ーーー≪ある英雄の嘆息≫ーーー 後編



シュバルツカップに着くまでの数日間、馬車の中でのゼフィールはロベルティーナの質問攻めにあっていた。
現世の話やポザネオから今までの旅のことなどとにかく色々なことを矢継ぎ早に質問されたゼフィールは
少々戸惑いながらも一つ一つ丁寧に答えていった。馬車を降りればロベルティーナは何かにつけて
ゼフィールに付きまとっていた。ゼフィールは鬱陶しそうな顔をしながらもまんざらでもない様子だった。

そして出発から五日後の馬車の中…

「…というわけで見事新種を退治したんですよ」
「ほぉ、新種を一人で」
「いや、それ実力じゃねぇし…」

粗方の質問をし終え、話は最近のことになった。テールが新種を退治したときの様子を大げさに語る。
続けて盗賊の村のことも話す。テールは記憶が曖昧なため大部分を捏造していたが、ロベルティーナが
楽しそうなのでゼフィールは黙っていた。話が終わるとロベルティーナは満足そうに頷く。

「うむ、やはりお前は只者では無かったのだな」
「だから俺の力じゃないっての…つ〜か‘やはり’ってなんだ‘やはり’って?」
「決して驕らないその態度…流石だな」
「…お〜い、人の話聞いてるか〜?」

ゼフィールの発言を無視し勝手に関心するロベルティーナ。
このままでは何となく拙いと思ったゼフィールは誤解を解こうとしたが、ちょうどそのとき目的地に
到着したとのミーシャの声がした。着いたと聞き、そそくさと馬車を降りていくロベルティーナ。
仕方なくゼフィールも降り、テールもそれに続く。

馬車を降りてまず目に入ったのは、どこまでも続く青い海。そして海の青とはまた違った青の空。
その光景は現世でもアーカイアでも変わりが無く、ゼフィールはどこか懐かしさを感じていた。
ふと周りを見るとゼフィール達のほかにも結構な数の人がいた。ただ単に見物をしている人間もいるが
大抵の人間は岬の先に向かって何か祈るような仕草をしていた。ゼフィールは一瞬不思議に思ったが、
この岬で願い事をすれば叶うという噂を聞いたことがあるのを思い出し納得する。
人々を眺めていくと、他の人々同様、祈るようにしているロベルティーナが目に入った。
気になったゼフィールは近づいて声をかける。

「お〜い、ベル〜」
「!! お、大きな声で呼ぶな! 恥ずかしいではないか!」
「? そんな大声でもないだろ? それより何をお願いしたんだ? それが目的だったんだろ?」
「えっ?あ、いや……こ、これは私の目的ではなく、あくまでついでであって…」
「あ〜分かった分かった。で、何をお願いしたんだよ?」
「っ〜〜〜…知らん!!」
「あ、おい。どこ行くんだよ?」

ゼフィールの言葉も聞かず、ロベルティーナは顔を赤くしてどこかへ行ってしまい、ゼフィールは
その場に立ち尽くす。そこへテールがやってきて話しかける。

「ゼフィールさんはもうお願いしましたか?」
「いやして無いけど…そもそもこういうの信じてないし」
「も〜、せっかくなんですから何でもお願いしちゃいましょうよ」
「む〜そうかぁ?…んじゃあ……(どうか俺に平穏な日々を…!)」

信じていないと言っていた割にはかなり真剣に祈るゼフィール。
しかし、その祈りはロベルティーナの本日二度目となる悲鳴で掻き消された。

「きゃぁぁぁぁああああ!!!」
「…ほら、やっぱり叶わない…」

ゼフィールは目に涙を浮かべ、ため息混じりにそう言うと悲鳴がした方向へテールと向かう。
海辺から少し離れた林の中に、地面にへたり込んだロベルティーナと顔を青くしてあたふたしている
ミーシャがいた。

「おい、どうした?」
「お、おおおじょ、お嬢様が、へへへ、へぶっ、へぶっ!」
「…本人に聞いたほうが早そうだな。おいベル、何がどうした?」
「ゼ、ゼフィール! じ、実はさっきそこで蛇に噛まれてしまって…」
「あらまあ、どこをですか?」
「こ、ここだ…」

ロベルティーナはおずおずと右足をスカートの中から出す。確かにその足首あたりには赤い点が二つ
並んでおり、そこから血が出ていた。傷自体は深くないのか、既に血が固まり始めている。だが問題は
その蛇が毒をもっていたかどうかだ。ゼフィールは蛇には詳しくない(そもそもアーカイアの動植物全般
について詳しくない)がテールに聞けば分かるだろうと思い、噛んだ蛇について聞いてみた。

