・登場人物 「アーサー・ディオール」 60歳。イギリス人。召喚国はトロンメル。英国では名の知れた軍人で、多くの名誉勲章等を授与されている。 銃器、爆発物などの取り扱いにも精通し、剣の腕もチェスの腕も超一流。 性格は、静かにして豪胆。自分からはあまり多くを語ろうとはせず、静かに物事を見極める。 英国の女王に対してそうであったように自分を召喚した黄金の歌姫に絶対の忠誠を誓っている。 騎士の鏡のような人物ではあるが、酒が苦手という意外な一面もある。 同郷出身の映画俳優、「ショーン・コネリー」にそっくりで、現世からの召喚者にはよく本人に間違われる。 愛機は地上戦闘も視野に入れ、カスタマイズされた白いフォイアロート・シュヴァルベ。 「キサラ」 10歳。出身国はトロンメル。 歌う事以外ではあまり言葉を発する事が無い物静かな少女。いつもアーサーに寄り添っている。 アーサーが物静かであるので二人の間にはあまり会話というものが無い。だだ、これだけを言うと 誤解されるが、決してコミニュケーションが取れていないわけではなく、むしろ言葉に頼らずとも二人の間柄は 自然な一体感でまとめられている。 分かっている事はキサラという名前だけで、その他の事は一切不明。アーサーもその事について訊ねようとしない。 猫が好きで、猫を見かけるといつも駆け寄って撫でるのが趣味(趣味というよりそれしか自主的に動かない)。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ケース3「空中戦 〜後編〜」 エタファを発って数時間が経過した。 眼下には美しい河が流れている。 現在彼ら『ドミニオンズ』が飛行しているのはエタファより南西方向、つまりポザネオ島の南部だ。 目的地はポザネオ島南部を流れる2本の河が合流する地点。ポザネオ島住民でさえ滅多にその土地を 訪れる事の無い小さな町だ。いや、『町だった』と言う方が適切だろうか。 数日前に奇声蟲の襲撃を受け、今や町は壊滅したと聞いている。 おそらく住人は……。 「隊長。見えてきました」 部下の声に思考を中断する。まるで36年前と同じ様に…。アーサーは軽い存視感を覚え、首を振る。 「おじいちゃん…?」 後方からキサラの声。 彼らの奏甲はその部隊の特性上、長距離を移動しなければならないため歌姫とのリンクを考えて ツインコクピットとなっている。アーサーのフォイアロート・シュヴァルベもまたその仕様に変更されていた。 「どうしたキサラ?」 後方を振り向くとキサラの顔があった。感情をあまり表に出さない彼女だが、僅かに気遣わしげな要素を含んでいた。 アーサーはそんなキサラの顔を見ると顔のしわを深くして言った。 「心配は無用だ。ただ少し考え事をしていただけだよ」 キサラもその笑顔につられて僅かにだが微笑んだ。 「隊長!奇声蟲を確認。すごい数です!」 奏甲の『目』を通して見る前方には地面を埋めつくさんばかりの奇声蟲が、廃墟と化した町を蹂躙していた。 そして奇声蟲は何も地面だけではない。気がつけばすぐ傍まで飛行型の奇声蟲がかなりの数、接近していた。 「全機迎撃隊形!ウィング4、5、6は私と目標の捜索!残りは援護を頼む」 各機から「了解」の声が次々に返ってくる。 「行くぞ。キサラ」 「ん」 白い奏甲が蒼穹の空を切り裂いて急激に高度を落とした。飛行型の奇声蟲もそれに追いすがる。 前方に飛び出してきた何匹かを両手に携えた大剣で切り払い地面すれすれを飛行。 地面に這い蹲る蟲を華麗にかわしながら目的の工房へ突入する。 その建物は工房というよりむしろ研究所といった方が適切な外見をしていた。 奇跡的にも損害はあまり出ていないようだ。 後方に部下の3機も着地し、周囲を警戒する。周りの奇声蟲は上空からの支援攻撃であらかた掃討されていたが、 数が数なだけに、あまりのんびりとしていればまたすぐに押し寄せてくるだろう。 「突入するぞ」 アーサーの号令の下4機のフォイアロート・シュヴァルベはその工房の門を押し開き中へと入っていった。 ○ 中は予想以上の広さだった。