・登場人物 「イクス・メルクリウス・フレイア」 19歳、男。召喚国はヴァッサァマイン。 槍術にかけては天性のものを持つ。 召喚時のショックで名前以外の記憶を無くしている為、召喚前の経歴に関しては一切不明。 性格的にはクソ真面目で融通が利かない。しかし裏返せば信念の強さともいえる。 料理が得意で行く先々の陣営でや町でその腕を振るう。 愛機は銀色のマリーエングランツ(色が異なる以外はカスタマイズ無しの標準機) 「フェイエン」 17歳。(軍人な姫)ヴァッサァマイン出身。 現在はシュピルドーゼ暮らしているがもとはヴァッサァマイン出身。 いかにもシュピルドーゼの軍人らしい性格だが、その実以外にユーモアがあり気さくな性格。 ただ、怒らせると貴族種がかわいく見えるほど恐ろしい。 好物はイクスの作る料理。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ケース1「ヒトトキの安らぎ」 集会場は奪還された。 朽ち果てた奇声蟲の巨体と、破壊された建物の残骸と奏甲たち。それから……。 「ひどいものだな…」 手厚く弔われる英雄と歌姫の変わり果てた姿を見て、フェイエンは呟いた。 前日の戦闘開始から実に33時間が過ぎていた。 既に日は大きく傾き、西の空は緩やかに闇に包まれ始めていた。 集会場は奪還された。 確かに奪還されはした。が、その代償がこれだ。 奇声蟲の予想以上の質量と貴族種の統率の前に進軍した部隊もまた、手堅い痛手を負った。 撃破された奏甲自体はそう多くは無い。むしろ予想より少ないと言えるだろう。 しかし、撃破こそされなかったものの、決して少なくない数の英雄が傷を負い、『ケーブル』によって 奏甲の負ったダメージをダイレクトに受けた歌姫たちもまた傷ついた。 そして時は順番にその傷ついたものたちを天に召してゆく。 遺体は火葬される。その炎だけはどんな死に方をしたものでも平等に自然へと還してゆく。 パチッ、パチッ 炎は衰えることなく燃え盛る。それはすなわちそれだけの数の命が消えたと言う事だった。 やがて恒久のものかと思われたその炎も勢いを弱め、やがて―消えた。 弔いの炎が消えた時には既に夜も深い時刻になっていた。 「んっ」 一つ背伸びをする。何時間も立ちっぱなしだったのが相当こたえた。 普段はどうと言うことはない時間だったが、精神的な面で疲れがたまってしまった。 すなわち、多くのものが死んだという現実。その事でフェイエンの心は大きく揺らいでいた。 ため息をつき闇の空を見る。 そこはいつものように輝きを放つ星たちに彩られている。しかしフェイエンにはその星たちが死んだ者たちを称えている かの様にみえた。 「フェイエン」 後ろからの声に振り向くとそこにはフェイエンのパートナーの見慣れた顔があった。 「何か用か、イクス。」 元の方向に向きなおり、フェイエンは尋ねた。 「いや、別段用ってわけじゃないんだけど……」 戸惑うようにイクスは言う。彼にしては珍しい事だった。いつもはもっと自信に満ちた喋り方をするのに、 今の彼にはそれができていなかった。 「ならば1人にしてくれないか」 言葉に険がこもる。今は誰の顔も見たくは無かった。 再び歩き始めたフェイエンにイクスは言葉をかけなかった。いや、かけられなかった。 ただ、心の奥深くで『彼女らしくない』とだけ呟いた。 イクスの複雑な視線を感じながら。足早にその場を去った。 「ばか……」 それはイクスに対しての言葉か、それとも自らに対しての言葉か。 答えは後者だろう。イクスが何をしに来たかはわかる。おそらく自分を心配してくれているのだろう。 だが自分はそんな彼の気遣いを台無しにしてしまった。ああいうときにはもっと素直になるべきだ。 そんなことはわかる。わかっている。 でも…。それでも割り切れない事はある。なぜなら自分は生きているのだから。 