《 黒の乗り手 篇 》
 

       第8章 「 進 撃 」
 
 
 荒涼とした大地を数機の奏甲が行軍していた。
 その編成はまちまちで、ざっと見ただけでもシャルラッハロートT(アイン)やU(ツヴァイ)、
 プルプァ・ケーファなど多岐にわたる。
 中には局地専用のフォイアロートや、最新機種のシャルラッハロートV(ドライ)などもいた。
 その上空を紅いフォイアロート・シュヴァルベが数機パスしていった。
 「ふん。たった1機の敵さん相手にここまで数がいるのかよ」
 紫色のシャルUに乗った機奏英雄がぼやく。
 それは『ケーブル』を通して行軍しているすべての奏甲に伝わった。
 「それだけ手ごわいってことですよ」
 シャルUの後ろを歩むヘルテンツァーの英雄がそのぼやきに応える。
 アレクだった。
 「あんた、スケベニンゲンさんと言ったかな」
 「ニーベルンゲンです!アレク・ヴェルヌ・ニーベルンゲン。…何度言ったらわかるんですか!?」
 「がぁ」っと怒るアレク。
 「わりぃわりぃ。似てるんで間違えちまうんだ」
 少しも悪びれずに男は応えた。
 「スケベニンゲンって…僕はオランダのリゾート地ですか」
 「いやいや、銀座のレストランのことだ。名前がエロいんで頭にこびりついててな」
 「……」
 「しかしあのレストラン。へんてこな名前だよな〜。俺たち日本人からすれば「スケベ人間」だもんな」
 「………」
 もはや聞く耳持たず。すっかりアレクは黙り込んでしまった。
 この男の名は春日瑞樹(かすが みずき)という。
 過日のトーナメントでは惜しくもアレクに敗れたものの、その戦闘センスを見込まれて
 ドミニオンズへ入隊したと話していた。
 だが、この男があのトーナメントで本気を出していたか否かは直接刃を交えたアレクが一番よく知っている。
 「ところで、……あ〜……」
 「ニーベルンゲンです。そんなに覚えられないのなら、アレクで結構です」
 「んじゃ、アレクさんよ。あんたは敵1機に対して14機の奏甲をけしかける必要があると思うか?」
 「それは……」
 アレクは言いよどんだ。
 並みの相手では無いことは聞いていたが、それでもたった1機に対して14機というのはいささか過剰では
 ないかと自身でもうすうす思っていたからだ。
 「同感だな。ランチェスターの法則からすれば3機で十分なはずだ」
 濃緑色のケーファに乗る英雄が瑞樹に同意した。
 「それに情報が曖昧じゃねーか。ユヴェール湖の酒場で奴を見たって言っても、
 何でそれがトーテス・タールにつながるんだよ。あの辺はここよりももっと厳しい環境じゃねーか。
 そんなところに人が住めるはずがねぇだろ」
 そうだろ?と周りに同意を求める瑞樹に、静かな怒声が浴びせられた。
 「カスガ。死にたいのか……!」
 「んだと?」
 イクスは静かに続けた。
 「やつを甘く見るな。やつと、あの黒いシュヴァルベは化け物だ。油断すれば確実に殺られるぞ」
 それは、抑揚のない押し殺した声だった。
 「それから1つ言っておくが、ランチェスターの法則では実際に彼我の戦力計算はできん。
 奏甲の性能や奏者の能力など、数値化が難しい要素が戦場には満ちているからな」
 重苦しい沈黙が広がった。この中で実際に敵――ロウキと戦ったことがあるのはイクスだけ。
 その彼が言うのだ、誰も異を唱えることなどできなかった。
 「こちら、ウイング1。おしゃべりはそこまでだ。もうすぐ敵地だぞ」
 イクス達の上を純白のフォイアロート・シュヴァルベがフライパスし、彼らの前に着陸する。
 アーサー・ディオール専用のカスタム機だ。
 「先ほど偵察隊から入った情報では、目標は神殿内に潜伏中とのことだ。気を引き締めてかかれ」
 各機からの了解の声を聞いたアーサーは一呼吸置き、こう告げた。
 「全機最大戦速!」
 

 「来るか……」
 仮面の男は不敵に笑った。
 「私はここで死ぬわけにはいかない」
 今、彼がいるのは神殿の地下深くに掘られた隠し祭壇の前だった。
 祭壇には2つの宝物が捧げられている。
 真紅と闇蒼。
 対となる色で塗られた2機の絶対奏甲だった。
 「頼むぞ…」
 それらを一瞥し、男は漆黒の機体へと乗り込んだ。
 「いこうか」
 巨体が立ち上がる。
 アークドライブがうなりを上げ、黒翼が広がり、そして……。
 
 ――そして、漆黒の天使は舞い降りた。
 
 
 
               -------つづく-------

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