第3幕「長い、長い黄昏」改訂版
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 地平の彼方、時空がねじれ、空間が引き裂かれようとしていた。
その共鳴音、そして何者かの「叫び」はまるで悲鳴のごとくに大気を通して響き渡
る。
もちろんマサキはそのことを知らない。
「な、なんだぁ!?」
「・・・・・・見な!・・・・幻糸が乱れてるよ・・・」
「ゲンシ!?また専門用語ですか!?」
 マサキはベークレアが指し示した方角を見た。はるか向こうの丘から、
まるで糸のような光の束が湧き出しているのを見出した。
夕暮れの空の一角で紫や朱に妖しく光るその糸は不吉な兆候にも思える。
「何ですか、あれ!?」
「あんたはあれを見るのは初めてかい・・・あれは幻糸の発現さね・・・
奇声蟲が出てくるよ・・・!いそがないと。あんたには戦ってもらうよ!」
べークレアはラプターを急いで発進させた。一直線に村へと向かう。
「戦うって・・・だから俺はただの高校生ですってば・・・!」
「英雄だろう!?根性を決めな!」
「そんな無茶な・・・」
 マサキは荷車が揺れだしたおかげでそれ以上の反論は出来なかった。
その間にも光の束は次第に大きく膨れ上がり、耳に届く共鳴音は大きくなる。

 マサキとべークレアを乗せた恐竜車は村の中へと滑り込んだ。
村に入るなりべークレアが「村長を呼んどくれ!奇声蟲が来るよ!」
と近くの村民に向かって叫んだ。
べークレアはラプターを停め、車から降りた。
マサキもそれに続く。やがて、数人の女性がベークレアの元に駆け寄る。
皆一様に不安そうな顔である。
「村長は!?」ベークレアがその中の一人に尋ねた。
服装が他の人よりも整っており、どうやらこの村の重役の一人らしいが、ずいぶん若
い。
「今は外にいらっしゃいます。もうすぐこちらにお出でになると・・・」
「そうかい・・・それでどうするつもりだい?
村人連れて逃げるにしても、畑に行ってる奴らを呼び戻さなきゃあ。
それに老人や子供は足が遅いよ、奴らに追いつかれちまう」
「それは・・・英雄様が一人いらっしゃいます。そのお方に何とかしていただこう
と」
そう言った彼女の眼にも不安は隠せない。
彼女の周りの村人たち、それに子供たちも不安そうだ。
「英雄が!?・・・そうかい・・・この子、実は英雄らしいんだよ」
そう言ってベークレアはマサキを前に引っ張りだした。
英雄。その言葉を出したとたん、集まっていた人々の顔色が変わった。
「え、英雄様ですか!?この人も!?」
「それは本当かね!?・・・あたしたちは運がいいよ!」
「英雄が二人も・・・助かったわ!」
「英雄様!この集落をどうか救って下さいませ!」
あちらこちらから歓喜や驚きの声があがる。それらはみなマサキに対してのものだ。
しかしマサキは全然嬉しくない。
何で異世界に来て英雄なんてものだと決め付けられ、戦わされなきゃならんのか。
マサキは断るつもりであった。「いや・・・・あの・・・俺はただの学生だって・・
・」
「あたしの記憶が間違ってなければ、確か、この村の倉庫に例のものを
安置してあったねぇ・・・・」
「はい・・・あれですね・・・今、村のものに準備させていますので。
ささ、英雄様、こちらにどうぞ」
「あ、あれってなに!?あれって!?」マサキはうろたえている。しかし、
「時間がありません、急いでください!」
「早くしな!間に合わなくなっちまう」
誰もマサキに取り合おうとはしない。
マサキは村人たちに村の奥へと引っ張られていった。
「や〜め〜て〜」情けないマサキの声を聞くものは無い。
 やがてマサキは倉庫の一つの前に連れて来られた。
他にも倉庫はいくつかあるが、マサキの目の前にあるそれは他よりも
2回りほど大きかった。門も巨大で、何か大掛かりな物が収納されているらしかっ
た。
「ベークレアさん。ここに何が入ってるんですか?」
「見れば分かるさ・・・さぁ、入りな」
マサキや村人たちは門の横の扉から中に入った。
中は薄暗く木箱や大縄やらが山積みにされている。
湿った土の匂いが充満しているその中では大勢の人たちが作業をしているようであ
る。
ランプがそこかしこに灯され、人々が呼び合う声や道具を振るう音が混ざり合ってい
る。
「これが、あたしらの最後の希望さね」
ベークレアはそう言って手をかざした。
数人の女性がロープや重しを取り除いているそれは、はじめ鎧のように思われた。
マサキの眼前の、蒼い鎧が台座に鎮座されている。
しかし、それは鎧と呼ぶにはあまりに巨大で、あまりに機械然としていた。
