その16

「ダ・キ・シ・メ・テ いまだけ好きだってフリして〜♪」

握り締めたマイクに向かい、ノリノリで歌い続けているのはベルティ殿。
今日はベルティ殿たちに誘われて、皆でカラオケに来ているのだ。

私はあまりカラオケには行かないほうであるが、たまに皆で来る分にはいいものだと思う。
別に歌が苦手などというわけではない。ただ、持ち歌というべきものが……その……
ここはなるべく目立たぬように傍観させてもらおう。

まあそれはさておき、流石に通いなれてるだけあって、ベルティ殿はなかなかに上手い。
先ほどからいくつもの歌を見事に歌われておられる。レパートリーも豊富なようだ。

「フッフッフ、絶好調ーっ!」
「はいはい、わかったからいいかげん他の人にマイクを渡してくれるかな。
 ボクらはベルティのコンサートを聴きに来たわけじゃないんだからさ」
「わかってるわよおチビ。ほら」
「まったく……放っとくと何時間でもマイク握りっぱなしなんだから……」

ぶちぶちと愚痴をこぼしながらシュレット殿はマイクを受け取ると、選曲を始める。

「こうありたいと願った〜 理想の壁に〜♪」

「……なんか微妙に歌詞にあてつけられてる気がするんだけど?」
「知らないね。ベルティが自信過剰なだけじゃない?」
「そのわりにはやけに反抗的というか、気合の入った歌選ぶわね」
「そんなこといったらベルティが歌ってたのだってアーマー……なんだっけかのOPテーマじゃん」
「まあまあお二人とも、ケンカしないで下さい」

いつも通りのやり取りとはいえ、やや険悪になりかけたところでルルカ殿が仲裁に入った。
そのついでにちゃっかりとマイクを持って行っているのだが。
さすが優夜殿の相手を日々務めているだけあって、チャンスは逃さぬようであるな。

「ラブリキュートなお年頃です 恋もしたい季節です♪」

むう、なんともルルカ殿らしい選曲であられるな。
少々子供っぽい曲のような気もするが、そこがまたルルカ殿にぴったりで……
などということは本人には言えぬな。

「ほらほら、桜花も何か歌う」
「え、わ、私はその、あんまり得意じゃなくて……」
「何言ってんのさ。この前来た時はノリノリで歌ってたじゃない」
「あの時は……その……」
「じゃあその時の勢いを呼び覚ましなさい。ほら、マイク持って!」

「私を揺り動かさないで 重たい 体をもてあましどこまでも〜♪」

結局桜花殿も勧められるままに歌うこととなったようであられるな。
しかもなかなかに上手。さすが桜花殿、才色兼備と慕われるわけである。
その後も各人が思い思いに交代で歌い続けている。

しかしこうしてみると各々方の歌う歌がじつに個性的で面白い。
「あの空の向こう 君を呼ぶ声がする〜♪」
ベルティ殿は流行りの、ポップな感じの曲を好むようであられるし、
「歌謡いて候 愛騙りて候 誰も歌詞など聴いちゃ居ないし!!」
シュレット殿はそれとは少し違った勢いのある曲が好きなようだ。
「雨雲の かすかな におい 風にさらわれ とけた〜〜♪」
ルルカ殿はやや軽めで甘いノリの曲をよく歌われる。
「長い髪を解き 流れた時間に逆らうように 髪を切る〜♪」
桜花殿は落ち着いた、静かな雰囲気の曲を中心としておられるようだ。

それにしても皆、色々な曲を歌うものであるなぁ。実際目の当たりにするとよくわかる。
まあ、シュレット殿の選曲には少々驚かされたが。何か不満でも溜まっておられるのだろうか?

