もう何度目だろうか。初めてこの世界に飛ばされた時から、どのくらいの時間が経ったのだろう。
戦い、傷付き、倒れ、立ち上がり、また、戦う。
相も変わらずこの世界は往々にして戦争を繰り返しているみたいだ。
緋色の名を冠する鋼鉄の兵達が戦場を駆け巡り、白銀色の強大な鎧は溢れんばかりの力を発揮し、踊子たる赤紫の魔術師は眼に見えぬ金剛糸にて、敵を、殺す。
蒼空には飛燕が舞い、大地には巨大な蟹と甲虫が群れを成す。金色の軍馬達は勇壮な行進を続けている。その全てが、一つの目標に向かって。
紫月城。
何もかも、今までと同じ。
異界であの女が言ったとおりだった。
全ては、繰り返す。
幻奏戦記Ru/Li/Lu/Ra外典
Episode1 流転
ポザネオ島、翡翠の峠の野外陣地。
俺達の部隊は最後の突撃前の簡単な補給を行なっている。
俺は自分の機体の中にいた。整備も終了し、食事も便所も着替えも済ませたから、後は出撃を待つだけだった。機体の眼が眼前の情景を捉える。慌ただしく動く整備兵、調律中なのか英雄と歌姫と整備兵らしき人影が同じ奏甲に何度も乗り込んだり降りたりしている。既に己の愛機に乗り、手に武器を取って出撃をしている者もいる。
それらを見る度に、あの言葉を否応無しに思い出させられる。これで6回目だろうか。
「ねえ、私達も準備しない? 部隊もそろそろ動き出すでしょ」
奏座の上で力なく寝そべっていると、眼下の相棒が言ってきた。昔だったら暴言の一つでも吐いていただろうに、今では立派な歌姫だ。
「おう。んじゃ行くか」
ぶっきらぼうに言葉を返す。お互い何度も共に修羅場を乗り越えてきた仲、何も遠慮する事はない。
「はーい。じゃあ詠唱に入るわ」
相棒のチョーカーが光る。手馴れたものだ。初めは起動させることで精一杯だったというのに。
それと同時に機体のエンジンに火が入る。歌姫の詠唱は幻糸炉を活性化させる。活性化した幻糸炉が機体の全体に力を込める。だらりと伸びた両腕がしなやかに曲がり、その両手に一振りずつダガーを握った。両脚は下ろしていた腰を力強く押し上げる。機体の全身からふわりと光が沸きあがり、剥き出しの幻糸筒が小刻みに振動している。出力正常、状態確認、兵装確認、問題なし。
「調律は? この子って結構気難しい子なんでしょ」
「ああ、ヴァッサァで済ませた通りでいいだろ」
相棒に返す。俺の機体はヘルテンツァー。戦場に死を振り撒く赤紫の踊子。
「ちょっと、最大稼動出力の実験のままでまた出るつもり!?」
「らしくないな…チャッチャと終わらせたいんだよ、チャッチャと」
相棒は不満らしい。確かに、最大稼動出力を維持したまま戦うという事は歌姫にとっては相当な負担になる。
「全く…これで落ちたらどうするつもりよ? 相手は女王かもしれないんだから…」
半ば呆れ気味の口調で尋ねてきた。
「何言ってるんだ。落ちたらそれまで、7回目の始まりだろ」
俺は返した。そもそもこのイカレタ連鎖を断ち切る為にこの機体を選んだ事は、相棒も承知だろうからそれ以上は言わない。
「分かった…」
それを察してか、これ以上相棒も文句を言わなかった。
「よぉ〜う、準備できたかブラザー、ん〜?」
後ろにいる仲間がケーブルを使い、あからさまに軽いノリで話しかけてきた。
ドッカー・シュリンゲン。元々現世ではベーシストだったらしい。西欧系の顔立ちの陽気な奴だ。何故か俺の事を気に入り、『ブラザー』と、呼んでくる。
「おうよ、これから出張ろうと思っていた所だ」
同じヘルテンツァー。だが装備は右手にレイピア一振り。エスクリムを多少かじったことがあるという理由で、自分が1番使い慣れた武器を選択している。その腕前は荒削りながら中々のものである。
「そいつぁ丁度イイ。オレッチも今さっきチューニングが終わった所でさぁ」
「御機嫌だなドッカー、今度のギグは正念場だぜ?」
少し脅かすような口調で言葉を返した。まぁ、これ位で動じるような奴ではないが。
「オーケィオーケィ上等上等、だったらオイラが最高に盛り上げてやるぜヒャーッハッハッハ!」
言いながら笑い、ドッカーはヘルテンツァーのレイピアを構えた。
「期待してるぜ、ムッシュ・アトス」
「任せとけ、ブラザー」
「だったらアンタはダルタニアンか、隊長?」
二人してケーブルで会話をしていると、乱暴な口調の女の声が割り込んできた。
「俺は主役って柄じゃねえ。せいぜいその他大勢の兵隊さ、ミス・レイン」
