「は〜ら〜へった〜」
机につっぷしながら、優夜は搾り出すようにしてつぶやいた。
今はちょうど昼休み。皆思い思いに集まって弁当を広げたり、学食へと向かったりしている。
そんな他の生徒を他所に、天凪優夜はただ一人空きっ腹を抱えていた。


学園編 第2幕〜写真に写るは〜


「早弁なんてするんじゃなかったかな……」
今更ながらにちょっとだけ後悔してみるも、あの時はあの時で腹が減っていたのだからしょうがな
いのである。なんってったって育ち盛りなのだ。
ならば学食にいくなり、購買で買うなりすればいいのだが、その分の金すら今の優夜には無かった。
「参ったなこりゃ……」
金も食べ物も無い。一食ぐらい抜いても死にはしないのはわかっているが、たとえ遅刻しようとも
朝食は抜きたくないタイプだ。昼飯抜きなど耐えられない。
「……っと、そうだ」
不意に何かを思いついたのか、その顔がにやりとした笑みを浮かべる。
優夜は立ち上がると、一人の生徒の下へと歩み寄っていった。

「レ〜グニ〜スく〜ん」
横からかけられた、その不吉な声にレグニスは自作のおにぎりを食べる手を止めた。
警戒心をむきだしにしつつ、ゆっくりと振り向く。
「何の用だ、優夜」
「昼飯おごってくんない?」
「断る」
すっぱりと、切って捨てるようにレグニスは言った。優夜を相手にするときは、誤解する余地が無
いようにはっきりと言わねばならない。
さもなくば自分に有利なように、強引な力技の解釈をしてのけるのだ。この男は。
「俺がお前におごってやる理由など無い。自分で買え」
「その金が無いからおごってもらうんじゃないか〜」
なぜか胸を張る優夜。レグニスは無表情のまま、残るおにぎりを平らげた。
「じゃあさ、せめて写真買ってくれないかな?」
「写真……?」
訝しげににレグニスが聞き返す。優夜はにやりと笑うと、
「そ、写真。ブラーマちゃんのだよ」
「いらん」
あっさりといってのけるレグニス。だが優夜の笑みは変わらない。
「欲しくないのかな〜〜」
「必要ない」
「体育の授業のやつなんだけどな〜」
「不要だと言っている」
「しかも水泳の授業、水着だぜ」
「……優夜よ……ひとつ訊いておこう」
レグニスはわずかにため息をつくと、あきれ返ったような視線を優夜へと向けた。
「俺がそんな写真を購入する、『理由』があるというのか?」
「他の人に買わせないため」
至極簡単に優夜は言ってのけた。レグニスは露骨に顔をしかめつつも、愛用のがま口から千円札を
取り出すと、優夜へと渡す。
「いや〜悪いね。まいどありっと」
「ネガごとだ」
ほくほく顔で写真を渡そうとする優夜を遮って、レグニスが言った。
「せっかくだからネガごと渡してもらおう。同じ手を二度くわんためにもな」
「うっ……」
「……図星か」


放課後。レグニスは一人、校舎裏の庭に来ていた。
木が多く、日当たりが悪いここはいつもじめっとした感覚が付きまとっており、あまり生徒が寄り
付くことはない。
だがそんな環境だからこそ、人目につかず『処理』が行えるというものだ。
レグニスはおもむろにポケットからライターを取り出すと、持っていた写真のネガへと火をつけた。
無論、優夜から買い取ったアレだ。
適当に火がついたところで地面へと投げ捨て、そのまま燃え尽きていくのをじっと眺めつつける。
しばらくしたのち、ネガは燃えカスと化した。
「処分完了」
燃えカスを靴で踏み消し、再び拾ってポケットへとしまう。
ポイ捨てはしない。どこで清掃委員が見ているかわからないからだ。
そして踵を返すと、そのまま裏庭を後にしようとし……