「ほんと……ばか、だな……」 素直じゃない自分を自嘲的に笑う。 そして、そもそもの元凶であるところの今日の戦いとその後の事を思い出す。 多くの死を見すぎていた。精神が均衡を保てないほどの死を。 戦いの中で人が傷つき、死んでゆくのは当然の事であり、どうしようもない事実だ。 ……その事実を受け止めるにはあまりに自分は小さかった。 死んでいった者たちにも、やりたかった事があっただろう。帰りを待っている人がいただろう。家族がいただろう。 そんなことを考えてしまう。そしてその考えが気持ちを縛るのだ。 「弱いな……私は……」 素直な気持ちをため息と共にゆっくりと吐き出す。 「君は強いよ」 意外な声にフェイエンの体がビクッと跳ねる。 「い、イクス!」 声が裏返って、間抜けな驚き方をしてしまった。 「落ち込んでるようだったからと思っていたけど、やっぱりここにいたか」 いわれてから気づく。目の前には自分たちの愛機である銀色のマリーエングランツが静かにその勇姿をたたえていた。 自分でも気づかないうちにいつの間にか整備場に来ていたらしい。 フェイエンはイクスの瞳を見つめた。とにかく、謝ろう。 「イクス……」 「わかってる」 フェイエンの言葉をやわらかに遮ってイクスは続ける。 別に気にしてないさ。誰だってそんな時はある」 イクスはそういって微笑んだ。 「俺だって、ショックを受けなかったわけじゃない。あんなに多くの人が傷ついたり死んだりしたんだからな」 そういうイクスの目が赤いことに気がついて、フェイエンは言葉をなくした。 「君は強いよフェイエン。だって他人の痛みをわかってあげられるのだから」 そこで一度言葉を切り、イクスはゆっくりと続けた。 「沢山の人が死んだ。その事実は変わらない。どんなことをしたって死んだ人間は生き返りはしないだろ? なら、俺たちはその人たちの死をしっかり受け止めて、その人たちの分まで生きなくちゃならないんじゃないかな」 イクスは愛機の足元に近寄ると、その白銀の装甲を優しい手つきで撫でる。 「消えてゆく命があるのなら生まれいずる命もまた然り。俺はその生まれいずる命と、今を生きる命のために戦いたい。 救えるものがほんの少しであったとしても、俺は全身全霊を持ってその命を守りたい。それが生き残った俺の使命だと思う」 フェイエンにはそう語るイクスの表情は見えなかったが、その言葉の中に全ての生命を愛し、いつくしむ彼の心を認め急に今までの 自分が馬鹿馬鹿しくなった。それと同時に自分の弱さを改めて実感した。 そうだ。自分は弱い。 だが、弱いからこそ、精一杯のことができる。それがどんなにちっぽけな力であったとしても。 たった一人で世界は救えはしないのだ。 ―どうしてこんな事を悩んでいたのだろう? 答えはすぐ近くにあったのだ。 「私は高慢だな。お前の言うようなことには見向きもしなかった。事実を受け入れようとして、逆に自分の方から遠ざかっていっている事に 気づかないなんて」 フェイエンは笑った。力なく、あどけないその表情はどこか吹っ切れた様な笑顔だった。 振り向いたイクスはその彼女の笑顔を見て微笑んだ。 「私と一緒に戦ってくれるか?」 フェイエンの問いかけに、イクスは静かに、そして力強くうなずいた。 整備場の外に出ると既に東の空は僅かに白み始めていた。 もうじき新しい日が始まる。その新しい日が誰しもに優しい日にはならないだろう。 だが今は全てのものがひとときの安らぎを享受し、新しい日に、新しい世界に希望を抱いてもいいのだ。 そして……自分も……。 「イクス」 「ふぁ〜?」 寄り添うように横に立って、眠たそうにあくびをかみ殺すイクスにフェイエンは呟いた。 「ありがとう……」 「ん」 イクスは短く答えると東の空を見やる。 フェイエンもそれにならう。 太陽の昇る前のやわらかな光が次第に闇を溶かしてゆく。 もうじき新しい一日が始まる。 Fin |