「な・・・・なんじゃこりゃぁ・・・・」
マサキはぽかんと口を開けたまま、その場に立ち尽くしていた。
目の前にあるものはどう見ても鎧風「人型ロボット〜(某未来の猫型ロボット風
に)」
である。
その外観は見るからに頑丈そうな装甲に覆われており、
頭部には人間を模した2つの目、
腕の先には5本の指が備わっている。
「これ・・・もしかして動くんですか?」
マサキは先ほどの女性に質問した。
確かにその鎧の足首や肩、首などには関節駆動部らしきメカニックが存在した。
しかし現実にこんな物が動くとは、容易に想像しがたい。
「はい。動きますとも。われらを守る鎧。
われらの憎むべき敵を薙ぐ剣。絶対奏甲『シャルラッハロート』でございます」
「ゼッタイソウコウ?しゃるらっはろーと?」
「シャルラッハロートが名前です。絶対奏甲とはこのような鎧を総じて呼ぶ名です」
「そうですか・・・って俺にこれを動かせと!?」
「その通りですが・・・何かご質問が?」
「何で俺なんですか!?」
「あなたが英雄だからでございます」
「英雄って・・・」
そこまで言った所でマサキは先ほどの言葉を思い出した。
英雄は2人。ということは自分のほかに誰かがいるということだ。
マサキは信久のことを思い出した。自分より先に消え去った信久。
ここに彼がいるかもしれないのだ。
「あの!もう一人英雄がいるって言ってましたよね!」
「ええ、その右の奏甲にお乗りだと思いますが・・・」
「右・・・」そう言った正貴が右を向くと、青色の鎧がもう一つ、鎮座していた。
「1体じゃなかったのね・・・・」
マサキはあっけにとられていて、鎧が複数体あることに気がつかなかったのだ。
見ればさらにその奥にもう1体、その倉庫には計3体の
「シャルラッハロート」がおかれていた。
ただ、右最奥のものは各部位の傷みが激しく、腕は片方だけ、
胴体も抉れており動きそうに無い。村人もそれを察してか、封印用の縄もそのままで
ある。
マサキはすぐ横のシャルラッハロートの前に駆け寄り、叫んだ。
「信久!いるんだろう信久!?返事してくれぇ〜」
その声に反応したのはシャルラッハロートの頭部であった。
ギギギと鈍い音を立てて、鉄の頭が動く。
頭に取り付けられた水晶の瞳がマサキを見つめる。
人間同様、この鎧も目で物を見るらしかった。
「信久〜カムバック〜!」
相変わらずマサキは物言わぬ鎧に向かって声をかけ続ける。
すると突然鎧の上半身が開いた。その先には操縦席らしき空間とそこに座る人が一
人。
「信久!?」マサキは目を見開いた。
「あ・・・・・あの・・・・・」帰ってきたのは細く、弱々しい声だった。
操縦席に座っていたのは信久ではなかった。
「信久・・・じゃないね」マサキの期待は裏切られた。
「す・・・すみません」座っていたのは男だった。
少年といっても良い。見るからに気の弱そうなその少年は困惑した表情をしている。
「いやぁ、こっちこそすまん。人違いなのに思いっきり叫んじまった」
「そうですか・・・信久って人を探しているんですね」少年は安心したような顔に
なった。
「英雄同士で話をするのは後にしてくれるかい!もう時間が無いんだよ!」
そう叱咤したのはベークレアである。
「もう奴らがこっちに出て来ても可笑しくないんだ!マサキ!あんたも乗っておくれ
!」
もう一人の英雄の名も聞かぬまま、ベークレアにせかされ、
マサキは自分の受け持つ鎧の前に戻った。
「聞きたいことあるんですけど!」
「なんだい!?」ベークレアの表情はひきつっている。
「さっきも聞きましたけど、何で俺なんですか。俺じゃないと動かないとかそんなオ
チ・・・」
「ああ、そうだよ!この世界の人間じゃ動かないのさ!」
(やっぱりか・・・それで英雄と呼ばれるのか。俺がどんな奴でも関係ないって訳ね
・・・)
「さあ、乗った乗った!あんた、開けておくれ!」
ベークレアは作業着姿の女性の一人に声をかける。
その女性は鎧の胴体のレバーをひねり、操縦席のハッチを開く。
構造そのものは単純らしい。
 マサキは操縦席に乗り込む。
マサキの想像していたいわゆる「コックピット」とは異なり、
内部にはハンドルもペダルも無い。
それどころかスイッチやパネルの類もほとんど見受けられず、
おもに腰をかけるための座席と、奇妙な宝珠のついた肘掛があるだけという
簡素なものである。
「さあ、閉じるよ!」
「ちょ、ちょっとまってぇください!これどうやって動かすんです!?」
「・・・知らないのかい!?」
全くもって知りませんよ!とマサキ。
