その11

今日はちょっと調理部にお邪魔して、料理などしてみている。
普段からミノルカさんの手伝いなどで調理には良く携わっているのだが、
1人で丸々作る機会というのは実はあまりないのだ。
そうなるとたまには色々と作ってみたくなるのが人間という物である。

ちなみにあまり料理する機会がない理由の一つとして、レグの好物がツナ缶だという事実がある。
……ツナ料理、ではなくツナ缶そのままだ。
まったくあいつめ、私にどうしろというのだ。

そんなことを考えつつも、私は冷蔵庫の扉を開けた。
うむ、いい感じだ。昼休みの間に大半を済ませておいて正解だったな。
内心にやりと笑みを浮かべつつ、私は冷蔵庫を閉めた。
む、ちょうど向こうでもなにやら完成したようであるな。

「よし、出来ました! ルルカさん、ちょっと試食をお願いできますか?」
「はい、いいですよ」

由宇羅殿に呼ばれてルルカ殿が歩み寄っていく。
どうやら由宇羅殿が作っていたのはスパゲッティのようだ。出来立てが湯気を上げつつ皿に乗っている。
しかしこれは……ソースをかけるタイプではなく具とあわせて炒めるタイプのようだ。

「お母さんが知り合いからもらったものなんです。外国で買ってきたそうですよ」
「へえ……すごいですね。ではいただきます」

少しわくわくした様子を見せつつ、ルルカ殿はフォークを口に運ぶ。ぱくりと一口。
そのままもごもごと咀嚼して……と、なぜか急に動きがとまった。
みるみると顔色が変わっていく。

「!?!?!!」
「バジルと唐辛子を使って炒めたものだそうで。美味しかったら本格的に入荷……」
「水、水、お水ーーっ!!」
「……してお店に並べようと思ったんですけど、無理みたいですね」

椅子をけり倒し、人を押しのけ、ルルカ殿は蛇口に取り付くとすごい勢いで水を飲み始めた。
しかしここまで大騒ぎするとは、一体どのようなシロモノなのだろうか?
興味本位で少しだけつまんでみる。
……むう、確かにこれはきついな。ルルカ殿のような甘い物好きには特に。
ここは口直しの意味も込めて、私の『アレ』を投入するとするか。
ルルカ殿もまだ辛さにもがいているようであるしな。

私は冷蔵庫を開くと、私が作っていたそれを取り出した。

「ではルルカ殿、こちらの試食もお願いできるかな?」
「え? あぁっ! プ、プリンですね!!」
「うむ、ご名答。お口にあうかどうかはわからぬが……」
「あいますあいます、是非下さい〜」

いくつか作ってあるうちの一つを渡すと、ルルカ殿は待ちきれないといった様子でまず一口。
途端にさっきまで辛さにもがいていた顔が甘さにとろける顔へと変貌した。

「お、おいひいれふぅ〜〜」
「市販の物は私には少々甘すぎてな。これは本体の甘さを控えてカラメルに託してみたのだが」
「すごいですブラーマさん。この控えめな甘さがたまりません〜」
「お褒め頂き恐縮であるな。さあ、沢山作ってあるので皆様方もどうぞ」
「そうですか? じゃあいただきますね」

他の調理部の面々も私の作ったプリンを次々と手に取って食べ始めた。
そのうち他のメンバーも自分が作ったクッキーなどを持ち出して、おしゃべりをはじめる。
いつの間にやら家庭科室は即席のお茶会会場へと変貌していた。
そんな中、由宇羅殿がぽつりと一言。

