リミテッドワルツ第2幕「気がつけばいずこ」
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(・・・・・・・・)
 雨の中消え失せた正貴
(・・・・・・・・)
正貴の意識はいまだブラックアウトしたままである。
(・・・・・・・・)
 このままでは物語が進まないのでたたき起こしたいと思う。
(・・・・・・・・)
 おい!起きろ!曲がりなりにも主人公だろ!
(・・・・・・・あと・・・5分と21・28秒だけ寝させて・・・)
君は気絶しているんだよ、寝ているんじゃあない!寝言をいうな!
(・・寝るのも・・・気絶するのも・・・脳の機能が低下して休息・・・状態に入っ
ていると言う点において違いは・・・・)
 気絶中に講義をするなー!とっととおきろー!
(気絶とは・・・脳が自身もしくは・・・身体を何ら・・の有害な刺激から守る行動
であって・・・そういう・・・意味では、疲労から身体を防衛する睡眠という行為も
・・・同種の・・防御機構と・・・・・・・・いえるかも・・・・・・・・しれ・・
・・・・・)
筆者の行動もむなしく、一通りの演説が終わった後、再び正貴の精神は深い闇に落ち
ていった。なお、筆者は脳医学にはまったく詳しくないので、良い子は上に書かれて
いることを本気にしないでね。

(・・・・・・・・)
いくらかの時間が流れた。しかし気絶中の正貴にそれを感じ取ることは出来なかった
だろう。
 正貴は目覚めた。正確には「気絶状態」から目覚めた。
(・・・・・ん・・・・・・あり?ここ・・・どこだ?)
 目の覚めた正貴は立ち上がって周りを見ようとした。意識はまだはっきりしていな
い。
 正貴の目の前は真っ暗だった。
 ありゃ〜という間抜けな声が正貴のそこでの第一声だった。
「真っ暗だ・・・だけど俺の体はなぜか見えるんだよな、これが」と自分に言い聞か
せるように言った。実際辺りに光源はない。その一方で正貴はその暗黒の中で自分の
腕や足や体を見ることが出来た。
「どうなってんだ?・・・夢かな?」
 正樹はそれが夢なのか現実なのか分からない夢を見ることが時々あった。
「今もさっきも夢?」
「まさか、学校に行ってから、歌が聞こえた所まで、全部夢オチって奴か?」
疑問を口にしてみても、何の回答も帰ってはこない。
回答の代わりに、正貴の急に目の前が明るくなった。そして正貴の目の前に、まるで
映画館のスクリーンの中に飛び込んだかのように、風景が展開された。
そこは市場であった。その大通りには幌つきの露店が建ち並び、買い物のために行き
買う人や、荷物を運ぶ車でごった返している。
「???外国?」
 そこが日本ではないことは確かだった。石畳の道。道の両側にはレンガ積みの建築
物。買い物客の服装は日本人のセンスとはかけ離れている。ジーパンやら、T-シャ
ツを着ている人は一人もいない。
 正貴は道の真ん中に立っていたが、不思議と誰ともぶつかったりはしなかった。正
貴は辺りを見渡した。ローブのようなものを着ている人が多くいる。軽装の鎧を着け
た女性がおり、その腰には剣の鞘とおぼしきものを帯びている。市場で売られている
果物や野菜はその多くが正貴が一度も目にしたことのないものだった。
 機械的な物がほとんどない。そう正貴は気づいた。
(まるで中世西洋に紛れ込んだみたいだ)
正貴が中世というものを正しく理解しているかは定かではないが、現代のものである
とは信じがたい光景であるのは確かである。
(まあ、最近ファンタジー系の映画が多いし、その影響でこんな夢を見るんだろう
なぁ。後はドラ○エとかFFとか)
確かにそこは正貴がイメージする「中世ファンタジック世界の町並み」に良く似てい
た。
 正貴は相変わらず視線をあちこちに移動させていた。
そして、とある人の後ろ姿が目に入った。
 その人は金髪で、薄茶色のローブを着ていた。その人は買い物をしているようで、
商店主となにやら話している。後ろ向きなので容姿はわからない。
(?????)