「ええと・・・あたしじゃ駄目だね・・・あ、あんた教えてやっておくれ!」
ベークレアは先ほどの重役の女性を呼びつけた。
「何でしょうか」
「動かし方が分からないとさ!早く教えてやって!」
「わかりました。英雄様。いいですか、手短に説明いたします」
へい、とマサキはうなずいた。
「この絶対奏甲という代物は、英雄様の思念によって操ることができるといいます。
つまり、心の中に動作を思い浮かべることでその通りにこの鎧も追従するということ
です。
私自身、動かしたことはありませんからこれはあくまで指標に過ぎませんが・・・」
「・・・・脳波コントロールって奴か・・・」
「はい?」その女性が聞き返す。
「いえ、なんでもないっす」
「そうですか、では出陣の用意を」
「出陣て・・・」まるで戦国時代だな、とマサキは思った。
合戦場へいざ行かん、である。
その時、マサキの乗る奏甲の、横にいた蒼の奏甲がゆっくりと金属音をたてて
立ち上がり始めた。
その巨体の胴体が傾き、腕を前に倒し、前屈姿勢をとりつつ姿勢を持ち上げてゆく。
(さっきのあいつが動かしているんだな・・・)
さーて、俺もやりますか!マサキは自分に対して言い聞かせるように言い、
操縦席にもたれかかった。
ハッチを閉じると、その裏側に映像が映し出された。シャルラッハロートの「目」が
見る光景である。席の乗り心地は良くも悪くも無い。
(思念で動く、ねぇ。・・・・右腕、前に)
 蒼い巨人は何の反応も示さない。
(ぅ〜〜〜〜〜右腕〜〜〜動け動け動け動け動け動け〜〜〜)
眉間にしわを寄せ、必死に念じるも、やはり反応なし。
(何が悪いんだ何が〜〜〜〜)焦る正貴。
さっきの女性にもう一度聴こうかと思ったその時、
「・・・・聞こえますか〜」操縦席のどこからか、頼りない声が聞こえてきた。
「・・・・もしかして、さっきの少年かね!?」
マサキはどこに向かって喋れば良いのか分からず、とりあえず上を向きつつ叫んだ。
「そうです、良かった。通信できるって事はそっちのシャルラッハロートの機能も
生きてますね!」
「通信ってこれそんな物付いてるのか」
そういう便利機能もちゃんと説明してくれよ、とマサキは思った。
「ええ、『ケーブル』って言うらしいです。奏甲同士なら会話が可能とかで。」
「そうか・・・ちょうど良いや。このデカブツ、どうイメージしたら動かせるんだ!
?
指一本ぴくりともしないよ・・・」
「ええとですね・・・」その少年の乗る巨人が正貴の巨人と向かい合う。こうしてみ
ると、
その巨人の身長は10メートルくらいである。
「説明するのは難しいんですが、腕を動かすなら、自分の腕を動かす感じをイメージ
して下さい。脚や首も同様に」
了解、とマサキは言うと、その少年に言われたとおりにイメージを開始した。
(腕を・・・自分の腕を動かす・・・・)
するとどうだろう、ガギギと鈍い音をたてて鋼鉄の右腕が持ち上がった。
「おおおお!」正貴が驚嘆の声をあげる。
「やりましたね!・・・ええと、まだあなたの名前を聞いていないんですが・・・」
「あぁ俺?南正貴って言うんだけど、こっちじゃマサキ=ミナミかな」
「マサキさんですか。僕はリュウヒって言います。リュウヒ=フエツです」
「リュウヒ君か・・・以後よろしく!」
互いの自己紹介が終わった所で足元から怒号が飛んできた。ベークレアの声である。
「あんたたち!な〜にやってんだい!奇声蟲がとうとうお出ましだ!あんたたちには
頑張
ってもらうからね!」
マサキは慌てて自分の巨人を台座から立たせた
。マサキはハッチを開け、倉庫にいる人に向かって叫んだ。
「すみませ〜ん。このロボット用の武器ってあるんですか!?」
 マサキの質問は当然である。この巨人は丸腰で戦えるほどには強そうでない。
「武器ですか!こちらです!」そう言った女性は正貴達を倉庫の入り口の方へと先導
する。
「大門開けー!早くしろー!・・・英雄様方、これです!」
そう言って彼女が指を指した先にあったのは、壁にかけられ鞘に収まった長剣であっ
た。
巨人が使うものだけあってその長さは刃の部分だけで5メートルはある得物(えも
の)
である。
「あの〜他の武器は無いんですか?」下に向かってマサキは問うた。 
「生憎ですが、今はこれしかないんです!」帰ってきた答えはそれだけ。
ビームライフルやヘヴィマシンガンとかの火器はないんかいと思ったが仕方がない。
そして門のかんぬきが開けられた。
「英雄様!門を押し開けてください!・・・御武運を!」
さきほどの若い重役の女性が手を振りながら笑顔で励ましてくれた。
 巨人の腕が門を開き、青の絶対奏甲を日が照らした。

