・登場人物

「アレク・ヴェルヌ・ニーベルンゲン」
19歳、男。召喚国はトロンメル。
得意な武器ははチャクラム。
ドイツの名門、ニーベルンゲン家の末子として生を受けるが、父に反発し失踪。
あても無くさまよっていたところを召喚される。
やや軽い性格ではあるがディアナに対しては優しく、彼女の危機に際しては鬼人のごとき非情・冷酷さを見せる。
これはディアナが幼い頃に死別した彼の妹に似ているという理由もある。
召喚されていきなりの戦闘にもかかわらず素手で奇声蟲に戦闘を挑む辺り、大胆さも持ち合わせている人物。
愛機はチャクラムの使用を前提にカスタマイズされたヘルテンツァー。

「ディアナ・バーミリオン」
14歳。(淑女な姫)トロンメル出身。
奇声蟲に襲われそうな所をいきなり召喚されたアレクに救われる。
政略にはまり、没落したトロンメル貴族家の出身と言うこともあり、自分にどこか負い目を感じていたが
アレクとの交流で徐々にそのことから開放されてゆく。
社交的(それでもかなり控えめな)ではあるが、寂しがり屋でいつもアレクの傍にいる。
歌を織ることに関しては天下一品で、歌唱力は各国の女王クラスに匹敵する。が、先天的に喉が弱く長時間は歌えない。



---------------------------------------------------------------------------------------------------------


       ケース2「出逢い」

 荒涼とした大地が目下に広がっている。
無論その景色は高台などから見下ろしたものではなく奏甲の『目』から見たものだ。
しかしそんなことを気にしていられるほど今のアレクには余裕が無かった。
見えるものと言えば奇声蟲。奇声蟲、奇声蟲。それが荒れ狂う濁流のように押し寄せてくる。
「まったく。すごい数だよなっ」
小型の奇声蟲達の体当たりをかわしつつその流れから距離を置く。
それから彼のヘルテンツァーは左腕に装着された専用ラックから輪のような刃物
―チャクラムと呼ばれる武器を取り出して右手で握り、その流れの中に、正確には流れを構成する1匹の奇声蟲に向かって放つ。
放たれた銀の刃円は空中でまばゆい輝きを帯び、寸分たがわず目標を二つに切り裂き、再び彼の機体の右手の中へ回帰した。
ギギギギギギギィッ!
無残にちぎれた奇声蟲の首が耳障りな悲鳴をあげて息絶えた。その死骸はあっと言う間に他の奇声蟲たちによって見えなくなる。
「ひゃ〜、キリが無い。他の連中は当てにならんし……」
再びチャクラムを投擲しながらアレクは軽く悪態をついた。
現在アレクとその歌姫であるディアナは集会場周囲から撤退し始めた奇声蟲の掃討部隊として戦闘を行っている。
構成メンバーはアレクより数段腕の劣る人員ばかりだった。
今もアレクよりかなり後方でアレクが対応できずにこぼしてしまった奇声蟲をちまちまと倒しているようだ。
「アレク様、突出しすぎてはいませんか?」
『ケーブル』を通してディアナが心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫だよ。いざとなったら後退できる位置にはいるから。それに君の歌のおかげで今のこいつは無敵だ」
アレクはこいつ―ヘルテンツァーを縦横無尽に機動させながらディアナの質問に答えた。
確かにアレクの言うとおり、彼の操るヘルテンツァーはカタログスペックを大幅に超えた性能を発揮していた。
少なくとも後方の連中が束になっても彼の機体には傷一つつけることは出来ないだろう。
別に特別なカスタマイズが施されているわけではない。チャクラムの運用装備以外はノーマル使用のこの機体が
これ程の性能を発揮できるのはひとえに歌姫であるディアナのおかげだ。
機体の装備であるチャクラムも彼女の歌術によって威力を強化されているだけでなく、思考による遠隔操作まで
可能としていた。
先ほど後方にいる者たちの腕が劣ると言ったが、それはいささか間違っているといえる。
後方の連中も一般的な英雄から言えば十分強い。ただ、アレクとディアナが操るヘルテンツァーが強すぎるのだ。
アレクももちろん優秀だが、ディアナは歌姫として非常に優秀な人材だった。
その力は各国の女王に匹敵するとまで言われたのだが、先天的に喉が弱く長時間の歌唱が出来ない。
「喉の事さえなければ、ディアナはもっとすごくなれるのに……!」
『ケーブル』に伝わらないようにアレクは呟く。
「僕は知ってる。ディアナの歌は世界一だという事を!出逢った時から!」

