「ブラーマ」
突然声をかけられ、ブラーマは後ろを振り向いた。
放課後の教室、ルルカと談笑していたところにレグニスが声をかけてきたのだ。
「どうした、レグ?」
「少し話がある。体育館にある用具倉庫まで来てくれ」
淡々と述べるレグニス。どこか緊張しているようだ。
「あ、ああ、わかった」
「俺は先に行っている。適当に、だがなるべく早めに来てくれ」
それだけを言うと、レグニスは足早に教室より出て行った。


学園編 第3幕〜壁に耳アリ〜


「一体どうしたというのだ……」
「さあ、わかりませんけど……」
つぶやくブラーマの前でルルカも首をかしげていた。
「でも、体育倉庫って……あの伝説のある体育倉庫ですよね」
「伝説……?」
オウム返しにブラーマが聞き返す。ルルカは小さくうなずくと、囁くように言った。
「ええ、あの体育倉庫で告白されると、かならずうまくいくっていう都市伝説が……」
「信憑性に欠ける話だな」
苦笑するブラーマ。その背中を、ぽんと誰かが叩いた。
「で、ブラーマちゃんはいくの? 噂の体育倉庫に」
「いたのか優夜殿。まあ、いってみるつもりだが……」
「じゃあ急いだら。レグニス君もなんか切羽詰ってたみたいだし」
「うむ、そうだな。ではお二方、私はこれにて失礼する」
ブラーマは二人にぺこりと頭を下げると、そのまま教室を走り出て行った。
それを優夜は手を振りながら見送っていたが、ブラーマの姿が見えなくなると、不意にルルカの手
をとって立ち上がり、
「よし、オレたちもいくぞ」
「いくって……体育倉庫にですか?」
「いや、部室だ」
不思議そうにたずねるルルカに、優夜はにやっと笑って見せた。


「来たか、ブラーマ」
「一体何のようなのだ、レグ」
たずねるブラーマに答えようとせず、レグニスは倉庫の扉を閉めた。
室内が暗くなり、どことなくかび臭いような独特の匂いが立ち込める。
「呼んだのは他でもない……」
いつになく真剣な目。見つめられ、思わずブラーマの心臓が高鳴る。
それに気付いているのかいないのか、レグニスは奥にある跳び箱の横をごそごそとあさると、そこ
から何かを取り出した。
「これについてだ」
それは箱だった。みやげ物の菓子を入れておくようなサイズの、何の変哲もない箱だ。
「箱……か?」
「問題は、これの中身だ」
そう言って、レグニスはおもむろに箱を開けた。
「な……に……」
絶句するブラーマ。そこに詰め込まれていたのは、無論菓子などではなかった。
無数に伸びる色とりどりのコードと、いくつもの機械部品。そして中央でただ静かに時を刻み続け
る、アナログ時計。
まさに絵に描いたような、時限爆弾だった。
「校内で発見した。だが俺はあいにくと、爆発物は専門外だ」
「そ、それで私にか……」


部室に向かって歩きつつ、ルルカがたずねた。
「何で部室なんです? 優夜さんのことだから、倉庫に聞き耳立てるかと……」
「心配するな。もっといい方法だって」
その言葉になんとなく不安を感じつつ、ルルカは優夜とともに光画部の部室へと踏み込んだ。
部屋の中ではザナウと悠然、そして忍が思い思いにくつろいでいた。
「どうかしたんですか、ルルカさん」
「あ、忍さん。実はですね……」
ルルカが光画部の面々へと事情を説明する。その間にも優夜は部室の奥へと進んでいくと、山のよ
うに積まれたガラクタの中をごそごそとあさっていた。
「……というわけです」
「そうですか……でもなんで部室なんかに? 優夜さんの性格を考えると、そのまま盗み聞きとか
してそうなんですが……」
「ふっふっふ、それはこういうことだよ、忍君」
不敵な笑いとともに優夜はガラクタの山からそれを取り出し、机の上にどんと置いた。
「!? それ、盗聴器の受信機じゃないですか!」
「いやあ、さっきブラーマちゃんの背中にちょいとね」
「駄目ですよ! この間使ったのがばれて、ソード先生にこぴっどくやられたばっかりじゃないで
すか!……悠然さんが」
「まあ、いいからいいから」
締りのない顔で言いつつ、手際よく受信機の準備を進める優夜。それによく見れば、いつの間にか
ザナウと悠然も手伝っているではないか。
「何してるんですか、二人とも!」
「いや、暗い密室に男女が二人きりってのもまた浪漫かと」
「それにあの『鈍感』レグニスだしね……」
二人の言葉にルルカは軽く頭を押さえた。こういったタイプの集まりなのだ、この光画部は。
何故自分はこんな部に所属してるのだろう……
「よ〜し、じゃあめくるめく期待と不可思議の世界へと、GO!」
ルルカの内心など知る由もなく、優夜はノリノリで受信機のスイッチを入れた。
全員が静まり返る中、わずかなノイズとともに受信機より声が流れ出した。

