「はぁ、はぁ、はぁ」
夜、双月が空から淡い光をポザネオの街へと降り注がせている時刻。
「お、お兄さん、わたし、もうだめ……」
「がんばって、小雪ちゃん。もう少し走れば、大丈夫だから」
住宅がある一定の法則に従って建っている為にできる、裏路地を、一人の青年と、その青年に手をひかれた少女が走っていた。
見れば、青年の額や、少女の額から、大量の汗がしずくとなって、流れ落ちている。
既に結構な距離を走ってきているせいか、二人の足はもつれかけているが、青年のほうは、しきりに後ろを振り返りつつ必死に走っている。
だが、少女のほうはその体格に違わず、体力はあまり内容で、もう既に顔が真っ青になり始めていた。
それでも、二人は限界を超えて走りつづける。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
入り組んだ路地を細かく曲がりながら、二人は走る。
いったいどこへ行こうといているのか?
どこまで走れば安全なのか?
(くそっ、もう小雪ちゃんが持たないぞ……どうする?)
それは、少女の手を引く青年にもわからないことだった。
そして……その無計画さが、最悪の事態を招く。
「ピ
カァ……」
突如、あたり一帯に響く無気味な泣き声。
その声に、走っていた二人は凍りつく。
「お、お兄さん……」
少女は、隣で、同じようにして固まっている青年の腕につかまる。
その様子は、さながら世界の終わりが来たかのような、諦めと絶望に満ちている。
そして、青年の表情も指して、少女と変わったものではなかった。
絶望、諦め……もう、どうにもならないとわかったものが見せる表情。
だが、それでも少女だけは逃がそうと、必死に何か無いかと頭の中で思考をめぐらせているのが、その青年と、少女の違いだろう。
しかし、それをもあざ笑うかのように、その”終わりの魔獣”はやってきた。
「ピガァ……」
黄色い、8頭身の体。
横に、薄く線を描いたかのような、朱をさしたように紅い口。
その体躯に不釣り合いなほどに短い、二本の腕……いや、この場合は前足というべきだろう。
ギザギザの、稲妻のような形状をした尻尾が、楽しそうに左右に揺れている。
そして、極めつけて異様なのは、その顔の両頬にある、血のように紅く染まった丸い斑点。
「……もう、終わりなのか?」
青年が、誰にも聞こえない声量で呟く。
その丸い斑点から放たれた電撃により、数多くの人間が犠牲となっているのは有名な話である。
そして、その電撃から逃れられる方法が皆無に等しいのもまた、同じくらいに有名な話。
「……お兄さん」
ぎゅっと、少女が青年の腕をさらに強くつかむ。
「……大丈夫、大丈夫だから、小雪ちゃん……大丈夫」
青年は、自分の腕にしがみつき、泣きそうな顔で上目遣いに顔を見上げてくる少女に、精一杯の強がりを見せつける。
その言葉は、きっと青年自身にも向けられていただろうに、青年は優しい微笑みを顔に浮かべている。
「ピカァ”ッ……!」
その様子をしばらくの間見ていた黄色い生物。
突然、奇声を発すると、頬に青白い電撃が見え始める。
(……来るのか)
その様子から、ついに終わりの時が迫ってきたことを実感する。
青年は、少女の顔をじっと見詰める。
そして。
「……来いよ、ピカピ13!!!!おまえなんかに小雪は渡さない!!!!!!」
少女の腕を振り払うと、青年は黄色い死神をめがけて走り出す。
そして、それに応じるかのように。
「ピィガァヂュウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!!!!!」
蒼い電撃が、青年をめがけて走る。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ポザネオ市の裏路地に、幼い少女の叫びが響いた。
紡がれ始めた旋律、歌われ始めた詩。
この詩はそう、いつの日か。
あいつが歌う愛の詩。
悲しみが、調べに乗りて、世界を巡る。
その調べ、止む事を知らず、ただ、響きつづける。