僕は、確かに夢見ていたはずなんだ。

  誰もが幸せに笑える世界を。

  誰もが傷つかずに住む世界を。

  僕は、そんな世界を作ろうと夢見ていたはずなんだ。

『イルイー――――――!!!!』

  僕は、愛する人の名前を叫ぶ。

  もう、何も失いたくないから……。

  嵐の中で見つけたただ一つだけの真実。

  イルイ、君が好きだ。





























「……で、いったいどんな状況下にあるんだ、俺は?」

「谷から落ちたんだよ、お兄ちゃん」

  隣にいるスイカが、にこやか〜な笑顔で言ってくれる。

「そうかぁ、あまりに唐突な展開過ぎて、お兄ちゃん電波受信してたよ」

  そして、現実逃避を無意識のうちにしていた俺。

  危なかった。

  電波ワールドから帰ってこれなくなるところだった。

「……ちっ」

「おい、ちょっと待てよ、今のちっってなんだよ、おい?」

「気にしたら、人生の負け犬になるよ、お兄ちゃん」

 さて、ただいまの状況説明をしますか。

 俺たちは今、前回の話で上っていた山道から900メートルほど落下し、谷底に埋まっている状態だったりする。

 なぜ谷底におちているのか。

 それは、きわめて簡単な理由だった。

「まぁ、谷底に叩き落とされた時点で、お兄ちゃんは負け犬確定だけどね」

  そう、あの間違えて叩いてしまった英雄に、持ち上げられた上に、投げ捨てられたのだ。

「まったく、ちゃんと戦ってよね!お魚がかわいそうでしょ!」

「おまえがまともに戦闘稼動させてくれたら、少しは戦えたんだ!!」

「え〜〜〜〜!」

  いかにも不満たらたら、といった感じで声をあげる翠霞。

  ちなみに、落下の衝撃でコックピット内がぐちゃぐちゃになっているために、なぜか俺の膝の上に座っていたりする。

「何だ、その不満げな声は」

「だってぇ……めんどいし、痛いし?」

  こちらは死にかけたんですけど?

  めんどいの四文字のせいで、谷底に落とされましたよ、俺たち。

  どう思います、皆さん?












「いるい、イルイ!!!」

  俺は、愛する人を胸に抱きかかえながら、その愛しい名前を叫ぶ。

  胸が血に濡れるがかまわない。

  抱きかかえた体は、どんどん冷たくなっていく。

  まるで、血が絶望を示すかのように、心には絶望が満たされていった。

「……ゼルやん」

「イルイ!?」

  絶望に満たされた心に、光が差し込んだ。

  抱きしめる腕の力を強くし、もっと近くで顔を見れるように。もっと近くで言葉をもらさずに聞けるようにした。

「ゼルやん……あのね、私……」

  言葉は、のどに血がついているせいかひどく掠れ、いつもの声は見る影も無い。

  だが、必死に、まるで最後……いや、本能で悟っているのだろう。

  これが、自分が他者に思いを伝えられる最後のときなのだと。

「なんだ……?」

  泣いているんだか、微笑んでいるんだか分からない微妙な顔で俺はイルイを見る。

  これが、愛しい者との最後の会話となる。

  いつまでも、いつまでもこの会話を覚えていられるように、一言たりとも逃がさぬよう、耳を傾ける。

  そして、最後の言葉。

「ゼルやん……私……できちゃった(ぽっ)」

「え”……」

「ぐほっ」

「え、イルイ、ちょ、目を開けてくれよ!最後の言葉の意味は、ねぇ、ちょっと、答えてよ〜〜〜〜!!!」







「はっ!?」

「帰ってきた?」

  またまた、電波ワールドに旅立っていた俺は、どうにか正常な世界に復帰する。

  状況を改めて確認しようとあたりを見回す……

  そこは、戦場だった(爆

「なぁ、翠霞。色々と言いたい事があるが、まず殴らせろ」

「え〜痛いし、やだ」

  説明しよう。

  目を覚ました俺の目、まず飛び込んできたのは、戦場特有の煙舞い上がる空。

  つまりは、奏甲のコックピット内にいなかったのだ。

「……ブラオは?」

  試しに聞いてみることにする。

  まぁ、もっとも、まともな回答が帰ってこないことぐらい予想しているから、拳をスタンバイしておくが。

「ん?お魚はねぇ……産休?」

  …………。

  生まれる!?

  繁殖!?!?!

「違います、増殖してるんです!!!!」

  突然聞こえてくる、聞き覚えの無い女性の声。

  しかも、明らかに”心の中の葛藤”を聞いている。

  これは、もしや……

「く、私の同類が来たみたいだね、お兄ちゃん」

  翠霞と同等クラスの電波受信者か!!

「おい、サレナ。いきなり訳の判らないことを言ってないで、早くあの気持ちの悪い魚をどうにかするぞ」

「訳のわからないことってどういうことですか!私はちゃんと話し掛けられたから、返答しただけです!」

  目の前に、いつのまにか見覚えの無い奏甲がいる。

  ちなみに、俺は魚以外の奏甲はほとんど見覚えが無かったりする。

   しょうがないだろう!なぜか知らないけど、工房に魚しか置いてなかったんだから!!

   まぁ、それはともかく。

  先ほどの声は、どうやらこの奏甲から聞こえてきていたようだった。

「カイゼルさんこそ、あの可愛らしいお魚のどこが気持ち悪いというんですか!」

「いや、増殖している時点でどうかと思うぞ、サレナ」

  増殖?

  そこで、はたと気が付いた。

  先ほどからなにやら、増殖がどうとか言っているが、どういうことだろう、と。

 なにやら、皆後ろの方を見ながら言っている様な気がしたので、後ろを見てみる……と、そこには。

ぼぉおぉ おぉぉおおおおおおおおおおおOOOO!!!!!!!!!!!!!!

 某初号機並に暴走しているお魚と。

びちびちびちびbちびtびtびtび tbtbちtbちbちtbちbちbっちbちbちtbちbちbっちbちbちtbちbちbちtbちbちbちtび

 大量の小さなお魚がいた。

「……これはいったい?」

「あのこの子供です!カイゼルさん!奏甲って子供産むんですね!」

「知らない、俺は何も知らないぞ……」

「ふふふ、あははははははははははははは!!!!!」

 世界はまさにカオス〜混沌〜と化している。

 呆然とする俺と、カイゼルと呼ばれる英雄の奏甲。

 妙に興奮して、お魚の出産シーンを熱烈に語るサレナと呼ばれた歌姫。

 そして、表情を変えずに高笑いする翠霞。
 
 









次回 お魚の真実!

君は、ある一つの神秘に出会う!!!