別段他の人と比べて変わった所があるわけでもない。その市場には金髪の人はかなり
の数がいるのだ。なのに正貴は、何かに惹き付けられるようにその人の方にだけ視線
を向け続けた。何かに惹き付けられるように。
(・・・なんでこんなに気になるんだ?)
 自分でもよく分からない感覚が正貴の心を揺さぶる。心の臓の鼓動がうるさい。
 正貴とその人との距離はせいぜい5メートル。声をかけられない距離ではない。し
かしなぜか正貴は声で呼ぶことも、歩み寄ることも出来ない。正貴の体は、金縛りの
ように硬直している。
(あんた、誰なんだよ?)正貴はそう心の中でささやいた。
 すると不意に、正貴の無言の呼びかけに気づいたかのように、その人がこちらを振
り向いた。肩にかかる金色の髪が揺れる。
 正貴を取り巻く世界が急にスローになる。時の歩みが鈍くなる。
そしてその人の顔がゆっくりと、ゆっくりと正貴の目に映る、というまさにその時、
視界は突然黒く塗りつぶされた。
 正貴の意識は再び途絶えた。
                  
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 木が多く生えているならば、そこは森と呼ばれるべきである。
ここは森である。多くの青々とした広葉樹と針葉樹が特に規則性もなく生えている。
そこは木々がさほど密集していないため、日の光が落ち葉や草花を明るく照らしてい
る。その中の一本のどっしりとした広葉樹の傍には蒼い花を咲かせた草がかぐわしい
香りを放っていた。
 そしてその横には、男の死体・・・もとい、正貴が倒れていた。たぶん死んではい
ない。
ぐったりと仰向けに寝転がっているその男の着ている服から、彼が学生であることが
分かる。そのそばには鞄や開きっぱなしの傘なども落ちている。
 彼の真上の木の枝には、小鳥が2羽とまっている。小鳥といっても、読者諸君が想
像するようなスズメだのヒヨドリだのといったものではない。紫と黄色の羽を持っ
た、首の長い鳥である。彼女らは正貴を見下ろし、物珍しそうに眺めている。
 また草むらからは耳の長いイタチの様な生物が顔を覗かせている。そこに倒れてい
る人間が気になるらしい。
 はたから見れば、まったくのどかな光景である。
 そして、その男・・・正貴のまぶたがゆっくりと開こうとしていた。まぶしい光が
正貴の目に飛び込み、思わず目を細める。
 正貴はむくっと上半身を持ち上げ、目のまわりを手でこすりながらつぶやいた。
「朝か・・・」それはいつもの朝の言葉である。普段の平日とまったく変わらぬ感官
で正貴は目覚めた。
 確かに日の光は上天からではなく斜めに差し込んでいる。しかし・・・
 正貴が起きたのに反応してか、頭上の2羽の鳥たちはギャギャと鳴き声を揚げ、木
の枝から飛び去っていった。それをぼんやりと見つめる正貴。
「鳥だぁ・・・・・・・・鳥ぃ!?」異変に気がついたときには鳥たちはもうどこか
へ飛び去ったあとであった。
「鳥って・・・あれ、ここ・・・森の中!?」
ベッドの上でなく、土の上で目覚めたことにやっと気づき、うろたえ始める正貴。
(俺、何で森の中にいるんだ・・・?しかも学生服着っぱなしで。鞄やら傘やらも散
らばっているし。嗚呼、何がどうなってるんだ・・・誰か〜説明してくれ〜)
辺りには人影はない。
(どうすりゃいいんだ、どうすりゃ・・・・)
 途方にくれる正貴、そして・・・
「ど〜しよ。ど〜しよ、オ〜パッキャラマ〜ド〜パッキャラマ〜ド、パオパオパオ
パッパッパ,オ〜パッキャラマ〜ドパッキャラマ〜ド〜、パオパオパ〜」
 壊れた。
 正貴は数十秒『僕の大好きなクラ○ネット』でトリップした後、気がすんだのかと
たんに冷静になった。落ち着いた正貴はしばし沈黙した。
(ええ〜と。まずなんで俺がこんな所にいるかって事からだな)
 必死に自分の記憶を反すうする正貴。
(・・・なにか夢を見てたような・・・でもはっきりとは覚えてないし・・学生服は
何で着てるんだ?)