                  2
大倉庫の門が巨人の手によって押し開けられた。そして中から鋼の鎧が2つ。
夕日の照り返しを受け、二つの鎧は輝いていた。
マサキはリュウヒのシャルラッハロートを見た。
暗い倉庫の中では蒼い外装が目立ったが、改めて見ると銀やグレーの部分も
多いことが知れた。
 人型ロボットとその手に握られた長剣。そして周囲の牧歌的な光景。
マサキはそれらに違和感を覚えた。何かが、何かが間違っている・・・と。
しかしそれらの違和感は次の瞬間、掻き消えた。
 地の彼方より、それは全ての者の耳に届いた。
おぞましく、禍々しく、聞くもの全てを不幸に陥れるかのような叫びがこだまする。
先ほ
どの幻糸共振音とは比べ物にならぬ音量。
うわぁぁとマサキとリュウヒはうめき、手で耳を塞ぐ。
が、その音は手の甲を突き抜け、心に突き刺さる。
 マサキはそれに何とか耐え、丘の向こうに視線を向けた。
何かが蠢いている。あれが奇声蟲というものなのだろう。
 マサキが巨人が映し出す画面に目を凝らした。
すると、彼の意思に反応して、その部分が拡大された。
望遠機能とでも言うべきものである。
 マサキは戦慄した。拡大された映像には、空間の裂け目から這い出て来る化け物が
はっ
きりと映し出されていたから。それは、蜘蛛のごとき化け物。
しかも一匹ではなく、裂け目から続々と出現する。
「あ・・・あんなのと戦うんですか・・・・」
リュウヒの声だ。恐怖に言葉の端々が震えている。
「俺も嫌だよ・・・・」
 しかし、やるしかない。武器を手渡されてしまった以上、
村人の生存の可否はマサキ達にかかっている。
 2対のシャルラッハロートの足元では、村人たちが祈るような表情で蒼い巨人を見
上げ
ている。やるしかないのだ。
 マサキは足元のベークレアを見た。なにやら叫んでいる。
なので、マサキはハッチを開けた。
「何ですか、ベークレアさん!?」
「あんたたち、村のど真ん中で戦う気かい!?村の正面まで移動しておくれ!
畑は潰しても構わないからね、決して村に奇声蟲を入れないでおくれよ!
・・・これでいいんだね」
ベークレアは隣の老婆に問い掛けた。この村の村長である。
「・・・・あぁ、良いさ。命さえあれば、畑なんぞやり直せるわ。
さて、お前たち、家に戻りなさい。決して慌てず、決して物音を立てちゃあいけない
よ」
 周りの村人たちは散り、マサキとリュウヒを乗せた巨人はそれらを踏まないように
道を
選んで前進した。


 お天道様は既にだいぶん傾いていた。空も赤みを増している。
 そんな赤い夕日を浴びて街道を進む隊商の一団があった。
3台の馬車と、1体の巨人で構成されたその隊商は次の目的地、ティーベンに向かっ
て
全速力で進んでいた。日が暮れる前には到着する予定らしい。
 木製の車輪が地面とぶつかる音に加えて、硬く鈍い足音が馬車の前を行く。
巨人が大股で馬車(牽引するのはラプターではあるが)を先導するように移動してお
り、
馬車の一隊もそれに続く。
 鋼の巨人は夕日に赤く照らされているが、その全身の色は濃い紫で塗られているこ
とが
知れた。
 その道中、西の大地で恐ろしい叫び声が轟いた。
 巨人はゆっくりと歩みを緩め、その胸部を開く。そして中から一人の男が顔を出
す。彼
は後ろの隊商に向け、声をかけた。
「イシュタル!」
馬車の一台が巨人の横につける。そして中から入りの女性が降りてきた。
ベージュの清楚なローブを羽織り、首には宝石のついたチョーカーを着けている。
「あれを見てくれ」男が指差した方向には糸のような束が出現していた。
「ええ、分かる。・・・奇声蟲ね。もう出ているわ」
「こちらに向かって来る恐れがあるな。ヘルテンツァーを戦闘起動させる必要がある
かも
しれないが、宜しく頼む」
その女性がうなずいたのを確認し、男はハッチを閉じ、席につく。
そして巨人の目が映し出す映像を見やる。
拡大された画面には、妖しげな光の束とそこから這い出てくる異形の生物。
数は計測不可能。望遠の距離から言って、かなりの遠くである。
おそらくはこちらに気づいてはいない。
(視界は良好。やつら、動き出したな・・・・
こちらから出向いて殲滅するべきか。しかし、虚を突かれて馬車が犠牲になっては元
も子
もない)
【・・・・ガヴェイン、聞こえる?】
 男の脳裏に声が届く。透き通るような女性の声だ。
「あぁ、よく聞こえる。もう歌い始めているのか?」
何処にともなく聞き返す。
【いいえ、あなたと話をするのに少し紡いだだけよ。それで、どうする気なの?
