「〜〜♪〜〜♪」 突如教室内に鳴り響く軽快なメロディに、室内を満たしていた談笑がぴたりと止まった。 桜花が目を瞬かせ、シュレットが左右を見回し、菓子袋に伸ばしたベルティの手が停止する。 「む、すまない。私の携帯のようだ」 そんな中、ブラーマは断りをいれると制服のポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押す。 「もしもし?」 『やあ、ブラーマ君。元気かな?』 携帯の向こう側から流れてきたのはどこか軽い口調の男の声。 だがその声にブラーマは聞き覚えがあった。 「……ラクノさんですか?」 『ご名答。ちゃんと覚えててくれたみたいでうれしいよ』 「な、なぜ貴方が私の携帯の番号を知っているのですか!?」 『細かいことは気にしない、気にしない。 そんなことよりも今日は、恋に悩むブラーマ君に一つ支援をしてあげようと思ってね』 「支援……?」 『そうそう。思うにこれはイマイチ決め手に欠ける君にとって絶好のチャンス……」 「一体なんだというのですか?」 少しだけ苛立ちをこめた口調でブラーマが尋ねる。するとラクノは幾分か声を潜め、 『実を言うとだね……今日、10月28日は……レグニスの誕生日なんだよ』 学園編 第6幕〜緊急事態birthday〜 誕生日。それは年に一度の個人の記念日。 無論それはブラーマが絶好調片想い中の朴念仁レグニスにも存在する日である。 「い、いきなり何を言い出すのですか……今日がレグの誕生日などと」 『本当だよ。なんたってボクはレグニスの担当研究者だからね。それに君は彼の誕生日を知らないだろう?』 「それはそうですが……本当に確かなんですか?」 『あ、その声は信じてないね。確かに疑うのも無理ないとは思うけど、それなら本人にそれとなく聞いてみたら?』 「むぅ……」 確かに今日がレグニスの誕生日なら、自分をアピールするにはまさに千載一遇のチャンスである。 だがしかし、そうそう都合よく誕生日などと言われても信じられるはずもない。 「でも、一体何故そのような事を……」 『言っただろう、支援してあげようって。それではボクからの用件は以上だ。レイヴン、幸運を祈る』 「なっ、ちょっと待ってほし……!」 一方的に言いたい事を言うと、電話は切れてしまった。 ブラーマは渋い顔のまま携帯をたたむと、ポケットへとしまう。そこに桜花が問いかけてきた。 「なんだったのですか、一体?」 「うむ、ちょっとした知り合いからだったが……なんでも今日がレグの誕生日だそうだ」 「え、レグニス様の? じゃあ何かお祝いしてあげた方がいいんじゃない?」 「そうそう、プレゼントとかさ。こういうときこそチャンスだよ」 「だが本当にそうかどうか……」 「だったらさ、僕が聞いてきてあげようか? それとなく」 そう言うと、シュレットが椅子から立ち上がった。それにブラーマも頷き返す。 「お願いする、シュレット殿。レグは確か科学実験室で先の授業の後片付けをしてるはずだ」 「ああ、優夜さんが寝ぼけてこぼした薬品の始末を手伝ってるんでしょ? じゃ行って来る」 手を振りつつシュレットが教室を後にする。 待つことしばし 「ただいま!」 「ご苦労であった、シュレット殿。……それで?」 「うん、今日が誕生日で間違いないみたい」 「ほ、本当であられるか……」 半ば愕然としつつブラーマは呟いた。だがシュレットは少し眉をひそめつつ、 「でもね、本人もなんだか忘れてたみたいだよ。僕が聞いてようやく『そういえば』って感じだったし」 「あ、でもそれってさらにチャンスじゃない?」 「確かに……意識していなかったところに突然のプレゼント、というのは印象に残りやすいものですね」 「そ、そうであられるのか?」 「そうだよ! このチャンス、ばっちりモノにしなくっちゃ!」 「あ〜あ、私も贈ろうかな? プレゼント」 「ベルティ、ここはブラーマさんに遠慮すべきですよ」 「むう……」 三者三様の激励を受け、ブラーマの瞳にも次第に火がともる。 そのまますっくと立ち上がり、燃え上がるような勢いで叫んだ。 「よし、わかった御三方。