・登場人物

「アーサー・ディオール」
60歳。イギリス人。召喚国はトロンメル。英国では名の知れた軍人で、多くの名誉勲章等を授与されている。
銃器、爆発物などの取り扱いにも精通し、剣の腕もチェスの腕も超一流。
性格は、静かにして豪胆。自分からはあまり多くを語ろうとはせず、静かに物事を見極める。
英国の女王に対してそうであったように自分を召喚した黄金の歌姫に絶対の忠誠を誓っている。
騎士の鏡のような人物ではあるが、酒が苦手という意外な一面もある。
同郷出身の映画俳優、「ショーン・コネリー」にそっくりで、現世からの召喚者にはよく本人に間違われる。
愛機は地上戦闘も視野に入れ、カスタマイズされた白いフォイアロート・シュヴァルベ。

「キサラ」
10歳。出身国はトロンメル。
歌う事以外ではあまり言葉を発する事が無い物静かな少女。いつもアーサーに寄り添っている。
アーサーが物静かであるので二人の間にはあまり会話というものが無い。だだ、これだけを言うと
誤解されるが、決してコミニュケーションが取れていないわけではなく、むしろ言葉に頼らずとも二人の間柄は
自然な一体感でまとめられている。
分かっている事はキサラという名前だけで、その他の事は一切不明。アーサーもその事について訊ねようとしない。
猫が好きで、猫を見かけるといつも駆け寄って撫でるのが趣味(趣味というよりそれしか自主的に動かない)。



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       ケース3「空中戦 前編」

 人は何故大空に憧れるのか。何故飛びたいと思ったのか……。
人は自分には無いものに憧れ、それを持つものをねたむ。
空を飛べない人間が飛ぶ事に憧れるのは、むしろ自然な事なのかもしれない。

 蒼穹の空が眼前に広がっていた。自分の下には雲の海が広がり、上には太陽が照り付けていた。
綺麗だと思った。掛け値なしにパイロットでよかったとも思う。
ただ、願わくばこの景色を見るときが戦争の最中では無ければよかった。
「アーサー、見えたぞ……」
後部座席に座る親友の声に彼、
―アーサーは現実へと引き戻された。
「了解。…各機、フォーメーション「エコー」。帰る事も任務だ。必ず生き残れ」
無線で部隊全体に呼びかける。各機からは力強く「了解」との返事が返ってきた。
 今、彼らは祖国であるイギリスを遠く離れた地において極秘の作戦を遂行中だった。
任務内容は詳しく知らされてはいない。だから自分たちの攻撃目標が何であるかという事をアーサー達は
知らない。知る必要も無い。それが軍というものだ。
「しかし間抜けなやつらだ。俺たちがここまで飛んできてるっていうのに、まったく気づいてないとは」
「同感です」
親友の言葉に相槌を打つ部下たち。
「いや…どうやら気づいていたらしい…!」
突如として何も無い荒野から数発の砲弾が飛来する。
「1時方向、敵、自走対空砲群!」
アーサーの操る新型戦闘攻撃機F-4「ファントムU」の周囲で砲弾が次々と爆発する。
爆発した砲弾は無数の破片を撒き散らし、運悪く仲間の1機がその破片にやられた。
「くっ!振り切るしかない。全機、高度を下げ、振り切れ!」
アーサーは無線に怒鳴りながら操縦桿を倒す。
再び1機が砲弾に喰われた。
「ええい!もう少しだ!」
それからややあって何とか敵の攻撃を抜け、目標の施設を確認したときには既に飛行隊には2機しか残っていなかった。
「ちくしょう!」
後部座席の親友は酷く苦い顔で悪態をついた。損害は大きかった。ほぼ壊滅状態と言っていい。
「……敵をとるぞ。攻撃開始!」
「了解!」
最後の僚機から返答が帰ってきた。
目標は何かの工場らしいが、コンクリートの外壁だけでは何の工場かまでは分からない。
「くらえ!」
アーサーの機体から2発の無誘導弾が投下される。
ドン!ドン!
ややタイムラグがあった後爆発の煙が見えた。しかし……。
「まだだ!まだやれてない!」
親友の切迫した声が耳に入る。上空を旋回して様子をうかがう。コンクリートの壁は意外なまでに厚かったらしく、
完全に崩れていなかった。
「イーグル5!頼む!」
アーサーは僚機に指示を出す。
ドン!
突然の轟音。
「なに!?」
いつの間にか地上には自走対空砲が配置されていた。僚機に目をやると1目で致命傷だと分かった。
「遂にやられたか…」
僚機のパイロットが呟く。周囲では砲弾が次々と爆発している。
「…隊長。後は我々がやります。隊長は早く脱出を!」
「しかし!」
なおも言おうとするアーサーに僚機の二人のパイロットはキャノピー越しに敬礼すると工場に向けて
急降下していった。
「まて!早まるな!」
ドォン!
工場が盛大な音を立てて崩れ去った。二人の勇敢な兵士を道ずれに……。