「どんなヤツだったんだ?」
「さっきミーシャが追い払ったのだが…」
「こ、これです〜」

震える手でミーシャが指差した先には、かつては蛇だったらしき肉片が散らばっていた。

「シュトックハウゼン家の者に手を出した報いを受けさせたんですけど…」
「あ、そ、そう…テール、分かるか?」

ゼフィールは顔を引きつらせつつテールに聞いた。
テールは右手で肉片のひとつをつまみ上げ、左手で眼鏡を合わせながらじっくりと観察し結論を出す。

「え〜っと……あらあら、これは毒持ちですね」
「ええっ!! そ、そんな…」

それを聞いたミーシャは叫び声を上げ、ふらふらと倒れそうになり、ゼフィールが慌ててそれを支える。
ロベルティーナは何とか耐えてはいるが、今にも泣き出しそうになっていた。

「っとと、大丈夫か? おい、どうにかなるのか?」
「う〜ん……ちょっと失礼しますね」
「へ?…はぐっ!」

そう言うとテールはミーシャを支えて動けないゼフィールの首に突然注射器を刺し、採血を始める。
ゼフィールが抵抗できないまま採血が終わり、テールはなにやらごそごそと用意を始めた。


・・・30分後


「…俺の血から血清が出来るってどういうことだよ…」

ゼフィールの血から作られた血清により事なきを得たロベルティーナだったが、
ゼフィールは素直に喜べず、それどころか若干、いやかなり落ち込んでいた。まぁ、自分の血から
血清が作られれば仕方の無いことかもしれないが。泣き笑いのような表情になって、ふふふ…と短い
笑い声を発しているゼフィールとは対照的に、ミーシャはすっかり元気になっていた。

「ゼフィールさん、ほんと〜〜〜にありがとうございます!」

などと言って地面に跪いているゼフィールの背中をバンバン叩く。ロベルティーナは気が抜けたのか
座り込んだままだ。ミーシャに礼を言われても落ち込んだままのゼフィールにテールがあきれたような
声を出す。

「もう、何をいつまで落ち込んでるんですか?」
「これで落ち込まない人間がいたら見てみたいわ!…ったく、首から採血なんかしやがって…
 あ〜あ、まだ血ぃ出てるし…」
「そのくらい唾つけとけば治りますよ」

そう言ってテールはゼフィールに近づきゼフィールと同じ高さにしゃがむ。
そしてゼフィールの首に顔を近づけていき…

チュッ

「んなっ!?!?」

そのまま首筋にキスをした。正確には「唾つけとけば治る」を実践しただけなのだが、傍から見ればキスを
しているようにしか見えない。もちろんゼフィールにこのような経験は無く、想像を絶する事態に硬直し、
声も出せず口だけをパクパクさせていた。それを見たロベルティーナとミーシャはといえば

「はわわわわ…」
「!?!?!?」

ミーシャは顔を赤くしながらもゼフィール達を凝視し、ロベルティーナは刺激が強すぎたのかミーシャ
よりも更に顔を赤くし、目を回してしまった。

「ん…これで大丈夫ですね」

十数秒、ゼフィールにとっては数時間にも思えた時間が過ぎ、テールの唇がゼフィールの首から離れる。
それでもまだゼフィールは硬直したまま動けず、ロベルティーナもミーシャも衝撃から立ち直っていない。
一人テールだけが平然と何事も無かったかのように振舞う。

「…? 皆さんどうしたんですか?」

普段ならば「お前のせいだろ!」などと突っ込むところだが今のゼフィールにそのような余裕は無い。
と言うよりテールの言葉も耳に入っていない。あとの二人も同様で、なんとも奇妙な時間が流れていった。

しばらくして三人はようやくまともに動けるようになり帰路に着いた。結局ロベルティーナの願い事は
分からなかったが、ゼフィールはそれどころではなかった。落ち着いてみるとテールの唇の感触が克明に
思い出され、自分でも分かるほど顔が赤くなってしまうのだ。何とか落ち着こうと

「(落ち着け俺、落ち着け俺。あいつの行動をいちいち気にしてもしょうがない。常人には理解不能なんだ
 から。…しかし女の子の唇って柔らかいんだな〜……って何考えてんだ俺! 他の事を考えろ!
 …え〜っと、カナダの首都はオタワ、オーストラリアの首都はキャンベラ、スリランカの首都は
 スリジャヤワルダナプラコッテ…)」
 