私もその……恋する乙女の一人だ。 このチャンスを最大限に活かし、必ずやレグに好印象を……否、レグを振り向かせてみせようぞ!! では私は早速行動に移そうと思う。これにて失礼する」 言うが早いか、ブラーマは鞄を掴むとあっという間に教室を駆け出していった。 後に残るのは苦笑半分、といった感じの桜花たち三人。 だが出て行ったはずのブラーマはすぐに引き返してくると、 「すまないが御三方、プレゼントとは具体的にどのようなものがいいだろうか?」 「僕にはちょっとわかんないかな?」とシュレット。 「私は贈るより貰う方だから」とベルティ。 「すいません、そういった経験は、その……」と桜花。 三人の意見は、残念ながら参考には出来そうもなかった。 「それで、私に相談しに来たのね」 「はい、フィルナ先生」 神妙にうなずくブラーマを前に、保健室の椅子にもたれかかりながら、 フィルナは艶のある微笑みを浮かべていた。まさに余裕たっぷりなオトナの笑いだ。 真っ先にこの人に相談してよかった、とブラーマは思った。 学園の誰よりも恋愛経験(とその先の経験)の豊富なフィルナ先生。 しかもその愛はずっと一人の少年へと注がれ続けているのだ。まさに純愛の鑑である。 校内で色々やってることを除けば。 ともかく、この事態に対してアドバイザーとしてはまさに適任であろう。 「そうね、誕生日プレゼントとなると色々あるでしょうけど……やっぱりインパクトが大事かしら?」 「インパクト、ですか?」 「そう、相手の心を掴むには、印象というのはとっても大切なの」 「しかしそう言われましても……私にはこれといって思い当たるような物が……」 「じゃあ……そうね、一ついい案を教えてあげましょうか?」 「本当ですか!?」 思わず声に力が入る。フィルナはそっとブラーマに顔を寄せると、囁くようにして言った。 「まず用意するのはリボン。それもかなりの長さが必要ね」 「はい。それで?」 「そうしたら次は相手を呼び出すの。なるべく邪魔が入らない所……自分の部屋なんかがいいわね」 「はい、それで?」 「そして相手が来る前に、用意したリボンで自分をラッピングするの。縛るって言った方がいいかしら?」 「はい、それ…………え?」 「ラッピングには技術がいるから、他の人に手伝ってもらうといいわね」 「フィ、フィルナ先生……それはまさか……」 「そう、世に言う『プレゼントはわ・た・し』ってやつかしら」 「………………」 妖艶に笑うフィルナ。対するブラーマはなんとも言えない表情のまま硬直している。 「そういえばお相手はレグニス君だったわね。彼ほどの鈍感が相手となると…… リボンは素肌に巻くぐらいの覚悟が必要ね」 「そ、そうですか……」 「でもあまり露骨なのは駄目よ。あくまでプ・レ・ゼ・ン・トなんだから♪ それと何より大切なのは、何をあげるかじゃなくって心がこもってるかどうかだからね」 「は、はい。あ、では私はこれにて……」 「そう? 参考になったかしら。あとは頑張ってね」 「え、ええ。ありがとうございました」 どこか満足そうなフィルナにぎこちなく会釈をすると、ブラーマはカクカクした動きのまま保健室を後にする。 そして保健室から充分に離れたところまで行くと、頭を抱えて絶叫した。 「参考にできるかぁーーっ!!」 「ううむ……一体どうすれば……」 学校からの帰り道をとぼとぼと歩きつつ、ブラーマは一人首をひねっていた。 幸いレグニスとは一つ屋根の下で暮らしているため、プレゼントを渡すチャンスだけは大いにある。 問題は、一体何をプレゼントすれば良いかということだ。 そんな事を考えつつ、あてどもなく歩いていたブラーマだったが、その足があるところで不意に止まった。 そこはちょうどルルカの家の目の前だった。 そういえば、最近ルルカは学園で元気がないように見える。同様に優夜もやたら眠そうにしてることが多い。 それが一体何を意味するのかは自分にはわからない。もしかしたら他人が聞くのは野暮な事かもしれない。 だがルルカはかけがえのない友人であるし、なにより彼女には元気に笑っていて欲しいのだ。 