学園編 外伝 課外活動報告


これは地域振興の名目の元、特組一同が公民館にて付近の小学生を相手に演じた『シンデレラ』を題材とした劇。
その一部始終を記した、恥ずべき記録である。


公民館の中に、ざわめきをかき消すかのごとく高らかに開演のベルが鳴り響く。
それと共に照明が落ち、会場は次第に静まり返っていく。
やがてスポットライトとともに舞台の袖に一人の少女が現れ、軽く一礼すると手に持っていた本を開いた。

『それははるか昔の物語。とある国にシンデレラという名の美しい少女がいたそうだ』

朗々と響く声。それと共に舞台の幕がするすると上がっていく。

『だがその美しさとは裏腹に、早くに母親を亡くし、また後妻をもらった直後に父も亡くしたシンデレラは、
 継母とその連れ子であった二人の姉によって過酷な労働を強いられる日々を過ごしていたのであった』

屋敷の中、みすぼらしい衣装を纏ったサレナが箒を片手に掃除をしている。
と、そこにきらびやかな衣装の三人組がやってきた。

「シ〜ンデレラ〜、ちゃ〜んと掃除はやってるかしらぁ〜?」
「は、はい。お義母様……」
「ふ〜〜〜ん……」

鼻を鳴らしつつ意地悪そうに目を細めると、継母は背景の暖炉へと近付いていく。
そしていかにもといった手つきでその上をついっと指でなぞってみせた。

「まぁ、まだこんなにも埃が! これでよくちゃんとやってるなんて言えたものね!」
(ベルティさん……ノリノリですね)
(舞台でライトを浴びるのが楽しくてしょうがないんでしょう……)
「こら! 桜花&忍! 余計なことは言わないの!」

うしろでひそひそと会話する二人の姉をジロリと睨みつけると、
継母は二人の姉を引っ張っていき、シンデレラの前へと突き出す。

「ほらシンデレラ、さっさと掃除しないと桜花お姉ちゃんにばっさり切られるわよ。
 この子は剣の名手なんですから、それはもう見事にさばいてくれるわよ!」
「え……っと、その……そういうことですんで」
「それとも何かしら? 忍おに……じゃなくてお姉ちゃんの恐るべき正体を世間に明かしても?」
「べ、ベルティさん……」
「ああ、それだけはやめてお義母様。なんていうのかその……
 よいこのみんなに特組の間違ったイメージが定着しそうで……」

すがりつくようにして懇願するシンデレラに、継母はふんっと鼻を鳴らすと、

「まあいいわ、今日はお城でダンスパーティがあるの。
 私達はそれに行くから、その間に終わらせておくことね」
「ええっ! あのカイゼル王子様のお城の!」
「そうよ、でもあなたは連れて行ってあげないからね。ほーっほっほっほ……」

高笑いを交えつつ、継母は苦笑気味の娘とどこか引きつった顔つきの娘を引き連れて去っていった。


「ああ、憧れの王子様……でも私はパーティに行くことはできない……」

日が暮れてきたのか、次第に暗くなる屋敷の中で一人シンデレラは嘆く。

「こうしている間にも、カイゼル様は他の女性と……そんな……」
『泣かないで……シンデレラ』

不意に響き渡る優しげな声。
舞台の端から大量のスモークが吹きあがると同時に、ローブ姿の少女が姿を現した。

「わたしが力を貸してあげます……だから泣くのはやめて」

ゆっくりと歩み寄る少女。だがそれに気付くことなくシンデレラはぶつぶつとつぶやき続ける。

「いっそのこと……パーティ会場に突っ込んで……」
「シ、シンデレラ……?」

恐る恐る少女が呼びかけると、シンデレラははっとなって相手を見上げた。

「あ、あなたは……魔法使いさん?」
「はい。全世界のひどい目にあってる女の子の味方、魔法少女ルルカです♪」

ローブの裾を翻しつつ、手に持った杖を軽く振ってみせるルルカ。だがそこに、

(魔法使いの『おばあさん』じゃないのか?)
(タンスは黙っててください!)

