《 黒の乗り手 篇 》


       第9章 「 神々の神殿 」

 
 神殿内部へと侵入したイクス達は、驚愕した。
 なぜなら漆黒の奏甲は、物怖じせず祭壇に立っていたからだ。
 そしてさらに驚くべきは、その奏者が自ら口を開いたということだった。
 「ようこそ。神々の神殿へ」
 凜とした声にはどことなく哀しい響きが含まれていた。
 「何のつもりだ。ロウキ。まさか投降するというのではないだろうな?」
 ケーファの英雄は冗談めかしてはいたが、声質はひどく緊張している。
 それを読み取ったのか、仮面の男は喉の奥で笑った。
 「貴様っ…!」
 「よせ」
 イクスが奏甲の腕で制する。
 「ロウキ。久しぶりだな」
 イクスの声で、黒い奏甲は祭壇から降りた。
 突入していた3機の奏甲が武器を構える。
 臨戦態勢を作った…といえば聞こえが良いが、実際は本能から来る防衛衝動の結果だ。
 だが、イクスのマリーエングランツだけは構えていない。
 黒い奏甲は、そんなイクスの奏甲の前、しかもその獲物である槍の間合いで歩みを止めた。
 「銀色のマリーエングランツ……。あの時の男か」
 かつて男の復讐を邪魔した銀色の奏甲。
 それが目の前にいるイクスのマリーエングランツだったのだ。
 「またお前と会いまみえようとは…」
 黒い奏甲は腰の剣をゆっくりと抜いた。だが、まだイクスは構えない。
 「ここで戦うつもりか。どれだけ不利だと思っている」
 フォイアロート・シュヴァルベは元来空戦用の奏甲。
 この神殿内のような閉鎖された空間ではその機動力は殺されてしまう。
 「お前と戦いたいのは山々だが、生憎今回はそうもしておれん」
 そう言っておもむろに剣を振り上げた。
 そこへ神速の槍激が疾(はし)る。
 ギィィィィン!
 黒い奏甲は、槍の穂先を捌(さば)き、背面の翼を展開。一気に神殿の出口へと迫った。
 だが……。
 「なに!?」
 ドゴォォォン!
 正に外へと飛び出そうというその時に、出口にミサイルが着弾。
 ロウキは咄嗟にかわしたものの、出口は瓦礫で完全にふさがれてしまった。
 「いくぜっ!」
 瑞樹のシャルラッハロートUが手にしたサブマシンガンをバーストで撃った。
 狙いは違わず黒い機体へと命中した。
 「ふん……」
 ロウキは笑うとミサイルポッドを開放、すぐさま照準を定めると、2発を放った。
 「くるぞ!」
 イクスと瑞樹はミサイルを避ける。ミサイルは2人の後方、祭壇の上の天井を破壊した。
 「しまっ――」
 イクスが相手の意図に気づいたときには、黒い奏甲は外へ――本来それが在るべき空へと還っていた。
 「隊長!すみません、逃しました」
 「ご苦労。こちらは任せろ」
 「了解」
 短く答え、イクス達は破壊された天井の穴からの脱出にかかった。


 「目標補足。各機、迎撃しろ!」
 アーサーの号令の下、4機のフォイアロート・シュヴァルベがミサイルを発射した。
 だが、音速の4倍の速度で迫るミサイルを黒い奏甲は内装式のチェーンガンで、ことも無く撃墜する。
 ミサイルは誘爆し、爆煙を上げて四散した。
 そして、その煙を隠れ蓑に黒い影は一番手前のフォイアロート・シュヴァルベに迫った。
 剣一線。
 フォイアロート・シュヴァルベは胴を真っ二つに切断されて、黒煙をたなびかせて落下していった。
 「おのれっ!」
 タタタタタタッ!
 『グリュー』が手にした40oカービンライフルがフルオートで弾をばら撒く。
 空戦で必要なものは火力ではない。短時間で大量の弾を発射できる連射性だ。
 あっという間にマガジンが空になる。
 アーサーは素早くマガジンを交換すると黒い機体の背後を取ろうと戦闘起動した。
 「キサラ。頼むぞ」
 「ん」
 敵はまだほとんど無傷だった。
 30発は撃ったと言うのに僅か2、3発がかろうじて装甲を削っただけにとどまっている。
 「隊長!」
 ウイング4――ロウ・アルマフィーの声がアーサーに届いた。
 見ると、彼の機体は右脚と右腕を切り落とされ高度をぐんぐんと落としているところだった。
 「ロウ、脱出しろ!」
 その声とほぼ同時に機体の胸部から奏座ごと彼と彼の歌姫が脱出した。
 しばらく落下した後、開傘。無事地上へと降り立った。
 それを横目に確認しながら、アーサーは黒い機体を追う。
 「どこまで行くつもりだ……」
 黒い奏甲の飛ぶ方向には、トーテス・タールの幽玄な頂がそびえていた。