「互いに相談……というのもきっとよい手段であろうな」 誰にともなく呟くと、ブラーマは玄関にあるインターホンを押した。 「聞いてください、ブラーマさん……優夜さんが、優夜さんがっ……!」 「は、はぁ……」 テーブルに着くなり、猛烈にまくしたてるルルカにブラーマは曖昧に答えるしかなかった。 インターホンに応じて出てきた時のルルカは学園で見たとおりの元気のなさのままだったのだが、 悩んでいるなら相談に乗る、的な事を述べた途端、あっというまに家の中に引っ張り込まれてしまった。 よっぽど言いたいことが溜まっていたのであろう……などと思いつつ、ブラーマは出されたお茶をすすった。 「優夜さんってば近頃深夜アニメに夢中で、夜遅くまで起きてるんですよ!」 「ふむ、深夜アニメであられるか……」 ようやく最近の優夜が眠そうにしている理由をブラーマは悟った。 「しかしそれぐらいビデオにでも録画しておけば……」 「いえ、ビデオにも録ってるんです。標準録画で」 「……見て、おられるのだろう? その……直に本放送を」 「ええ。でもビデオにも録ってるんです。『本放送は質が違う』って言って」 「…………」 「でもそれだけならまだいいんです。個人的趣味にわたしは口出しはできませんし。 ……それをあの人は……あろうことか最近はラルカちゃんまで引き込んでるんですよ!」 「そ、そうであるか……」 「今はビデオで済んでますが、あの子まで夜更かしするようになったらと思うと……もうわたしは!」 大げさに頭を抱え、ルルカはその場に突っ伏すと恨みを込めた調子で呟いた。 「まったく、一体何が面白いんでしょう……そのアニメって」 「良くぞ言った、ルルカ!」 その途端、叫び声とともに扉が開け放たれる。 そこには、不敵な笑みを湛えた優夜がなぜか小脇にビデオテープを抱えたまま立っていた。 「その疑問をお兄さんは待っていたんだよ。さぁ、じっくりと教えてあげようじゃないか!」 「なっ……わ、わたしはそんなつもりで言ったんじゃ……」 「大丈夫、1話からしっかり録画してあるし、資料や情報もバッチリだ!」 「お願いですから聞いてくださいっ! ブ、ブラーマさんからも何か……」 「ん、ブラーマちゃんもこの機会に学んでいくかい?」 「い、いや。私は用があるのでこの辺で失礼させてもらおう」 なにやら危うい気配を感じたブラーマは、そそくさと荷物をまとめると慌てて部屋を出て行く。 「そ、そんなブラーマさん! わたしはどうなる……」 「じゃあまずは一回通して観るとしよう! 資料とかはその後で!」 悲痛なルルカの叫び声と、いやに乗り気な優夜の声が混ざって響くのが背後から聞こえるが、 今はこちらも時間がないのだ。許されよ。 心の中でひっそりと合唱しつつ、ブラーマはルルカ邸から脱出した。 「いかん……このままでは……」 すでに空は赤く染まり、あてどなく歩くブラーマの影も随分と長くなってきていた。 もはやプレゼントとなる品を考えている時間はほとんどないだろう。 となると残された手段は一つ。……探しながら吟味するしかない。 「よし……ならばあそこだ」 「それでウチの店に来たんですね?」 「頼む、由宇羅殿」 「わかりました。任せておいてください!」 ドンと胸を叩くと、由宇羅は店の奥のほうへと姿を消していった。 その姿に、ブラーマはわずかばかりの安心感を感じた。 この町の商店街の中でもひときわ異彩を放つ店、豊富かつ珍妙な品揃えの雑貨屋『リールショップ』 ここならばきっとレグにぴったりのプレゼントを見つけ出せるだろう。 そう思っていると、早速いくつかの箱を抱えた……悠然を引き連れて由宇羅が戻ってきた。 「ではちゃっちゃと行きましょう。まずはコレ、英語もドイツ語も変換可能な電子辞書! さらに電卓機能や、なんとびっくりことわざ検索機能付きです!」 「いや、レグは英語等はかなりできるのだが……」 「じゃあこれ、悠然さんも愛用の金属バットです。砲弾の直撃を受けても折れません!」 「……血糊が着いてるように見えるのは私の気のせいであるのか?」 「……あ、これ『悠然さん愛用』じゃなくって『対悠然さん用』の間違いでした」 ペろりと舌を出すと、そそくさとバットを箱へと戻す由宇羅。 