厄介事は突然やって来る。
 少なくとも俺の辞書にはそう書かれている。
最近までポザネオ島での化け物退治に駆り出されていた俺たちは、エタファまでの道中に立ち寄っ
たこの町で一日ほどゆっくりとした時間を過ごす、つまりは久しぶりの休暇の予定――だった。


幻想戦記Ru/Li/Lu/Ra  〜ソラノキセキ〜

第一話「加速の始まり -The beginning of acceleration-」


「クソッ! 折角の休暇なのに……この自動トラブル発生装置搭載型バカ娘が――!」
「何よ、その言い草は!」
 隣を走る我が麗しの歌姫様は、俺の悪態に反応してそんなことを言ってくる。
「的確なネーミングだ! ――お前が起こしたトラブルのせいで俺は二日酔いのまま全力疾走してる
んだぞ!」
 そう言って、俺は走りながら思わず頭を抱える。
頭が痛いのは隣を走る自動トラブル――(中略)――バカ娘のせいなのか? それとも久しぶりの
酒がまだ頭の中に残っているのか?
 俺は、バカ娘と並走しながら後ろの様子を窺う。
追ってくるのは二人。いかにもゴロツキといった風体の男たちだ。二人とも意味不明なことを喚き
散らしながら追ってくる。どう考えても、謝って許してくれそうにないだろう。
「なんで追って来るんだ!?」
「知らないわよ! ――追って来るなら逃げるのが礼儀ってもんでしょ!」
追ってくる連中に視線をを送りながらも足を止めることはしない。わざわざ捕まってやるつもりも
ないし、そんな義理もない。
「なんで俺まで逃げてんだか……」
ともかく、この連中から逃げるなりしないと、折角の休暇が潰れてしまう。宿のおばさんから貰っ
た「上等な酒」の味見も済ませていないし、出来るだけ早くこの連中を何とかしなければならない。
 …………。
 そう言えば忘れていた。
俺は、フレデリック・ワイズマン。俺を知る奴は俺のことを「フレド」と呼ぶ。何をどう間違えた
のか、隣を走る我が麗しの自動――(中略)――バカ娘ことメルの「英雄さま」と、二十代最後の時
間をこの世界――アーカイアで過ごしている。

                       ♪

「あいつら……どこに行きやがった……!!」
 目の前を過ぎる剥き出しの敵意。
「あのアマ……見つけたらどうしてくれようか……!」
 よほど屈辱だったのか、その男は怒りの矛先をそこらの壁にぶつけるように一撃。
「見たところ歌姫だったからな……ただ殺すだけじゃつまらねぇな」
「ああ」
「いっそ……奏甲でこの町ごと潰すか?」
「いや……目立つのはまずい」
「そうだな……とりあえず他の連中に声をかけて探すか」
「決まったな……行くぞ!」
 と、足音は遠ざかっていく。
 …………
「ふう……」
 気配が遠ざかったことを確認して、俺たちは隠れていた路地から抜け出す。
大通りから少しだけ外れた、人通りの少ない薄汚れた細い路地。そこに俺たちはいた。さっきの連
中から逃れるためであったが、思いのほか執拗に追ってきて何とかやり過ごしたのが現状だ。
「なぁ……メル。お前、連中に何かやっただろ?」
「して……ないよ」
絶対嘘だ。特にその逡巡が怪しすぎる。このバカ娘は、火に油を注ぐどころか、焚き火にガソリン
満載のポリタンクを笑いながら投げ込むような奴だ。絶対、何かやっている。
俺の疑惑の視線を感じたのか、当の本人はこめかみに一筋の汗を流しながら、「ははは……」と引
きつった笑みを浮かべているばかりだ。……ますます怪しい。
「そ、それより……奏甲まで持ち出してくるなんて、あいつら過激ね」
 ――と、連中を批判する声もどこか白々しい。
「誰が原因だ……誰が」
「……とりあえずここから離れた方がよくない?」
俺の悪態を完全に無視して、メルはさっさと行動しようとしている。確かにメルの言う通りなのか
もしれない。街中で奏甲を持ち出して無差別攻撃を仕掛けてくるような連中だ。周りに迷惑をかけな
いためにも、この状況をどうにかしないと色々とまずい事態に発展しかねない。
「それもそうだな……連中の言ってた『連中』ってのも気に――」
「だったら善は急げってことで……行こ!」
 いつの間にか、メルが俺の手を引いてこの場から動き出そうとしている。
「ちょっ――」
 ……俺には普通の休暇というものは存在しないのか? 
俺は、目の前のバカ娘が起こした「幾つもの」騒動を思い返して思わず溜め息をついてしまう。そ
して、この騒動どんどん大きくなっていくことを確信して、
「ああ、休暇が恋しいぜ……」
 溜め息と共にそんな言葉を漏らしていた。

