌跡を短くする事を重視した、
きつめの円。横滑りしながらソードが加速しようとする横で、ブレッグは早々にコ
ーナリングを終わらせて直線への加速を始める。
 ――並んだ。
 ブレッグのバイクの前輪が斜めにかしいでいるソードのバイクの前輪と並び、減
速しながら加速しているソードを加速していくブレッグが追い抜いた。

「はっはぁ!」

 一旦減速したところからの滑らかな加速ならブレッグに分がある。エンジン音に
谷を作ることなく高速でギアを上げ、瞬く間に速度の曲線を駆け上がっていく。
 稼いだわずかなリードだが、バイクの速力の差はいかんともし難い。じりじりと
差は縮み、ほぼ真横にあの高い駆動音が並ぶのがわかる。
 フルスロットル。路面の凹凸にぶつかってがくがくと揺れるハンドルを押さえつ
け、エンジン回転数はとうに限界で止まっている。
 真正面にゴールとなる駅前公園が近づいてくる。明るくなってきた空の下で、植
木が影で塗りつぶされたようになっているのがわかる。あと少し。もう少しで――

 にゃーぉ。

「!!?」

 数十m先、この速度ではほとんど目の前にいきなり出現したいくつかの黒っぽい
物体を認識した瞬間、ブレッグは一気にブレーキングして後輪を横滑りさせていた。
 見るとソードもほとんど同じようにして鏡合わせにスライドしている。慣性の法
則に従い、転びかけのような姿勢で2台のバイクは滑っていく。
 中央に1車線ぶんの隙間を空けてたっぷり100mは横滑りして止まった二人は
同時に後ろを振り返った。
 大小小、大きいものも片手で抱えられるほどの黒い影が3つ。道路の真ん中で驚
いたように硬直していたそれらは、数秒後慌てたように歩道の植え込みの隙間に消
えた。

「…………猫か」

 どこか呆然とした口調でソードが呟いた。
 クラッチを切る間もなかった為にエンジンまで完全に停止したブレッグのバイク。
そうでなくとも今の横滑りでタイヤは酷いことになっている。
 ソードのバイクは平気であの駆動音をアイドリングさせていた。まさかオートマ
チックなのか。多少はカウルを擦っていたように見えたが、軽い感じで引き起こさ
れたボディには傷一つついていない。
 どんどんと高まっていたテンションを一撃でへし折られ、ブレッグは何をするで
もなくバイクにまたがっていた。

「どうする。ここから……直線レースでもしてみるか?」
「あー……?」

 さして気にしていないような様子でソードが尋ね、ブレッグが気だるげに反応し
た時。
 二人のヘルメットの中で、同時に電子音が鳴った。

『!』

 バイクに固定していた携帯電話の通話ボタンを押したブレッグの横で、ソードが
左腕を振った。
 ばぎん、と何かがへし折れるような音がする。
 ヘルメットの中――ハンズフリーフォンのイヤホンから漏れ出した声は、聞きた
くもない連中の声。『運び屋』への注文、あるいは命令だった。

「悪いが」

 極自然に左手に持ったモノをバイクに戻しながら、ソードがヘルメット越しに声
をかけた。ブレッグの返事を待たず、一方的に喋り出す。

「少々仕事だ。今回はまあ……ノーコンテストでどうだ」
「ああ。仕方ねえ」
「……存外素直だな?」
「俺も暇じゃねえんでな」

 意外そうに目を見開いたソードに詰まらなさそうに言い捨てると、ブレッグはバ
イクのエンジンを始動させた。活を入れられたように息を吹き返すエンジン音に異
常がないことを確認し、振り返らずに走り出す。
 ソード・ストライフ。物騒な男、教師らしくない教師。とりあえず――

「教師ってのも意外とやるじゃねえか」




「さて」

 ブレッグが走り去るのを見送ったソードは、道路の中央で止まったまま呟いた。

「もういいだろう?出てこい」

 ビルの陰。屋上。歩道橋の陰。フルフェイスヘルメットを脱ぐソードの周囲を遠
巻きに囲むようにしてコートを纏った人影が現れた。
 話しかけるには遠すぎるはずのその距離から、まるで目の前で話しているかのよ
うな声がソードに届く。前、右、後方。声の発信源は3方向をランダムに移動して
いた。

「ソード・ストライフ。我等の『家』を奪ったことについて、弁明があるなら聞こ
う」
「あると思うのか?」

 憎しみが篭っていながらも理性的な問いかけに、ソードはあからさまな嘲笑を返
した。もうすぐ街の目覚める時間だ。手間も時間もかけてはいられない。何よりこ
いつらは、人ではない。

『Standing by』

 ソードの頭の中だけに響く電子音声。
 ハンドルから放した手から、シャツの襟元から、ズボンの裾から。青白い光の粒
子がこぼれ出していた。まるで血管や骨格を限りなく簡略化したような光の線がソ
ードの身体を覆っていく。

「来るならさっさと来い。――変身」

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