ーーー≪ある英雄の絶叫≫ーーー　　後編



　　　……わいわい……がやがや……

宴会の会場は村の酒場だった。
ゼフィール達を中心に周りを二十人ほどの村人が囲んでいる。

「それでは勇敢なる英雄様に乾杯！」
「かんぱ〜い！」
「…乾杯」

村長が音頭を取りテールと白玉はノリノリで乾杯をする。その手には大ジョッキのぶどう酒が。
一人、ゼフィールだけがお茶で乾杯をしていた。

「英雄様も、遠慮せずにこちらをどうぞ」
「いや、俺酒弱いんで…」
「まあまあ、そう言わずに」
「いやホントに」

村人が次々に酒を勧めてくるがゼフィールはそれを断り続ける。
警戒しているからという理由だけでなく、本当に酒に弱いのだ。
現世ではビール一杯で前後不覚になるほどの下戸だった。
そのため、お猪口一杯でも飲むわけにはいかないのである。
そんなゼフィールをよそにテールと白玉は

「く〜っ、効きます〜」
「あ、こっちにおかわりお願いします」
「お前らペース速すぎだって！」

もの凄いピッチでジョッキを空けていく。開始一時間もしないうちに３回もおかわりをしている。
それでもテールはさして酔った様子は無い。少し頬を朱に染めた程度である。
白玉は初めて(まともな)酒を飲むため、始めはテールのペースにあわせて飲んでいたが
流石に常人(？)にはキツイようで、更に一時間ほど過ぎたころにはベロベロに酔っていた。

「うぃ〜ヒック…ほらほら〜ゼフィールさん、飲んでますか〜？」
「ええい！鬱陶しい！」

しかも絡み酒である。

「な〜に辛気臭い顔してるんですか〜　ただでさえ地味なんですから〜こういうときに目立たないと〜
　というわけでこの特大樽ジョッキを…飲みま〜す」
「お前が飲むんかい！」
「んぐっ…んぐっ…」

白玉が自分の体より大きなジョッキを一気に煽っていく。
明らかに白玉の体積より大きい量を飲んだのに、白玉の体に変化は無い。
物理法則を無視した目の前の光景にゼフィールはただただあきれるばかりであった。

「…んぐっ……ぷはぁっ！」

全部飲み終えても白玉のサイズは飲む前と同じであった。

「…お前は四次元ポケットか…」
「あはは〜………ぐぅ」

ゼフィールがそう呟くと同時に白玉は寝てしまった。
ため息を吐きつつも、とりあえず近くにあった毛布でぐるぐる巻きにし、隣に置く。
と、突然「おぉ〜」という歓声が上がった。

「すご〜い！　もう５人抜きよ！」
「さすがは歌姫様ね〜」
「？」

気になって見てみると村人相手にテールが飲み比べをしていた。
歓声が収まらないうちに次の挑戦者が出てくる。
飲み比べを始める以前にも相当飲んでいたらしく、テーブルの上はおろか足元にまでジョッキが転がっている。
ゼフィールが状況を確認している間にテールは６人目にも勝ち、また一つジョッキが転がった。
そしてまた新たな挑戦者が出てくる。
その様子を唖然として見ていたゼフィールにテールが気づく。

「あら、ゼフィールさんもいかがですか？」
「いや、いらねぇって」
「私のお酒が飲めないって言うんですか？」
「お前のだからだ！　恐ろしくて飲めるか！　というか酔ってるな？お前」

そういえばこいつの酔った姿初めて見るな…などと思いつつ後退するゼフィール。
しかし、それをテールが逃がすはずも無く

「ごちゃごちゃ言ってないで飲みなさい」
「がぼっ！ごふっ！…ん、んぐっ！………」

ゼフィールの頭を抑え無理やりに飲ませる。ゼフィールは逃げようとしたが、頭をつかんでいる手の力が
頭蓋骨からミシミシという音が聞こえてくるほど強く、とてもではないが逃げられるものではなかった。
もがいているうちに酒を飲み干してしまった。