「それならこれはどうです? 喋って光る魔法の杖です。今大人気なんですよ」 「それを、レグに渡してどうしろと?」 「ならこれを、硬すぎて何者も開けられなかったと言う幻のツナ缶です! ……賞味期限を5年ほど過ぎちゃってますが」 「……すまない由宇羅殿、どうやら私の望むものは無い様なのでこれで……」 「ああっ! ちょ、ちょっと待ってください。こうなったら悠然さん、とっておきのアレを!」 「わかったわかった」 曖昧にうなずくと、悠然が店の奥からなにやら黒い箱を持って来た。 ちょうど上の部分に、手を入れるための穴らしきものがついているが、中に何があるのかは見えない。 「これは『断罪の箱』と言って、なぜかはわかりませんが手を入れた人が嘘をつくと何者かが噛み付くのです。 浮気防止とかに役立つと思いますよ?」 「何者か……とは?」 「何者かです」 答えになってない答えを返すと、由宇羅はにっこりと営業スマイルを悠然へと向けた。 「では悠然さん、デモンストレーションしてみてください」 「え、俺?」 「手を入れてください。早く」 「……はい」 しぶしぶと言った感じで悠然が箱の中に手を入れる。 「では質問します。……昨日、私のとっておいたプリンを食べたのは悠然さんですね?」 「っ! ………それは……」 「答えてください。悠然さんですね?」 「……い、いいえ…………がぁっ! 痛っ! 痛いってコレ、マジで!!」 絶叫し、箱を引っさげたまま悠然が店の中を走りまわる。 それを見て顔を引きつらせるブラーマを他所に、由宇羅は営業スマイルのまま解説を続けた。 「ご覧の通り効果抜群ですよ。ちなみに『ごめんなさい』って言えば手が抜けるようになって……」 と、そこまで由宇羅が言った時、ひときわ派手な物音が店内に鳴り響いた。 思わず音のしたほうを振り向く二人。そこには悠然が崩れ落ちた大量の品物と舞い上がる埃に埋もれて倒れていた。 どうやら箱に噛まれて走り回ってるうちに、店の商品棚に突っ込んだのだろう。 「ああっ! なんてことしてくれるんですか悠然さん! しょ、商品が……」 「そんなことより……この箱をどうにか……」 「もう、この損害はバイト代から差っ引きますからね!」 「いや、それよか助けて……」 「あ、そうそう、それでブラーマさんはどの品物がお気に……あれ?」 振り返ったその先には、もう誰もいなかった。 「まずい……非常にまずい……」 焦燥もあらわに呟きつつ、ブラーマはにわとり荘へと向かう道を歩いていた。 すでに日は暮れ、辺りは完全に夕闇に包まれている。 にわとり荘の門限は特に決まってないが、最低でも夕食までには戻ったほうがいいだろう。 もはやプレゼントを探しているヒマは…… 「待て……夕食……?」 そうだ、なぜこんな簡単なことに気がつかなかったのだろうか? レグのために料理を作ってやればいいのだ。 それも腕によりをかけたとびっきりのご馳走を。 「うむ、コレならばきっとレグも歓んでくれるに違いない!」 そうと決まれば話は早い。ブラーマは急ぎ足で帰路を駆け抜けると、にわとり荘の玄関の戸を開けた。 「只今帰りました! ……ん?」 挨拶し、靴を脱ごうとしたその時、ふわりといい香りが鼻をくすぐるのを感じた。 この香りは、もしや…… なんとなくいやな予感を感じつつ、ブラーマは香りの元である台所へと踏み込んだ。 「あら、ブラーマちゃん、お帰りなさい。遅かったわね」 台所の中、流し台の前に立っていたミノルカさんがにっこりと微笑みつつ振り返った。 その手前にあるテーブルには、見るからに立派な料理の数々が山のように並んでいた。 はっきり言ってかなり豪勢だ。とても自分では真似できそうにないほどに。 「ミ、ミノルカさん……その料理は?」 「ああ、今日はレグニス君のお誕生日って聞いたものだから、ちょっと頑張ってみちゃったの。 もうすぐ出来上がるから今のうちに着替えて来てね」 「あ……はい」 形だけうなずくと、ブラーマは台所から出て行った。 自分の部屋の中、一応制服から着替え終わったものの、ブラーマはする事もなくただ座り込んでいた。 