ーーー≪ある英雄の絶叫≫ーーー   前編


突然ですが、私はテール・フィルマートと申します。
ハルフェアで代々薬屋を営む家に産まれました。
母から薬の調合法や薬草の種類とその採取法などを教わり、
自らも薬の開発をしたりと、少々退屈ながらも平和な日々を送っていました。
母親から教わる事も無くなり、いつでも店を継げる状態になっていたある日
退屈など吹き飛ぶようなことが起きたのです。

           『機奏英雄の召喚』

このアーカイアに存在する異形の怪物『奇声蟲』。その一匹でさえ、生身ではとても
太刀打ちできないような怪物が、かつて無いほどの数でアーカイアを襲うと
母姫様が予言されました。そしてその対抗策として二百年前にも行われた機奏英雄の
召喚を行うというのです。アーカイアには存在しない“男”という存在。
嗚呼、今まで私の心ををこれほどまでに高ぶらせる物が有ったでしょうか?
伝承のみで実際に見ることはできないと思っていた私はいてもたってもいられなくなり
こちらから探しに行くことにしました。周りの人々には危険だからと止められましたが、
そのときの私はたとえ奇声蟲であっても止める事はできなかったでしょう。
そして数日後、インゼクテンバルトの近くを通ったときに森の中から誰かが呼んでいるような
気がしたのです。私は引き寄せられるようにその声のする場所へ向かいました。
そして私は出会いました…

「……すぅ…すぅ……(ビクッ!)や、やめっ!……すぅ…」

こちらで寝息を立てているのが私の機奏英雄のゼフィール・グラードさんです。
声も体つきも私達とは全く違う“男”という存在。直に見たときは感動してしまいました。
ですが私の英雄様は他の英雄に比べて若干腕が劣るようです。やる気も欠けています。
ポザネオ島に渡り、奇声蟲の討伐をしていたのですが人並み以下の戦果しか挙げられません。
そこで登場するのが我が家に伝わる秘伝のお薬です♪ 
二百年前にこれを使った英雄はその腕に係わらず著しい戦果を挙げたそうです。
そこへさらに私なりのアレンジを加えて特製栄養ドリンク(?)『英雄殺し』が完成しました。
早速投与してみたところ、私の予想以上の効果でした♪
記録によると、この薬を使用すると副作用で三日三晩寝込むとのことでしたが
ゼフィールさんはわずか一日で回復しました。
流石は私の英雄様です、実験のし甲斐があります♪

そうしてポザネオ島で華々しい戦果を挙げていたのですが、女王討伐と同時に行われた
白銀の歌姫様の演説により驚くべき事実が発覚しました。
曰く「機奏英雄は幻糸に侵され、やがて奇声蟲になる」とのことです。
ゼフィールさんが奇声蟲に………あぁ、考えただけでもゾクゾクします!
ああ、でもそうなると人間を対象とした実験ができなくなりますねぇ…
でも蟲化したゼフィールさんを元に研究すれば奇声蟲にも効く薬が…
…まぁ、それは蟲化したときに考えることにしましょう。
結局ゼフィールさんはどちらの陣営にも加わらず、トラベラーとして各地を回る事にしました。
そのほうが私も研究がしやすいので丁度良かったです。

「…あはは〜もう二人とも僕がいないとダメダメなんですから〜……」

隣で寝言をほざいているのは私の使い魔の白玉二号です。
使い魔という表現は、何でも二百年前に召喚された英雄に教えられたものだそうです。
正確に言うと違うものなのですが我が家では代々このような物体をそう呼んでいます。
まぁそれなりに役には立ちますし面白い実験対象ではあるんですが…
やはりゼフィールさんには敵いませんね。
今日も新しい薬で新種の奇声蟲を退治してしまうし…ああ、そうそう、
薬を打っておかないと。そのために来たんですから。
その前に体調チェックですね。………ふむ、生命活動には異常無しですね。
では早速………よし、これで大丈夫です。
さて、私もそろそろ休みますか。流石に疲れましたからね。
ああ、そういえば特別収入があったんでしたっけ。
それでは明日はゼフィールさんと機材の買出しに行きましょう…
楽しみですね…うふふ…………

…その後は知っての通りである。
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ゼフィールが薬の連続使用による副作用から回復して五日後、
ゼフィール一行はハルフェアへ向かう旅路の途中にいた。
何故ハルフェアに向かっているのかというと、テールが久しぶりに里帰りをしたいと言い出したのだ。
特に反対する理由も無く、テールの故郷に興味があったのでゼフィールはそれを了承した。

フェアトラークを出発してからはこれといった事件(実験)も無く、平穏な日々が続いていた。
その平穏を満喫していたゼフィールは、このまま何事も無くハルフェアまで…と淡い期待を
抱いていたのだが、その期待はものの見事に裏切られることになる。

現在、ゼフィール達はズェーデリヒハーフェンとツィナイグングを結ぶ街道から少し外れた所にいる。
日が暮れる前に途中にあるはずの村に入ろうと探している最中なのである。

「なぁ、何もこんな街道から外れた村に泊まらなくてもいいんじゃないか?」
「何言ってるんですか。奏甲を買い換えたせいでお金が無いんですから、
 少しでも安い宿に泊まらないと」