隊商の人達もあなたの指示を待っているわ】
「そうか・・・隊商はこのまま前進するとしよう。
どちらにせよこのまま蟲どもを放っておく訳にもいかん。
それに障害物のないこの場所では取り囲まれでもしたら荷台を守りきれない。
このまま日没までに村まで向かい、隊商の安全を確保する」
【ええ・・・・・そう伝えたわ。行きましょう!】
 再び三台の馬車と紫の巨人は行進を開始した。丘を迂回するように進む隊商。
 巨人の目はその間も、はるか遠くに見える異形の怪物の集団を追い続けた。
それらはやはり隊商に気づいてはおらず、こちらに背を向けたまま、
一直線にどこかを目指している。まるで獲物を見つけたかのようだ。
(・・・まさか!?)
 男は戦慄し、先ほどのように宙に向かって言葉を吐いた。
「・・・・奴らの進行方向には村があるじゃあないのか!?」
 小高い丘の陰にある村が次第に見えてきた。やはり蟲たちはそこを目指している。
 しばらくの後、肯定の返事が返ってきた。
【今そばの人に聞いたけれど、このまま行けばティーベンを襲うらしいわ
・・・どうするの?】
「決まっている!全速力で村まで急行する!」
 即答だった。しかし、その言葉には大きな焦りがある。
「イシュタル、周りに蟲はいないか?」
【今の所は。短い間に連続して奇声蟲が出てきたことはないから、おそらく大丈夫だ
とは
思うわ】
「分かった。そうと決まれば急がなければ!ヘルテンツァーの起動を頼む!」
【・・・・・・・】
返事の代わり、操縦席の中に歌が響き始めた。
 同時に、内部が淡い光に満たされ始めた。次元を切り裂く光の束とはまったく異な
る、
清らかな光だ。
(間に合ってくれ、いや、間に合わせる!・・・・もう、あの光景は・・・・)
男は決意した。そして精神を集中し、巨人に指令を出した。走れ、と。
 
                  3
 接近する物体、5。マサキの脳裏にそんなフレーズが浮かんだ。
しかし接近しているのは人型戦闘兵器ではない。蜘蛛のごとき、化け物である。
 村の外にたたき出されたマサキとリュウヒ、そして彼らの乗る巨人、
絶対奏甲ことシャルラッハロートは田園に立ち尽くしていた。
「戦うん・・・だよな?」ケーブルを介し、マサキが訊ねる。その声は震えている。
「そうですね・・・」同様に震えた声が返ってくる。
 どうしようにもなかった。
突然異世界に呼ばれてロボットを手渡され、全くの訓練も無しに怪物相手に実戦投
入。
本当にどうしようもなく、2人は途方にくれていた。
 それでも敵は待ってはくれない。
想像以上のスピードでマサキたちのいる丘に向かって猛進している。
「どうしましょうか・・・、マサキさん」
「どうしようかって言われてもなぁ・・・」
・ たたかう
・ まほう
・ どうぐ
・ にげる
これぐらいしか思いつかない。無論、戦うしか選択肢は残されてはいない。
そこで、どうやって戦うかだ。冷静に、とマサキは自分に言い聞かせた。
2手に分かれて迎え撃つという手は使えない。何しろ敵の方が数は多い。
しかもこのロボットの力も相手の力も未知数である以上、下手に離れない方が良い。
マサキはそう考えた。
(それに・・・ここで戦ったら、村の方に飛び火するかもしれないなぁ・・・
突撃するしかないかな)
「リュウヒくんよ、剣を抜け。・・・2機で突撃を敢行する!」
 マサキは巨人の剣を鞘から抜き、それを放り捨てた。
「えええええ!?どうしてですか!?」
マサキ自身、決して正義感溢れる青少年ではない。
彼もそれを自覚してはいる。しかし、自分の所為で人が死ぬとなれば、それは避けな
け
ればならないという位の倫理観は持ち合せている。
また、突撃戦法を使ってみたい好奇心、というのも無いとは言えないが、
彼が現時点で最もマシな戦法がこれだと判断したためだ。
「ここで待ってても、連中、すぐに飛びついてくるしな。
攻撃は最大の防御、とも言うでしょ」
「でも・・・・」
「でももストライキも無い。ここでカカシみたいに突っ立ってても意味ないし、
勢い付けて攻撃した方が向こうも驚いてくれるかも知れないし。
要は乱戦に持ち込むってことだ。がむしゃらに走りながら剣振ってりゃ一発は当たる
筈だ
よ」
「そんな無茶苦茶な・・」
「だったらもっと良い戦法、プリーズ」
「う・・・・・」
 リュウヒにはそれ以上言えなかった。そしてリュウヒのシャルラッハロートもまた
剣を
抜き、身構えた。
もう奇声蟲はすぐそこまで迫っている。
「ではでは!と〜つ〜げ〜き〜!」
マサキの胸には奇妙な昂揚感があった。ロボットを操り、ヒーローとなって世界を救
う。
子供の幻想、夢想がここにある。
そんな絵空事が現実となったからである。だが、その夢は長くは続かなかった。


2機のシャルラッハロートは野を駆ける!その速さたるや風よりも・・・・・・・
はるかに遅かった!それどころか荷馬車よりも遅い!鈍重と言っても差し支えない!