などということを繰り返し考え、今夜泊まる宿に到着するころにはだいぶ落ち着いてきていた。
夕食の席でのロベルティーナとミーシャは未だにぎこちなかったが、一晩眠れば忘れるだろうと思い、
ゼフィールはさっさと寝ることにした。今日は肉体的には疲れていないが精神的な疲労が激しく、ベッドに入る
とすぐに睡魔が襲ってきた。しかし、もう少しで眠れるというところで誰かがドアをノックする音が聞こえた。

「んあ? 誰だよ…」

とは言っても、夜中に訪ねてくる人物などテールぐらいしか心当たりがない。ゼフィールは眠い目を
擦りながらドアを開ける。しかし予想に反し、そこには寝間着に着替えたロベルティーナがいた。

「…なんだ、どうした?」
「う、うむ…あのな…」

欠伸をしつつ聞くゼフィールに、ロベルティーナは俯いてぼそぼそと言う。しかしその先がなかなか
出てこないため、ゼフィールはとりあえずロベルティーナを部屋に入れる。ロベルティーナに椅子を
貸し自分はベッドに腰掛け、話の続きを促す。

「で、何の用だ?」

ゼフィールの問いにロベルティーナは頬を赤く染め少しずつ話し出す。

「きょ、今日のことで礼をしようと思ってな」
「あぁ? んなもん別にいいって。それに礼を言うならテールにだろ」
「テールの所には今行ってきたところだ。それにお前のおかげであるのも事実だ。だから…その…
 あ、ありがとう」

礼を言うことに慣れていないせいか、最後の方は聞き取れないほど小さい声になっていたが、
言いたいことは分かったのでゼフィールは何も言わなかった。ゼフィールにしても初めて自分の体質が
役に立った気がしたので、礼を言われたのは正直に嬉しかった。

「そりゃどういたしまして。んじゃ、明日も早いから早く寝ろよ」

ゼフィールはそう言って立ち上がりロベルティーナを見送ろうとしたが、ロベルティーナは椅子に
座って俯いたままだった。

「…? どうした?」

不思議に思いゼフィールが聞くとロベルティーナは俯いたまま答える。

「いや…礼をしに来たと言っただろう?…だから、礼に…その…そ、添い寝をしてやろうかと…」
「………は?」
「だ、だから、添い寝をしてやると言っているのだ、何度も言わせるな!」

添い寝、その意味するところを理解するのに時間がかかったのはゼフィールが寝ぼけていたからという
だけではないだろう。確かにロベルティーナは後ろ手に枕を持っていた。意味を理解したゼフィールは
昼間のこともあり必要以上に動揺してしまい、的外れな応答をしてしまう。

「お、お前みたいな子供に添い寝してもらっても嬉しくねぇよ!」
「こ、子供だと!? 私はもう13だ!子ども扱いするな!」
「なお悪いわ! 年頃の娘がそんな真似しちゃいけません!」

口調までおかしくなってきたゼフィールと一歩も引き下がらないロベルティーナが言い争うこと数分、
息を切らしたゼフィールとロベルティーナは一旦落ち着こうとそれぞれ座る。

「はぁ…はぁ…で、結局何の話だったっけ?」
「だから私が添い寝するという話だ!」
「あぁ、そうだっけ…つ〜か何で添い寝?」
「それは…男というものはそうすると喜ぶと聞いたから…」
「…ちょっと待て、それはテールに聞いたのか?」
「…? そうだが?」
「(あの野郎…)」

やっぱり元凶はあいつか、などと思いつつため息を吐くゼフィール。この際、野郎でないことは
気にしない。ちらっとロベルティーナを見ると、かなり深刻な表情をしていた。

「やはり、私ではダメなのか…?」

このまま断ったりしたら泣き出しそうだったので、ゼフィールは仕方なく首を縦に振る。
ゼフィールにそっちの趣味はないが女の子を泣かせる趣味も無い。

「あ〜分かった分かった。それじゃありがたく添い寝してもらうよ」
「ほ、本当か?」

ゼフィールはロベルティーナが寝付いてから別の部屋に移ればいいと考え了承する。
ベッドに横になり出来るだけ端に寄り、布団を被る。ロベルティーナがベッドに入る気配がし、
ゼフィールはロベルティーナとは反対の方向を向く。するとロベルティーナはゼフィールと自分の
背中をピタリと合わせた。