だがこうして傍観に徹していられるのもここまでだった。

「あ、そういえばブラーマさん。さっきからぜんぜん歌ってませんね!」
「さっきどころか、来てからまだ一回も歌ってないんじゃないかな」
「それは許せないわね。さあ歌いなさいブラーマ、あなたの歌を!」
「し、しかし私の持ち歌は……その……なんというか……」
「言い訳は歌の後に聞くわ。今はただ歌いなさい」

むむむ、もはや逃れる術はないというのか……
しかたない、ここは覚悟を決めて歌うしかないようだ。

「見つめる 偽りの瞳隠す 恋さえも迷い続けている〜♪」

こ、この歌はとても好きなのだが、人前で歌うには少々歌詞が恥かし過ぎて……
皆の目に浮かぶ、「ブラーマさんらしい歌だなぁ」という光が更に恥かしさを加速させる。
そんなに私に似あってるのだろうか、この歌の歌詞が。

でも久しぶりに歌えて、ちょっと気持ち良かったのは秘密である。
やはり私は、この歌が好きだ。


その17 むう、おかしい。 ちと所用で出かけようかと思ったのだが、財布が見つからないのだ。 普段は机の上に置いてあるはずなのだが…… 先ほどからずっと探しているものの、一向に見つからない。 まいったな、用事そのものは大したものではないのでさっさと済ませたいのだが、 肝心の財布が見つからなければ出かけようがない。 これは面倒だが後日回しにするしかないようであるな…… と、そう思っていたところにレグがやってきたのだ。 「何をやっているんだ、ブラーマ」 ちょうどいいところに来てくれた。お前も一緒に私の財布を捜してくれないか? 「財布をなくしたのか」 「ま、まあそんなところだ。出かける用事もあるし、手伝ってくれるとありがたいのだが」 「了解した。手伝おう」 「すまない、助かる」 よかった、これできっと見つけられるだろう。 レグも早速私の部屋に入ってくると、辺りを注意深く見回し始めた。 おそらくどこから探すかの見当をつけているのだろう。 と、部屋の中央まで進み出たレグはいきなりその場で足を強く踏み鳴らした。 床が抜けそうな轟音と共に私の目に映ったのは、めくれ上がる大きな長方形。 こ、これはまたじつに見事な畳返し…… って違うわぁっ!! 「何をやってるのだ、お前は!」 「古来より、日本家屋の代表的な物品の隠蔽場所は畳の下だと聞いているが?」 「畳の下に普段常備する財布を隠す輩が存在するかぁっ!!」 「そうか、俺の見当違いか」 声に少しだけ残念なものを滲ませつつ、レグは目を伏せ、畳を元に戻す。 だがその視線が次第に上へと移動していき…… 「……念のため言っておくが、屋根裏にも隠してないぞ」 「ならどこに隠したというんだ?」 「違う、根本的に違う! 私は『失くした』のであって『隠した』のではない!」 まったく、いったいどうやったらこんな勘違いをするというのか。 もしかして、また優夜殿に何事か吹き込まれたのであろうか? 「紛失したのか」 「さっきからそう言っておろうが!」 「それの探索か。なるほど、了解した」 レグはうなずくと部屋を再び見回す。本当にわかっているのかちと怪しい所であるが。 そんな私の考えなどまるで気付いた様子も無く、レグは部屋の隅にあるタンスへと近付き…… 「ちょっと待てーっ!」 全速で回り込む私。ギリギリタンスを開けられる直前で割り込みに成功した。 「なぜタンスを開ける!」 「紛失物の探索の為に決まってるだろう」 「こ、ココに入ってるわけが無いだろうが!」 「確認してみんとわからんと思うが」 「な、なら私がやる。お前は他の所を探してくれ」 なんとかレグを追っ払うことに成功。 すまないレグ、だが私とて一応は年頃の乙女。 タンスの内部の物品を男性に見られるのはちと恥かしいものもがあるのだ。 しかしレグは何を思ったのかくるりと方向転換、反対側の隅へと向かう。 その先にあるのは私の机…… 「待てと言うにっ!!」 慌てて再び回り込む私。 「……タンスが駄目ならココの捜索を、と思ったのだが?」 「こ、この机も駄目だ!」 何しろこの机にはノートや教科書類以外にも、ついつい書き溜めた雑記帳やその他、 さらには書くだけ書いて出してない、その……恋文とかも保管されているのだ。 