「な・・・なんだよこれ!?」
 マサキは驚愕した。想像していたよりもはるかに遅い。
もっとこう、爽快に走る姿を想像していただけにその落胆は大きかった。
おまけに金属の関節が軋んで嫌な音を立てている。これが現実の壁である。
それに追い討ちをかけるかのように、恐ろしい叫びがあがった。
距離が近い分、先ほどよりもはるかに大きい。
その叫びは奇声蟲どもから発せられたものである。
その時マサキは「キセイチュウ」の意味を解した。それらは「奇声蟲」であるという
こ
とだ。
その叫びは人の断末魔と金属が切り裂かれる音が入り混じった様な凄まじいものだっ
た。
聞くだけで恐怖が体を支配し、頭と胃と神経に同時に嫌悪感が走る。
マサキとリュウヒは悲鳴を上げた。
巨人たちの動きも鈍り、突撃の意味が殆ど無くなってしまった。
巨人と蟲は向かい合い、ついに戦闘が開始された。
2人の眼前には何匹もの蜘蛛の怪物が迫り来る。
その大きさはまちまちだが全長は3〜5メートルほど。外骨格の生物としては規格外
の
サイズである。
「嫌な声あげおってからに!」
 マサキは何とか戦意を奮い起こした。
蒼の巨人は剣を頭上に上げ、怪物めがけて振り下ろす!
 しかし、奇声蟲は容易くそれをかわす。
巨人は走る速度と同様、腕の反応もきわめて遅い。ぎちぎちと左右に開いたあごを鳴
らし、
蟲どもは攻撃の機会を狙っていた。
「だりゃあ!」
再びマサキのシャルラッハロートは剣を薙いだ。蟲の1匹に刃がぶつかる、
がそれは外皮に弾き返された。
「あ〜効かねぇ!どうなってんのよ、ファーブル先生!」
マサキは叫ぶ。本には蜘蛛の外皮はそれほど頑強ではない、と書かれてあった筈だ。
しかし目の前にいる蜘蛛のごとき生物の甲冑は剣を通さない。
「蜘蛛じゃないのかよ!・・・脚が6本しかないし」
 良く見れば確かにどの奇声蟲にも脚は6本しかない。
しかし今はその生物の生態学にこだわってはいられない。
「うわー!た、助けてください!」
 半ば悲鳴のような声をあげるのはマサキの隣で戦っているリュウヒである。
2匹に取り囲まれ、必死に剣を振るっている。
「こっちだって今は手一杯なんだ!自分で何とか対処してくれぃ!」
蟲のあごを打ち払いつつ応答するマサキ。マサキの周りにも3匹の蟲が張り付いてお
り、
身動きが取れない
「そんなぁ!・・・・うわぁ!ひゃぁ!うぅぅわー!」
リュウヒはもはや声にならない声を上げ、顔は半泣きである。
必死に剣を振るうも、全く決定打を与えられない。
頑張れよ〜リュウヒ!と、ケーブル越しにとりあえず励ましたが、
やはり支援はできない。
動きの遅い巨人に苛立ち、どんなに早く動け、動けと念じても一向に素早くはならな
い。
蟲に翻弄され続け、次第に消耗していく2人。
単純な大きさだけで言うなら、奇声蟲よりもシャルラッハロートのほうが2倍近くあ
る。
が、敵は素早い動きと数で押してくる。
そのとき、蟲の一匹が再び咆哮した。
群れの中で、最も大きなその蟲のうなり声に反応し、他の蟲も奇声を上げる。
まるで自らの士気を高めているかのようだ。
奇声を至近距離から浴びた2人はパニックに陥った。頭は割れるように痛く、
激しい吐き気と目眩が、彼らから思考力を奪った。2体の巨人たちの動きが止まる。
奇声蟲たちはその隙を逃さず、たちまちその強靭なあごが巨人の足元に喰らいついた
!
