「だから説明してやる。この連中を――」

 ぐるり、と首を回して二人を見つめたのは、同様の変化を起こした周囲全ての元
通行人達だった。

「――片付けてからな」

 言葉と同時に飛び掛ってきたマネキンもどきを、瞬時に伸びた赤い光が両断した。



 school days of S&N vol 0.45 "Day Dream/14th"



 開きになった形でどしゃりと地面に落ちるマネキンもどきを背景に、黒髪のネリ
ー、『彼女』は血払いをするように右手を一振りした。ぶん、と唸るような音を立
てて赤い光が揺れ動く。
 その姿勢は会話していた時の状態――バイクに寄りかかり、腰を預けたままの姿
勢――からまったく変わっていない。
 先ほどからこぼしていた光の代わりに手の中に現れたのは、懐中電灯くらいの大
きさの棒。暗い灰色をした金属でできたそれは銃のような引き金など所々工業的な
意匠を持つものの、シルエットは日本刀の柄によく似ていた。
 再び力を抜いてぶら下げられたその『柄』から何の支えも無しに赤い光が伸び、
刀身を形作っている。『彼女』が今持つソレは光というあやふやなはずの材質で、
鋭いエッジを持った優美な曲線――日本刀の形状を、ほぼそのまま再現していた。

「それは――いや、こいつらは何だ」

 かすかに明暗の揺らぎを見せる赤い光からスライドし、自分たちの周囲へ。軽い
驚きの上から冷静な現状認識を被せてレグニスは問いかけた。
 レグニスの周囲にも、白いヒトガタは集まってきていた。レグニスとそれら、そ
して自分の位置関係を確認し、『彼女』はにやりと唇を吊り上げる。

「ただの木偶だ。ここではこのように『扱われる』がな――そら、来るぞ?」

 言葉に誘われるように、白く細い人形が地面を蹴った。見た目にまったく力強そ
うではない癖にその身体の硬度も出力も結構なもののようで、鉤爪のようになった
脚の先端がタイルの表面を削っている。
 『彼女』。レグニス。そして飛び出した木偶。一直線に並ぶその位置関係から、
木偶は当然無関係な存在――レグニスを注視する事なく、最短距離で彼女へ向かお
うとした。
 当然といえば当然である。確かに『この場所』に存在するはずの無いイレギュラ
ー要素ではあるが、一般人などこの状況では何が出来るでもない、まして彼ら――
木偶達は周囲への被害を考慮する必要も機能も無いのだから。
 彼等が持っているのは戦闘行動以外には極めて単純な判断基準に従う程度の思考
能力だけである。例えば『障害は排除』と言うような。
 故に。
 正面から木偶を押しつぶしたレグニスに視線と攻撃対象設定が集中したのもまた、
無理のない事であった。

「大したことはないな」

 掌で瓦の試し割りをするように片膝をつき、タイルごと木偶の脳天を砕いたレグ
ニスは、指を握らずにごきりと鳴らして立ち上がる。
 びくびくと痙攣する細い身体を踏みつけて黙らせると、『彼女』を取り囲んでい
た木偶達の半分がレグニスを取り囲むように動き始めた。戦闘に関してすら単純な
行動パターンしか持っていないようだ。

「素手でいいのか?」
「十分だ」

 全身を引き絞り、突進の準備をするレグニス。
 バイクに寄りかかったまま動こうとしない『彼女』。
 対照的な二人は、まるで獲物を選ぶかのように視線を巡らせた。



 
「痛!」

 光だけは入ってくるリビング。朝から続いていた電話応対やコンピュータの奏で
る低い駆動音に、小さな悲鳴が混じった。
 キーボードを叩いていた指に痛みが走り、ネリーは慌てて手を確かめる。
 紙か何かで切った時のように、薄く皮膚が裂けて血が滲んでいた。
 先ほどから消えない重い異物感に加えての状況に、ネリーはため息をついた。
 ソードが最後に送信してきたデータ。『恐らく』現在の状況の中心になる人物の
経歴や事件の顛末を纏めた簡素な報告書は、これから起こる事を想像する助けには
なっても解決の糸口にするには現況への対応に欠けていた。
 ぐ、と右手で左の二の腕を掴む。
 まるで身体の中に微小な物体が無数に入っているような、そんな全身にわたる異
物感。いっそどこかに固まってくれれば楽なのだが、全身にわたる感触は姿勢を変
えても何をしても気を紛らわすことが出来なかった。