「うふふ…どうですか？」
「ぶはぁっ！…うぅ、飲んじまった……ってあれ？」

あれだけ(ゼフィールにとっては)の酒を飲んだというのに体には何の変化も無いことに、ゼフィールは
首を傾げていた。それもそのはず、度重なるテールの薬物実験の結果、ゼフィールの体は薬物に対する耐性が
異様に強くなっている。そのせいでゼフィールは酒に酔わない、否、酔えない体になってしまっていたのだ。
しかし、そんなことをゼフィールが知る由も無い。首を傾げているゼフィールに

「なんだ〜飲めるじゃないですか〜」
「ささ、もう一杯どうぞ〜」

女の子達が口々に進める。酒を飲める事が知られてしまった以上、もはや断れる状況ではなかった。
ゼフィールは仕方なく差し出されたジョッキを受け取り、一気に煽る。
飲み終えた後も特に体に問題は無かったが、酒に強いのと酒が好きなのは別問題であり
ゼフィールの表情は渋いものだった。
しかし、そんな事はお構いなしに周りは盛り上がる。

「いい飲みっぷりですね〜」
「もう一杯！もう一杯！」
「よしっ！あたしと勝負だ！」

なんてことを言われる始末である。
何とかこの場を抜け出そうと考えを巡らせていたところ、テールが声をかけてきた。

「ゼフィールさん、負けたら承知しませんよ♪」
「勝負するなんて言って…」

言ってないぞ、と言おうとしたゼフィールだがテールの目を見て固まってしまった。
その目はこう語っていた。『負けたら九分殺し』と。無論、戦わずに逃げるなど許されないだろう。
前門の虎、後門の狼といったところだが、この狼に比べれば虎など猫のようなものだ。
迷う余地はなかった。負けは死を意味する。グラディエーターってこんな気分だったのかなぁ
などと思いつつゼフィールは戦地に赴いた。

…三時間後

「………プハァ！……ま、参った〜」
「………プハァ！……あ゛〜１４人抜き〜」
「あと一人で１５連勝ですよ〜」

何とかここまで勝利し続けてきたゼフィール。しかし、酔わないとは言っても飲んだ量が量だけに
流石に苦しくなってきた。そんなゼフィールをテールはジョッキ片手に上機嫌で観戦していた。
実は飲んだ量はゼフィールよりテールの方が多く、かなり酔いが回ってきていたのだが
そんな事に気づく余裕は今のゼフィールには無かった。

…更に二時間

「………うぐっ……に、２４人抜き〜…もう飲めん」

結局その場にいた村人全員と勝負をする羽目になってしまった。
それでもゼフィールは全く酔ってはいない。村人は全員酔いつぶれたのか寝てしまっている。
ふとテールを見ると、ちびちびと酒を飲んではいるが様子がおかしい。

「おい、そろそろ宿に行く…」

またしても、テールの目を見て言葉が止まった。


同時刻、酒場の外…
ゼフィールが村人全員抜きを達成したとき、その様子を見ていた面々がいた。

「（ちょっと、どうなってんのよ！？　酒はともかくお茶には睡眠薬入れといたんでしょ！？）」
「（私が知るわけ無いでしょ！　とにかく、このままじゃ夜が明けちゃうから強行手段で行くわよ！
　　いいわね？あんた達！）」
「（了解！）」

その命令で酒場の入り口、裏口を数人が囲む。
先頭の二人がお互いの目を見てうなずく。そして次の瞬間、酒場の中に踏み込む。
まず二人の目に入ったのは立ったまま硬直したゼフィールだった。
後続が酒場に入り、更には寝ていたはずの村人達が続々と起き上がり、出口を塞ぐ。
本来なら驚くべき状況なのだが、ゼフィールは見向きもしない。
村人その他は不思議に思いその視線の先を見てみると、未だに酒を飲んでいるテールがいた。


テールの目は据わっていた。これ以上ないというくらい無表情だった。
それはゼフィールも初めて見る表情だった。そしてその危険度も過去最高だと本能が告げていた。
なにやら周りが騒がしくなってきたが、蛇に睨まれた蛙の如く、ゼフィールは動く事ができなかった。
そんな二人の様子に暫く呆気に取られていた面々だが、気を取り直して村長が口を開いた。

