《 黒の乗り手 篇 》
第11章 「 神像 復活 」
アーサーたちがトーテス・タールで死闘を繰り広げている丁度そのころ。
神殿に残された仲間達は危機に瀕していた。
蒼と紅。
二機のハイリガー・トリニテートは静かに、だが確実にその心臓たるアークドライブの鼓動を早めていた。
「おい。イクスさんとやら。あいつの奏甲は誰が造ったんだ?」
「さぁ…。私も現世人が開発に関わったとしか聞いていない」
「そうか……」
瑞樹との会話中もイクスは内心で焦燥に焼かれていた。
“早く脱出してくれ。カスガ……”
二機はまるで石像が動くような、ぎこちなく、ゆっくりとした動作で起動した。
300年以上動くことの無かった関節からは異音を発し、さび付いた装甲は一動作ごとに軋みを上げる。
「哀れな……」
その遅々とした動作を見て、イクスは胸を締め付けられるような思いを抱いた。
主たる信者達を失ってなお神々を守る古の兵士。
だが、その認識は間違っていたことをイクスは思い知らされることになる。
ヴゥゥゥゥゥン……。
突如として、大気さえ振るわせるアークドライブの咆哮が神殿内に響き始めたのだ。
それに応呼するかのように、二機に急激な変化がおとずれる。
さび付いた装甲がまばゆいばかりの光を放ったかと思うと、
一機は燃え猛る紅蓮の炎のような真紅に、もう一機は醒めるような蒼へと本当の色を取り戻していた。
関節の軋みさえなくなり、その巨体を祭壇より下へとおろす。
ザシュム……。
その一歩だけで神殿内に小さな地震がおこった。
ザシュム……。
さらに一歩、二歩と、確実に歩みを速め、神殿を侵した『異端者』へ歩み寄る。
「おいどうした!何だこの揺れは……」
「カスガ。先に行ってくれ」
「おい!一体何が――」
イクスはフェイエンに『ケーブル』の同調を切るように伝えた。
「いいのか?」
「あぁ。大勢を犠牲にするわけにはいかないからな」
「イクス……」
珍しくフェイエンの声に不安が混じる。
「心配ない。何とか生きて帰れるようにがんばるさ」
イクスはそう言って、祭壇の方を見据えた。
そこには紅色と蒼色の絶対奏甲が並んで立っていた。地下神殿に眠っていた神の化身。
それが今、永き眠りから目覚めようとしていた。
「ハイリガー・トリニテート……」
苦々しい声は、『ケーブル』を通してそれらを見ているフェイエンのものだ。
声だけではない。彼女の気持ちがイクスには手に取るようにわかる。
――恐れ。
今、彼女の心を恐怖が支配している。
"私も同じなのか……?”