正貴は自分の記憶の何処からが夢で何処までが現実か分からなかった。そうでなくて
も思考回路が混線中である。
 これも夢なんじゃないかと正貴は思いたかったが、意識ははっきりとしているし、
頬をつねればいたいという現実があるばかり。
 正貴はすぐそばにあった鞄と傘を見た。正貴はその傘に見覚えがあった。雨の音、
肌に粘りつくような湿気。それは確かにあった。
そして徐々に記憶が整理され始めた。
(傘って事はだ、そう、雨だったんだよ!昨日は大雨で、学校に傘を持っていって、
それからまた傘さして信久と家に帰って・・・家に帰って・・・ないのかな?・・)
ゆっくりと、正貴は思いだした。正貴と信久は帰宅途中、雨の中、何かの「歌」を聞
いたのだ。そしてその歌に引きずられるように気を失い、気がつけばどこかの森の
中。訳の分からない怪現象である。
正樹は信久の名前を呼んだ。しかし、辺りに人の気配は無く、帰ってくる声は無かっ
た。
正貴は思った。
 この状況になったと考えられる可能性は3つ
1:催眠術か薬品かで眠らされて、何者かにここへ連れてこられた。
2:実は夢の中。
3:もう既に自分は死亡していて、ここは天国。

しかし、2ではないと正貴は思った。自分の意識ははっきりとしている上、つねれば
痛かったからである。3の可能性は・・・あまり考えたくはない。とりあえず、今は
考えないことにした。
 というわけで彼は1の線で話をすすめることにした。
 正貴は立ち上がり、ズボンのポケットを探ってみた。中にはいつも使っている安っ
ぽい茶色の皮の財布が一つ。おもな中身は夏目漱石が2人(要は千円札2枚)、小銭
多数、レシート類の束(正貴にはなぜかとっておく癖がある)、カード類(レンタル
ビデオ店のカード・レジャー用品店のポイントカード等。なおポイントカードは期限
が切れており、マサキがあちゃーと言った)などである。誰かに中身を抜き取られた
様子はなく、別に変わったところはない。
 正貴は、鞄を拾い上げた。やはりこれもそのままである。それを確かめた後、正貴
が半歩、足を進めるとなにやら硬いものが足に当たった。
それは携帯電話であった。正貴が意識の亡くなる直前まで手にしていた物である。
正貴は携帯電話を開き、電話機能を使えるかどうか確かめた。願うような気持ちで。
しかし案の定、液晶画面には「圏外」の文字が悲しく映し出されるだけであった。
(これがGPS携帯だったらなぁ)正貴はため息をついた。ちなみにGPS携帯電話とは宇
宙に浮かぶ人工衛星を中継することで、地球上のどこでも通話が出来る優れものであ
る。あくまで、「地球上のどこでも」ではあるが。
 
そして正貴は、周囲を警戒しつつ近辺を探索してみることにした。本当ならば、ワン
ゲル部の部員として、遭難(少なくとも今はそれに近い状況)した場合あまり動き回
らない方が良いのは知っている。おとなしく救助を待つのが正しい。しかし自分をさ
らった者がいるとすれば、何時、その張本人と出くわすか分かったものではない。か
といってむやみに突っ走れば、余計に森の深い所へ行きかねない。なので、正貴は鞄
を提げ、傘を目印としてその場に残し、経路を確認しつつごく短い距離で探索を行
なった。
 森の中は、日の光のおかげもあってか、暗い雰囲気ではなかった。木の密度が高く
ないので、草木が伸び放題である。雑草を掻き分けつつ正貴は進む。 
 その探索途中に正貴は森の植物に違和感を覚えた。
 日の光はいまだ低い位置にあった。なだらかな坂を下り、正貴はふと立ち止まると
腰をかがめ、そこに生えている草を見た。その植物は枝が螺旋状に上へとのびている
奇妙なものだった。
(変な草・・・)
 その草だけではなく、辺りには珍しい草花が多く生えていた。
ホント、ここは何処だろう、という疑念は大きくなっていった。
しかしそれに答えてくれるものはそこにはない。正貴は人が通った道を懸命に探して
いた。道にさえ出られれば、何とか人里まで辿り着けるかもしれないと考えていた。
しかし、道に出るということは同時に人に見つかりやすいという事でもある。正貴は
見えない敵に恐怖し、緊張が途切れることがない。
