その21

「いらっしゃいませ」

いきなりのことだが、今日は「銭湯喫茶キャロル」で臨時のアルバイトをしている。
なぜならば、数日前にキャロル殿から応援要請を受けたのだ。
なんでも次の休日、急にサレナ殿が来られなくなったらしい。
運悪く他のバイトの面々も都合が悪く、その日店はキャロル殿一人になってしまう。
元々のんびりとやってる店ではあるらしいのだが、流石に一人では切り盛りできないそうだ。
そこで臨時の手伝いを急遽募集しているとのことだった。

せっかくの休日ではあるが、困っている仲間の頼みを無下に断るわけにもいかない。
というわけで、今日の私は「銭湯喫茶キャロル」の制服に身を包み、仕事に励んでいるのだ。

「……ご注文、以上でよろしいでしょうか。では少々お待ちください」

客から注文を受け、調理場のほうへと伝えにいく。

「オーダーであられる。湯上りモーニング1つ、コーヒーと桃サンドのセットを1つ」
「わかりましたー」

調理場からの返事を聞き、一息つく。
まだ午前中のためか、客もほとんど入ってなく、それほど忙しくはない。
だがこのあと、昼時に向かうに連れて銭湯に来る客も増え、ここも忙しくなるであろう。
約束では午後2時過ぎまでだが、状況によってはもっと手伝った方がいいであろうな。
そんなことを考えていたのだが、ふと横から視線を向けられている事に気づく。
一緒に臨時の手伝いをしていたルルカ殿が、なぜかこちらをじっと見ていたのだ。

「何であられるか、ルルカ殿」
「いや、その、ちょっと驚いちゃいまして」
「驚かれた? 何にであられるか?」
「ブラーマさん、普通の喋り方もできるんだなぁ。って」

……ルルカ殿は、私を一体何だと思われているのであろうか?
この口調は、幼いころから母上に色々と仕込まれた結果であり、要するに癖である。
だからこそ必要に応じて使い分けるし、そもそも普通の喋り方が出来ないと言った覚えは……

とと、いかんいかん。余計なことを考えている場合ではない。
ルルカ殿の多分悪意のないであろう一言から意識を切り替えたその時、一組の客が入ってきた。

「いらっしゃい……ませ……」

入ってきたのは優夜殿と、なぜかレグだった。

「ゆ、優夜殿とレグ……なぜここに?」
「いやぁ、臨時のバイトをしてると小耳に挟んでね。ここは是非珍しいブラーマちゃんの
 ウェイトレス姿が見れるかと思って飛んできました」
「ふ、ここで働く以上、そのぐらいのことは割り切っているのでな」
「来ると思いましたよ……」
「あれ、ルルカちゃんにしては冷めた感想だね」
「以前忍さんのバイト先にちょっかい出しに行ったことを考えれば、今回も予想できます」
「おやおや、この司馬優夜の策も諸葛ルルカ殿の目にかかれば裸も同然というわけですか。
 いやん、ルルカちゃんのエッチ」
「箒を……箒を持ってきてください! 逆さにして突き刺すために!」
「落ち着きたまえ、ルルカ殿。まあ来てしまったものは仕方ないというのもである。
 ともかく、お席の方へ案内させて頂きます」
「ああ、よろしく頼むよ可愛いウェイトレスさん」

「それで、ご注文の方は?」
「気だるい朝に、君が入れてくれたモーニングコーヒーが飲みたい」
「お引取り願おう」

間髪入れずに私は言い切る。ここで優夜殿のペースに乗せられては仕事にならない。

「うーん、やっぱりそれはレグ君専用か?」
「よくわからんが、俺はいつもブラーマより先に起きるぞ」
「レグ君、それはもったいないよ。せっかくの一つ屋根の下なんだし、たまには遅くまで寝ていて、
 『起こしにきてもらう』ってシチュエーションを楽しまなきゃ」
「わからんな、それに何の意味がある?」
「言葉では語りつくせない意味と浪漫が含まれてるよ、うん。勿論その後の展開としては
 『二人で一緒に二度寝』というのが最も好ましいものでね、その場合の二度寝の意味するのは……」
「いいから注文を済ませてはくれぬか」