「はっはっはっは！　見事に引っかかってくれたねぇ。あたしらはここに来た英雄をこうやって油断させて
　カモにしてるのさ！　さあ、痛い目見たくなかったら……」

堂々と喋っていた村長だが、テールの目がそちらを向いた途端固まってしまった。
他の人間もテールと目が合った途端に固まってしまっている。

「（お前はメデューサか！？）」

とゼフィールが思うほどの眼力で酒場にいた全員を黙らせてしまった。
その場がしんと静まり返り何分たっただろうか。
突然、テールの口の端が持ち上がりニヤリと笑った。

「…うふ、うふふふふ…」

その表情に村人達は安堵したようだったが、一人ゼフィールだけは違っていた。

「（ヤバイ！）」

ゼフィールがそう思うのとほぼ同時にテールが歌を紡ぎだした。
それと同時に周りに転がっていた大量のジョッキが中に浮いた。

「なっ！？　浮遊歌術なんて使えたのかよ！？」

ゼフィールの問いに答えるように浮いていたジョッキが一斉に飛んでいく。

シュッ！シュッ！シュッ！

「「ぎゃ〜！」」

一撃で半数近くの村人が酒場の外まで吹き飛ばされた。
辛うじて避けたゼフィールだが、テールはそれが不満だったのか狙いをゼフィールに絞った。
ジョッキ、皿、椅子、テーブル、周りにあったあらゆるものが飛び交いそれと同じ数だけ悲鳴が上がる。

いや〜！　うわ〜！　ぐふぅ！　た、助け…

暫くするとテールとゼフィール以外には人も物も何も無くなった。
その隙に外まで逃げ出すゼフィール。これで一息つけるかと思ったが甘かった。
メキメキメキ、という音に振り返ってみると、なんと酒場が浮き上がっていて
その下にはテールが満面の笑みで立っていた。それを見たゼフィールは

「んなアホな…」

そんな言葉しか出てこなかった。
それを聞き、テールがゼフィールに微笑みかけ、ゼフィールも引きつった笑みを返す。
それが合図だったのか、酒場がゆっくりと動き出す。そして…

ドゴォォォォオオオオオオオオン！！！

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁあぁぁあああああ！！」

ゼフィールの叫び声が響き渡った。直撃は免れたものの相当なダメージを受けたようだ。
それでも生きているのは流石である。薄れ行く意識の中、
ゼフィールは二度とテールに酒を飲ませまいと誓うのだった。おそらく無駄だろうが。
満足したテールは再び別の標的へ向けて動き出した。目の前にあるもの全てを破壊するテール。
その惨状はまさに地獄絵図と呼ぶにふさわしいものだった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　・
　　　　　　　　　　　　　　　　　・
　　　　　　　　　　　　　　　　　・
ゼフィールが目を覚ましたのは次の日の朝だった。
酒場の残骸の中、隙間から差し込む光で朝であることを知った。
ふと重みを感じ腹の上を見ると、白玉が幸せそうに寝ていた。
とりあえず一発殴る。

「…ぐぅ…ぐぅ………ひぎゃっ！…な、何す……ぐぅ…」

その後何とか残骸から抜け出したゼフィールは村の惨状を見て唖然とした。
昨日までは確かに村だったはずだが、どう見ても村跡にしか見えない。
完全な建物は一つも無く、瓦礫の山となっている。

「……っとと、テールを捜さないとな…」

暫く呆けていたが、そう言って捜し始める。
捜し始めてすぐにテールは見つかった。
唯一残っていた井戸に寄りかかる様に眠っていた。
歌い疲れて水を飲もうとして、そのまま寝てしまったのだ。
様子を窺いつつ慎重に近づいていく。完全に寝ているようで起きる気配は全く無い。
ゼフィールは恐る恐るその肩を揺する。

「お〜い、起きろ〜」
「………ん…あら、ゼフィールさん…おはようございます。…あら？私ったらどうしてこんなところに…」
「…ふぅ、酔いは醒めたか…」

まずそのことに安心するゼフィール。そして、最大の問題が解決した事でもう一つの問題が持ち上がってくる。
曰くこの後どうしよう、と。それは結構な問題である。テールのせいで全ての家が半壊、もしくは全壊。
更に村人ほぼ全員に外傷を負わせている。慰謝料でも請求されたらもの凄い金額になるだろう。
そうなる前に逃げるか…などと本気で悩んでいるゼフィールを他所に、いつもの調子に戻ったテールは