      ○

 「うぉぉぉぉっ!!」
凄まじい勢いで布団を跳ね飛ばしながら起き上がる。
「はぁ、はぁ、……またあの夢か…」
大きくため息をついてアーサーは自分の目を揉む。しわのよった目じりにはうっすらと涙が流れた跡があった。
あれから三六年の歳月が過ぎた。体は老いたが、あのときの事は今でもよく覚えている。
あの作戦から帰還したのは結局彼と親友だけだった。軍は彼らを奇跡の生還者と祭り上げ、作戦の成功を評して
勲章を授与した。
しかしアーサー達の心は重かった。作戦の成功はあの勇敢な二人の犠牲と、撃墜された仲間たちのおかげだったからだ。
他人の命を犠牲にして勲章をもらって何が嬉しいだろうか。
その後数十年間、そして今現在でもアーサーはその事を悔やんでいた。そしてこれからも悔やみ続けるだろう。
自分が死を迎えるまで。
ベッドから立ち上がり服を着替えた。軽量甲冑を身にまとってマントを肩に掛ける。
そして最後に愛剣を腰に吊り、自室のドアを出た。
長い廊下を歩いて突き当たりの大きなドアを開けるとそこは喧騒に包まれていた。
人々は口々に喋り、歓喜していた。
「何事だ?」
身近にいた青年に声をかけると、その青年は目を丸くして明らかに緊張した声で、
「ディオール卿!」
と言う。アーサーは青年の態度を気にした風もなく再び訊ねた。
「ひどく騒がしいが、何があったのかね?」
青年は緊張もそのままに状況を説明した。
「はい。昨日の戦闘で集会場を奪還したそうです。何でも数十体の貴族種を討ち取ったそうです!」
「そうか……」
状況が認識できた。集会場奪還のための大規模な部隊が編成され、集会場に進撃したと言う情報は聞いている。
「しかし…早かったな」
素直に思った事を口にする。正直な所、もう少してこずると思ったのだが。
「はい。高位の歌姫が指揮を採っていたそうです。それから聞いた話によると銀色のマリーエングランツが
異常なまでの戦果を上げたそうです」
「異常?」
「ええ、何でも単機で三匹の貴族種を仕留めたとかで。さすがは華燭奏甲ですね。あぁ〜僕も乗りたいな…」
目を輝かせる青年を尻目にアーサーはポツリと呟く。
「単機で、貴族種三匹…」
もしそれが実話ならとんでもない英雄と歌姫だ。いくらマリーエングランツが華燭奏甲とはいえそこまで
の戦果を上げるのは確かに異常というしかない。
「ツムギ殿と同じか……」
「え?」
「いや。それより君、情報をありがとう。ではこれで…」
礼を言ってその場を辞するアーサーの背中越しに感嘆の声が聞こえたのを本人は気づかなかった。

 雑踏を出て再び長い廊下を歩いていく。暫く歩くと左手に庭が見えてきた。その向こう側には全体が石作りの大きな
建物がその勇姿を称えていた。その景色のあまりの美しさに足を止めて少しの間見ていたい思いに駆られるが、
苦労してその思いを押さえ込むとアーサーは早足にその場を離れた。
「これは、ディオール卿。おはようございます」
目的地にもうすぐというところで使用人である中年の女性が柔和な笑顔と共に声をかけてきた。
「おはよう、エウフェーミア。良き朝だな」
今度こそ足を止めてアーサーは女性に挨拶を返した。エウフェーミアと呼ばれた女性は
柔和な笑顔のまま相槌を打ちながら
「はい。これも英雄様や歌姫さまたちのおかげです。本当にありがとうございます」
と言い、深々と頭を下げる。
「お顔をお上げくだされ。我々は当然の義務を果たしているだけに過ぎないのだから」
なおも頭を下げるエウフェーミアと苦労して別れを告げ再び歩きだそうとしたとき、後ろからチョイチョイと
袖を引っ張られた。振り向くとそこには10歳の少女が立っていた。
「キサラ。追いかけてきたのか」
コクッと1つ頷く少女。肩の辺りまで伸びたやや青みがかかったプラチナブロンドがさらさらっと揺れた。
「……おはよう」
「あぁ、おはよう」
アーサーの顔がしわを深めた。
「私はこれから用がある。すこし待っていてくれないかな?」
少女は首を横に振って、「一緒にいく」と言いたそうな目でアーサーを見つめた。
アーサーはため息混じりに苦笑して、結局こう言った。
「…分かった。一緒にいこう」
コクッ
話がついたところでアーサー達は歩き出した。