断じてレグにこの机をいじらせる訳にはいかん。 「これらの所は私が探すから、とにかくお前は他の所を……」 「……お前は一体、俺にどうしろというんだ?」 うう、レグの視線がいつもより冷たく感じる。 確かに理不尽なことを言ってるのは自分でもわかっている。 タンスと机以外では本棚ぐらいしか調べる所は無いし、なにより私から手伝いを頼んでおいて、 あれも駄目コレも駄目などとはまさに理不尽極まりないだろう。 しかし乙女として譲るわけにはいかない部分があるのも事実。 すまないレグ、本当にすまない。いつか必ずこの埋め合わせしよう、絶対に。 なお、財布は私の学園の制服のポケットから出てきたということを追記しておく。
その18 おかしい。始業の時刻も近いというのに、ルルカ殿たちが姿を見せない。 普段からわりと遅刻気味に来るとはいえ、ここまでギリギリなのは珍しいことだ。 そう思っていると、始業のベルが鳴る直前になってラルカ殿だけが教室に入ってきた。 いつもあまり感情を顔に出さない方だが、今日は少し表情が暗い気がする。 「おはようラルカ殿。お二方はどうされたのであるか?」 「お姉ちゃん、風邪ひいたの」 「なるほど……やはり先日のあれか……」 昨日のことである。 体育の授業中に行った優夜殿の悪ふざけに、ルルカ殿の怒りが爆発されたのだ。 ここまでなら普段からよくあることなのだが、なぜか昨日の爆発っぷりはいつになく凄かった。 怒ったルルカ殿はライン引きに使う粉を優夜殿にぶちまけると、ホースで放水を浴びせようとしたのだ。 生石灰に水をかけると高熱を発するという化学反応を利用しようとしたのであろう。 だが流石にこれはシャレにならない。優夜殿が全身に火傷を負ってしまう。 数人がかりの生徒で止めに入り、その場はなんとか納めることに成功したのだが、 その際にホースが外れて、ルルカ殿は自身に放水をたっぷりと浴びてしまったのだ。 風邪はおそらくそれが原因であろう。 なお、実際に学園でライン引きに使われているのは生石灰ではなく消石灰であり、 水をかけても安全なのだがルルカ殿は知らなかったようだ。 「昨日のあの騒動のあと、何度もくしゃみしておられたからな」 「お姉ちゃん風邪ひいたの、久しぶり」 「そうであられるのか?」 「うん。でも前はいっぱい病気してた。ずっと寝てたときもあった」 ふと私は、以前にルルカ殿に見せてもらったアルバムの中の写真を思い出していた。 今でこそそれなりに元気でせかせか動き回ってるルルカ殿だが、写真のルルカ殿は今と随分違っていた。 今よりもずっと肌の色が白く、手足も枯れた枝のように細かった。 ベッドの上に身を起こし、少し無理目に笑って見せていたその写真からは、 ある種の危ういような儚さが感じられた。 「心配であられるのだな。以前のようにならないかと」 「うん、だから残って看病したかった。でもお姉ちゃんが平気だから学校行きなさいって」 「ラルカ殿に伝染るのを恐れたのであろう。ラルカ殿も決して丈夫とはいえぬものであられるし」 「わかってる。でも心配……」 ぽつりと呟き、ラルカ殿はうつむく。 私はその頭にそっと手をやると、いつもルルカ殿がしているようにゆっくりと撫でた。 「大丈夫、私の知るルルカ殿はどんな酷い目にあっても決してへこたれない強い方だ。  今更病気ごときに負けるとは思えん」 「……うん、お姉ちゃん強くなった」 「そう、大丈夫であられる。なんといってもラルカ殿のお姉さんなのであるからな」 元気付けるようにはっきりと言い切ると、ようやくラルカ殿は小さくだが笑顔を浮かべた。 「お兄ちゃんもつきっきりで看病してくれてるし、きっと大丈夫……」 「ゆ、優夜どのが……つきっきりで?」 「うん。いつもお世話になってるから、こんな時こそ日ごろの恩を返すんだって」 そ、それは逆に悪化するのではないだろうか? だがルルカ殿が現在のように元気はつらつとなったのは優夜殿と出会ってからだと聞く。 となるとこれはある意味有効な療法であろうか? いやしかし、あの優夜殿に看病などされて果たして回復できるのかどうか…… むう、これはじつに難しい問題かも知れん。 とりあえず、授業が終わったら私もお見舞いに行くとしよう。 答えはきっとそのときにわかるはずだ。 おっとその前に、商店街でリンゴを買って行かんとな。