外見的にはそう大きく見えなかったが、アーカイアでは珍しい奏甲用のエレベータで 地下へ潜るとそこには巨大な奏甲建造設備と研究室がひしめいていた。 「驚いたな…」 ウィング4ことロウ・アルマフィーは思わずそう言った。 彼が驚いたのも無理は無い。ここにある施設と同じ規模のものはアーカイアでも黄金の工房を含めて 僅かしかないだろう。それだけの施設だった。 「研究室まであるのか。一体何を研究していたのやら……」 忌まわしそうにそう呟くロウの視線の先には人体を構成するパーツ ――心臓や肝臓などの臓器。右足…。そして切り開かれた頭…。 「うっ!?」 ロウの歌姫が彼の後方で必死にこみ上げてくるものを抑える。ロウの心配の声にも首を横に振るだけだった。 もし口を開けば嘔吐してしまいかねない様子だった。 「隊長…これは…」 ロウの言葉は疑問というより確認のためのものだろう。そう思いながらもアーサーはその答えを呟いた。 「…人体実験だろう。キサラ、目を閉じてなさい」 僅か10歳の少女には酷な光景だろうというアーサーの気遣いだった。キサラは素直に目を閉じる。 「とにかく目標の回収を急ぐぞ。」 アーサーは周囲を見渡した。目標は黒いフォイアロート・シュヴァルベだ。 「……見当たりませんね」 「こちらもネガティブです」 「…同じく」 部下の報告を聞きながらアーサー自身も確認できない。 「了解した。これ以上は稼働時間が危ない。一度エタファに戻ってそれから検討し――」 「隊長!!」 突然の部下の言葉に言葉を遮られる。 「どうした!?」 「黒い…奏…全滅…助け…」 「よく聞こえんぞ。もう一度…」 奏甲同士の会話は基本的には歌姫の『ケーブル』を通して行われる。したがって通信状態が悪いなどということは ありえないことだ。もっとも奇声蟲の発する奇声や、歌姫のコンディションなども影響しうるが。 「全機外へ出るぞ」 かくして4機の奏甲はもと来た道を引き返し外へと脱出する。 その間、外の部下からは連絡が途絶えてままだった。アーサーは焦りを覚えながらも冷静に思考を展開する。 部下の言いたかった事。それは何か? 「黒い、奏、全滅、助け…」 「隊長。黒い奏甲、全滅、助けて。では無いでしょうか」 後ろを走るロウが言う。なぜ走っているのかと言われると通路が狭いために飛ぶ事ができないからだ。 「そうだとしたら回収目標が外の連中を攻撃していると言うのか?」 「それはわかりませんが…」 ようやくエレベータが見え始める。距離的にはそう長くは無いのだがアーサーにはもう何マイルも走ったように思えた。 「全機、エレベータ昇降後は速やかに屋外に脱出する事。よいな?」 各機から了解の返事が帰ってくるのと同時にエレベータが昇りきった。 「行くぞ!」 アーサーの奏甲を筆頭に4機が出口へと殺到する。建物のドアをけり破り、アーサーたちが外に出るとそこには 部下の機体の残骸と、大量の奇声蟲の死骸が転がっていた。 いや、転がっていると言うよりは敷き詰められているといった感じだ。 そしてそのいずれも原型を留めていなかった。おそらく僚機のパイロット、歌姫達は即死だったろう。 「ちくしょう!」 ロウが悪態をつく。それを聞きながらもアーサーは周囲を探った。 「上だ!」 アーサーの声と同時にミサイルが雨と降り注いだ。4機はギリギリでそれを交わすと回避行動を継続しつつ 上空を見上げた。 そこには夜よりもなお暗い漆黒の奏甲がその黒い翼を広げ、4機を睥睨していた。 「あれは…」 ロウが予想した通りの状況にアーサーは不意に笑いの衝動にかられた。 「くっくっ…」 「隊長?」 ロウの不審そうな声にアーサーは静かに答えた。視線は上空の奏甲を見据えたままだ。 「お前達は行け。帰還したらお館様に任務は失敗だとお伝えしろ」 「隊長!?なにを…」 「いいから行け!ここにいれば無駄死にぞ!」 「そんなこと…隊長はどうされるのですか!?」 なおも言いすがろうとするロウ。しかし他の機体によってそれは阻止された。 両脇からロウの機体を押さえつつ浮上する。 「隊長…。ご武運を」 「うむ」 そう言い残すと三機は急速に高度と速度を上げて戦域を離脱していった。 