《 黒の乗り手 篇 》


       第3章 「絶対奏甲バトル 〜後編〜」

 アレクとの過酷な戦いを征したイクスは次の決勝戦までの間、コロシアムの奏甲整備場に愛機を入れた。
 ここにはそれぞれの選手のために1つずつ整備場が与えられる。
 個々に与えられる理由としてはお互いの秘密を守る事と、不正な行動を防ぐためだろう。
 イクスはそれほど広くない整備場で愛機のメンテナンスが終了するのを待っていた。
 「さすがに華燭奏甲。時間が掛かる」
  イクスの隣で同じように奏甲を見上げてフェイエンがひとり呟いた。
 それから本来の用件を、次の対戦相手の事をイクスに告げる。
  「次の相手……かの『白の伯爵』だそうだ」
 「ここまで来たら絶対に勝って見せるさ。さもなくばアレクとディアナに申し訳が立たんからな」
 イクスは視線を奏甲からフェイエンへと移す。
 「な、なんだ?」
 たじろぐ様にフェイエン。
 「……よろしく頼む」
 一言そういうとイクスは奏甲の方へと去っていった。
 一人残されたフェイエンは目を伏せて笑った。
 「当然だ」
 嬉しそうのそう言うとイクスの後を追った。
 それから暫くの後、奏甲の整備が完了しイクスが奏座についた時には既に試合開始が数分前に迫っていた。

 闘技場は今までに無い熱気を湛えていた。
 これまでの試合を勝ち上がってきた白銀の華燭奏甲と相対するのは、
 この大会のシード選手である『白の伯爵』こと、アーサー・ディオールである。
 既に整備を終え、彼の奏甲――純白色のフォイアロート・シュヴァルベ――はその決戦の舞台である
 闘技場のフィールドへ出ていた。
 「キサラ。最初から全力で頼むよ」
 幼いパートナーに優しく言うアーサーだが、頭の中は既に戦闘体勢に入っていた。
 「ん」
 短くキサラは答え、会話は終了した。
 彼らの仲に言葉はあまり必要ない。『ケーブル』を通してお互いがいる事が感じられるだけで十分だった。
 幼いキサラがその事を理解しているとは思えないが、感覚的には理解しているのだろう。
 アーサーは薄く微笑んでから正面にある相手の整備場の入り口に視線をやった。
 ちょうど扉が開き相手の華燭奏甲――白銀のマリーエングランツがその鏡面装甲を輝かせ出てくるところだった。
 「さて、見せてもらおうか。噂どおりの腕前かを……」
 アーサーは自機を前進させた。
 まもなく試合が始まる。

 決勝戦の幕開けを告げるジャッジの声が闘技場に響いた。
 その次の瞬間には既に神速の槍撃が白いフォイアロート・シュヴァルベを捉え、その装甲に傷を負わせる…
 …そのはずだった。
 「さすがに……」
 イクスの槍先が相手の装甲を貫いたと思った瞬間、敵は驚くほどゆっくりとした動作でそれを受け流したのだ。
 その判断力、腕前、そしてそれを一歩も動かずにやってのけた相手の豪胆さにイクスは驚嘆した。
 気を取り直し再びイクスが槍を繰り出す。
 それをきっかけに激しい槍撃の応酬が始まった。
 「はぁぁぁぁぁッ!」
 あらゆる箇所に槍撃が放たれる。
 どれもが必殺の気迫と鋭さを持っていた。
 だが……。
 「くっ…」
 当たらない。
 イクスの攻撃の全てがことごとく回避され、捌かれ、受け流されてゆく。
 しかもそのほとんどがミリ単位で計算され行われている事をイクスは知る由も無かった。
 「くそっ……!」
 イクスの額を一筋の汗が流れ落ちた。 

 「ふむ…」
 槍先が霞むほどの早さ、防ぎにくい箇所への攻撃。
 さすがに決勝まで勝ち上がってきた若者だけはあった。
 「確か…イクスと言ったかな…」
 アーサーは先日の酒場での会話を思い出した。
 「腕も悪くないし、よいセンスを持っているな。奏甲、歌姫との調律も上々か…」
 余裕を持って相手の攻撃を捌きながらアーサーは相手を観察する。
 「しかし……」
 動きが直線的過ぎた。
 確かに最短距離で突き刺す彼の槍撃は、力が入りやすくダメージも大きい。
 だがそれは『当たれば』の話だった。
 最短で繰り出されるだけに攻撃は直線的になり、故に見切りやすい。
 イクスの攻撃はそれを速さでカバーしているのだ。
 「手練相手には通用しないな」
 そう言ってアーサーは初めて自分から攻撃を繰り出した。

 シャァァァン!
 耳に残響する様な音と共にマリーエングランツの左肩装甲が脱落する。
 「な!?」
 何が起きたのか全く理解できないイクス。
 いや、この会場にいる人間の一体誰がその斬撃を視認する事ができただろうか……。
 ましてや、白いフォイアロート・シュヴァルベが槍撃を捌くのと同時にその太刀筋で
 イクス機の肩の装甲板の継ぎ目を斬りつけたことなど、アーサー以外の人間には分らないことだった。
 「キサラ、いいタイミングだったぞ」
 「ん」
 アーサーは自らの歌姫――キサラに『ケーブル』を通して言葉をかけた。
 今の一連の動作には歌術による速度強化がなされていたのだ。
 その事もまた、本人達以外には誰も知る由も無かったが。
 しかし、なんという力だろうか。
 まるで水が流れるような変幻自在な機体の動きと、
 風の調のように継ぎ目無く次々に移り変わる歌姫の歌術。
 そしてそれを司る機奏英雄のセンス。
 それら全てが『白の伯爵』たる由縁なのだ。
 まさしく三位一体と言うにふさわしい力だった。
 「くっ……!」
 フェイエンは肩に奔る苦痛に顔を歪めた。
 『ケーブル』を通して奏甲に受けたダメージは直接歌姫のダメージとなる。
 故に先ほどの戦いでイクスがアレクの奏甲の武装ラックを狙ったのだ。
 ディアナを傷つけないために…。
 「すまん…フェイエン」
 イクスの言葉が『ケーブル』を通して聞こえたが、フェイエンは歌唱を止めることなくケーブルへ怒鳴った。
 「私の心配をする暇があるなら目の前の相手に集中しろバカ!」
 それっきり会話が途切れた。イクスがフェイエンの言葉をどう受け止めたのかは分らない。
 だがそれはともかく、今は歌う事に集中しなければならない。考えるのは後にしよう。
 フェイエンは再び歌う事に集中した。
 「キサラ…そろそろ飛ぶぞ。支援を頼む」
 攻撃をかわしながらアーサーはゆっくりと自機の背中に装備された純白の翼を広げ始めた。
 「飛ぶつもりか!?」
 イクスは敵本体への攻撃をやめ、すぐさま翼に対しての攻撃へと切り替えた。
 ただでさえ手強いこの相手に飛行を許すのは絶対にあってはならない。
 空専用のフォイアロート・シュヴァルベの空中機動力をかつて目の当たりにしたイクスの本能的な
 行動だった。
 「甘い」
 翼を伸ばしきったフォイアロート・シュヴァルベはイクスの攻撃の寸前で飛翔。
 そのままマリーエングランツの背後へと回り込んだ。
 「終わりだ…」
 「イクス!」
 遠のく意識の中でイクスはフェイエンの声を聞いたような気がした。



                -----つづく-----

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