結局優夜殿のペースとなっているではないか。私は溜め息混じりに言葉を割り込ませた。


その後、ルルカ殿が目を光らせていたおかげか優夜殿たちはさしたる騒ぎも起こさずに去っていった。
ルルカ殿曰く「行動パターンを先読みして全部潰しておきましたから」とのことである。
もっとも優夜殿の事だ、出し抜こうと思えばいくらでも方法はあったのであろうが。
仕事の方も問題なく済み、交代時間を30分ほど延長して手伝った後でルルカ殿共々上がりとなった。

「少々疲れたが、なかなかに愉快な経験であったな」
「ええ、珍しいブラーマさんの標準語も聞けたことですしね」
「ル、ルルカ殿……」

そこまで言うほどに珍しいのであろうか?
ちょっと自分の認識を改める必要を感じた一日であった。


その22 「あら? ブラーマちゃん、包丁知らない?」 戸棚を覗き込んでいたミノルカさんが不思議そうにこちらに聞いてこられた。 時刻は丁度夕方頃、夕食の準備にぴったりの時間帯である。 私も何か手伝おうと思い食堂まで来ていたのだが、 代わりにコニーの面倒を見るように頼まれてしまった。 下宿している身、何かしら手伝いをしたいとは思うのだが…… 「年下の面倒を見るのも立派なお手伝いよ。家族として、ね」 「あ〜〜、だぅ」 そう言ってにこやかに微笑まれてはどうしようもないものである。 まぁ、確かにミノルカさんの言われる通りではあられるし、 コニーの面倒を見るのもまた楽しいものであるのだが。 「いえ、私には覚えがありませんが?」 「そう……困ったわねぇ。どこに行っちゃったのかしら?」 コニーをあやす手を止め、答える私にミノルカさんは困り果てた顔のまま首をかしげた。 ……なんとなくだが、心当たりがあるような気がする。 というより、私でもミノルカさんでもないとなれば答えは一つしか存在しないであろう。 「……すいません、ちょっと外します。コニーをお願いします」 「え、ええ。いいけれど……」 頷くミノルカさんを背に、私はそそくさと食堂を後にする。 その足で向かうのはもちろんあいつの所である。 「レグっ!! ……って、なんだこれは!?」 「……ブラーマか。何か用か?」 レグの部屋に踏み込んだ私は思わず言葉を失ってしまった。 部屋一面に広げられているのは、作業用と思しきシート。 そしてその上に、分解された銃器と思しきパーツ類や、多数の刃物が所狭しと並んでいた。 「な、なにをしているのだ、これは?」 「装備類の一斉点検だ。こういうのは定期的に行っておかんとな。  念のため言っておくが、触れるな。危険だからな」 「そ、それにしてもまぁ……よくもこんなに……」 普段から大型ナイフや投げナイフなどを持ち歩いているのは知っていたが、 まさかここまで多くのナイフ類を所持していたとは、予想だにしなかったぞ。 銃器の類もあるにはあるのだが、それよりも圧倒的に刃物類の数のほうが多いのが、 まぁレグらしいというかなんというか…… 「それで、何か用か?」 「いや、少し探し物をしていてな……」 手持ちのナイフに妙な薬品か何かを塗りつけつつ、レグが訊ねてくる。 たぶん、錆防止用のものだろうが……光沢が怪しいので詳しく聞きたくはない。 私は曖昧に答えつつ、同様の光沢を放つ刃物群の中をじっくりと眺めまわし…… 居並ぶ刃物の中で異彩を放っていた、目的のものを見つけ出した。 間違いなく、台所で調理に使用されている包丁だ。 「……レグ、なぜ包丁がお前の装備類の中に混ざっている?」 「それか。最近ミノルカさんが切れ味についてこぼしていたのを思い出してな。  ナイフ類の整備のついでに研ぎ直しておいただけだ」 「そ、そうか……」 い、一応親切心から来ているようではあるな。 私は内心少しだけ引き攣りつつ、包丁を手に取った。 ……どうやら錆防止用の謎の薬品は使われてないようであるな。少しだけ安心。 「黙って持ち出してすまなかったな。だがその分切れ味は回復したぞ」 「ああ、ありがとうレグ。ミノルカさんもきっと喜ぶであろうな」 「だがその分取扱いには注意しろ。なにしろお前ぐらいの力でもまな板ぐらいなら  やすやすと切断できるほどに鋭さを増しておいたからな」 「…………………待てレグ……」 ……一体レグは何をしてのけたのであろうか? というより、これでは危なくて使えんではないか!