                       ♪

「はぁ……」
『どうしたの? そんな陰気な溜め息なんかついて……』
 俺の溜め息に反応してか、《ケーブル》を介してメルが意思を伝えてくる。
「誰のせいだか……」
『なんか言った?』
「別に……」
『なら良し。連中がここに来ないうちに行こ』
「ああ。すぐにでもそうしたいが――」
こうして、『厄介事』から離れるために俺たちは逃げる羽目になっている。町の外縁部にある奏甲
のハンガーにある俺の奏甲に乗り込んで、出発準備を整えているところだった。
『どうしたの?』
問いかけが《ケーブル》に乗ってやってくる。俺の言葉に少しだけ不安を感じているのだろう。
《ケーブル》を介してメルの不安が伝わってくる。
「早く乗り込め」
『え?』
「連中だ。――囲まれてる」
『嘘……』
「まぁ……当然だろうな」
そんな呟きにも似た意志を伝えつつ、ツインコクピットの副座にメルが乗り込んだことを確認して、
俺は言葉を続ける。
「俺たちが逃げるなら絶対にここを通るからな。……連中は待ち伏せしてるだけでいい」
『どうしよう……』
《ケーブル》を介してメルの不安が強まるのが分かる。
「切り抜けるしかないだろう」
『でも……』
「無駄話をしてる暇はないだろ……行くぞ!」
『えっ?』
 意思を込める。
選択する行動は単純明快。連中の裏をかく、自分の奏甲に出来て相手の奏甲にはおそらく出来ない
こと。
 それは――『翔ぶ』事!
 歌が始まる。

                       ♪

ハンガーの天井をぶち抜くと同時、かすかに苦悶に耐えるメルのうめき声を聞く。しかしそれも一
瞬で、俺たちは空に舞い上がる。
フォイアロート・シュヴァルベ――炎色の燕の名を冠するその飛行型の奏甲は、翼を広げて敵の姿
を確認する。
敵は四機。全て突式奏甲のプルファ・ケーファだ。そのどれもが歴戦の傷を負っているがそれでも
堅牢な装甲を有していているタフな奴だ。
 しかし――
「俺たちの敵じゃない」
目標を定める。最も近い一機に向けて手に持つ突撃槍を構えて、滑空するように一気に距離を詰め
る。
 狙うは頭部。戦闘不能にするだけならば、搭乗者を殺す必要なんてない。
『ようやく出てきやが――!!』
 一機目のケーファが腰に吊っていた長剣を抜きかけるが、それより早く突撃槍を頭部に叩き込む。
「……一つ!」
 手ごたえを確認すると同時に、次の目標を定めつつさらに加速する。
 低空を保ったまま、二機目に接近。既に斧と盾を構えて俺たちの接近に備えている。
 構うものか。狙うは斧を持つ右手。一機目と同じく、すれ違い様に一撃を加えて上空に離脱する。
「二つ! ……メル、大丈夫か!?」
『大丈夫……』
そう言うものの、結構なGがかかったはずだ。《ケーブル》から伝わるメルの意志は疲れたように
弱い。それでも歌い続けているのだ。たいしたものとしか言い様がない奴だ。
 それでも――!
「無理すんな! 一旦上がるぞ!」
 一旦、上空に逃げて敵を見渡す。
『手前……何者だ……?』
 明らかな殺意の篭もったそんな意志が《ケーブル》を介して伝わってくる。
『あんた等の追ってるバカ娘の保護者……か?』
『誰がバカ娘よ』
『お前は黙ってろ! ――それで、このバカ娘の保護者だったらどうするんだ?』
 後ろで喚くメルは放っておくことにして……俺は話を続ける。
『ちょっと……お礼をさせてもらうだけだよ!!』
 残ったケーファの一機が腰を落として、何かを構えている。あれは――!
『フレド!』
「分かってる……!」
俺が言うと同時、シュヴァルベはわざと翼を閉じてそのまま落下する。ケーファの一機が持ってい
た奏甲用のロケット弾が爆音と共に空気を切り裂き、さっきまでシュヴァルベが滞空していた空間を
貫く。
 重々しい音と共に、シュヴァルベが着地する。
 止まるわけにはいかない。止まればやられる――!
だから、翼は開くが大気を打つことなく機体を安定させるために広げて、地面を滑空するように身
を低く走り出す。重く邪魔な突撃槍を捨てて、腰に吊っている長剣を抜き放つ。
 三機目が体勢を立て直す前に接近。
「三つ……!!」
 すり抜け様に一閃。頭部を砕かれたケーファが倒れるより早く、シュヴァルベは再び空に舞い翔ぶ。
 四機目。ロケットの命中を確信していたのか、その動きは困惑しているようだった。
 剣を構えて、最後のケーファが武器を構え直すより早く、一気に距離を詰める。
「ラストぉ!」
刺突の一撃をそのまま頭部に受けたケーファを無視して、シュヴァルベは上昇。上空で周囲に奏甲
がいないかどうか、確認に当たる。
……敵の姿は見当たらないな
そう確信して、シュヴァルベは剣を鞘に収め、緩やかに着地した。

♪

「もう遅いと思うが聞いとく、お前……あいつらに何やった?」
 シュヴァルベから降りた俺は、隣で戦果を確認しているメルに向かい、そんなことを尋ねてみる。
周りには、擱坐したケーファ。搭乗者であった男たちは下手な抵抗が出来ないように既に俺が縛っ
てある。中には既に目を覚ましている奴もいて恨めしそうに俺たちの姿を見ていた。
「何って……あの連中が店の女の子にお尻を触ってたから、むかついて股間に蹴りを入れてやって、
『そんなにお尻を触りたいんだったら自分のお尻でも触ってろ!』って、言ってやっただけよ」
返ってきたその答えに、俺は思わず溜め息をついて、男同士にしか分からない痛みを想像して、縛
られている男たちに同情の念を送っていた。頭を抱えた。
「そりゃキレるよな……なんと言うか――男として」
 頭が痛いのは隣に要る相棒の所為だろうか? それとも昨日の酒がまだ残っているからだろうか?
「はぁ……」
そんなことを考えても無駄だと判断して、胸のポケットを探る。そこには煙草が納まっているはず
だが、落としてしまったらしくポケットは空だ。
「ついてないね……ったく」
俺は、思わず蒼穹の空を見上げていた。


                                           [了]

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