その19 突然だが学食が休止になった。 先日調理場の定期検査が行われていたそうだが、そこでガス周りになにやら問題が発見されたらしい。 その修理等もろもろの作業で一週間から十日ほど学食を休止する、との事だ。 なおその間は、購買での販売数を増量する事で学園側は対処するらしい。 もっとも、私やレグをはじめ特組生徒のうちのほとんどは弁当や購買を利用しているので、 影響はほぼ無いだろう……と思っていたのだが、 昼休みになってようやくそのことに気付いた、影響のある人物達が騒ぎ始めた。 「ちょっとどういうことよこれ!」 「僕たちに飢えろっていうんですか!」 声を荒げられたのはベルティ殿と忍殿であられた。 なるほど、お二方とも寮生活故に弁当を作る機会が少ないため、 他の特組生徒に比べて学食や購買に頼りがちになられるのであろう。 しかしこの段階になって気付くとはいかがなものか? 「学食が使えないんなら購買でなんか買えばいいじゃん」 「そんなお金あるわけないでしょ!」 シュレット殿のあまりに簡単かつ的確な正論に、これまた即行で返すベルティ殿。 「お金ないなら学食も使えないじゃんか」 「甘いわねおチビ。私にしか出来ない画期的な方法でお金もかけずにご飯にありつけるのよ」 「ふーん。で、その方法って?」 「簡単よ。学食にいる知り合いにたかるの」 「大抵それは僕なんですけどね……」 ベルティ殿、正直なのはいいことだとは思うのだが…… 流石にそれはどうかと思うぞ。こそっと付け足した忍殿にも哀愁が感じられる。 しかしベルティ殿、その方法では確実に食事できるという保障は無いのであるが。 「そういえば、忍殿は学食よりも、おもに購買を利用されておられるはず。 今回の工事はあまり関係ないと思われるが?」 「それは……その……今月はちょっとお金が……」 「まさか忍殿も他人に……?」 「そんなわけないですよ! 学食で使える食事券があるからそれで残りを凌ごうと思ってたんですよ」 「それはそれは。どうにもタイミングの悪いことであられるな」 「困りました……生活費入るまでまだ結構間がありますから」 うつむき、頭を抱える忍殿。やはり深刻な問題と思われる。 忍殿は細身な外見とは裏腹によく食べるので、空腹はなおさら堪えるのであろう。 ベルティ殿の燃費の悪さについては押して知るべし、である。 「イヤ。お昼抜きなんて絶対イヤ! 桜花なんとかして〜」 「全く、しょうがないですねベルティは」 「アリガト桜花。やっぱ持つべきものは親友よね!」 「はいはい。すいません調理部のみなさん、家庭科室に置いてある材料を使わせてもらいますね」 「どうぞですよ」「好きに使ってください」 調理部の面々からの了承を得て、早速立ち上がる桜花殿。 面倒見がいいというか……まあ、それが桜花殿の魅力の一つなのであろう。 「忍さんもどうでしょう、よかったら一緒に作りましょうか?」 「え、いいんですか?」 「はい、1人分も2人分も同じような物ですし」 「では今回は、お言葉に甘えさせて頂きますね」 「わかりました、じゃあ行きましょうか」 こうして仏の心を持つ和風美人は、二人の飢えた子を連れて救済の地へと旅立って行かれた。 めでたしめでたし。 しばらくして、件の和風美人が戻ってこられた。 「ご苦労様、桜花殿。思ったよりもお早いお帰りであられるな」 「ええ、ちょうど簡単に出来る物があったのでそれで済ませました」 「ほほう、一体何を作られたので?」 「炒めスパゲティですよ。ちょうど材料らしい香辛料の詰め合わせがあったものですから」 なるほど、炒めスパゲティ……家庭科室に置いてある香辛料…… なにやら激しく心当たりがあるのだが。それも嫌な方向に。 桜花殿はきっとそれを知らないのであろう。 ややあってから、遠くから悲鳴が聞こえてきた。 「……? 今の悲鳴は……?」 「はて、なんのことであられるかな? きっと空耳であろう」 あのお二方には悪いがせっかく作ってもらったもの、しっかり食べていただこう。 好き嫌いは色々と良くないからな。