何時かが過ぎ、元いた場所から離れるにつれ、雑草の密度は高くなっていった。
それと同時に木が多くなりつつあった。森の奥の方に来ていることは明らかだった。
あたりがだんだん薄暗くなる。
(まずいな・・・引き返そう。深追いは禁物ってね)
 正貴はもときた道を引き返した。鞄に入っていたノートを用いて経路を書き記して
いたため、大して迷うことなく帰ってくることが出来た。
 しかし、歩く時間に比例して疲労感が肩に、腰に、足に押し寄せる。
 歩き続けるしかない、そう分かってはいても絶望感はぬぐえない。視界は常に緑色
を映し出していた。
 こうして正貴が何度か森の中を右往左往行ったり着たりした結果、ついには人が
使ったとおぼしき道を発見したのである。正貴は木の枝で作った杖を片手にへとへと
になりながらもやったぜい、と歓喜の声を漏らした。
 自らが発見した道を進む正貴。しかし、やはり緊張の糸は解けない。警戒しつつ進
んでゆく。
 そのうちに、正貴は周りに木が徐々に少なくなってきていることに気づいた。真上
にはお天道様がはっきりと見える。森をもうすぐ抜ける、木の杖を捨てて正貴はそう
思った。そして・・・・!

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森の端から抜け出し、正貴の目の前が急に開けた。
そこは草原であった。稜稜とした草原であった。緑の大地がなだらかな傾斜を描き、
青空はあくまで青く、白い雲はどこまでも白い。絵に描いたような、いや、絵画より
ももっと広陵とした光景であった。
しかし、
「ぐぅぅぅぅ〜〜〜〜」正貴のお腹が鳴った。もちろん空腹で。
「な・・・・何か食べ物・・・・」そう言ってその場にへたり込む。数時間歩き通し
だった正貴の緊張の糸が緩むと同時に、空腹感が押し寄せてきたのである。
当然、せっかくの美しい風景も腹の足しにはならない。
その場に腰を下ろしている正貴。森からは出たものの、辺りに建築物は見当たらな
い。
人影もなし。
正貴は10分間ほど休憩を取り、その場で足を休めることにした。休んでいる間も、
お腹は空腹のサインを何度も鳴らした。
空腹を感じつつも、正貴は不思議に思わずに入られなかった。こんな場所が日本にあ
るだろうか、と。北海道や長野だとしても、あまりに人工物がなさ過ぎる。電柱の一
本もなかった。(そしてこの文は北海道や長野に住んでいる人に対して大いに失礼
だ)


小休止の後、とりあえず、何とか人里までたどり着かねばならないと思ったその時、
正貴から向かって右方向の丘で、何かが移動していた。
正貴は目を凝らし、その物体を見ようとする。それでもよく見えないので、正貴は立
ち上がって近づいてみることにした。もちろん慎重に。
正貴はだんだんそれとの距離を詰める。草が正貴の腰の辺りまで生えているので、身
をかがめながらの進行である。
正貴とそれの距離が100メートルくらいになって、やっとそれが何であるかを確認
できた。それは馬車だった。馬が荷車を牽引し、ゴトゴトとゆっくりと草原を進んで
いた。正貴のいる位置はその馬車の進行方向の斜め前である。次第に馬車が近づいて
くる。
正貴はテレビ以外に本物の馬車を見るのは初めてだったのでこれには驚いた。日本で
いまどき荷物の運搬に馬車を使うはずがない。どんな場所だって軽トラックの一台は
ある筈である。
(ここってもしかして外国?外国なら、変な植物も、だだっ広い草原も、馬車もあり
そうだけど・・・だけどなぁ・・・)
正貴はますます混乱した。正貴のような高校生を、外国まで連れ出した上、森の中に
放り出す行為にいったいどんな意図があるのか分かりかねた。
正貴には考えている時間はあまりなかった。馬車に声をかけるか否か、それを考えな
ければならなかった。
もし、馬車の持ち主が正貴をさらった張本人であれば、姿をさらすことはみすみす捕
まりに行くようなものである。しかし、当の馬車は森に進む気配はなく、草原を横断
しているだけのようである。
そこで正貴は意を決して馬車に接触することにした。
オ〜イと声をあげながら馬車に近づいていく。馬車の運転手も正貴に気づいたのか、
馬車の軌道を少しずらした。
正貴と馬車の距離、約20メートル!