客席から見えないようにタンス(優夜)にケリを放つルルカ。
それから何事もなかったかのようにシンデレラに笑いかけると、

「あなたのつらさはわかってますよ、それはもう……いやというほど」
「ああ、魔法使いさん、あなたにお願いがあるの。少し待っててくれます?」

ルルカがうなずくのを確認した後シンデレラが走り去っていく。

「カボチャを取りにいったんですね。段取りがわかってる人だと楽です」

ニコニコしながら待っているルルカ。そこにシンデレラが駆け戻って来きた。

「お待たせしました……これを」

そう言ってシンデレラが手渡したのは……一振りの包丁だった。

「……へ?」
「パーティ会場に行って、これでカイゼル様に近付く輩を……」
「ち、ちょっとシンデレラ! 何言ってるんですか!」

裏返った声で叫ぶルルカに、シンデレラははっと我に返ると、

「あ、ごめんなさい。そうじゃなかったですよね」
「ふぅ……」
「他の女性に囲まれてでれでれしてるカイゼル様を、でしたね♪」
「いえいえいえいえいえっ!!」

ちぎれんばかりの猛烈な勢いでルルカは首を振った。

「と、とにかくダンスパーティに行きましょう! わたしがなんとかしてあげます!」


屋敷の外、シンデレラにカボチャを持って立たせたまま、ルルカはこほんと咳払いをすると、

「では、魔法少女ルルカの腕前、とくとごらんあれ!」

手に持っていた包丁を宙に掲げ、軽く一振り。

「星よ、わたしの声を聞いて。ここに今奇跡を、そしていつかあの人に裁きの鉄槌を!」

そしてシンデレラへとその先端を勢いよく振り向けた。
するとぼんっという爆音とともにシンデレラの足元から大量の煙が噴き出し、そのの姿を包み込んだ。
やがて煙が晴れると、そこにはきらびやかなドレスを身に纏ったシンデレラ、
そして御者と馬(きぐるみ)のついた立派なカボチャの馬車の姿があった。

「ありがとう、魔法使いさん! これでパーティに行けます!」
「どういたしまして。でも気をつけてくださいね、わたしってまだまだ未熟者でして、
 その魔法は夜中の十二時を過ぎると解けてしまうんです。くれぐれも、それまでに帰ってきてくださいね」
「十二時ですね……わかりました」

頷くと、シンデレラは馬車へと乗り込む。その背にルルカは満面の笑みを投げかけた。

「では、充分楽しんできてください!」
「はい! 色々とありがとうございました!」

振り返り、笑顔で返すとシンデレラは馬車の中へと乗り込んだ。
それを確認した後、御者が馬へと語りかける。

「そういうわけですんで……出発してください」
「了解した。では発進する」

うなずき、馬が馬車を引き始める。一頭立てにもかかわらず、馬車がゆっくりと動き始めた。


『こうして魔法使いの助力を得たシンデレラは、意気揚々とパーティ会場であるお城へと向かった
のでした。一方その頃、当のお城では……』


ゆったりとした音楽とともに、数人の男女が優雅なステップで舞い続ける。
だがそんなきらびやかな周囲とは裏腹に、一人離れたところに座り込んでいる人物がいた。
当のカイゼル王子その人である。

「……はぁ…………」

ため息をつきつつ、辺りを見回す。目に映るのは、踊り続ける一組のペア。
どこかからの招待客なのだろう、ダンスに慣れてないのかその踊りはどこかぎこちなく、つっかえつっかえだ。

(痛っ、足を踏まないで下さいザナウさん!)
(わ、悪い栞。本番苦手でよ……)

こそこそと会話するのを横目に、カイゼルは再びため息をついた。
見てるとなんだかうらやましくなってきた気がしたのだ。

「どうした、カイゼル?」

いつの間にか横にいた、隣国の王子リュークが話しかけてくる。

「リューク王子か……なんていうのかな……どうもこう、気乗りがしないって言うのかな」
「少し踊ってきてはどうだ?」
「いや、遠慮しとく。みんな踊る相手がいるようだしな」