「ところで、アレ、どうしましょうか?」

一瞬で部屋が静まり返り、全員が同じ所へと顔を向ける。
視線の先にあるのは、件のスパゲッティ。
と、ちょうどそこに、

「お、いい匂い。やってるなぁ」

微妙に固まった空気をものともせず、呑気そうな声をあげつつ入ってくる人影。
悠然殿だ。

相変わらず絶妙なタイミングで現れる御仁であられるな。
……もちろん悪い意味で。

「悠然さ〜ん、ちょっとこれ、食べてみませんか?」
「ん、スパゲッティか。美味そうだな……」

この後どうなったかは、書くまでもあるまい。


その12 それはある日の昼休みのことだった。 『あー、テステス』 突如放送が入った。何の前触れもなく。 あまりに突然の事に教室にいた他の生徒達も喋るのを止め、何事かと注目している。 『えー、こほん。我々は宇宙に在り! この濁世の亀裂の深きは! 億万の絶叫で……』 『いや違うだろ優夜。ってかお前何言ってんだよ』 『おや、悠然クンはご存じ無いかな? 今演説って言ったらこれが標準で……』 『ンなワケないだろ。いいから代われ。えー、では改めまして。  皆さんには突然の無礼を許して欲しい。我々は光画部である!』 やはり光画部の面々か。まあわかりきったことではあるが。 この学園でこのような無茶ができる面子などごく限られている。 そしてそれを本当に実行に移すような者は光画部メンバーぐらいのものだ 『我々は今までにも、何度となく生徒会や一部教師からの弾圧を受けてきた。  だがしかし、我々は決して負けはしない、挫けることはない!』 『なぜならば、我等は全ての生徒達のために行動しているからだ!  素晴らしき画像はみなの宝。それを広く伝えるために我等は活動しているのだ!』 『だが哀しいかな、我らの行動は敵対勢力によって歪められて全校生徒に伝えられている。  聞いてくれたまえ、今この時も、我らを弾圧しようとする横暴なる者の声を!』 『……おーい出て来いお前ら。今ならプールに沈めるぐらいで許してやるぞ』 『入れるなよ忍、しっかり押さえとけ』 どうやら光画部のほとんどのメンバーで放送室を占拠しているようだ。 しかしこれも長くは続かないだろう。 放送にまぎれて聞こえる、止めにきた教師の声は明らかにソード先生のものだ。 かの戦闘教師にかかればいかなバリケードも食べかけの冷奴のごとくである。 現に今も、徐々にだが破砕音が放送に混じりつつある。 『しかしながら我らは今、窮地に立たされている。敵対勢力の度重なる妨害工作によって、  我らの活動源はすでに枯渇しかかっているのが現状である』 『ようするに、部費がなくなっちゃったから写真を売ろうってわけ』 『……見も蓋もないこと言うなよ。その通りだけどな。  そういうわけで、光画部は今から学園中庭にて写真のゲリラ販売を行う!』 『あんな写真、こんな写真。諸君らが望むものはきっとある。是非とも中庭へ!』 『あの、ドアがそろそろ……』 『わかってる。なお、敵対勢力からの介入が予想されるため、販売時間は短い。急いでくれ』 『君も、薄明に混ざり在る紺碧のボクの手と、握手!』 『いや、だからなに言ってるんだよ! もういいから脱出するぞ!』 『よしこっちだ』『オイ待てよ、置いてくな』『はっはっは、サラバ諸君!』『失礼しました〜』 『………………逃がしたか』 ソード先生の不満そうな一声を最後に、放送は途切れた。 ぽかんと放送を聴いていた面々もようやく我に返ったようで、教室にざわめきが戻ってくる。 「……なんだったのだ、今のは?」 「光画部の宣伝活動だろう」 思わず呟いた一言に、レグは当たり前といわんばかりの調子で返してきた。 「いや、それはわかるが……なぜあのような……」 「ただ単に派手な印象を与えたかっただけだろう」 「……まぁ、インパクトはあったな。確かに」 「大分経済状況が切迫しているらしいな。俺も今朝、写真を買わされた」 「ほう、写真だと?」 それは知らなかった。一体何の写真なのだろうか? もしかして私の……いや、そんなことはあるまい。だがまさかということも…… それにそもそも光画部の写真だ、どのようなシロモノかわかった物ではない。 「ど、どんなものか見せてくれぬかレグ」 「こういうやつだ」 私が訪ねると、レグはあっさりと写真を見せてくれた。 和服を着流した黒髪の美少女の写真だ。服の乱れとかがちょっときわどい感じがする。 