正貴は馬車を見た。幌つきの木製馬車。そこには何の変わった事も無い。しかし、馬
車を牽引している2頭の「馬」は違った。
それが馬と呼べる代物ならば、動物学はその根底から覆されるだろう。
その「馬」は二本足であった。全身は濃緑色で体格は馬よりもやや大。馬にあるべき
毛並みは無く、全身が代わりに乾いたうろこで覆われている。上半身からは2本の小
さな腕が生えており、さらに上を見るとトカゲに似た頭が在る。たくましい脚をせわ
しなく動かして荷車を引っ張るその生物は、どう見ても「恐竜」であって馬ではな
い。馬ではないが馬車を引っ張っているのだ。
正貴の脳内の処理能力が一瞬麻痺した。目の前のこれは恐竜である。しかし現代に恐
竜がいるはずは無い。しかし目の前にいるこれはどうやっても馬には見えない。牛に
も見えない。犬でもない。イリオモテヤマネコでもトキでもドードーでもない。
正貴はとある恐竜映画を思い出した。その中で、目の前にいる「恐竜にしか見えない
何か」はベロキラプトルと呼ばれていた。小型だが集団戦闘を得意とする「肉食動
物」である。
従って、かの恐竜の前に立つことは死を意味する。そして前に立つのは・・・正貴。
「・・・・・・・うわぁぁぁぁ!!!」正貴は我に帰り、大声をあげて逃げ出そうと
した。ところが運の悪いことに小石につまずく。足をもつれさせ壮大に転ぶ高校生。
食われる!と思ったが、どうどうという声とともに馬車は停止した。
「・・・・な〜にやってんだい、あんた?」馬車の方から正貴に声がかけられた。女
の人の声である。
見ると、恐竜の後ろに、手綱を握った女性が座っていた。わらで編んだ帽子をかぶ
り、歳は30ぐらいといった感じの人である。その風貌、顔立ちは日本人のものでは
ない。  
「あ、あの〜」正貴はひきつった声しかでない。目の前にいる2頭の恐竜は、まぶた
のない目でじろじろとマサキを見つめる。
「なんだい、こっちは急いで・・・・」そこまで言ってその女性の言葉が止まる。
「あんた、えらく、変な格好をしてるんだねぇ。どこか外国からきたのかい?」
「は、はぁ」正貴は思わずうなずく。確かのこの国の住人ではないことは確かだ。こ
の質問をしてきた女性も日本人には見えないのだし。
「あの〜」
「またかい、さっさと用件を言っておくれ。あぁ、物乞いなら勘弁だよ。今は仕事の
帰りで、たいした物は積んでないんだから」
「そうじゃ無いんですけど・・・どこかの集落まで乗っけていってくれませんか?」
「あぁ、それなら別に大丈夫さね。荷台の隙間にでも乗っとくれ。ついでに異国の話
でも聞かせてくれると嬉しいねぇ」
「本当にいいんですか、ありがとうございます!」正貴は心から感謝した。
 正貴はおそるおそる恐竜を避け、荷車の後ろから乗り込み、前の方の隙間に腰を下
ろした。
「さぁ、車を動かすよ。ちゃんと座ってるかい?荷物を崩さないでおくれよ」その女
性が振り返って正貴に尋ねた。
「はい、ちゃんと座ってます」
「そうかい」と言うと、その女性は前を向き、ヤァ!と手綱を振るい、恐竜たちに指
令を出した。こうして、馬車は進み始めた。

ゴトゴトと音を立てて進む恐竜車(正貴はこう呼ぶことにした。)の中はさまざまな
荷物に囲まれていた。
「あの〜、この馬車、いや車って何を運んでいるんですか?」
「色んな物さね。食料や服、手紙なんかも請け負ってるねぇ。そういうものを町々を
廻って届けるのが仕事さ」
 要するに運送屋か、と正貴は思った。
(でも、手紙なんかは郵便局が受け持つんじゃあないか?ここらはそういうシステム
も無いのかな・・・?)