「ん……?」

 異物感。全身に散らばる微小な物体。踊るような、鼓動のような、妙な拍動。
 自分の中にある『モノ』を思い出し、ネリーは椅子を引いて立ち上がった。ドア
を開けて向かう先は自分の部屋。
 3階に上がって部屋に入り、ドアを閉めると、カーテンを閉めたままの部屋は薄
暗さの中に沈んだ。
 本やぬいぐるみ、小物を並べた棚や箪笥、小さなテーブルに柔らかいベッド。ネ
リーの好みを反映して木目調の家具が多い部屋の中央に立つ。実際この部屋だから
何が変わるわけでもないが、なんとなく外に繋がった、開けた感じのする場所が嫌
だった。深呼吸をして右の掌を上向ける。
 どくん、と全身が――全身に散らばるモノが拍動する。それらはたまに勝手をし
ながらも最終的にネリーの意思に従い、どんどんと右手へ集まっていく。

「……」

 ぽつりと滲む黄色い光は、薄暗さの中でよく映えた。
 まるで風に乗る綿毛のように頼りなく揺れる光の粒は、すぐにその数を増やして
光量を増し、部屋を照らし出す。
 そして、湧き出す光の中から黒い物体が顔を出した。角を丸めた長方形と言えば
近いだろうか、握りこむのに丁度良い大きさのそれは弱まる光と対照的にどんどん
と掌から伸び、やがてトリガーがついた直方体の全体像を現して、ネリーが握りこ
んだ掌に収まった。
 沈黙を保っていたネリーの手に僅かに力が篭ると同時、その物体――柄の一端か
ら黄色い光が伸び、一瞬にして尖った多角形を形成する。いわゆる剣、5角形を縦
に長く引き伸ばした形に固定された光がゆるやかに明暗のゆらぎを繰り返していた。
 目の前の光剣からゆったりと吹いてくる風に前髪をなびかせながら、ネリーは先
ほどまでの異物感がすっきりと消え去っているのを自覚した。
 つまり原因は目の前の『剣』――ソードの身体と同じくフォトン粒子をエネルギ
ー源とする、力場形成・フォトン制御装置ということだ。
 分解・再構成できる時点で既に現在の技術水準とは一線を画しているそれは、ソ
ードの身体に施された『処理』と同じくあの寒い街で発掘された遺物をほとんどそ
のまま使用した代物――機能的には解析・複製された物を上回る代物だ。
 まるで何かに共鳴するかのように無音の響きを続けるそれを、ネリーはことさら
ゆっくりと正面に構えた。
 14歳にしては完成されすぎていると言ってもいい、緊張と弛緩がほどよく同居
した姿。
 姿見に反射する自分の姿、その眉間に狙いを定め――ふ、とネリーは力を抜いた。
思考に答えて柄が速やかに力場を解除し、繋ぎ止める力を失って拡散・消滅してい
く粒子を見送りながら再び無数の微細部品へと柄を分解し、体内にしまい込む。
 完全に自分の意思に従い、ほぼ自分の一部にも等しいそれだが、ネリーは実のと
ころそれを振るうのが好きではなかった。
 単に必要があれば使う、必要がないだけと言うソードとは違う。もっと言えば、
人間相手に使うべきではない力だと考えている、と言った所か。元から好戦的では
ない、むしろ戦闘行為が嫌いなネリーとしては、強大な力――それが自分の持つも
のだとしても、だ――に苦手意識を持つのはそう不自然な事ではない。
 好きではない、好きではないのだが……それだけでは済まないのだ、悲しいこと
に。
 机に歩み寄り、引き出しの一つを開けると、銃のマガジンに似た直方体――光剣
のパワーセルを収めたマガジンを取り出す。
 無くても起動自体に支障は無いが、瞬間出力を大幅に高める時にはこれがなけれ
ば話にならない。
 好きではないものを取り出すのは、当然ながら好き嫌いを言っていられない状況
になってきたからだった。
 調査は遅々として進まなかったが、それでも少しずつ情報が集まるたびに、相手
の姿は見えてきていた。
 詳細不明の技術を持っていること。『街』からの流出技術がそこには含まれてい
ること。そして街一つを『何か』の為に壊滅に追いやるような人種である事。
 そういうものであればネリーにとって戦い、殺す理由は十分だし、ましてそれが
『街』からの流出技術も関わっているとなれば十二分と言っていい。
 それでも。

「――苦手、なんですけどね。本当は」

 ――何を今更。
 数日前に聞いたソードの言葉が耳によみがえった気がして、ネリーは薄く苦笑し
た。
 



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