「私としたことが…酔いつぶれるとは…まだまだ修行がたりませんね…」

などと言う。それに対してゼフィールは

「修行するもんじゃねぇ！っつ〜か二度と飲まさん！」

昨日の決意を表明する。が、

「ゼフィールさんの稼ぎじゃ暫くは飲めませんよ」
「ぐっ！…」

見事ノックアウトされる。
そんなやり取りをしていると突然、瓦礫の影から村人達が現れた。
意表を突かれたゼフィールは硬直してしまい逃げることができなかった。
テールは状況が飲み込めないのか、ただ笑顔をつくっていた。
ゼフィールがとりあえず謝罪しようとしたところ

「え〜っと…ホントに申し訳…」
「「誠に申し訳ありませんでした！！」」

村人全員が先に土下座し謝罪してきた。
またも意表を突かれたゼフィールは何の事かよく分からず、適当に対応をする。

「あぁ、いやそんな…とりあえず顔を上げて」
「貴方ほどの英雄とその歌姫様になんという不届きな事を…誠に申し訳ありませんでした！
　これからは村人一同、心を入れ替えて真面目に働かさせていただきます！」
「まぁその…頑張ってください…」
「こちらでお詫びの品をご用意させて頂いておりますので、どうぞお持ちください」
「いや、流石にそれは結構ですよ」
「まあまあそう言わずに…」
「いいじゃないですか。せっかくくれると言っているんですし」
「「！！！」」

テールが発言すると村人達は一斉にびくっとする。
昨日の恐怖が脳裏に焼きついているようだ。

「…んじゃ、そうするか」
「ど、どうぞ、こちらに用意してあります」
「ああ、はいはい。お前は白玉拾っといてくれ」
「はい、分かりました」


…一時間後
ゼフィール達は再び街道を奏甲で歩いていた。

「…まさかこんなものまであるとはな…」
「いやぁ、得しましたね。飲み食い代、宿泊費も只でしたし」
「…まぁ、宿泊はしてないからな」

そう言うゼフィールの奏甲の肩には、村人から貰ったミサイルポッドランチャーが付いていた。
結構無理をして付けたため足取りが若干ふらふらしている。

「何でも以前に来た英雄から“貰った”そうで」
「“貰った”て……そういやなんでわざわざ油断させようとしたんだろうな？　
　普通に襲われたらひとたまりも無かっただろうに」

少なくとも俺は、と心の中で付け足す。

「何でも白い球体を連れた英雄が新種を一人で退治したという噂を聞いていて
　凄腕の英雄だと思ったそうで…」
「…どっから流れたんだ、そんな噂」
「悪事千里って言いますからね〜」
「少なくとも悪事じゃねぇ！　つ〜かお前、今回飲んで寝てただけじゃねぇか！」
「え〜、でも僕のおかげで只で飲み食いできたようなものですよ〜」
「その後の騒動付きでな。差し引きゼロどころかマイナスだぞ！」
「まあまあ、済んだ事はいいじゃありませんか」
「大体お前が変なもん買うから…」
「それも済んだ事ですよ〜」
「そう言うならちっとは反省しろ！」

その後もゼフィールの説教(？)は続いたが、テールは全く反省した様子は無い。
白玉に至っては途中で寝てしまう始末である。
そのことでゼフィールがまた怒鳴り、テールがそれを宥め、白玉は寝続ける。
もはや日常的になったやり取りをしつつ、一行の旅は続く…



余談
「元はといえばこいつのせいなんだよな…一体誰がこんなの書いたんだか…」
「あ、著者が書いてありますよ〜」
「何！？　何処だ？」
「ほら、ここです〜」
アーカイア完全攻略旅ガイド・・・・・・・著者…白玉一号
「わ〜僕とよく似た名前ですね〜…？ゼフィールさん、どうしました〜？」
「俺は何も見てない、見てないぞ〜」






あとがき
　尻すぼみでスイマセン、インレットです。勢いで何とかここまで書けましたが…次回からはつらいですね。
　次の作品は相当後のことになるでしょう。一応ハルフェアのテールの実家に着くまでは書きたいと思って
　いるんで…期待せずに待ってて下さい。それでは、また次回。