その20

今日は学園に居残りして、皆で勉強会だ。

別に私の成績が悪くて居残りしているわけではない。
近頃ルルカ殿を始めとした一部の生徒からの宿題回収率が悪いとのことで、
勉強を見てやるようにと先生方に頼まれたのだ。

確かに特組学級委員長としてはこれは見過ごす事の出来ない問題であろう。
ただでさえ特組はその異質さからか、教育委員会や市会議員などのお偉い方、
すなわち自称『良識派』の人々からの風当たりは強いようなのだ。
そんなつまらない連中に、私達特組に対する文句の種をくれてやる義理など何一つない。
くだらない悪評が広まらぬうちにここは手早く対処しておくのが吉であろう。


「うう〜ブラーマさん、これ帰ってからやっちゃ駄目なんですか?」
「駄目であるな。今この場で終わらせてもらおう」
「きょ、今日はちゃんとやってきますから……」
「駄目である。ルルカ殿は制服を脱ぐと勉強する気がなくなるタイプとお見受けした。
 故に自宅での勉強会ではなく、このような形が有効だと判断した次第だ」
「た、タイムサービスがぁぁ〜〜」
「頑張って間に合うように終わらせてくれ」

滝のような涙を流しつつ、ルルカ殿は宿題のプリントに書き込み続ける。
すまぬルルカ殿。タイムサービスの惜しさはよくわかるがこれも学生としての本分である。

「この程度の問題、普段の授業をちゃんと聞いていればさして難しくはないと思うのであるが」
「そ、そんなこといわれても」
「大丈夫、やる気さえあれば宿題など簡単に片付く」
「ねえブラーマ。そのやる気の事なんだけどさ、今朝起きた時にベッドの上に忘れてきたみたいなの。
 今から寮に取りに行ってもいい?」
「この場で新たにひねり出していただきたい。ベルティ殿」
「嘘は駄目だよベルティ。元から無いものをどうやって忘れてくるのさ」
「ふーん、なら今この場で出すのも無理よね。元から無いんだし」
「へぇ、屁理屈言えるだけの頭はあったんだ。てっきり飾りかと思ってたよボクは」
「……言うじゃないチビスケ。アンタも忘れ組のくせして」
「ボ、ボクはたまたま忙しいのが続いただけで……」

やれやれ、なぜこうも珍妙なメンバーばかり集まってしまったのか……
いや、思えばこれは必然であるな。そもそもマトモな面子なら宿題を忘れたりなどせぬからな。
しかしこのメンバーを指導し、宿題を終わらせるのはかなり厄介と思われる。

「あの、ブラーマさん。ここなんですけど」
「うむ、ここの解き方は……」
「も、もうちょっとわかりやすくお願いできませんか?」
「むう……」

思っていた通りであった。ルルカ殿と私では思考の基本的な差が大きすぎる。
すなわち、ルルカ殿が問題を解けない理由が私には理解できないのだ。
『知能レベルに差があると教えるのに苦労する』というのはたまに聞く話だが、まさか本当とは……

この問題など、普通にただの応用問題であるのだが。

「えっと、ここもわからないんですが」
「これは先ほどの問題のパターン違いなのであるが」
「え、あ、あれ? でもこれじゃあどうやって?」
「……落ち着いてくださらぬか。これからもう一度お教えするゆえ……」

こ、この調子ではサッパリ進まない。タイムサービスなどとても無理だ。
せめてもう一人か二人、教える側の人間がいれば違うのだが、
生憎と桜花殿は剣道部の大会が近いゆえ来られず、サレナ殿も生物部の活動が忙しいそうだ。
他の勉強が出来る面々も用事で集まる事が出来ず、結局教えているのは私一人。
ううこの面子、厄介どころではなかった。

「なによチビスケ。全然進んでないじゃない」
「ボ、ボクは文系は苦手なんだよ。ベルティこそ全くやってないじゃないか!」
「私はいいの。明日にでも桜花のを写させてもらえば」
「どうせすぐばれて明日も居残りさせられるだろうけどね」
「これがこうですから……あれ? ブラーマさん、ここ……」

……日没はおろか、日が変わっても終わらないような気がするのは、果たして私の気のせいであろうか?