まさにこの状態を『万策尽きた』というのだろう。 もはやプレゼントを用意する時間も手段もない。 一年に一度しかないレグの記念日を、自分は祝ってやる事ができないのだ。 「……はぁ……だめだな、私は」 思わず自嘲の笑みがこぼれる。肝心な時に何もできない。そう、それはまさに普段の自分そのままだった。 学園生活ももう長い。その中で自分はいく度かは『チャンス』と言えるものに出会ってきた。 だがそれらはほとんど活かされる事なく過ぎていった。 レグが知らずとチャンスを潰したこともある。だがそのほとんどはブラーマ自身が逃してしまったものだ。 何もできずに。 そう思うと、結局今回のチャンスもいつもどおりの結果と言う事なのだろう。 ひときわ大きなため息をつくと、ブラーマは立ち上がった。いつまでも座り込んでるわけにはいかない。 と、その時部屋の戸が叩かれた。びくりと心臓が跳ね上がる。 「ブラーマ、俺だ」 「レ、レグか!? な、何か用か?」 「いや、今日は帰りが遅かったので、何かあったかと思ったんだが……入っていいか?」 「う、うむ。どうぞ」 戸をあけ、レグニスが部屋に踏み込んでくる。いつもと全く変わらないそぶりだ。 その姿に、かえっていつも以上に慌ててしまう。 「……? どうした、ブラーマ」 「い、いやその……そ、そうだ! 今日はレグの誕生日だそうではないか!」 「……ああ、そういえばそうだったな。シュレットにも言われた」 「だ、だからな。私からその……ちょっとお祝いをしてやろうと思ってな」 思わず口走ってしまった。何も用意していないというのに。 「お祝い?」 「え、えっとその……そう、お祝いだ。と、とりあえず目を瞑ってくれ!」 「? 了解した」 素直に目を閉じるレグニス。一方のブラーマは内心パニック状態だった。 適当な事を言って話を進めてしまったが、一体どうすればいいのやら。 渡せるものなど、自分には何一つ…… (なにより大切なのは、何をあげるかじゃなくって心がこもってるかどうかだからね) 不意に蘇るフィルナ先生の言葉。そう、プレゼントとはモノだけではないのだ。 そう思った瞬間、ある手段がブラーマの脳裏に閃いた。 しかし、これは…… 躊躇しかけたその時、今日協力してくれた皆の顔が頭をよぎった。 誰もがこんな自分のために親身になってくれた人たちだ。 そんな皆の存在が今この時、最後の背中の一押しをしてくれた。 「レグ……少しの間、動かないでくれ」 囁くように言うと、ブラーマはそっとレグニスの肩に手をかける。 そして少しだけ背伸びすると、自らの唇を目を閉じたままのレグニスのそれへと優しく押し当てた。 一瞬だが驚いたような気配を見せたものの、レグニスは目を閉じたまま動かない。 ブラーマを頬を赤らめたまま、目を閉じている。 二人は寄り添ったまま時が止まったかのように、身動き一つしなかった。 どれだけの時間が過ぎたろうか。 ブラーマがそっと体を離すと、レグニスへと背を向ける。 「ま、まぁこれがいわゆる私なりの『祝福』と言う奴だ……」 「…………」 「か、勘違いするな、誰にでもやってるわけではないからな。お、おまえだからこそ……その……」 「……ブラーマ」 「……す、すまないレグ、今はこっちを見ないでくれ。その……恥ずかしい」 かつてないほどに顔を真っ赤に染め、うつむいたままブラーマは呟く。 レグニスも「わかった」とだけ言うとそのまま沈黙した。 なんとなく漂う、気恥ずかしいような空気。レグニスも、ブラーマも、何も言わない。 「二人ともー、御飯で来ましたよー!」 遠く食堂から響くミノルカさんの声がそんな空気の中の二人を呼ぶ。 「……呼んでいるな」 「……うむ」 「……では、俺は行く」 「……あ、ちょっと待った、レグ」 出て行こうとするレグニスをブラーマは慌てて呼び止めた。 何事かとレグニスが振り返る。先のこともあり、見つめられると自然と顔が火照る。 だがそれでもブラーマは微笑み、そっと自らの唇を指でなぞると小さく囁いた。 「……happy birthday レグ」 「……ああ、ありがとう。ブラーマ」 第6幕 終わり |