『……こういったことに関しては、俺よりもお前のほうが詳しいと思ったんだが』
落ち着いているが、やや緊張したようなレグニスの声。
『わ、私とて始めてにきまってるだろう!』
焦りを交えたような、ブラーマの叫び声。
「これはまさか……アレなのか?」
「静かに、ザナウ! まだ決め付けるには早い……」
たずねるザナウを静かに制すると、優夜はさらに耳を澄ます。
『だが、俺にはどうも勝手がわからん』
『ら、乱暴にするな! もっと丁寧に扱え……』
「……アレ、だよな」
「おそらく、な」
「あのレグニスが……」
聞こえてくる会話に、三人がうなずく。
「ア、アレといいますと……まさか」
「僕の口からは……ちょっと……」
お茶を濁すような忍の言葉に、ルルカは大体の意味を悟った。
要するに、アレというのは……その、ああいうことらしい。
「ふ、不潔です……」
自分の顔がみるみると赤くなっていくのを感じつつ、それでも会話に耳を済ませてしまう。
『と、とにかく場所を変えないか? ここでは……どうも……』
『それもそうなんだがな……』

「それもそうなんだがな……」
つぶやきつつ、レグニスは爆弾にある時計を指差した。
タイマーは大分と進んでいる。もうあまり時間は残っていないだろう。
警察に届けたりしている暇はない。それまでに確実にタイムオーバーだ。
「ここでやるしかないだろう」
すなわち、ここで爆弾を解体、もしくは処分するしかない。

『ここでやるしかないだろう』
「マジか、マジなのか! レグニスくん!」
「おいおい、いいのか……校内で」
異様な盛り上がりを見せる光画部の面々。そんなことも知らず、聞こえてくる声は続く。
『何か専門の道具があったと思うが……』
『私がもっているわけないだろう』
『だが道具なしでは……危険だ』
「うんうん、わかってるね、レグニスくん。道具は必要だよ、いろんな意味で」
「何言ってるんですか! 優夜さん」
怒鳴るルルカ。すでに首筋まで真っ赤である。
『危険だが……やらざるをえないのではないか、この場合』
『だが安易に手を出すのは危険が大きすぎる。誤爆の恐れがあるからな。やはりここは専門家を探
し、意見を聞くべきだと俺は思う』
「誤爆は危険だよな、ホント……」
「黙ってろ、優夜」
「そうですよ、聞こえないじゃないですか」
いつの間にやら、全員が受信機より聞こえる会話に夢中になっていた。
『それなら……ソード先生などどうだ、詳しいと思うが?』
『確かに詳しいだろうが、相談したらまず間違いなく厳罰を受けるだろうな。そんな危険なことを
しようとするな、とな』
『ふむ……それならば……』
「やっぱここはフィルナ先生だよな、経験豊富だし……」
「け、経験って……」
『ん……まずいな』
不意に受信機より聞こえるレグニスの声に、急に焦燥が現れる。
『どうした、レグ?』
『そろそろ限界のようだ。こうなったら仕方ない、少々強引な手でいく』
『お、おい……レグ』
『いいか、ブラーマ。お前はじっとしていろ!』
「おおっ! ついに、ついにか!」
「鈍感、ついに卒業か!」
「俺たちが見守ってるぞ、がんばれ!」
「レ、レグニスさん……まさか本当に」
「ああ、駄目です。女の子はもっとやさしく……」
騒ぎ立てる光画部の面々。そして受信機から、大きな音が響き渡った。


「レグっ!」
ブラーマの叫びを背に、レグニスは体育倉庫の外へと走り出ていた。
もちろん小脇に抱えるのは、爆弾の入った箱。
もうこうなったら、なるべく被害の少ない場所で爆発させるしかない。
体育館を飛び出し、部室棟のほうへと向かう。
確かあそこの裏の林は今、木の植え替えを行っており、てごろな穴がいくつか開いていたはず。
レグニスは一気に部室棟の裏へと回り込むと、爆弾を穴めがけて力いっぱい放り投げた。
だが、わずかに遅かったようだ。放物線を描いて飛んだ爆弾は、ちょうど窓の開いていたある部室
……光画部の部室の横を通り過ぎようとした瞬間。爆発した。

轟音が鳴り響く。

が、それだけだった。爆炎も爆風も、これぽっちも巻き起こらない。
「音と光だけのこけおどし、か……全く迷惑なことだ」
レグニスは踵を返すと、部室棟の裏を後にした。

さっきまで自分達を盗聴してた光画部の面々が、爆音に全員気絶していたことなど、全く知ること
もなく。

第3幕 終わり

戻る