前回グラオグランツがボロボロになってしまった為、新しい奏甲を買うことになったのだが
思った以上にグラオの損傷が激しく、下取りの金額をかなり差し引かれてしまい
手持ち金と貰った報酬をあわせてもギリギリシャルVが買える程度だった。
かといって他のもっと安い奏甲では心もとないとゼフィールが頑なに主張したため
シャルVを買うことになったのだが、所持金はかなり苦しくなってしまったのである。

「…というか何でこんな所にある村の宿泊費を知ってるんだよ?」

と、ゼフィールは村を探し始めてからずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。

「このアーカイア完全攻略旅ガイド“安さで選ぶなら”編に載ってたんですよ〜」
「そんなもんあんのか!?」

その疑問に白玉が答え、更にテールが続ける。

「ええ、各地の安い宿だけでなく、無料で使える施設の紹介や値切りのポイント、
 さらには最大50%オフのクーポン券まで付いてるんです」
「…で、いくらだったんだ?」

苦しいとはいえ昨日までは普通の宿に泊まっていたのに、今日になって急に安い宿を
探し始めた理由は、まさか…と思いつつゼフィールは聞いてみる。

「これだけの内容で何とたったの3万Gです♪」
「うわ〜それだけの内容ならその値段でも納得だね♪…って、んなわけあるかぁぁぁっ!!
 それだけあれば普通の宿に泊まれるじゃねぇか!!」

予想通りだったことに思わずノリツッコミをするゼフィール。
だがテールは悪びれた様子も無く答える。

「限定30品のうえ今なら二割引で、さらにおまけでアガリクスダケも付いてくるというもので」
「…お前絶対キノコのとこで決めただろ?」
「まあまあ、いまさら言ったところでどうにもなりませんし」
「お前が言うな!…はぁ、せめて内容だけでも合っててくれ…」

叫び疲れて、祈るように呟き奏甲を進める。この時点で既に嫌な予感がしており
野宿になるかと予想していたが、現実は予想の正反対をいっていた。
西の空に赤みが差してきたころ、地図通りの場所に村を見つけたのである。

「あ! あれ村ですよ〜」
「ほら、ありましたよ。ちゃんと地図通りです」
「むぅ…」

本来喜ぶべき事なのだが、今まで嫌な予感は外れた事が無かったゼフィールは何か
釈然としないものを感じていた。しかし、村に入らないわけにも行かないので奏甲を向かわせる。
少し進むと辺り一面が畑になった。農作業をしている人も何人か見受けられる。
と、こちらに気づいた村人らしき人物が、慌てたように村に走っていくのが見えた。
その反応にゼフィールは眉を寄せる。確かに今では強盗を働くような英雄も出没しており
ある程度警戒するのは仕方が無いが、遠くを通常稼動で歩いている奏甲一機に、そこまで
過敏に反応する理由が分からなかったのだ。

「(こりゃ何かあるな…)」

予感が当たったことに安堵しつつも、これから起こるであろうことを考えると
なんとも微妙な気分のゼフィールだった。

とりあえず村の入り口らしき場所で奏甲から降り、宿の場所を聞こうと村の中に
踏み入った瞬間

「「ようこそ、英雄様!!」」

自分を囲むように並んだ多くの村人から歓迎の挨拶を受け、
ゼフィールは思わずたじろいでしまった。
今までにこれほどまで歓迎された事は一度も無かった。

「きゃ〜本物の英雄様よ!」
「すご〜い!私産まれてきてよかった〜!」

ついでに言うならこのような黄色い声援を受けるのも(産まれて)初めてである。
呆然としているゼフィールの前へ、一人の老婆が歩み出てきた。

「ようこそ我々の村へ。私はこの村の村長をしているものです。
 あなたはこの村に初めてお出でになった英雄様。村を挙げて歓迎いたします」

そう言い頭を下げる。
つられてゼフィールも頭を下げつつ、そういうことならこの対応も納得できると
考えていた。…本当にそうならば。
最初の召喚が行われてからだいぶ月日がたった。いくら街道から外れているといっても
これまで一度も英雄の訪れていないことなどあるのだろうか。そんな疑問を抱えていた。
何より自分にこのような幸運が訪れることなど在り得ないと考えていた。…可哀想な話だが。

「ささ、あちらに歓迎の宴の準備ができています。どうぞどうぞ」
「ああ、いや…」

そんな事を考えていたので流石にほいほいついて行く気にはならず、
宿の場所だけを聞いて退散しようとしたが

「まあ、なんて運がいいんでしょう♪」
「わ〜いわ〜い、宴だ〜食べ放題だ〜♪」
「おい、ちょっと待てお前ら」
「ほらほらゼフィールさん。遠慮するのも失礼ですよ。行きましょう」
「早く〜そして速く〜」

ゼフィールの言う事を無視し既にノリノリの二人。
その二人に引きずられるように会場に連れて行かれるゼフィールは
もはや不可避か…と心の中で呟き、ため息を吐くのであった。

                                       後編へ


あとがき
 とりあえず、ここまで読んで下さってありがとうございます。勢いだけで書いてきましたが
 既にその勢いも失われ気味です。何とかこの勢いを保って頑張りたいと思います。
 それではまた後編で。

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