凍てつきし歌姫の狂詩曲・第二章 彼女の思い ―戦闘終了後の評議会軍・野営地― 野営地は勝利に沸き返っていた。 部隊交代後の初勝利である、浮かれるなと言うほうが無理であろう。 酒を飲む者、今日の戦果を戦友と語り合う者、半身たる歌姫と静かに語らう者・・・。 野営地が明るく煌々と輝いている中、反対に暗く陰にこもっている場所がある。 そこにいる人物の纏う雰囲気のためか、或いは漆黒の空に浮かぶ二つの月のせいか。 彼女・・・アイリスと呼ばれる白髪の歌姫は、野営地からだいぶ離れた所で樹木の枝に腰掛け二つの月を仰いでいた。 「月を見て何を思う?」 そう彼女に声をかけたのは、30代半ばの右目に眼帯をした青年だった。 「エルヴァート参謀長か・・・」 アイリスに声をかけたのは、この評議会軍第二陣で作戦立案と後方支援部隊を指揮しているエルヴァートだった。 「このような寂しい場所で何をしている。宴には参加せんのか?」 「・・・私がいても気まずくなるだけよ」 「そんなことは無いと思うが?」 「・・・そういう気分じゃないの」 「そうか。では最初の問いに答えてくれ」 「・・・」 「月を見て何を思う?」 アイリスは黙っている。 しばらく沈黙が続いた後、エルヴァートが宴に戻ろうと背を向けたとき・・・ 「・・・想いだけが残るの」 「何?」 エルヴァートがアイリスを振り返り、その暗く沈んだ紫の瞳を見つめる。 「・・・想いだけが残るの。『彼』に対する想いだけが」 「・・・」 エルヴァートが黙っている中、アイリスの独白は続く。 「物心ついた時から、私には何もなかった。 親も、家も、お金も。普通の人が普通に持っているはずモノですら、私にはなかった」 「・・・」 「でも、私には力があった。アーカイア人の中でも飛び抜けて高い幻糸を操る力が。 その力のおかげで生きてこられた。だから別に自分が不幸だなんて思っていなかった。 『彼』と出会うまでは・・・」 「・・・」 「『彼』は私が持っていなかったモノを全て持っていた。 『持てる者』と『持たざる者』の違いをはっきりと見せ付けられた時には『彼』を憎んだわ。 誰もどこに生まれ堕ちるかなんて選べないのにね」 「・・・」 「そんな私に『彼』はこう言ったわ。 『確かに君は何も持っていなかったかもしれない。でもこれからは僕がいる。 それに人は生まれる場所を選ぶことは出来ないけれど、どんな自分になりたいかは選ぶことができる!』と」 「・・・そうだな。 確かにどんな自分になりたいかは選ぶことができるはずだ。 例え、生まれがどうであろうともな」 エルヴァートの同意に、アイリスは嬉しいような悲しいような複雑な表情を浮かべる。 「それからだった。『彼』に興味を持ち始めたのは。 そして、一緒にボサネオ島で戦っている内に『彼』に惹かれていったの。 でも、それも長くは続かなかった」 「どうしてだ?」 「詳しい話はしないわ。思い出したくないもの」 「・・・」 「はっきり言えることは一つだけ。 殺したくなかったのに、殺してしまった。 それが私の罪であり、私への罰」 「・・・」 「そして、罪には罪の報いがあって然り」 「どういう意味だ?」 「そのままの意味よ。私の髪、真っ白でしょ?」 「ああ。それが?」 「これこそ罪の証。 咎人に課せられる刑・・・その最高刑にあたる『禁呪』。 それを受けても尚、浅ましく生き残った者の証である白髪に紫の瞳・・・」 「そう・・・か」 一瞬、黙りこんでしまったアイリス。 エルヴァ―トがどう声を掛けるべきか悩んでいると、急にアイリスが堰を切ったかのように喚きだす。 「『彼』が好きだったのに! 私には『彼』しかいなかったのに!! たとえ体を重ねることができなくても! 『彼』の傍にいられるだけでよかったのに!!」 エルヴァ―トがアイリスの態度の急変に戸惑っている中、アイリスは歌うように呟く。 「ああ、どうして私はこの苦痛の中、生きていくのか。 なぜ吐き気をもよおしながらも、毎日生きていくのだろう。 なぜ泣けないのか、なぜ死ねないのか。 泣いても何もてに入らないから、死んでも何も楽にならないから。 そんなことは知っているから。 全て取り去って、逃げ出してしまいたい。でも・・・ 逃げることさえできない。もうどこにも逃げ場はないから。 自分からは逃げることはできないから。 こんな空虚な毎日を過ごしていて。 いったい私に何が残るのだろうか・・・。」 アイリスの独白が終る。 月は相変わらず、漆黒の空に輝いている。 「・・・すまない。嫌なことを思い出させたようだな」 「気にしてないわ。いつもの事だもの」 「いや、しかし!」 「本当に悪いと思うなら、しばらく一人にして」 「・・・わかった」 エルヴァ―トは傷ついた、いや、心の凍てついたこの歌姫にかける言葉一つない自分を不甲斐なく思いながら野営地の方へ 戻っていった。 「何故・・・。 私だけが・・・」 そう呟く彼女の後ろ姿は、泣いている幼子そのものだった。 なぜ泣きたいのだろう。 なぜ泣きそうなのだろう。 一人、一人で泣くだけ。 さみしいと叫んでみても。 さびしいと吼えてみても。 それでも『それ』はなくならない。 それでも彼は戻ってきてくれない。 だから、もう『夢』はいらない。 もう・・・何もいらないはずなのに。 それなのに!それなのに!!それなのにぃ!!! それでも、『貴方』を愛している。 『貴方』だけを、ずっと・・・・・・。 ☆あとがき☆ はい、という訳で第二章をお送りしました・・・が、暗い。書いている自分の気分まで暗くなってしまいました。 次は―――――考えていません(爆) 拙いSSですが、読んで楽しんで頂けたならうれしいです。 |