      ○

 現在アーサー達がいるエタファは大規模な軍隊によって奇声蟲の侵攻を辛うじて防いでいる。
もしこの部隊の何処かが崩れてしまえば、奇声蟲たちはそこからなだれ込んでくるだろう。
そうした事が起こらないように、迅速かつ的確に必要な場所に展開する遊撃部隊がここエタファには
いくつか存在している。
その中でも「ドミニオンズ」の名を知らないものは居ないだろう。
フォイアロート・シュヴァルベのみで編成された飛行中隊は、
これまでも同じ遊撃部隊の中で一際大きな戦果をもたらしていた。遊撃任務だけでなく特殊任務もこなす
エリート部隊としてエタファ駐留軍からもひとかどの敬意を集めていた。
しかしこれから彼らが遂行しなければならない任務は、百戦錬磨の彼らにとっても少々厄介な内容だった。
「つまり我々だけで奇声蟲の巣の中に突っ込まなければならない、と…」
部下の一人が渋面で確認をする。
アーサーはうなずいた後にさらに付け足す。
「しかも生存者を確認したときは保護しなければならない」
その場にいる者たちは一様に同じ顔をした。
すなわち「厄介な任務だ」という表情。
アーサーは彼らの気持ちも分からなくは無かった。
これから彼らが遂行する任務の内容は奇声蟲の襲撃を受け壊滅した、とある町に向かいあるものを回収する事。
そしてその際住人の生き残りを確認したら保護せよと言うものだった。
「ただでさえ飛行型の蟲が多い所なのにそんな事をする余裕があるでしょうか?」
「任務中に確認した場合はだ。優先順位は目標の回収にある。無論、余力のある限り生存者の捜索はするがな」
沈黙する一同。が、やがてアーサーは命令を下した。
「文句を言っていても始まらん。我々に命じられた任務だ。そして我々にしか遂行できない……。
各員これより出撃準備に入れ。歌姫とのミーティングを忘れるな。出撃は2時間後だ。解散」
駆け足で去ってゆく部下達の背中を見送りながら、アーサーは目標の回収をどうしたものか考えていた。
何せ回収目標は絶対奏甲をまるごと1体だ。運送には最低でも部下の機体を3機は割かねばなるまい。
チョイチョイ。
「ん?どうしたキサラ」
「あれ」
小さく細い指がさした方を向くとそこには工房の使いらしき女性が立っていた。
女性はアーサーが振り向くとペコリとお辞儀をする。
「キサラ。人を指差すのは良くないぞ?」
「ん〜」
別に叱られた訳ではないのにしょんぼりするキサラ。
アーサーはそんな少女の頭を優しく撫でてやりながら女性に向かってたずねた。
「何か御用かね?」
アーサーとは父と娘ほど年の離れたその女性はその質問に元気よく「はいっ!」と答えて駆け寄ってきた。
「お初にお目にかかります、ディオール卿。私はエタファ工房の技術士でアイリーンと申します。
お会いできて光栄ですわ」
元気に自己紹介する二十代の少女(アーサーから見れば二十代なんてまだ子供)にアーサーも自己紹介する。
「アーサー・ディオールと申す。よろしく頼む。…して、工房の技術士がどういう御用で参られたのだね?」
「はい!実は現世人の方の協力を得てわが工房が作り上げた新しい武装を提供しに参りました」
「新武装?」
「はいっ!」
元気に答えて少女は説明を続ける。
「現世の方は『みさいる』と呼んでおられるのだそうです。それを撃ち出すコンテナです。良ければ今回の
任務で使用してみていただけませんか?フォイアロート・シュヴァルベ用に作ってありますので」
「ミサイルがあるのか。それはありがたい申し出だが、調整に時間を取られるのではないかね?
我々はあと110分で出撃せねばならんのだが……」
アーサーの懸念に対して少女は不敵に笑って(もっとも不敵というには少々可愛すぎるが)言い放った。
「アーカイア一の工房、エタファ工房の技師を見くびらないで欲しいです。1時間。1時間下さい。
部隊の奏甲全ての取り付けと調律をやってみせます!」
そう言って両の拳をグッと胸の前で握ってみせる。
「わかった。それではお願いする」
アーサーがそう言うと、少女は「了解!」と言って一礼し、奏甲の方へ走っていった。
その背中を見送りながら、アーサーはキサラの背中をポンとたたいて歩きだした。
「さぁ、我々も行こうか」
「ん」

 その100分後、アーサーたちの奏甲は無事に離陸した。紅いフォイアロート・シュヴァルベ達の中で
アーサーのフォイアロート・シュヴァルベがその純白の装甲に空の蒼を映しながら一際輝いていた。
『ドミニオンズ』の名そのままに、天使の輝きを放ちながら戦場へと向かう。




                             -----後半へつづく-----

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