 アレクがディアナと出逢ったのは2ヶ月ほど前の事になる。

            [2ヶ月前 ポザネオ島]
 重たい足音が幾重にも連なって屋敷の外から聞こえてくる。
おそらくトロンメル軍の絶対奏甲部隊が移動しているのだろう。その音はさながら大地が鳴動しているようだ。
窓を開けて注意深く耳を澄ませば遠くから散発的に戦闘の音も聞こえるだろう。
「ディアナ様。エタファに渡りましょう。お母様も居られます」
侍女の女性が静かに透き通った声で言う。
年のころは二十代中ば程だろうか、長いブラウンの髪をきっちりと結い上げ、黒いメイド服に身を包んでいる。
「でも……。私はここに残りたいのです」
「しかし、お母様が心配なされます。それにこの様子だともうじきここも戦場となりましょう」
「お願い、エレイン。あと1日だけ待ってください……」
窓の外を見ていた少女はエレインと呼んだ女性の方に向き直るとそう言った。
まだ幼さの残る顔の二つの瞳には懇願の念と強い意志の輝きが宿っていた。
エレインはそれらを理解したのか目を閉じて小さくため息をつき、それから
「わかりました。あと1日だけ待ちましょう」
と言ってドアに手を掛けてそれから
「ディアナ様の勘。当たるとよろしいですね」
そう呟くと部屋を辞した。
エレインの後姿を見送るとディアナは窓の傍まで歩み寄り、両手を組んで祈り始めた。
「英雄さま……どうか、どうか私の元へ……」
その後は言葉にならない。ただ静かに時は過ぎる。
エレインが言った「勘」とはデイアナが自分に機奏英雄が現れる事を夢で予知したという点を指していた。
どのくらい経ったのか外の音もいつしか聞こえなくなり、日も傾き始める頃。
ギギギギギギギ
奇妙な音にディアナは閉じていた目をゆっくりと開く。かすかに床がきしむ音。そして硬質の足音。
「だれ?エレインなの?」
この屋敷にはディアナとエレインの二人しかいない。しかしエレインならもっと静かに歩くはずだ。
彼女は元トロンメル軍人であり、退役した今でもその技能は衰えていない。普段歩くときもまったく足音をさせない。
エレインでは無いとしたら、考えられるのは……
「まさか…英雄さま?」
ディアナの表情が明るくなる。思い焦がれた英雄さまだ。どんな人だろう?男の方、女の方?優しい人だろうか……。
色々な期待と不安が彼女を満たす。
ドアに駆け寄り、ノブをまわすとそこには……
「……!?」
信じられないものを見た。
ドアの前にいたもの。それは思いの英雄ではなく、またエレインでもなかった。
そこにいたものは……
奇声蟲だった。そしてその強靭な顎にはにはエレインの服の切れ端と、血が付着していた。
「エ、エレイン……!そんな……」
一瞬にして頭が真っ白になる。そしてそれが一瞬の隙となった。
「ギギギギギギ」
奇声蟲はディアナを一瞥すると、跳躍。半ば体当たりに近い行動だ。
「きゃぁっ!」
華奢な体は苦も無く奇声蟲に押し倒され、ディアナは身体の自由を失った。
小型よりも一回り大きな奇声蟲だ。その質量はディアナの軽く三倍はあるだろう。
奇声蟲はディアナの上で大きく奇声を発すると彼女の衣服をその鋭い鉤爪と牙で切り裂き始める。
「っ!?いやぁ!」
涙目になりながらも必死に抵抗するが力では勝てるはずも無く、ただされるがまま白い肌が露わにされてゆく。
「いやっ!いやぁ!助けて!誰か…誰かっ……!」
叫びながらもディアナは自分は一体誰に助けを求めているのだろうと思った。
既に頼り強いエレインはいない。そしてこの屋敷には自分の他にはエレインしかいないのだ。
奇声蟲はディアナの服を殆ど切り裂き終わると再び奇声を上げた。
その時ディアナは奇声蟲が笑ったように見えた。もちろん衛兵種に感情など無い。ただ本能のままに捕食と生殖をするだけだ。
涙で霞んだその巨体の顎が今まさに自分の腹部を食い破ろうとしているのが見える。
「いや…いや!絶対にいやぁっ!英雄さまぁっ!」
