夏。じりじりとした日差しは容赦なく降り注ぎ、その熱量でもってたいていの人 間に不快感を与える季節。 そんな陽炎が揺らぐような空気の中―― ぱしゃ…… ――『そこ』だけは、どこか涼しげな空気を漂わせていた。 ぴゅっ…ぱしゃり…… 水が水平に押し出され、やがて重力加速度に従った綺麗な放物線を描いて地に落 ちる。 灰色のコンクリートに落ちた流れは沢山の水玉になって弾け、それがまた落ちて 弾け。 やがて広がった水は周囲の熱を吸い取って、蒸発して空気へと混じっていく。 蒸発しきらなかった水は小さな池になって広がり……やがてコンクリートの縁を 流れ落ちて土の地面へ着地する。 表面の細かな塵やゴミを少しだけ浮き上がらせながら広がった水も、その内に入 れ替わった空気や地面の中に消えていった。 「うぅ……いてて。あの暴力教師め……」 「――お兄ちゃん?」 「ん?」 school days of S&N vol 0.2 "summer day" 校庭の片隅、ちょうど木陰にある水場。 そこで遊んでいたミルムは聞きなれた声が近づいてきたことに気づき、呼びかけ た。 それに答えたのはザナウ。適度に色落ちした紺色の剣道着を着て、頭をさすって いる。 ……ソードに脳天から一撃でも食らったのだろうが、部活だからと言うことでソ ードが加減したのかザナウが頑強だから(こちらの方がありそうだ)なのか、台詞 の割に痛そうな顔はしていない。 頭から手を下ろし、歩み寄りながら、緩んだ表情でザナウはミルムに笑いかけた。 「何やってるんだ?」 「……ん」 ミルムは手の中の物を見せる。 緑に色付けされた、プラスチックの本体。 おおよその区分は元になったであろう物体と同じ形状だが、エッジの甘いディテ ィールと寸詰まりの全体的な形のせいでいかにもオモチャっぽいデザイン。 本体の上に設置された白い円筒形の部品の中には液体が満たされ、動かすたびに ちゃぷちゃぷと音が鳴っている。 「水鉄砲かー」 これ、いいか?と確認してからザナウはそれを受け取り、懐かしげにもてあそぶ。 くっ、とザナウが木に向けて引き金を引くと、握力の差に比例してミルムが遊ん でいた時よりも数段勢い良く、水が木に当たって弾けた。 「……そりゃ」 「ひゃっ」 にや、と笑ったザナウが水がかからない程度にミルムに向かって水を発射し、ミ ルムが驚いて飛びのく。 ザナウが笑い、ミルムが反撃し。 穏やかな午後の時間が過ぎていく。 「おっ」 「?」 唐突にザナウが校舎のほうを見て声を上げた。 首を傾げてミルムはザナウと同じ方向に首を向け――昇降口から出てくるネリー を発見した。 白っぽい服装に色の薄い肌、明るい金髪という格好は、降り注ぐ日光の中に紛れ てしまいそうな印象を受ける。 腕を翳して日を遮り、空を見上げる彼女にザナウは大声で呼びかけた。 「おーい!」 「――?」 「ちょっとこっち!こっち来てくれるかな!」 ネリーは首を傾げながらもとことこと近づいてくる。 「えっと……?」 不思議そうなネリーに、ザナウは楽しそうな笑みを浮かべて小声で何事か告げた。 見上げるミルムの前でぼそぼそと二人は会話を続ける。 「……で、――かな?」 「そうですけど……えぇ?」 「頼むよ、な?」 ぱん、と顔の前で両手を合わせて頼み込むザナウに、ネリーは口ごもり……やが てしぶしぶながら頷いた。 呆れと諦めの入り混じった、疲れたような顔をするネリーを他所にして、ザナウ は湧き上がる笑いを抑えきれない、といった様子で手をわきわきと動かした。 「ぐっふっふ…」 「お…お兄ちゃん?」 「これであいつに一泡吹かせてやる……やってやる、お兄ちゃんはやってやるぞ、 ミルム!」 困惑するミルムを放って、熱い空気の中で熱く燃え盛る少年が一人。 それに背を向けてこっそりため息をついたネリーは、視界に目標の人物を発見し てザナウに声をかけた。 「ザナウさん」 「来たか!よし、ネリー頼む!」 言うなり水鉄砲を手に、こそこそと水場の陰に回りこむザナウ。 ミルムちゃんも大変だねーとミルムに告げ、状況についていけていないミルムが 首を傾げたのに苦笑しつつ、ネリーは両手を口の横に添えてメガホンを作った。 「先生!」 「む?」 呼びかけに反応したのは、部活の指導を終え、いつもの服に着替えたソード。 全体的に黒っぽく、腕をまくっているとはいえきっちりとミリタリックな濃緑の シャツまで着ている服装は見るだけで暑苦しいが、当人は涼しい顔である。 上下動の少ない歩きでソードはこちらに歩いてくる。 ネリーが立っているのは水場から2歩程度、ザナウが隠れているのとは反対側の 端だ。 ソードが近づき、もっと近づき、ネリーの前に立った瞬間。 「どぉおぉりゃぁ!!」 びゅばっ!! 飛び出したザナウが放った水鉄砲の一撃を、ソードは素早く身体を傾けて回避し た。 「ちっ…」 悔しげに舌打ちしたザナウが着地し。 「…………はっ」 視線をそらし、片眉を上げ、両肩をやれやれ、とすくめて、ソードが小さく笑っ た。タイミングよく吹いてきた生暖かい風が、逆立った灰色の髪を揺らす。 まるで人の神経を逆撫でするためだけのような(そして実際そうなのだろう)ア クションがザナウの前でこれ見よがしに行われた、その結果。 「て……っ手前ぇぇぇえ!!」 「その程度……!」 びばばばばばっ!! 「ミルムちゃん、こっち来て座ったら?」 「……ん」 ネリーの呼び声に頷き、ミルムは木陰に腰を下ろして男二人を眺める。 「ふっ……ついてこれるか?」 「こ……のぉ!!」 入道雲がわだかまっている、青空。吹いてくる風は熱を持っているが、木陰に入 れば空気はかなり涼しい。 ……平和な、午後だった。 |