          ●

 イクス達は黒い奏甲の穿った穴から脱出を試みていた。
 まず、脱出するのは四脚のフォイアロートだ。
 順番はフォイアロート、シャルラッハロートU、マリーエングランツの順だ。
 マリーエングランツでは機体の構造上、この穴からは脱出できない。
 そう、馬は壁登りなどしないのだ。
 だから先に脱出した2機に上から引っ張りあげてもらうしか手は無い。
 「うひょ〜。早え〜」
 こういった足場の悪い所では局地専用機はめっぽう強い。
 フォイアロートは見る見るうちに外へと脱出していった。
 「それじゃ、お先にいくぜ」
 瑞樹はそう言うと、サブマシンガンのスリングを肩に掛け、フリークライミングの要領で始めた。
 「すげぇ破壊力だな、おい」
 足がかりを見定めて上っていく瑞樹は、穿たれた穴の様子を観察しながらつぶやいた。
 通常のミサイルではこうも分厚い岩盤は貫通できはしないだろう。
 せいぜい表面から少し奥まった位置くらいを吹き飛ばす程度の爆発だ。
 だが、この穴は明らかに岩盤の奥深くで爆発した形跡がある。
 つまり発射されたミサイルは一定距離、岩盤にもぐった後爆発したのだ。
 現世には『バンカーバスター』と呼ばれる投下型爆弾がある。地中深くに潜り込み、爆発するという弾頭だ。
 まさにこの穴は、それをミサイル化したもので穿たれていた。
 「おい。イクスさんとやら」
 登る手を休めずに瑞樹はイクスに話しかける。
 「あいつの奏甲は誰が造ったんだ?」
 「さぁ…。私も現世人が開発に関わったとしか聞いていない」
 「そうか……」
 瑞樹が穴を登り切った時、神殿内に異変が起こった。
 小さな地震ほどの揺れの中、イクスは臨戦態勢で周囲を見回す。
 「おいどうした!何だこの揺れは……」
 「カスガ。先に行ってくれ」
 「おい!一体何が――」
 イクスはフェイエンに『ケーブル』の同調を切るように伝えた。
 「いいのか?」
 「あぁ。大勢を犠牲にするわけにはいかないからな」
 「イクス……」
 珍しくフェイエンの声に不安が混じる。
 「心配ない。何とか生きて帰れるようにがんばるさ」
 イクスはそう言って、祭壇の方を見据えた。
 そこには紅色と蒼色の絶対奏甲が並んで立っていた。地下神殿に眠っていた神の化身。
 それが今、永き眠りから目覚めようとしていた。
 「ハイリガー・トリニテート……」
 苦々しい声は、『ケーブル』を通してそれらを見ているフェイエンのものだ。
 声だけではない。彼女の気持ちがイクスには手に取るようにわかる。
 ――恐れ。
 今、彼女の心を恐怖が支配している。
 "私も同じなのか……?”
 おそらくイエス。
 彼の心もまた、恐怖が滲んでいる。
 しかし……。
 「フェイエン」
 「何だ?」
 やはり声が震えている。お互いに、だ。
 「怖いか」
 「……ああ…」
 続く彼女の言葉に、イクスの恐れは霧散した。
 『
    お前が死ぬのが怖い……  
                 』
 そうだった。彼女は自らの死を怖れる女性ではないのだ。
 そうでなくてはわざわざ母国を離れ、軍人などやっているはずも無い。
 彼女が怖れるもの……。それは他ならぬ自分の死だと言ってくれた彼女にイクスは微笑んだ。
 もちろんその微笑が伝わることは無い。だが、心はきっと……。
 「心配するな」
 だからこそ、イクスは一言だけ、そう言った。
 


           -------つづく-------

戻る