凍てつきし心の狂詩曲・プロローグ
 
後悔、懺悔、行き場のない怒り・・・
どんなに悔やんでも、無くしたモノは戻らない。
心がどんなに挫けても、人は前に進まなければならない。
そのためには、非情とも言える手段が必要になることもある。
               (歌術大戦時に召喚された某機奏英雄の言葉)
 
―ボサネオ島・某所―
 
 
「本当にいいの?」
「ええ」
 
薄暗い建物の中、二人の女性が話している。
 
「『あれ』は元々、咎人に課す刑罰なのよ!?それに死ぬ可能性の方が高いんだから!」
 そう声を張り上げるのは、白衣を着た研究員風の歌姫。
 
「構わないわ」
 そう応じるのは鮮やかな紅いポニーテールと黒い瞳が印象的な歌姫。
 
「仮に成功したとしても、貴方は歌術を使えなくなってしまうのよ!?」
「私はもう織歌を紡げない」
「え!?・・・今、なんて?」
「私はもう織歌を紡げないと言ったの」
「な、何で」
「理由は聞かない方がいいわ」
「・・・」
「とにかく、『あれ』を私に施して欲しい」
「でも!」
「私の心はもう歌えない。
 私の歌は彼のためだけにあった。
 その彼がいない今、私が幻糸の恩恵を受けることに意味はない」
「だけど!」
「もう止めよう。議論は散々尽くしたじゃないか。貴方にしか頼めないから、私はここに来たの」
「・・・」
「私の望みを叶えて欲しい・・・」
「・・・わかったわ」
 
 白衣の歌姫は諦めたように呟くと、何か歌を紡ぎ始める。
 それに反応して部屋の床がボウっと光始める。
 さらに、紅いポニーテールの歌姫の足元から光鎖が出現し、彼女の体に巻きついていく。
 
「ク・・・」
 
光鎖が脈打つ様に淡く輝く度に、彼女からは苦悶の声があがる。
 
「流石に、キツイ。咎人に課せられる最高刑というのも納得できる」
「今なら、まだ止められるけど・・・」
「続けて」
「・・・わかったわ」
 
 白衣の歌姫が、歌を紡ぎ続けるたびに、光鎖は淡く輝き続ける。
 さながら、燐光のように・・・。
 
 
(これが、幻糸を失うということ・・・)
 ポニーテールの歌姫は全身を襲う激痛と脱力感、嘔吐感に耐えていた。
(ふっ。彼を殺したにもかかわらず、のうのうと生きている私には相応しい罰ね)
 
―数時間後―
 
「・・・我、彼の物に遍く幻糸の恵みを断ち切らん!!」
 
最後の詠唱が終ると同時に、瞳を瞑っていても尚突き刺さってくるような強烈な光が発生する。
光は直ぐに消え、辺りはまた薄暗くなり光鎖も消えていた。
 
「終ったわ。・・・生きてるわよね?」
 
光が消えた後、その中心にいた人物の容姿は大きく変わっていた。
鮮やかな紅色をしていた髪は、色素が抜け真っ白になり、印象的だった黒い瞳は紫色に変色していた。
 
「ええ、生きてるわ。・・・残念なことに」
「え?何か言った?」
「いえ、何でもないわ」
「そう。体の調子はどう?」
「なんとなく喪失感みたいなモノは感じるけど、これは『あの時』からずっと続いているモノだから何ともないわ」
「歌術は?」
「・・・・・・無理ね。奏甲起動用歌術は使えそうだけど」
「なら一応、成功ね。これであなたは絶対奏甲を動かすことも可能なはずよ」
「ありがとう。・・・私はもう行くわ」
「これからどうするの?」
「知り合いに修理と改修を頼んでいた奏甲を受け取って、傭兵でもやるわ」
「それって・・・」
「彼の奏甲よ。私に扱えるかは分からないけど、あのままにはしておけなかったの」
「そう・・・。私に貴方を止めることはできない。けど一つだけお願い!定期的にここに来て。
 今は何ともなくても、しばらくして体調が急変する事があるから」
「わかったわ。それじゃ、また」
 
 そう言って出口に向かっていく歌姫の背中はどこか淋しげであり、また儚かった。
 
「アイリス!」
「・・・何?」
 
名前を呼ばれた白髪の歌姫が振り返る。
 
「命を無駄にしないで。・・・彼のためにも」
「・・・・・・」
 
 白衣の歌姫の懇願に応えることなく、アイリスと呼ばれた歌姫は建物を出る。
 
後悔と喪失感でいっぱいの心を、その胸に抱いて・・・。
 
 
☆      あとがき☆
 はい、と言うわけで新作のプロローグをお届けしました。
このSSは「ドミニオンズ」のサイトで行われた小説コンテストに出したSSを元にしております。
拙いSSですが、読んで少しでも面白いと感じてもらえたら嬉しいです。

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