「さて、キサラ。一仕事しようか」 彼らを見送った後、まるで散歩をしようかと言う様に何の気負いもなくアーサーは言った。 その顔は穏やかさがなりを潜め、代わりに百戦錬磨の闘将のそれが覆っていた。 キサラはコクっと頷くと無口な普段の彼女からは信じられないくらい歌い始めた。 子供特有のナチュラルソプラノの歌声はアーサーとその愛機の眠っていた力を解き放つ。 「参る!」 予備動作無しで飛翔し、見る見るうちに漆黒の機体に猛進する。 どういうわけか漆黒の奏甲は避けようともしない。正面から攻撃を受けるつもりだ。 「面白い!裁いてみろ!!」 両手で下段に構えた大剣を一薙ぎする。 単純なだけにさばきにくい絶妙な攻撃。さらにその上に機体の突進ベクトルが上乗せされるのだ。 強烈な衝撃でバランスを崩す事は確実なはず、だった。 「ぬっ!」 アーサーの大剣は1本の細身の刀身によって受け止められていた。信じられない事に、攻撃のベクトルは 消滅していた。漆黒の奏甲は微動だにしていない。 すぐさま間合いをおき再び袈裟懸けに刀身を振り下ろす。 今度こそ敵はその攻撃を避け、一気に距離をとる。 「ミサイルか!」 敵の意図を読み取った時には既に数十発のミサイルが白い尾を引きながら迫っていた。 命中まで残り十数メートルというところでアーサーは機体をひねり、地上に向かって限界まで加速させる。 機体が反転したときに急激な質量移動によって周囲の空気が渦を巻き、乱流を発生させる。 ミサイルはまさにその渦の中に飛び込んでいった。 背後で爆発が起きる。どうやら思惑どうりにいったらしい。しかしまだ数発がしつこく追尾してきていた。 地面すれすれで再び反転。不意の動きにミサイルも追尾しようとするが目の前には既に地面が迫っていた。 ドォォン! 爆発で地面が掘り返され、そこに転がっていた奇声蟲の死骸と共に土が盛大に跳ね上がる。 アーサーは反転後すぐさまミサイルポッドのハッチを開放。照準用のレーダーが敵機を捉えた。 「ゆけ!」 白煙をたなびかせ敵機に迫るミサイル。敵はそれを回避しようとした。その瞬間。 「キサラ!」 その声と同時にキサラの紡ぐ歌が変わった。 『狂える夢たちの行進曲』 比較的織るのが簡単な部類に入るその歌は、対するものの力を弱体化させる効果を持つ。 敵の動きが僅かに鈍る。アーサーはその瞬間を見逃さなかった。 「終わりにしよう」 残りのミサイルを発射する。丁度ミサイルの挟み撃ちになる構図だ。 凄まじい爆音と閃光が発生する。 「…やったか」 そう言いながらも大剣を正眼に構え直す。相手の死を確認するまで決して油断しない。 それが60年という月日を生きてきたアーサーの培った経験だ。 次第に煙が晴れていく。黒々としていた一帯の空に、また鮮やかな蒼が戻ってきた。 「くっ!」 アーサーは驚愕に目を見開いた。 そこには傷一つついていない奏甲があった。漆黒の装甲で固められた全身からは不気味なまでのオーラが漂っている。 「効かんのか。ミサイルも、剣も……」 アーサーはどう戦うか黙考する。しかしどの道あまり時間は無いようだ。いつ敵が仕掛けてくるかわからない。 しかし漆黒の奏甲に変化が起きた。 不気味なオーラが掻き消えたのだ。 「なんだ…?」 その疑問に誰も答えてはくれなかった。唯一答えを知っている敵は、まるで糸の切れた人形のように ぐったりと脱力し、そのまま自由落下していった。 金属の悲鳴と地面の抉れる音が聞こえた。 ○ その夜、無事に帰還したアーサーを部下達が出迎えたが、その時に戦闘の結末を聞かれ、どう答えていいものか アーサーは答えに窮した。 その後のことは本当によく解らないのだ。 敵機が地面に激突したかと思ったのにその場から消えていた。最初からそんな敵はいなかったかのように…。 結局、作戦は失敗した。また多くの部下の命を無駄にした。“また”だ。あの36年前のように。 その事がアーサーをさらに傷つける事になってしまった。その感情を表に出す事は決して無いが。 そして、アーサーは知らない。この事件が後に多くの人の運命を巻き込む事になる事を……。 |