ま、まさかこのような写真が出てくるとは、完全に予想外だ。 「レ、レグ、これは一体……」 「まったく、忍の写真など俺が持っていても仕方が無いのだがな」 「…………待てレグ」 「何だブラーマ?」 「これが……忍殿だと?」 「間違いないな。付け毛に化粧、内側は矯正下着等で体格をごまかしているようだが俺にはわかる」 「な、なんともまぁ……」 こ、この写真に映っているのが忍殿? どこからどう見ても美少女にしか見えない。 まさに脅威の変装、いや女装術だ。見破るレグもレグだが。 だがよく考えればなるほど、したたかかつ有効な手であるな。 忍殿は光画部部員。部員の写真を売ろうとも苦情はどこからも来ないというわけか。 しかしこれは、詐欺に値すると思うのだが。 「もっときわどい写真もある、とあいつらは言っていたがな」 「……し、忍殿」 まさにご苦労である。いや、もしかして……好きでやっているのでは? ちょっと疑ってしまう昼下がりだった。
その13 今日は休日。天気もよく、絶好のお出かけ日和だ。 しかし私は出かける予定もつもりもない。今日は一日のんびりと過ごすこととしている。 普段、こういう日は特に用が無くともレグと共に散歩に出かけるのだが今日はそれも無理だ。 なぜならレグは今朝から用事で出かけている。 先日の夜連絡を受け、朝早くからいずこかへと行ってしまった。 私が思うにどうやら、普通ではない用事と見える。 前々からこういう事はあった。時折レグはどこからか連絡を受けると、 あっという間にいなくなってしまう。例えそれが授業中だとしても。 後で問いただしてみても「気にするな」の一点張り。 どれだけ聞いてみても話してはくれないので、私も気にしないようにしていたのだが…… それでもやはり心配に思ってしまう。 今回のように事前連絡を受け、出かけたときなどは特に。 レグの部屋にある小さなタンス。その奥のほうに一着、変な服があるのを私は知っている。 黒っぽいツナギのような形状の変な服だ。手触りも変だし、普通の素材ではない感じがする。 しかもこの服には見かけるたびに補修された後が増えていっている。血の跡のようなものも見かけた。 絶対に、普通ではないことに使用する為の服だ。 その服を、今日レグは持ち出している。 普段は着の身着のまま出かけるのに対し、おそらくはそれなりの装備であろうモノを持ち出していく。 それは暗に、危険度が高いことを示しているのだろう。 とても不安でたまらない。だがそれとは逆に、私は信じている。 レグは必ずここに……私達の住むこのにわとり荘に帰ってきてくれる、と。 約束などしたわけではない。私が勝手にそう思ってるだけだ。 だが確証のないタダの思い込みというわけでもない。 レグはおそらく無意識の内にだが、守ろうとしているのだ。私達との、学園での平穏な日常を。 平凡でなんでもないように見えて、騒動ばかりで退屈しないこの日々を。 どこへ出かけるのか私に言わないのも、私や他の人をを巻き込まないため。 『あっち』の事情をこちら側に決して持ち込まないようにしているのだ。 打ち明けてくれないのは正直に言って少し寂しい。 だが無理に尋ねてレグを困らせるような真似は私はしたくない。 言わない事がレグの優しさだとわかってるからな。不器用ではあるが。 そんなレグだからこそ、黙って出かけてそのまま帰らない、などという事にはならないと信じている。 絶対に。 何も言わず、なんでもないように出かけて、そして帰って来る。 今までレグがずっとそうしてきたように。今度も必ず。 だから私はいつものように過ごす。レグの求めているであろう『毎日』のために。 一人で過ごす休日というのもちと虚しいが、なに、これぐらい我慢する。 帰ってきたあいつに笑顔で「おかえり」を言いたいからな。 さて、レグの部屋でも掃除しにいくとしよう。 あいつが帰ってくるまでに、きっちり綺麗にしておかねばな。 私の好きな、あいつが帰ってくるまでに。