「ところであんた、どこまで行くつもりだい?ティーベンかい?それともツィナイユ
ングの方まで行くのかい?」
「てぃーべん?」正貴にとっては聞いたことのない地名である。国の名前かそれとも
地方かすらわからない。
「ティーベンって国の名前ですか?」正貴は聞き返した。
「何いってんだい。ティーベンは村の名前さね。寝ぼけたら駄目だよ。・・・あんた
まさかここがどこの国か知らないなんてことないだろうね」
 図星だった。
「・・・知りません」
「あきれたねぇ。闇雲に旅してるのかい。いいかい、ここは武の国『シュピルドー
ゼ』だよ。どこの出身だか知らないが、この国の名前くらいは知ってるだろう?」
「しゅぴるどーぜ?」またもや正貴の知らない単語である。それが国の名であるのは
分かった。しかし、正貴の記憶の中にそんな名前の国は存在しない。
「この国は日本からどのくらいの距離にあるんすか?」正貴は再び質問した。この女
性は日本語を喋っている。しかもとても流暢に。日本に行った事があるか、少なくと
も知っている。正貴はそう考えた。
 ところが、
「はぁ、ニホン?なんだいそりゃあ?あんたの田舎かい?」
「田舎って、あなた、日本語喋ってるじゃないですか!?その言葉の発祥地ですよ
!」
「ニホンゴ?・・・訳の分からないことばっかり言って困らせないでおくれ」
訳の分からないのはこっちだ、と正貴は思ったがここでそれを言っても仕方がない。
なので、話題を変えることにした。
「・・・すみません。ところでこの車を引っ張ってる動物は何です?」
「ラプターも知らないのかい。ここいらじゃ良く使われてる運送の足なんだけど
ねぇ。・・・あんた、本当にどこから来たんだい、身なりだってずいぶん変わってる
しねぇ?」
「はぁ・・・自分でもよく分かりませんよ。このラプターってのは人を食ったりしま
せんか?」
「はっはっはっは!喰わない喰わない!こいつらにとっちゃ人なんか不味くて喰えた
もんじゃないだろうさ。穀物や野菜なんかが大好物でね、特にマクーべなんかがお気
に入りさ」
「マクーべ?」(ツボマニアの軍人か?)
「土の中に埋まってる野菜さ。赤くてこんなふうに先が尖ってる。」
「ニンジンてことか」
「ニンジン?ま、いいさ。そういや,まだ名前を聞いてなかったねぇ。あんたなんて
言うんだい?」
「南・正貴って言います」
「ミナミマサ・・・それが名前かい?」
「あ〜いえ、違います。正貴が名前で名字が南です」ここでは名前が先に来るという
ことになるらしい。いわゆる西洋風ですな。
「ふ〜ん。マサキかい。変わった名前だねぇ。ちなみに私はベークレアって言うの
さ。運び屋のべークレアっていやあここらじゃ少しは有名なんだよ」
その後、マサキは数十分にわたり運び屋家業の苦労に付いて聞かされる羽目になっ
た。どうもこの女性、良い人であるがおしゃべりが大好きらしい。会話には多くの固
有名詞が出てきたため、マサキはその全てを覚えきることは出来なかった。
そして、最近の北方果物が値上がりしているという事の話を終えた後、べークレアは
マサキにこう告げた。
「あぁ、やっと見えてきた。ほらごらん、あれがティーベンさ。きれいな所だろう
?」
マサキは荷車から身を乗り出し、気持ちの良い風が吹く中で前方を見た。はるか向こ
うに、いくつかの風車と多くの家屋が見える。べークレアの言うとおり、のどかで美
しい田園が村を囲むようにして敷かれていて、農作業に勤しむ人が多くいる。既に日
は傾きかけており、大地は少しづつオレンジ色に染まりつつある。
「ティーベンは割りと大きな村なんですか?」マサキはラプター車の主に尋ねた。
「あぁそうさ、この辺りなら一番大きな村だねぇ」
「なら、警察の交番とか、派出所ってあります?」
「コーバン?また知らない言葉だねぇ。あんたとこの方言かい?」