「あ・・・あぁ!い、嫌だ!嫌だー!助けて、助けてぇ!」
リュウヒの声は悲鳴であった。蟲の1匹に取り付かれ、完全に平静さを失っている。
機
体を必死に動かそうとするも、喰い付いた蟲の所為で逃げることすらままならない。
そのためますます混乱に陥ってゆく。
「どうする・・・どうすりゃ良いんだよー!・・・うぅぅ」
 マサキもまた、満身創痍である。体中の神経が危険信号を出している。
彼の17年間の人生の中でこれほどの恐怖に襲われたことは無かった。
しかし今、マサキの隣には死神が座っている。その鎌がいつ振り下ろされてもおかし
くは
ない状況だ。
 マサキのシャルラッハロートは足に喰い付いている蟲の頭部めがけて剣を振るっ
た。そ
れは命中し、鈍い音と低いうなり声とともに蟲はあごを離した。
食いつかれていた部分の装甲はひしゃげ、あごの力の強さを示した。
(あんなので直接噛み付かれでもしたら・・・・・)
 おそらく命はない。「死」あるのみ。
 マサキは今すぐ逃げ出したかった。何もかも放り出して遁走したかった。それは
リュウ
ヒも同じだろう。
しかし、2人は取り囲まれ、おぞましい奇声を浴び、自分たちを殺そうという意思に
攻撃
され、逃げる隙すら与えない。
第一、この巨人の鈍足では逃げられないだろう。
 マサキの乗機に2匹の蟲が激しい攻撃を加え始めた。剣の威力が大したことが無い
のを
知ってか、果敢に突っ込んでくる。その片方はあのリーダー格の蟲である。
あごによる噛み付きのみならず、硬い皮膚に覆われた6本の足も使っての肉弾戦を繰
り広
げる。
マサキはそれでも器用に回避行動を繰り返し、何度も剣を振るった。
そして大きな蟲に全力で叩き付けると、どうだろう、なんと、刃が真ん中からバキン
と
折れた。刃の焼付けが悪かったのか、使い古されていたからなのかは分からない。だ
が、
マサキが唯一の武器を失ったことは確かだ。
同時に希望は失われ、絶望だけが残った。
「も・・・もう駄目だ〜〜〜!死ぬ!死ぬ〜〜〜〜〜!だ〜〜〜れか〜〜〜、
た〜〜〜す
けて〜〜〜!」
 まさきは狂気に支配され、引きつった顔で叫んだ。
 その一方、奮戦も空しく、やがて隣で戦っていたリュウヒの機体がバランスを崩
し、
蟲に引き倒された。その右足は度重なる攻撃に耐え切れず、膝から千切れかかってい
た。
リュウヒの巨人を通しての視界には蟲が2匹、目の前に迫っていた。
彼は大きな悲鳴を上げ、巨人は剣を振り回す。1匹がその剣を持つ腕に喰らいつき、
本
体から引きちぎろうと体を動かした。その間にもう1匹がシャルラッハロートの胴体
に
組み付き、リュウヒのいる胴体にあごを近づける!破滅は間近であった。

 リュウヒの機体の胴体に蟲のあごに喰らい付き、その外装を押し潰し始めた。
リュウヒの乗る操縦席の外板も軋みながら歪んでいく。外を映し出す画面にもひびが
入り、
みるみるうちにそれが広がっていくのである。
「あ・・・・・・あぁ・・・・・ああ」
 リュウヒはもう何も考えられなかった。半ば意識は途切れ、ただ死の恐怖だけが
あった。
目からは涙が溢れ、体中の力が抜け、失禁していた。
 あと十秒遅ければ、リュウヒは外装ごと押し潰されていただろう。
ところが、巨人の胴に喰らいついていたはずの蟲は、大声で叫びながら頭部を空へと
向
けていた。
 リュウヒは恐怖に耐えられずに気絶しており、その光景を見たのはマサキと、「張
本人」
達だけであった。
 蟲の頭部と胸部の間に、背中から深々と刃が差し込まれていたのである。
そしてその刃の取っ手は巨人の両腕によって握られていた。そして蟲の後ろには、当
然巨
人がいた。マサキでもリュウヒのでもない、3体目の絶対装甲であった。
 マサキには、その光景を見たのはずいぶん長い間のように思えた。夕日を背に、
蟲の外殻を貫いたその奏甲は、シャルラッハロートと外観を異にしていた。
自分たちの乗る巨人よりも幾分スマートに見える。
 マサキたちはかの巨人の接近に全く気がつかなかったが、それは蟲も同様。
 その蟲は突然の攻撃に全く対応できなかった。人間でいう首を貫通され、
うめきを上げて痙攣する。
突如現れた絶対奏甲は蟲からすぐに刃を引き抜き、蹴り飛ばした。
そして続けざまに、リュウヒの機体に取り付いていたもう1匹に狙いを定めて両腕を
振り
下ろす。その刃は片刃の、俗に言うサーベルであった。
突くよりも切ることに重点に置いた西洋刀である。