苦笑いと共に首を振るカイゼル。

「それにもし、俺が他の女と踊ってる時にあいつが来たら……」

恐ろしい事を想像してしまったかのようにカイゼルが身を震わせる。
それを見たリュークがやれやれと肩をすくめ、

「貴殿も色々と大変だな。だがまあ、今はこのパーティを楽しむ方が得策……」

そこまで言いかけると、急にぴたりと動きを止め、
突然ばたりとその場に倒れ付した。

「体弱いのに無理するなよ……」

近衛兵に運ばれて退場していくリュークを眺めつつ、カイゼルはぽつりとつぶやいた。


流れ続ける音楽。不意にそれを途切れさせるようなざわめきがパーティ会場を包み込んだ。
一人の女性がパーティ会場に姿を現したのだ。
あまりの美しさに息を呑む人々の間をすり抜け、
突如会場に現れた美しき姫……シンデレラは王子の下へと静々と歩み寄っていった。

「私と踊っていただけますか、王子様?」
「……悪くないな、いいでしょう。喜んで踊るといたしましょう、お嬢さん」

カイゼル王子はシンデレラの手をとると、舞台の中央へと進み出る。
やがて二人は音楽に乗ってゆっくりと舞い始めた。
それは見事なまさにダンスだった。二人の動きはまるで水面に浮かぶ花のように繊細で、それでいて美しく、優雅であった。

(う、うまいです。さすがベストカップル……)
(ってか、あいつら劇だってこと忘れてるんじゃ?)

ひそひそと会話するパーティ客。だがそれすらも完全に除外し、二人だけの『ワールド』を形成しつつ二人は踊り続けた。


『それは、シンデレラにとって夢のようなひと時だった。だがしかし夢はいつまでも続かぬもの。
無常にも別れの時を告げる鐘の音が城の中に鳴り響いたのだった』

「ご〜ん、ご〜ん、ご〜ん…………」

城の柱時計(優夜)が十二時を知らせる鐘を鳴らす。
すると、それまで他の何者も寄せ付けることなく踊っていた二人の動きがぴたりと止まった。

「もう十二時!? ああ、いけない。帰らなくては!」

身を振りほどき、駆け出すシンデレラ。

「待ってくれ、君!」
「ごめんなさい、カイゼル様。でも今の私はかりそめの姿……魔法が解ければ私はただのみすぼらしい娘なの。
 あなたと並ぶことなんて、夢見ることでしかできないのです……」

妙に情感たっぷりのその演技に、観客はおろか舞台に立つ他の者まで沈黙してしまう。
いわく、こいつら『素』なんじゃないか、と。
そんな他者の考えなど知ることなく、シンデレラはパーティ会場より走り去っていった。
後に残されたのは、淡く煌めくガラスの靴。