「…もうちょっとそっちに寄れよ」
「べ、別にいいではないか」
「…ま、いっか…」

ロベルティーナの暖かさを背中に感じつつ、眠りに着くのを待つ。
・・・・・果たして先に眠りに着いたのはゼフィールの方だった。

結局、ゼフィールは明け方にロベルティーナを探しに来たミーシャの悲鳴で目を覚まし、
テールが勧めたにもかかわらず、再び逆さ十字架大回転の刑に処された。速度、回転数共にパワーアップ
した十字架の前に、ゼフィールはあえなく失神してしまう。ゼフィールの回復を待たずして一行は馬車に乗り
出発した。馬車の揺れのせいで酔いが悪化し、ゼフィールは次の日の朝にようやく回復した。
そのころにはもうぎこちなさも無くなり、普通に接することができるようになっていた。

そのまま何事も無く旅は続き、ツィナイグングの町が見えるところまでやってきた。町に近づくにしたがって
ロベルティーナが静かになっていったため、ゼフィールは車内で寝ることが多くなり、そのときも寝ているところを
テールに起こされたところだった。

「あ゛〜もう着いたのか」
「うむ、そうだな…」
「どうした? 車酔いでもしたか?」
「もう、町に着いたらお別れなんですから。寂しいに決まってるじゃないですか」
「ああ…そういえばそうか…」

この珍道中もツィナイグングに着けば依頼達成となり終わる。あまりいい思い出は無いが、そう考えると
確かに寂しい気もした。ロベルティーナにとってはこんなに自由に旅をしたのは初めてだから、寂しさも
ひとしおなのだろうとゼフィールは思う。そう考えているうちに馬車は市街地へ入る。今日も空は晴れ
渡っており、通りは行きかう人々で賑わっている。その喧騒のせいか、馬車の中の空気は余計に沈んで
いるように感じられた。ゼフィールは何か声を掛けなければと思ったが言葉が浮かんでこず、沈黙した
まま屋敷の前まで来てしまった。

馬車が屋敷の門の前に着くなり門番らしき人物が大慌てで中に入っていった。家出娘が帰ってきたのだから
その反応も当然だろうと思いつつ、ゼフィールは馬車を降りる。テールとミーシャも続いて降り、大分間が
あってロベルティーナも降りてきた。馬車の中で心の準備をしていたロベルティーナはゼフィールを
まっすぐ見て言った。

「…今までご苦労だった。そなた等のおかげで貴重な体験をすることが出来た。相応の報酬を用意する。
 遠慮せずに受け取るがよい」

そう言って、金貨の入った袋をを差し出すロベルティーナ。ゼフィールはそれを受け取りながら
ロベルティーナの様子を盗み見る。気丈に振舞ってはいるが、今にも泣き出しそうだ。

「願わくばそなた等に黄金の祝福があらんことを」

それでも最後まで涙を見せまいと必死にこらえる。そんなロベルティーナにゼフィールはいつもの
調子で言う。

「まぁ、別に二度と会えないって訳じゃないだろ? ハルフェアから本島に渡るときは必ず通るんだし。
 そんときはまた会いにくるさ」

ゼフィールはロベルティーナの頭に手を乗せ、少々乱暴になでる。最初は抵抗していたロベルティーナ
だが、段々とされるがままになっていく。ひとしきりなでた後、手を離し別れの挨拶をする。
ロベルティーナもそれに答え、去っていくゼフィール達に手を振る。

「絶対だぞ! 近くに来たら絶対に来るんだぞ!」

ゼフィール達が見えなくなるまで手を振り続けるロベルティーナ。ゼフィール達の姿が見えなくなって
から、その頬を一筋の涙がつたった。涙は次々と溢れてくるが、ロベルティーナはそれを拭い、勢い良く
回れ右をして屋敷の中に入っていく。既に涙は止まっており、その顔は実に晴れ晴れとした笑顔だった。
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ロベルティーナと別れたゼフィール達は、活気に満ちた大通りを通って工房へ向かっていた。
時折、露店を覗いてはテールが買い物をしていく。当然その荷物を持っているのはゼフィールだ。

「お〜い、もういいだろ〜?」

ゼフィールの問いかけを無視し黙々と品定めをするテール。仕方なくゼフィールは今自分が抱えている物を見て
ため息を吐いた。これらは今後自分が試されるであろう怪しげな薬の材料なのだ。慣れたとはいえ、自分の稼いだ金が
薬の材料になっていく様を実際に見ると、ため息を吐かずにはいられなかった。