 異様な速さで、勢い良く振り下ろされたサーベルは蟲の体を容易に引き裂き、蟲は
体液
を滴らせながらのたうち回った。なんという威力。
 マサキは自分の周りから蟲が離れていくのが分かった。おそらくマサキは無力と判
断さ
れたのだろう。それでも、標的から外されたというだけで、マサキは安堵を感じた。
 残る2匹の奇声蟲の敵意は全て、自分たちの同胞を傷つけたその奏甲に向けられて
いる。
そして、呪詛の念を表現するかのようにあの恐ろしい奇声を放った。それはマサキに
も
届き、再び酷い状態になった。
 しかし、その奏甲は奇声を全く意に介さず、サーベルを横に構えるや否や、
尋常でない速度で蟲たちに突っ込み、瞬く間に2回得物を振るった。そして小さい方
の蟲
の頭は落ち、大きい方の蟲の頭はかち割られた。文章にしてわずか3行の間にであ
る。
 マサキは信じられなかった。自分たちがあんなに苦労して、
1匹も仕留められなかった化け物を、この奏甲の操縦者はいとも簡単に切り刻んだの
であ
る。リュウヒを襲っていた2匹もすでに絶命していた。
 夕日に輝くその奏甲はまさにヒーローそのものだった。
「・・・・そちらは、大丈夫か!?」
 奏甲の無線機とも言うべき「ケーブル」を介し、男の声がマサキの操縦席に響い
た。
それほど若くも、年老いてもいない声である。慌てて返事をしようとするが、
蟲の奇声を浴び続けたために頭が酷く痛い。おまけに吐き気もする。
その所為で上手く話せない。
「あ・・・・・・・うう・・・・な、なんとか大丈夫・・・・です、はい・・・・」
「そうか、良く頑張ったな。そっちは?」
その男はリュウヒに向かって話し掛けているらしいが、返事は返ってこない。
「・・・・気絶しているのか?なら良いがまさか死んでいるのでは・・・」
「し、死んでる!?」
吐き気を抑えつつマサキが聞き返した。
「いや、可能性の話だ・・・まだそうと決まったわけじゃない・・・確かめてみなけ
れば」
その男はそう言って巨人を歩かせる。その動きには先ほどの機敏さはない。
まるでさっきまでのことが嘘のようだ、とマサキは感じた。
ところで、とその男はマサキに言った。
「蟲はこれで全部なんだな」その言葉には不自然な重みがあった。
「あ、はい・・・・・・・1,2,3,4・・・・・・・4・・・・・4・・・・
4」
 マサキは凍りついた。
確か最初、蟲は全部で5匹。
なのにここには4つの死体しかない。
これが意味するものは?
その答えはすぐに返ってきた。それも最悪の形で。
彼らの後方には集落があった。ティーベン村が。
その村の家屋の一つが煙を上げて崩れた。そしておぞましい声が響く。
マサキとリュウヒは一匹取り逃がした事に気づかなかった。気づけなかったのだ。
「なんで見逃がしたんだ!何故気づかなかった!」
 男はそう叫び、巨人を走らせた。風のごとくに。自分たちの過ちに凍りついたマサ
キを
残して。
 やがて轟音が響き、蟲の叫びがもう一つ上がった。体を斬られ、
末期の悲鳴を上げたのである。
 マサキはがむしゃらに奏甲を動かし、村に向かった。巨人は戦闘によって疲労し、
各所が酷く軋んでいたが全く気にならなかった。気にする余裕が無かったと言うべき
か。
リュウヒを取り残している事にさえ気づかなかったのだから。
 村に入ったマサキが目にしたのは、切り裂かれた蟲の遺骸、それに人・・・。
家屋が崩れ、その下敷きになった老婆がいた。そしてその横には・・・・
「な・・・・・・・うあぁぁ!」
足元を拡大した画面を見たマサキは悲鳴を上げた。家屋の横に女性が倒れていた。
そして、その女性の腹部には血で染まった穴が穿たれていたのである。それも1人で
は
なく2人。
 そのうちの1人は、ついさっき、マサキとリュウヒに絶対奏甲について説明したあ
の女
性であった。御武運を、と激励して送り出してくれた人が、今は地面に横たわってい
た。
 日は今まさに地平に沈もうとしていた。マサキたちの長い長い黄昏が終わるのだ。
 そして夜が来る。




あれこれあとがき:寒くなってきましたが(意味不明)、やっとこさ第3話です。
戦闘シーンは難しい・・・ですが、やっと執筆も軌道に乗れそうな感じなので、
頑張ります。あと、主人公が情けないのは標準仕様です。

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