おそらくイエス。
彼の心もまた、恐怖が滲んでいる。
しかし……。
「フェイエン」
「何だ?」
やはり声が震えている。お互いに、だ。
「怖いか」
「……ああ…」
続く彼女の言葉に、イクスの恐れは霧散した。
『
お前が死ぬのが怖い……
』
そうだった。彼女は自らの死を怖れる女性ではないのだ。
そうでなくてはわざわざ母国を離れ、軍人などやっているはずも無い。
彼女が怖れるもの……。それは他ならぬ自分の死だと言ってくれた彼女にイクスは微笑んだ。
もちろんその微笑が伝わることは無い。だが、心はきっと……。
「心配するな」
だからこそ、イクスは一言だけ、そう言った。
「……わかった」
フェイエンも覚悟を決めたようだ。いや、それはいささか語弊があるか。
正しくはイクスを『信じた』だろうか。
「さぁ、やるか……!」
白銀のマリーエングランツは二体の守護神を相手に、戦闘を開始した。
「アレク!」
命令のまま外で待機していたアレクたちに瑞樹のシャルラッハロートUが歩み寄って来る。
「春日さん、遅いですよ。こっちはロウキを取り逃してしまうし、隊長はそれを追って先に行ってしまうし……」
「阿呆!そんなこと言ってる場合じゃねぇ!」
瑞樹の怒声が『ケーブル』を振るわせる。
「きゃっ」
あまりの声の大きさ(無論、『ケーブル』をつたわったもの)にゼンタルフェルドシュタットにいる
ディアナは小さな悲鳴を上げる。
アーサーたちのツインコックピット仕様のフォイアロート・シュヴァルベに搭乗している歌姫以外は、
例外なくこの町にて、その宿縁たる英雄をサポートしていた。
ただ、同じ町とはいえ一塊でいるわけではなく、それぞれが思い思いの場所に陣を取っている。
もしディアナがフェイエンと共にいたのなら、瑞樹の報告を聞く前に神殿内の事態を知ることができたのだろうが……。
「神殿内で何かあったらしい。イクスが一人で残ってる!」
「なっ……!」
「俺の奏甲はもう稼働時間があまり無ぇ……。だからあんた達に救援を頼みたい!」
「わかった。なら僕一人で行く」
ざわめきがおこった。
「無茶だ!」
「でも神殿の中はそんなに広くないし、大勢で行っても動きづらいだけでしょ?」
それに、とアレクは付け加えた。
「隊長の援護が必要になったときに手数がいたほうがいいと思う。本来の仕事はそっちなんだからさ」
皆の押し黙るのを確認して、アレクのヘルテンツァーは瑞樹たちが這い出してきた穴へと急いだ。
その絶対奏甲たちは、まるで神話に出てくる神そのものだった。
手にした斧のような剣で一刀の元に、絶対に折れることの無いような柱をたたき折る真紅の奏甲。
搭乗者――ましてや、支援する歌姫などいないはずなのに豪雨のような攻撃歌術を行使する蒼い奏甲。
絶対的ともいえる一体一体が、完璧なコンビネーションで攻撃を仕掛けてくるのだ。
ブォン!
暴力的な斧剣の攻撃をかわしたと思った瞬間、横殴りに岩石の豪雨に見舞われた。
後ろ脚部に被弾。速力の低下が大きい。
「く…くそっ……」
嵐のような攻撃を前にイクスは完全に劣勢の中にいた。
攻撃は愚か、相手の攻撃を防ぐだけで精一杯といった様子では、この状況は打開できるはずは無い。
本来、イクスの乗るマリーエングランツは広いフィールドでの戦闘に長けているものである。
幾本もの柱が林立する狭い神殿内では、その能力は発揮できないのだ。
ただあえて現状の利点があるとすれば身を隠す場所には困らないといった点か。
ブォン!
嵐のように振るわれるあの斧剣さえなければという条件付ではあるが……。
「フェイエン!プレリュードを!」
フェイエンの歌う旋律が変わった。
傷ついた後ろ足が修復され始める。
「いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!!」
イクスは柱の影から飛び出すと同時に、手にした槍を真紅のハイリガー・トリニテートに投擲した。
ヒュン!!
空気を切り裂き飛翔する槍は、真紅の奏甲の左腕に突き刺さる。
ゴォォォォン!
真紅のハイリガー・トリニテートが咆哮した。
「やれる!」
腰のマウントから2本のブラックブレードを引き抜き、接近。
ザシュン!
二つある頭部の一方を切りつけた。
「よし!」
だがそこへ岩石弾が殺到。避けることもできずにマリーエングランツは直撃を受けてしまった。
量産奏甲なら一撃でバラバラにされるであろうその攻撃に、白銀のマリーエングランツは何とか耐えた。
だが、奏甲への衝撃はいかんともしがたく、奏座のイクスは激しい衝撃で遠くなる意識の中、
アレクのヘルテンツァーが穿たれた穴より降りてきたのをぼんやりと確認した。
-------つづく-------
|