必死に叫んだ。次の瞬間には自分は引き裂かれていても、最後まで宿縁を信じていたかったから。
「おりゃぁーーっ!!」
ゴスっ。
強烈な蹴りが薄気味悪い生き物のわき腹を見舞う。そしてその生き物ははるか彼方まで吹き飛んでいって……。
「あれ?」
意外な事に思わず間抜けな疑問符が出てしまった。本当はこの奇妙な生物は壁をつき破ってはるか彼方までぶっ飛んで
いくはずだったのに。繰り出した脚が哀愁を誘う。
「ギギギギギギギ」
奇妙な生物がこちらを振り向いた。
「これは…ひょっとして…」
「ギギギギギ」
「怒らせた?」
「ギィィィィィィィィ!」
耳障りな怪音を発して奇声蟲はアレクに突進してくる。が、アレクはそれをひらりとかわして、再び蹴りを入れる。
今度のは腹部のやや柔らかいところに当たったのか、効果があったようだ。
奇声蟲は小さく鳴くと再び突進する。またそれをよける。
「オーレィっ!」
さもマタドールの様におどけて見せるが、内心は焦っていた。
決定的な攻撃方法が無いのではいずれ体力が無くなってくれば分が悪い。
“さて、どうするか…”
次々に奇声蟲の攻撃をかわしながら、考える。
しかしどう考えても素手では何もできそうも無い。
“武器、武器はっと”
辺りを見回してみるが、この部屋は生活に必要なものが最低限しか置かれていないようだ。
「ちっ」
舌打ちをして再び蹴りを見舞う。しかし今度は相手もひるまなかった。
「やばい!」
そう思った瞬間には既に床に倒されていた。予想以上の重量に、もはや身動きが取れなくなってしまった。
「くそ!どけ!このおぉぉぉぉっ!!」
全身のばねを使って引き剥がそうとするが奇声蟲の顎が僅かに後退するだけに留まる。
アレクの抵抗に対して奇声蟲はさらに強い力で押し戻し、やがてアレクの力が弱まり始めた。
もうだめだと思ったその時、耳に歌が聞こえてきた。それはどこか不思議な旋律で、その歌声もまた透き通った
水の如く流麗で神秘的な響きだった。
“この歌は……?”
歌の歌詞は解らなかった。そもそも自分の聞きなれたドイツ語ではない。
しかし……
“綺麗だ……”
一瞬、その歌声に魅入られてしまった。
“はっ!そうだ、それどころじゃない無いんだっけ”
思い直して、目の前の問題に集中する。妙に思考が落ち着いているのはこの歌のせいだろうか。
とりあえず上に乗りかかっている化け物をどうにかどかさねば。
そう考えたアレクは再び全身で押し返す。
なぜかそう考える事ができた。殆ど直感に近い考えで腕に力を入れると、先ほどと同じ事をしているのに
今までの相手の力が嘘のように簡単に引き剥がす事ができた。
「ラッキー!そぉりゃーあぁ!!」
気合と共に奇声蟲の体を投げ飛ばした。
盛大な音を立てて奇声蟲の体は部屋の中央に置かれたテーブルに叩きつけられただけに留まらず、その後数回転して
壁に激しく叩きつけられて動かなくなった。
「っ…はぁ、はぁ……。やっぱりこうでなくちゃな」
疲労の色が浮かぶ顔でニヤリと笑ってそういうと地面にへたり込みそうになるのを何とかこらえて、少女の方へ歩み寄った。
「〜〜〜つ、つかれた…。…君、大丈夫かい?」
少女の前にしゃがみこんで尋ねる。やや時間があってから返答は帰ってきた。
「え?…はい」
まだ少しぼうっとした感じではあるが、その白くてほっそりした体には目立った外傷は見当たらない。
「ん?……待てよ……?」
白い肌?ほっそりした身体?なぜそんなことが判るんだ??
アレクは改めて少女を眺める。
「え…えっと…そのぉ」
「きゃぁ……」
本当に小さく控えめな悲鳴を上げて少女は恥ずかしそうに体を隠す。その頬は既に真っ赤だ。
「ご、ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごめん!!!!!!!」
少女よりもさらに顔を真っ赤にしてアレクは明後日の方向を向いた。
気まずい沈黙が訪れる。
つまるところ、少女は全裸に近い状態だった。