応じて言葉を返す。相手はレイン・マカーブル。明らかに偽名だろう。死神の雨だなんて縁起悪いどころか人の名前じゃない。だが、名前に反して東欧系の透き通るような顔立ちに、鋭い視線が印象的な美しくて”怖い”女性だ。
「ふん、まあいい。だがコイツの下品なエスクリムにアトスの名は大仰過ぎる。三銃士の顔に泥を塗る気か?」
「るせえよこの爬虫人類! テメエ本当に体温あるんか、アア?」
また始まった…レインもエスクリムの使い手、それもかなりの達人だ。一度だけドッカーと手合わせている所を見たが、話にならなかった。勿論、ドッカーの方が。
そして気が付いたらお互いがお互いのヘルテンツァーにレイピアを向けている。姿勢を低く構えているドッカーに対して、凛とした姿勢で上から覆いかぶさるようにその剣先を抑えるレイン。そして、予定調和の乱闘ごっこはいつも通りに終わりを迎えようとしていた。
「はいそこまでよー。双方とも剣を収めなさいー」
間延びした口調で話しかけるもう一人の仲間、クリステル・ロドリゲス。いつものんびりした感じの南米系の明るい男。同じくヘルテンツァーに乗り、アームガンを二門装備している。
「…ちっ。テメェ次のギグが終わったら覚えとけや!」
「戦場を音楽祭りと勘違いするような輩と話す舌は持たぬ」
ドッカーの機体が中指をおっ立て、レインの機体は相手にしないと言わんばかりに片手を振った。
「あーもー、二人とも出撃ですよー。仲直りして下さいよー」
クリスがのんびりと二人をなだめる。いつもこのパターンだ。
「クリス、もういい。出撃の時間だ。総員準備」
呆れた口調で俺は言い放った。
俺の部隊はヴァッサァマイン所属、第28独立奏甲小隊。
ヘルテンツァーのみで構成された強襲部隊である。
強襲部隊とは言っても、実の所問題児だらけの愚連隊。
俺は運悪く、そこの隊長に選ばれてしまったわけだ。
更に詳しく言えば、ヴァッサァマイン国籍、評議会所属の第28独立奏甲小隊。
通称『鳴かず飛ばずの愚連隊』
「ヘイ、ローラ。アンプの調子はどうだい?」
「異常ありません。順調です、マスター」
ローラはドッカーの歌姫。どうやら尽くすタイプらしい。
「ドッカー機、準備完了っと。コールサインはハート1でヨロシクッ」
機体で敬礼の仕草をしながらドッカーは言った。
「アナスタシア、増幅器の加減は?」
「えっと…アッ!」
アナスタシアが急に叫ぶ。彼女はレインの歌姫である。
「どうした、アナ!?」
「…あっ、大丈夫です。ちょっと目の前にトカゲがいたもので」
「心配させるな。レイン機、準備完了。コールサインはダイヤ1」
アナは爬虫類が苦手らしい。
「爬虫類が駄目か…どこぞの粗暴な歌姫に比べたら、女の子ぽくてイイねぇ」
「何ちゃっかりチェックしてんのよ」
不意に相棒から突っ込まれた。
「いいじゃないか、たまには」
おどけて誤魔化した。まあ、こいつも人並に妬く所があるからなぁ…
「帰ってきたら覚えときなさいよ、この…」
「そうそう、その調子だよダイアン」
大分昔の調子に戻ってきたみたいだ、こいつも。
「ダ…って……」
「……あーのー、クリステル機、歌姫共々問題ないですー。コールサインはクラブ1でー」
ダイアンの言葉を遮り、クリスが報告をしてきた。
「英雄様、もう少し言葉遣いをしっかりして下さいよ。頼みますから!」
「ルーシー、だってこれは癖だからさー、勘弁してくれよー」
ルーシーはクリスの歌姫。けっこうしっかり者だ。まあクリスが相手じゃ、ことさら気苦労が絶えないだろうけど。
「よぅし、ダイアン。覚悟はいいか、お嬢様?」
「はいはい、問題ないですよー。何時でもどうぞー」
先程の俺の態度に腹が立ったのか、返事がそっけない。まあいいか。
「よーしよし、それじゃあ姫様達はお留守番だ。サポートしっかり頼むぞ」
了解、と女の子特有の可愛い甲高い声で一斉に返事が来た。
そして最後の準備完了の宣言、俺の番が来た。
本来と違う所は、俺は今、俺ではない事。
「各機に通達、幸運を祈る。ソウタ・フカイデ、コールサインはスペード1、準備完了」
そして深呼吸。
俺は今度こそ生き残ってみせる、絶対に。
「全機浮上、目標は紫月城! 出撃!」
叫び終わると同時に、4体の赤紫の絶対奏甲は蒼い光を放ち、宙へ浮かんだ。
4つの蒼い光は上昇し1つの光の束となり、紫月城へ向かい、飛んでいった。
Episode1 END