その14 なぜかはわからないが、今日はルルカ殿が朝からご機嫌だ。 終始にこやか、足取りもどこか軽く浮かれているのが丸わかりである。 何か良い事でもあったのであろうか? そう尋ねてみると、ルルカ殿はよくぞ聞いてくれたといわんばかりの笑顔で、 「じつは、昨日優夜さんからお花をもらっちゃったんですよ」 「花……であられるか? 普通の?」 「ええ、ネタとか実は食虫花とかそういうことは全くないです。本物のお花です」 このルルカ殿の喜びよう、本当に嬉しそうである。 無理もない、慕ってる相手に花を贈られて嬉しくない乙女などほとんどいはしまい。 うう、ちょっとうらやましいかもしれない。 だがその反面、私はルルカ殿の喜びように疑問を抱いてしまう。 友人を素直に祝福できないのはどうかと思うが、ことに絡んでいるのはあの優夜殿だ。 どこかに絶対、大逆転の落とし穴を用意しているように思えて仕方がない。 その疑問を持っていたのはどうやら私だけではなかったようだ。 「ところでルルカ、送られたという花の名前はわかるか?」 傍らで本を読んでいた寮長殿――アーデルネイド氏が不意に顔を上げ、尋ねた。 ルルカ殿もいきなりの質問に少々驚いたようだが、すぐに記憶を引き出したようだ。 「えーっとたしか、松虫草……ですね」 「あまり聞かない名前の花であられるな?」 「ええ、わたしも最初優夜さんに尋ねたんですが、『自分で調べるのも楽しみだろう』って」 「それで調べてみたのか。なるほどな」 寮長殿は一人納得したようにうなずくと、机の中からポケット手帳のような小さな本を取り出した。 パラパラとめくり続けたかと思うと、急に手を止め、にやりと唇が弧を描く。 「あった、松虫草。花言葉は『恵まれぬ恋』だな」 「……え? あの、それはどういう……?」 「どう、といわれてもな。そういう花言葉を持つ花だった、それだけのことだ」 「う、嘘です。そんな花言葉!」 「残念ながら事実だ。このポケット花言葉帳に明記されている」 「なぜそのようなものを……」 思わず口をついてでた一言だったが、だれも聞いてなかったようだ。 一方のルルカ殿はそれでも食い下がるかのように、 「で、でもこの花は優夜さんからの贈り物で……」 「さて? その真意までは私にはわからんな」 「あ、あうう……」 ショックにうちひしがれたように、ルルカ殿は言葉もなくへたり込む。 まさに天国から地獄といった所か。だがこれではあまりにもルルカ殿が不憫だ。 「寮長殿、失礼する」 私はするりと寮長殿の背後に回りこむと、その手にあった花言葉帳を奪い取った。 むう、やはり予想通りか。 「『健気』、であるな」 「…………え?」 「安心召されよルルカ殿。松虫草の花言葉の中には『健気』というのも含まれているのだ」 「ほ、本当ですか?」 「他にも『不幸な恋』や『悲しみの花嫁』などといった意味もあるがな」 「うぐっ……」 喜びかけた所に寮長殿が釘を刺す。全くこのお方は…… 「つまりだルルカ殿。全ては優夜殿の策略……手の内であったのだよ」 「どういう……ことですか?」 そう、全ては優夜殿が仕組んだ事であったと思われる。 わざわざあまり知られてない花を買ってきて、種類を調べるよう促す。 おそらくその際に気付くと踏んでいたのであろう、花言葉に。 しかもその花言葉は、ルルカ殿に当てはまりそうな正負二つの意味の物を持ち合わせている。 絶対に、狙って買ってきたものであろうな。 そうして二つの意味の間で混乱するルルカ殿を眺めて楽しむという、実に手の込んだイタズラだ。 まあなんとも回りくどいイタズラではあるが、そこは優夜殿だ。 イタズラの為ならどのような工作や根回しも苦ではないのだろう。 ……その能力を他のことに回せぬのも、また優夜殿である所以であろう。 「つまり、わたしはからかわれたんですね……すごく遠回しに」 「いかにも、そのとおりだ」 「あ、の、ひ、とはぁーーっ!!」 わなわなと震えていたルルカ殿は、寮長殿の最後の一言についに切れたようだ。 叫び声と共に教室を飛び出していった。 残されたのは私と、なにやら満足げな表情を浮かべている寮長殿。 「しかし寮長殿、あれでよかったのであられるか?」 「なんのことかな?」 「ルルカ殿はあの花の花言葉に気付いておられなかった。それをわざわざ……」 「これは異なことを」 寮長殿は肩をすくめると、極当たり前といわんばかりに、 「目の前になにか面白い事が起きそうなスイッチがあるならば、普通は押すだろうに」 「……自身に何か及びそうでも、押されるのであるか?」 「無論だとも。もっとも、傍観者としての立場をきっちり確保してから、だがな」 そう言って笑った寮長殿は、じつにイイ笑顔をしておられた。