“ど、ど、どうしよう!!??もう一度謝ろうか?それともここから出てゆくべきだろうか?
いやいや、まずは何か着る物を渡すべきだろう”
「と、とりあえずこれでも羽織って」
明後日の方向を向いたまま自分の上着を脱いで肩に掛けてやる。先ほどのごたごたで擦り切れ、
汚れてしまっているがしょうがない我慢してもらおう。
「…ありがとうございます」
まだ熱の残る頬に笑顔を浮かべて少女は礼を言う。それから思い出したように「あ」と言って付け加えた。
「もういいですよ。どうぞこちらを向いてください」
そう言われ申し訳なさそうにおずおずと少女の方に向き直る。なるべく少女の顔のみを見ることに集中する。
セピア色の長い髪。透き通るような白い肌に幼さの残る顔。
その顔に乗った二つの大きな瞳は儚くもあるが、意志の強さも感じられる不思議な輝きを宿していた。
「!…似てる……」
その呟きは少女の耳には届かなかった。
「え?」
「ソフィア……」
アレクは死に別れた妹の名を呼んだ。少女は戸惑っていたがやがて意を決したように小さい声で
「すみません…私は、ソフィアという方ではありません……」
すまなさそうにそう言うと俯いてしまった。
「あ、いや、ごめん。君が妹に似ていたものだから。そうだよな死んだソフィアがいるわけ無いよな」
「ははは」とから笑するとアレクは少女に尋ねた。
「さっきの歌は君が?」
俯いたまま少女は頷く。
「すごく綺麗な歌声だったよ。それに…なんだか力が沸いてきた」
そう言うと少女は顔を上げて恥ずかしそうに微笑んだ。
「あ、そうだ。僕はアレク。アレク・ヴェルヌ・ニーベルンゲン。君の名前は?」
少女はじっとアレクを見つめながら、
「ディアナ・バーミリオンです。ディアナとお呼び下さい。……英雄さま…」
「英雄さま」の部分が妙に熱っぽい。そして実際、頬が上気していた。
アレクは苦笑して
「いやぁ〜、英雄さまって言うのは大げさすぎるよ」
照れくさそうに人差し指で頬をかく。
「いえ。貴方は英雄さまですよ。私の宿縁の方……」
どこかうっとりと言うディアナの後ろで奇声蟲の影が揺れた。
「!しまっ…」
鋭い顎がディアナを食いちぎろうと殺到する……!
が、それはすんでの所で叶わなかった。
ブシャ
何かが奇声蟲を切り裂く音と共に新たな声が聞こえる。
「ディアナ様!」
ドアにもたれかかる様にしてエレインは叫んでいた。
服はあちこちが破れ、擦り傷だらけだったがとりあえず無事なようだ。
「エレイン!無事だったのね!」
もう少しで自分が無事でなくなっていたと言うのにディアナはエレインの無事を喜んだ。
「……まったく、あなたという人は」
肩で息をしながらもエレインはディアナのあまりの人の良さに苦笑した。
いや、彼女がそうであるからこそ自分は命を賭けて守ろうとするのだが。
アレクはチャクラムで真っ二つにされた奇声蟲を見てゴクリと喉を鳴らした。
もう少しで命を落しそうになった事も理由にある。
しかしそれ以上にこのメイドさんに、もしディアナのあられもない姿を見たと告白したらと思うとぞっとしない。
彼には目の前の奇声蟲の死体が自分に重なって見えてブルリと身震いをした。
「?アレク様。どうかされたのですか」
ディアナの声にハッとして力いっぱい首を横に振った。
そして重要な事を思い出した。
「ここ…何処?」


 「大丈夫?」
気遣わしげにアレクはディアナにたずねる。
今日の戦闘はアレクたち掃討部隊の大勝利に終わったが、ディアナの喉の調子が悪くなってしまった。
「はい。ごめんなさい」
少しかすれた声で言う。
いつ歌えなくなるか分からない喉で必死に歌ってくれる彼女をアレクは本当に大切な人だと思う。
彼女にピンチを救われた事も1度や2度ではないし、そもそも傍にいてくれるだけで安らぐのだ。
「……いつか治してやるからな」
そう告げるとディアナは
「無理はしないでくださいね」
と言って微笑み返してくる。

戻る