「はい、これもお願いしますね♪」
「…へ〜い…」

いつの間にか買い物を終えていたテールがまた一つ怪しげな物を荷物に加え、次の店へと向かう。結局、両手いっぱい
の荷物を抱えゼフィールは工房にやってきた。ひとまず荷物を傍らに置くと、自分の奏甲の様子を見ようと探し始める。ところが端から端まで見て回っても、どういうわけか自分の奏甲が見当たらない。首を傾げつつも仕方なく工房の人間
に聞こうとしたとき、耳慣れた声が聞こえてきた。

「マスタ〜、ゼフィールさ〜ん」

声のしたほうに振り向くと白玉がこちらに向かって来るところだった。白玉は近くまで来ると
テールに近づきなにやら耳打ちをする。それを聞き終えたテールは満面の笑みでこう告げた。

「ゼフィールさんの奏甲はあちらにあるそうですよ♪」

そのテールの笑みを見たゼフィールに嫌な予感がしたのは言うまでもない。


「これですよ〜!」
「まぁ♪」
「………マジで?」

そこにあったのは頭部こそシャルラッハロートVなものの、その他の部分はシャルVとは似ても似つかない
奏甲だった。まず第一にサイズが違う。通常のシャルVよりも一回り大きくなっており、そこに無理やり
シャルVのパーツを取り付けたようになっている。更に左腕に取り付けられた盾はやたらと大きく分厚い。
左肩のミサイルランチャーはそのままだったが、右肩の後ろになにやら剣の柄のようなものが見える。
回り込んで見てみると、それは奏甲の身長ほどもある細身の刀剣だった。さらには背中に折りたたまれた
羽のようなものが付いている。そして何より…

「…なぜに赤?」

そう、見事なまでに全身が赤かった。周りの奏甲と比較しても浮きまくっている。他にも疑問は多々あった
が、呆気に取られているせいかそんなことを聞いてしまう。ゼフィールの疑問に答えたのは白玉だった。

「だって赤いと三倍速いんでしょ〜?」
「あれはもともと中身が違う! と言うかなんでそのネタを知ってんだ!?」
「どうですか、マスタ〜? ちゃんと注文通りにしましたよ〜」
「ええ、完璧ですね」
「おいコラ! なんでこんなことになってんだよ!?」
「だって里帰りするのにみっともない奏甲じゃ帰れないじゃないですか」
「そ、それだけの為に…」

あまりの理由にガックリと肩を落とすゼフィール。もう怒る気力すら湧いてこないようだ。
暫く項垂れていたゼフィールだったが、

「…頼むから赤はやめてくれ」

奏甲を元通りにするのは不可能だと悟り、その派手な色だけでもどうにかしたいと懇願した。
テールは乗り気ではなかったがゼフィールは必死に頼み込み何とか了承させ、機体色は緑を基調とした
ものになった。それでもかなり目立つのは変わらないが。

工房事務所にて諸手続きを済ませ、この新奏甲についての説明を受けたゼフィールは更にげんなりと
していた。予想通り、見た目だけでなく中身もとんでもない奏甲だったことに加え、維持費も以前の
倍以上になっていたからだ。ゼフィールがこれからのこの奏甲の運用について頭を悩ませているところへ
テールが質問してきた。

「そういえばこの奏甲の名前は何にするんですか?」
「は? 名前?」

そう聞かれて自分の奏甲を見上げてみると確かにシャルVとは呼びがたい。暫く奏甲を見上げていた
ゼフィールはふと頭に浮かんだ単語をそのまま口にする。

「…Leidtragende」
「ライト・トラーゲンデ…ですか? どういう意味なんです?」
「いや…たいした意味じゃない…」

質問してくるテールをはぐらかして再び自分の奏甲を見上げるゼフィール。
Leidtragende…被害者=@それは果たしてこの奏甲のことなのか、はたまたゼフィール自身のことなのか、
それを知るのはゼフィールのみである。自分とこの奏甲が辿るであろう未来を思い浮かべ、ゼフィールは肺の
空気を全て吐き出すかのごとく深く長い溜息を吐くのであった…




余談
「あ、そうそうゼフィールさん」
「ん?」
「奏甲の改造費で足が出てしまったんで、依頼をもう一つお願いします」
「今度はローゼンハイム家ですよ〜」
「………勘弁してくれぇ〜」





あとがき
 え〜今回は若干ラブコメ風味でいかさせてもらいました。内容については触れる勇気がないので置いておくとして
 新奏甲を出せたことには満足しています。
 なんだかんだで三作目まで書き終わりまして、学園編にでも手をだそうかなぁなどと思っている次第です。
 しかし、ネタ切れ警報発令中のためいつになるかは分かりません。長い目でお待ち下さい。
 それでは、できれば学園編で。

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