その15 その日私は日直だったので、前の授業で使った黒板を消しているところだった。 「なにぃ! それは本当か悠然!!」 真後ろからした叫び声に思わず振り返る。 休み時間ゆえに、あちこちで生徒達が談笑を交えているところのようだ。 ちょうど私の背後で話をしていたのは悠然殿とザナウ殿、そして優夜殿の三人だった。 先の叫び声はどうやらザナウ殿のもののようだ。 「なんだよ、俺はただダイビングに行くって言っただけじゃないか。明日の連休から」 「あのな悠然、見栄を張りたいお年頃ってのは俺もわかるけどな……  『海水浴』って書いて『ダイビング』ってルビ振るのは流石に詐欺だと思うぞ」 「違う! 海水浴違う! ちゃんとボンベ背負って海中を泳ぐヤツだ!」 「ははは、んなバカな。そんな似合わない趣味を悠然が持ってるわけないだろう」 「悪かったな、似合わなくて」 むすっとした様子で悠然殿は口を尖らせる。 そんな姿にザナウ殿はひとしきり笑った後、不意に真剣な顔になると、 「で、どこまでがギャグだ?」 「ギャグなんか一片たりとも含んでねぇよ」 「え、ギャグじゃないのか?」 「だからさっきから本当だって言ってるだろ」 「…………ちくしょう、ダイビングだなんて悠然のくせに生意気だぞ!」 「いや、生意気とか言われても……」 「ダイビングってのはもっとセレブな――カイゼルとかがやってればいいんだよ。  俺と同じド庶民の悠然が手を出すなんて、おこがましいにも程がある!」 「んー、まあ確かにダイビングってそんなイメージあるよねぇ、なぜか」 なにやら先ほど以上にエキサイトしだしたザナウ殿に対し、優夜殿がのんびりとうなずく。 「別にそんなことないぞ。俺みたいなド庶民でもちゃんと楽しめるスポーツだ」 「うるさい! 青い海で優雅に海中散歩なんてそんなの悠然のイメージじゃない!」 「……俺にどんなイメージ持ってるんだよ、お前……」 「やかましい。海で溺れろ。鮫に食われろ。海流に流されるがいい!」 今度はザナウ殿が微妙に不機嫌に。悪口も妙に力がこもっている。 それにしてもザナウ殿、いつも元気であられるなぁ…… 「時に悠然クン。海に行くなら必須のアレは用意したのかな?」 「いいや……アレってなんだ?」 「勿論、ひ・しゃ・く♪」 「いや出ねぇから、船幽霊なんて出てこないから!」 「ちょうど昨日商店街で掘り出し物を見かけたよ。合金製で百年は底が抜けないって逸品さ」 「それは確かに魅力だけど、この場合は意味ないだろ!」 悠然殿、完全に遊ばれているな。 まあそれが悠然殿らしいという事か。少々失礼ではあると思うが。 しかし悠然殿はまだまだ余裕たっぷりといった様子で、 「ま、なんとでも言ってるがいいさ。あの海の素晴らしさは体験した者にしかわからないからな」 「随分と、楽しそうですね」 「そりゃ楽しみさ。なんてったって久しぶりのダイビングだからな」 「久しぶり、なんですか……」 「ああ、休みの時になると由宇羅がいつも店番させるからな。自分は遊びに行ってるくせによ。  今回は先手を打って予定をつっ込んでおいたんだ」 「それはそれは用意周到なことですね……」 「まあな。たまには俺だって自由にさせてもらってもバチは……って由宇羅!」 いつの間にやら悠然殿の背後に忍び寄っていたのは、女性全般に弱い悠然殿が特に逆らえぬ存在。 金銭面などあらゆる点で悠然殿のコントローラーを握って離さない方、由宇羅殿だ。 「お、怒ってるのか、バイト休む事?」 「何言ってるんですか、かまいませんよ。悠然さんだってたまには遊びに行きたいでしょうし」 おそるおそる尋ねる悠然殿に、由宇羅殿はにこやかに笑いかけた。 うう、逆にその笑みが怖く見えるのだが…… 「でもお休みとるならその分の穴埋めはしていって下さいね。うちは小さな店なんですから」 「あ、穴埋め?」 「はいこれ、伝票や帳簿類です。今日中にまとめて下さいね」 どこから取り出したのやら、大量のノートやメモ類をどさどさと悠然殿の前に広げる。 「こ、この量を今日中にか!?」 「ええ。だって明日からでかけちゃうんですよね、悠然さんは?」 「……帰ってから手伝うってことで、ココはどうか一つ……」 「あーあ、せっかくの連休なのになぁ。私もどこかお出かけしたいのに、  誰かさんがいないからお店から離れられないんですよ」 「…………ヤラセテモライマス…………」 「はい。頑張って下さいね♪」 引きつった笑みを浮かべる悠然殿。 その傍らでは、優夜殿とザナウ殿が満足そうにうなずいている。 その様子はまさに『悠然とはこうでなくてはな』といわんばかりだ。 悠然殿。せっかくの海で疲れで溺れぬようお気をつけられよ。