ぐに

なにかを踏んづけた。
レグニスはゆっくりと足元を見てみる。
地面にぼろぼろに焼け焦げたなにかが横たわっており、それを見事に踏んでいた。
「……こんなところで寝るな。悠然」
「…………寝てるわけじゃない」
ぼろきれ……もといぼろぼろになった少年が搾り出すような声で言った。
「で、今度はどの女子の盾にされたんだ?」
「なんかいろいろ間違ってるような……」
「不死身とはいえ、過信は禁物だ」
「不死身だなんていった覚えはないって……」
「そうか……」
レグニスなんでもなさそうに言うと、悠然の頭から足をどける。
「まあなんであれ、校内では死んでくれるな。厄介事は優夜ので充分だ」
「……善処する」
悠然のつぶやきに軽くうなずくと、倒れている悠然の横を通り抜けるようにしてレグニスは裏庭を
後にした。
残されたのはぼろぼろのまま倒れ伏す悠然。
「……ってか、助けろよ……」


街中にある元旅館の下宿『にわとり荘』
そこに帰還したレグニスがまず最初にすることは、重要書類に必要事項を記入することである。

……宿題のプリントを片付けるともいう。

愛用の質素な机の上に鞄を置くと、中をさぐってプリントを探す。
ほどなくして目的のプリントを見つけ出したが、同時に妙なものまで見つけ出してしまった。
昼間優夜に買わされた写真だ。
「む……」
あいにくと、レグニスはアルバムなどというものは持ち合わせていない。しかし処分しようにも、
ネガならともかくこれを燃やすのはさすがに気がひける。
(さて、どうすべきか……)
しばし黙考したのち、あるものに目が止まった。
そうだ、これがあったではないか。
写真をなんとかすると、レグニスはおもむろに立ち上がった。
(そういえば、帰ったら風呂掃除を頼まれていたな)

「レグ、ちょっといいか? うまいドラ焼きを買ってきたのだが……」
律儀にもブラーマはふすまをノックする。だが、返事はない。
「……レグ?」
ふすまを開け、部屋へと入る。レグニスはいなかった。
「おかしいな、帰ってきてると思ったが……」
つぶやきつつ、部屋の中を見回すもやはりレグニスの姿はない。
「しかし相変わらず殺風景な部屋だな」
おもわずポツリと口に出た。
元旅館らしい畳張りの部屋に、小さな机とタンスが一つずつ。部屋の隅には来客時に使うであろう
折りたたみちゃぶ台と、座布団がまとめて置いてある。
TVはおろか本棚すらない。殺風景を通り越してもはや死風景かもしれない。
「もう少しこう……なにかあってもいいと思うのだがな、私は」
レグニスの無干渉っぷりに少々あきれつつ、ブラーマは紙袋からドラ焼きを取り出し、かじる。
うまい。やっぱり菓子はこうでなければ。
餡の甘さに顔を綻ばせつつ、ふとその目が机の上に向いた。
プリントが広げたまま放り出されている。
(おかしいな、あいつが途中やりにするなど……)
妙なものを感じつつ、机へとブラーマは近付いていき……

硬直。

ドラ焼きが、その手からぽろりと転げ落ちた。


にわとり荘の縁側にて、二人の女性が夕日を眺めていた。
「綺麗な夕日ね〜」
「う〜う〜」
「コニーも気持ちいい?」
「うきゃ〜う〜」
「そう、よかったわね〜」
にわとり荘のオーナーにして管理人のミノルカ。そしてその娘のコニーだ。
「明日も晴れるかしら〜……あら?」
不意にどたどたと足音が聞こえてきて、ミノルカは家の中へと顔を向けた。
『レグ! なんだあの写真は!』
『光画部の優夜から買ったものだ。安心しろ、ネガは処分した』
『そうか……って違う! なぜあんな写真を写真立てに飾るんだ! しかもあの写真立ては前に私
がお前にやったものではないか!』
『写真立てには写真を飾るのが普通なんだろう?』
『飾っていい写真と悪い写真があるわ!』
『わかった、わかったから箒を振り回すな。痛い』
なおもどたどたと響く足音に、ミノルカは薄く微笑んだ。
「仲いいわね〜、あの二人」
「だぁう」


第二幕 終わり

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