「これは……彼女の……」


『どうしてもシンデレラが忘れられない王子は、残されたガラスの靴を町中の娘に履かせて見せる
ことによって、シンデレラの行方を捜すのであった』


「合わないみたいです……」
「小雪ちゃんも? キャロルもだめだったよ」
「……ラルカも合わない……」

『色々な娘が試してみるも、しかしながら誰一人としてその靴に合うものはいなかった』

「なあ、近衛兵の悠然君」
「なんでしょう、カイゼル王子?」

広場に置かれたガラスの靴。それを履こうと次々と娘達が挑戦するのを眺めつつ、王子は傍らの従者へと声をかけた。

「なんで『ああいった娘』ばかり集めてきたんだ?」
「おかしいですね……俺は王子の趣味に合わせたはずでしたか?」

さらっと言ってのける悠然。その目がいたずらっぽく笑っているのに気付いたのか、
カイゼル王子はわずかに視線を外すとぽつりとつぶやいた。

「むしろ、お前の趣味だろう……」
「まて、カイゼル。いまのは聞き捨てならねぇぞ」

本当に微かにつぶやかれたその言葉を聞きつけて、思いっきり悠然が顔をしかめる。
と、そこにシンデレラやその姉達を連れた別の近衛兵がやってきた。

「王子、次のグループを連れてきました」
「ああ、ご苦労さん」
「待てコラ、話は終わってないぞ!」

叫ぶ悠然を完全に無視し、カイゼル王子は新たに連れられてきた娘達へと歩み寄る。

「では、順番に試してみてくれ」
「わかりました、ではまず私が……」

桜花が進み出て、靴を履こうとして見せるも、

「……私にはちょっと合わないみたいですね」
「そうか。では次の娘を」
「次は僕ですね」

続いて忍が進み出て、靴に足を入れるが、

「……どうやら僕の足も合わないみたいです」
「そうか……まあ、助かったと言うべきか。とにかく次を」
「はい。では私が……」

シンデレラが前に出ると、その足をすっとガラスの靴に差し入れた。
靴はまるでそれが本来の姿であるかのように、ぴったりと彼女の足を包み込んだ。

「これは……まさか君がこの前の!」
「ええ、そうです。カイゼル様」

はにかみながらシンデレラは懐からもう片方のガラスの靴を取り出した。

「やっと見つけた! 俺だけの姫!」
「カイゼル様!」

ひしっと抱き合う二人。再び発生する、二人だけの『ワールド』

「こら、カイゼル! 戻って来い! 何が俺の趣味だって!」

近衛兵悠然の言葉も、当然ながら届かない。


「やっと終わりですか……」
「ちがうわよ、ココで最後のどんでん返しが発生するのよ」
「ベ、ベルティさん。いつの間に……」

いつの間にか背後に継母が忍び寄っていた。

「何をする気です、ベルティ?」
「スポットライトよ、私がスポットライトを今一度浴びるのよ。そのために……忍!
 あんたの恐るべき秘密をいまここで暴露なさい!」
「ち、ちょっとベルティさん。目が怖いですよ!」

じりじりとにじり寄る継母に、忍は冷や汗を流すことしかできなかった。


「いやぁぁーーっ! やめてください優夜さん!」

突如舞台に絶叫が響き、タンスとそれを追いかける魔法使いが走りこんでくる。

「なになに……『○月×日 今日はアップルパイが安売りしてたので買っちゃいました。
 四個セットでしたので優夜さんとラルカに一つずつ、わたしはこっそり二つ食べちゃいました』だって」
「なんで優夜さんがそれを持ってるんです!」
「いや、オレタンスだし。タンスは物をしまうものでしょ?」
「タンスに日記はしまいません! 机にしまうものです〜〜!!」
「でもルルカちゃんの日記はタンスにしまってあったけど?」
「な、なぜそれを……って、それはともかく返してくださいぃーーっ!!」

どたどたと、舞台の上で追いかけっこを続けるタンスと魔法使い。

「ああ、カイゼル様……」
「こらカイゼル! 聞いてるのか!」
「さあ忍! 私のライトの犠牲になりなさい!」
「返してくださいっ! 読まないで下さいっ!」

もはや何がなんだかわからない。

『……こうしてみんな、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……幕っ!!』

語り部の少女……ブラーマの絶叫と共に、するすると幕が下りた。


終わり


おまけ スタッフロール

脚本&演出 	:アーデルネイド・カルクライン

大道具主任 	:シュレット・シィギュン

キャスト

シンデレラ	:サレナ=ブルームーン
意地悪な継母	:ベルティーナ・アルマイト
意地悪な姉	:紅野 桜花
意地悪な姉(?):新見 忍
魔法使い	:ルルカ・ソロ・エンフィール
王子		:カイゼル=ラウロッシュ
隣国の王子	:リューク=シュヴァルツバルト
パーティ客	:ザナウ・カナウ
		 雪乃栞
近衛兵		:村上 悠然
		 由宇羅=リール
町の娘		:斉藤 小雪
		 キャロル=グランパーム
		 ラルカ
御者		:コルネリア・シェーンベルク
馬		:レグニス・ハンプホーン
タンス&時計	:天凪 優夜
語り部		:ブラーマ


総監督		:ソード・ストライフ

企画、製作	:第十字学園『特組一同』

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