・登場人物 「イクス・メルクリウス・フレイア」 19歳、男。召喚国はヴァッサァマイン。 槍術にかけては天性のものを持つ。 召喚時のショックで名前以外の記憶を無くしている為、召喚前の経歴に関しては一切不明。 性格的にはクソ真面目で融通が利かない。しかし裏返せば信念の強さともいえる。 料理が得意で行く先々の陣営でや町でその腕を振るう。 以外に女性に弱い。それが災いしてトラブルに巻き込まれることが多い。 愛機は銀色のマリーエングランツ(色が異なる以外はカスタマイズ無しの標準機) 「エリス・カサンドラ」 15歳。「おちょこちょい」を体現したような少女。 歌姫ではないものの(宿縁の英雄がまだいないため)歌術は結構上手いらしい(本人談)。 ただし、料理の腕は最悪。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ケース7「イクスの受難(エリス篇):難易度→☆☆☆☆☆《レベル5》」 戦場とは非情である。 そこではどんな『食材』も平等に扱われ、死んでゆく。 肉、魚、野菜、調味料etc……。 故に戦場とは地獄であり、まさに目の前の情景はその名にふさわしい惨劇だった。 調理台はもとより、足元や壁にまで様々な『犠牲者』の遺体が散乱し、 火山の噴火口の如くグツグツと煮え立った鍋は、ある種の恐怖をかもし出している。 「♪〜ふん、ふん、ふ、ふ〜ん〜♪」 その凄惨な殺戮現場に轟く間抜けな鼻歌は、あたかも天使の如く、 聞くものの精神を問答無用にブチ壊してくれた。 たんたんたんたん……。 包丁の音が木霊する。取り付かれた殺人者は新たな得物を切り刻みに掛かったようだ……。 「うっ!?」 イクスの第一声はそれだった。 間抜けに裏返った声は普段クールな彼からは創造しがたいものだ。 「どうぞ、召し上がれ〜っ♪」 だが、イクスの苦悶など意にもかえさず、その少女は天使の声で悪魔のような言葉を告げた。 悪夢の始まりは正午にさかのぼる。 前回、エリスを始めて招いたときはフェイエンの乱心によりイクスには収拾が着かない状態にまでなった。 アレクとディアナのおかげで何とかその場は丸く収まったものの、フェイエンはエリスを受け入れようとせず、 最終的にエリスにご馳走する約束は、なし崩し的にあやふやなものとなってしまった。 そこでイクスはエリスに前回の謝罪を込めて、外食へと誘ったのだが、当のエリスが 「この前はご馳走になったから、今度はご馳走するねっ♪」 と言って、キャラバンが一時的に借り受けている貸家へとイクスを案内したのだった。 その結果がこの状況だ。 目の前にはどう考えてもモザイク処理が絶対義務付けられるような料理が所狭しと並んでいる。 「遠慮しなくていいよ?」 「しかし…これは……」 イクスは躊躇った。まずコメントに困る。そして食べた後はもう生きていないだろう。 とりあえず、直視するに耐え兼ねないそれらを驚異的な精神力で観察した。 が……。 “どんな調理をすればこんなことになるんだ…?” 料理の名称どころか、その調理法も分からないものばかりだ。 もとは魚であったであろう物体は胴の真ん中から下が無く、首はグロテスクに曲っていたし、 同じ皿の上には、その魚のはらわたの如く野菜が周囲にばら撒かれ、 暗黒系宗教のいけにえの如くだ。 魚はその虚ろな瞳で「タスケテ」「クルシイヨ」と告げていた。 “魚さん。すまん。パス!” 次の料理。 それは見た目には他のものよりまともだった。 ただし… 「エリス…これ炭か?」 「え?やだなぁ、なに言ってるの、お肉だよぉ〜」 「……」 『それ』はまさに木炭だった。 こうしている間もエリスは目を輝かせてイクスが料理を食べるのを待っている。 “食うしかないか…” イクスは彼女に気付かれないようにため息をついて、 内側の方はせめて肉であって欲しいと祈るように、フォークを『それ』に突き刺した。 パキィィィィィン。 小気味よい音を立ててフォークの首が飛ぶ。 「……」 「……」 二人は無言で落ちたフォークの首を見つめた。 「え、えっと…ちょっと焼きすぎちゃったかな?」 「えへへ」と後頭部をかくエリス。 イクスは『それ』の認識を『肉であって欲しいもの』から『かつては肉であったもの』に改めて、 無言でその皿を横へやった。 他の料理も同じような感じだった。 どれも言葉では形容しがたいためここでは省くが、それらをまとめるなら、 『危険』の一語をもって評価できるだろう。 食べようとすれば、先ほどのように硬すぎてフォークが折れたり、 ナイフが刃こぼれを起こしたりするのだ。 スープにスプーンを漬けるだけで「ジュ〜」と音を立ててスプーンが解けたりもした。 また、見た目も非常によろしくない。 子供が見ればトラウマになるか、1週間は物を食べられなくなるだろう。 イクスは超人的な精神力でそれらと格闘していたが、遂にさじを投げた。 というより、本当に食べるための道具が無くなったのだ。 被害はフォーク8本、ナイフ4本にスプーン3本という大惨事だった。 「……すまん、俺には無理だエリス」 イクスは引きつった苦笑を浮かべ、エリスに向き直った。 「エリ…ス…?」 名前を呼ぶ声に疑問が混じる。エリスは俯いていた。 その方は僅かに震えている。耳を澄ませばすすり泣く声さえ聞こえた。 「エリス。どうした?」 語調に気をつけ慎重に声をかける。 「わたし…料理下手だね…」 涙を浮かべた大きな瞳がイクスを見てきた。 「ごめんなさい。迷惑だよね」 エリスは目をそらすとそれっきり黙りこんでしまった。 「うっ……」 そんな顔をされたら男としては食べない訳にはいかないと思わざるを得ない仕草だった。 少女と料理とを交互に目線だけで見る。 そして意を決したようにスープの器を手に取った。 「そんなこと無いぞ、エリス」 彼はそう言ってスープを一気に飲み干した。 喉を灼(や)く辛さとも苦さとも取れない味は、この際無視して胃へと流し込む。 「うん。結構うまいじゃないか」 次の皿に手を掛けながらエリスへ微笑みかけた。 実際の所、先ほどのスープにしろ思っていた以上に食べれる。 ただ味付けが妙に濃いのだ。後は見た目の問題と、調理の加減だろう。 この程度のことなら努力次第でどうにでもできる範囲だ。 一連の様子を見ていたエリスは、イクスの連発する 「結構いけるぞ」や「これは少し焼きすぎただけだな」という言葉をぼうっと聞いていたが その表情に次第に笑顔が見え始める。 最後の皿に手を掛けて、折れたフォークで起用に口へ運ぶイクスにエリスは少し恥ずかしそうに言った。 「イクスくん…やさしいね」 最後の一口をゴクリと飲み干したイクスはエリスの言葉に 「そうか?」 とだけ答えた。 「うん。イクスくんはやさしいよっ」 ギュっとイクスの腕に抱きつくエリス。 「お、おい!?」 「えへへっ」 あたふたと慌てるイクスにがっちりと抱きついたエリスは暫くの間、彼を開放しなかった。 ちなみにイクスはその夜、お腹こそ壊さなかったものの、昼間何処へ行っていたかという フェイエンの激しい追及に身をさらす結果となったそうだ。 -------めでたしめでたし♪------- |