「・・・もう、いいです・・・」
郵便局もない、警察機構もなし。マサキは考えた。
(まさかとは思うけど・・・俺、過去の世界にいるんじゃないだろうか。西暦15〜
17世紀あたりだとは思うけど・・・でもそれじゃあ恐竜がいることに説明がつけら
れないし。もしかして2万年前に栄えた超文明の世界ってことも・・・いや、そもそ
も人間と恐竜が一緒にいた時代なんてものがあるなんて・・・)
マサキの思考はベークレアの言葉でさえぎられた。
「にしても、無事にたどり着けてよかったよ。最近は物騒でかなわないからねぇ」
「物騒?野盗でも出るんですか?」
「もっと凶暴なものさ・・・・奇声蟲だよ」
「キ・・・キセイチュウ?」マサキには最初、言葉の意味が理解できなかった。
「寄生虫が発生してるんですか?」
「あぁ、まだ数はそんなに多くないらしいけどねぇ・・・嫌だねぇ、いずれまた20
0年前みたいな戦争時代になるかもしれないってことがさ。あんたもそう思うだろう
?」
「??????」マサキは困惑の表情を浮かべた。寄生虫と戦争との間にいかなる因
果関係があるのかは想像もつかなかった。なので、
「そ、そりゃあ大変ですね」というトンチンカンな返事しか出来なかった。
「あんた、何他人事みたいにいってんだい。・・・・奇声蟲を知らないなんていうん
じゃないだろうね?そんなことは言わせないよ!」
べークレアの気迫に押されるマサキは思わず、もちろん知ってますとも!と慌てて答
えた。キセイチュウ、といわれてマサキの頭の中にはサナダムシやらギョウチュウや
らの図があったのは言うまでもない。
「ベークレアさんは、寄生虫を見たことがあるんですか?」
「死骸ならね。ありゃ本物の化け物さ」
化け物、と聞いてマサキはでかいサナダムシが大挙して襲ってくる光景を思い描い
た。確かにそれなら戦争になるかもしれない。
 べークレアはため息をついた。
「母姫様が英雄を招集しているらしいけれど、上手くいくといいねぇ。・・・あんた
もえらく風変わりな格好をしてるけど、まさか異世界の人だなんてことはないだろう
ね。ふふ、なんてねぇ」べークレアはほんの冗談で言ったつもりであった。
しかし、「あの、俺たぶん異世界の人だと思うんですが・・・」マサキにとってその
言葉は青天の霹靂であった。異世界。それがこの奇妙な状況を説明する唯一の言葉の
ように思えた。
「嘘言うんじゃないよ・・・あんたが英雄な訳・・・」
「でも俺、学校の帰りに突然気を失って、気づいたら全然知らない森の中だったんで
すよ!それで森を抜け出して、あなたにこうして車に乗せて貰って・・・この世界に
たどり着いたのもつい半日前くらいで・・・だから全然何も分からなかったんです!
信じてください!」
 マサキのその言葉を聞き、ベークレアはラプターを止めた。そして後ろを振り向
き、マサキの顔をまじまじと眺めた。
「・・・嘘はないね?」
「・・・多分」
「多分てなんだい!英雄ならもっとはきはきしな!じゃ無いと生き残れないよ!」
「えぇ〜、俺、寄生虫と戦うんですか!?」
「当たり前さね!何のために呼ばれたと思ってるんだい!」
「嫌ですよ!だって俺学生だし、趣味・特技っていやあ登山ぐらいだし・・・・」
 マサキの言葉は最後まで続かなかった。
 その時、その瞬間、空が悲鳴をあげた。



あれこれあとがき:第2話です。読んでくださった方に感謝感激です。
書き終わってから見直してみるに、展開遅っ!な作品ですが勘弁してください。
ちなみにこの作品、ルリルラの時間軸としては最初期です。まだ集会場さえ強襲され
ていない段階からのスタートとなります。大風呂敷を広げすぎたことを悔やみつつ、
マサキその他キャラを動かしていこうかと。

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