・登場人物

 「菊池 紅音(きくち くおん)& 紫音(きくち しおん)」
 14歳。女の子。召喚国は共にハルフェア。
 双子の姉妹で、紅音が姉、紫音が妹という関係。
 
 紅音……ショートの黒髪の活発な女の子。
     得意科目は運動全般。特に陸上が得意。
     反対に1箇所に留まっていられないのが短所。
     現世では陸上部のエース。

 紫音……ロングの黒髪の大人しい女の子。
     趣味は読書。
     運動は苦手で走ったら必ず転ぶほどの運動音痴。
     現世では聖歌隊のホープ。

 
 「マイカ・エレクトラ & ナノカ・エレクトラ」
 17歳。ハルフェア出身のシュピルドーゼ軍人。
 こちらも同じく双子だが2卵生で、あまり似ていない。
 姉がマイカ、妹がナノカ。

 マイカ……長い金髪をきっちりと結い上げ、軽甲冑を身にまとう騎士然とした女性。
      剣の腕を磨くために母国ハルフェアの剣術大会に出場中に宿縁の相手、紅音に出会う。

 ナノカ……長い銀髪をそのままたらしている。
      マイカが武を極めんとしているのに対して学問、特に歌術を極めようとしている。
      マイカのサポートのため同じくハルフェアを訪れていた所で宿縁の相手の紫音に出会う。



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       ケース6(番外編シリーズそのA)「決意&決心」

 “や、ヤバい。ドキドキしてきた……”
 ナノカの顔から視線をそらす紅音だが……。
 「大丈夫か?顔が赤いぞ」
 「ふぇっ!?」
 様子を窺うためか、今度はマイカが顔を近づけて来たのだ。
 「失礼する」
 そう言って紅音の額に手のひらを当てた。
 「……ふむ…熱は無いようだが…」
 紅音は自分の額に当てられている手が以外に細くやわらかい事に気がついた。
 とても剣士の手とは思えない。
 それに改めて見るとマイカもナノカに引けを取らないほどの美人だ。
 白い肌は何処までも曇り無く、柔らかそうである。
 くわえて微かに漂う香水の香りは例えようも無くマイカに似合っていて、
 素直に『きれい』と感じた。
 “かみさま。こ、こんなの反則です……”
 2連続の不意打ちをくらって紅音の頭はバースト寸前だ。
 「だ、だだだいじょうぶ!うん!少し疲れてるだけ!」
 ようやく思考の渦から抜け出した紅音は慌ててナノカの手から逃げるように
 立ち上がった。
 「そうか。…無理も無かろうな。すぐに君達の部屋も取ろう」
 マイカは立ち上がってカウンターの方へと歩み去った。
 周囲の人間たちは男女問わずにそのマイカの姿を目で追っていた。
 「なんだか…すごい人気ね」
 落ち着きを取り戻した紫音が呟いた。
 
 「それでは、今日はこれで」
 「おやすみなさい」
 二人と別れた紅音と紫音は用意された部屋に入った。
 酒場の隣にある宿に案内されたときには既に日はすっかり落ちていた。
 マイカたちの隣に部屋を取ってもらった紅音たちは
 「とりあえず早く寝させて」
 と言って夕食もとらずに部屋に案内してもらった。
 一刻も早くあの双子から離れたかった。
 「あの双子。反則」
 部屋に入るなり呟く紅音。
 「うん。とっても綺麗だよね」
 「どうして女のあたしが同姓を意識しなくちゃならないのよ……」
 まったく…、とブツブツと文句を言いながら、今後の事を紫音へと尋ねた。
 「どうする?なんだかとんでもないことになっちゃったけど…」
 紫音は「ん?」と紅音のほうを見た。
 その体は既にベッドの中に沈んでいる。
 「あんたは…」
 「今日はもう寝ようよ。疲れた頭じゃ何考えてもむだだと思うよ?」
 あきれ返った紅音に紫音は微笑んでそう言った。
 「むう……」
 これには紅音も言い返せない。
 こういった時に、この双子の妹は自分よりも的確に状況を判断できることは
 もうずっと前から知っているし、何よりも疲れているのは紅音自身が感じている。
 「…そうね。もう寝よっか」
 いそいそとベッドに潜り込む。
 「お休み」
 「うん」
 二人は挨拶を交わしてランプの明かりを落とした。

        ●

 翌日。目を覚ました二人は酒場へと顔を出した。
 マイカ達の部屋を一応ノックしたのだが、居なかった。
 だから居るとすれば昨日の酒場だろうと思ってやってきたわけだが…。
 「あ、いた」
 昨日と全く同じ席にナノカとマイカは向かい合わせに座っていた。
 「おはよう」
 紅音が挨拶する。
 「ん、おはよう。よく眠れたか?」
 「はい。もうぐっすりです」
 「それはよかったです。さあ、こちらにおかけになってください」
 ナノカに促されてそれぞれマイカの隣に紅音、ナノカの隣に紫音が座った。
 「それよりお二人とも朝食を取りませんか?
 私達もこれから取ろうと思っていたところですから」
 「え?でもお金とか無いよ?」
 その言葉に呆れたようにマイカが言った。
 「それくらい私達が出す。これから一緒に戦っていく仲だ。
 遠慮はいらない」
 …………
 固まる紅音。聞き間違いだろうか、今マイカは何と言った…?
 「は?戦う…?」
 「うむ。昨日話したとおり、貴方たちには絶対奏甲で奇声蟲と戦ってもらう」
 「な…!」
 「その為に貴方達が召喚されたのだから当然だと思うが」
 「あんですってぇぇぇぇっ!!!?」
 酒場中に響き渡る紅音の怒声。
 幸い早朝のために人目を引くことは無かった。
 「冗談じゃないわよ!昨日の話しからして、それって下手したら死ぬってことじゃない!」
 しかしマイカは冷静に
 「あくまでも下手をすればという話だろう?大丈夫。私達が命にかけても貴方達の命は守る」
 真剣に、そしてまっすぐ紅音の目を見てそう言った。
 「っ……!」
 言い返そうにも言葉を失ってしまった紅音に代わり、紫音がマイカに尋ねた。
 「あの。私達にも奏甲って動かせるものなんですか?」
 「無論だ。あれは奏者の意志で動くものだから、ただ考えるだけでいい」
 動かすだけならなとマイカは付け加えた。
 「戦闘に耐える動きをするためには私達歌姫の歌術支援が必要だがな」
 「それなら私達でも――」
 「ダメ!紫音、絶対にダメっ!」
 納得しかけた紫音の肩をテーブル越しに乱暴に揺らしてすがるように紅音は言った。
 「紅音……」
 困惑する紫音に紅音は必死に食い下がる。
 「忘れたの!?パパのこと…!」
 「!」
 その一言に一瞬にして紫音の顔が険しくなった。
 「……忘れるわけ無いよ…!あの時の気持ちも!」
 キッと睨む紫音。彼女にしては珍しいことだった。
 それだけ紅音の言った事はこの兄弟にとって重大なことだったのだろう。
 「…でも、ううん、だからこそ私は戦うよ。パパみたいに困っている人を見過ごせないから…」
 「……」
 紅音は脱力してうなだれるように座り込んでしまった。
 「紅音が戦わないって言うなら、私が紫音の分まで戦う」
 冷静さを取り戻した紫音はうなだれたままの姉に静かに言ってのけた。
 おそらく姉にとっては苦痛としか言いようの無いことを…。
 「紫音殿は戦ってくれるのか?」
 「はい。私にできることならやります。この戦いが終わらないと帰れないのなら尚更です」
 その言葉に静かな決意を汲み取ったのかマイカは頷くと、ナノカの方を仰いだ。
 ナノカは無言で頷くだけ。
 「そうか。だが残念ながら貴方は私の英雄ではない。貴方のパートナーはナノカだ」
 言われて隣を窺う紫音。ナノカは静かに微笑んでいた。
 「あの、マイカさん。紅音は安全な場所に避難できますか?」
 「それなら心配ない。安全は私達が保証する。これは約束だ」
 「……まって!」
 三人はその声に一人の少女に目を向けた。
 その少女は俯いたまま、小さく震えていた。怯えとも怒りともつかない震え方だった。
 「…私も戦う。私だけ逃げるのはイヤ…!」
 顔を上げる紅音。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
 だが少女はその涙を必死にこらえて気丈にそう言い張った。
 「紅音…」
 気遣わしげに紫音は紅音を見つめる。しかし紅音はまっすぐに見つめ返してきた。
 強い意志を感じさせる眼差しで…。
 マイカはフッと微笑んで静かに紅音に言った。
 「ようこそアーカイアへ。私の英雄どの」
 
        ●

 こうして双子と双子という珍しい宿縁で結ばれた4人は、遥か遠く、ポザネオへとその足を向けた。
 しかし、今の4人には知る由も無い。
 この後4人が思わぬ運命の柵に巻き込まれることになろうとは……。




             --------Fin-------

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