「突発企画:密林でであった『それ』」














 ずりゃずりゃ、と鬱蒼と茂る森に奇妙な音が響いていた。ただでさえ木々に光を遮られ、薄暗い森は、その音で不気味さを当社比5割り増しの状況にあった。 森に潜む普段は獰猛な獣たちも草むらや、木の上などでじっっっと息を潜めている。 

 その音を響かせているものは、ひとえにこの世界において異質だった。森を疾駆する姿は異形の名にふさわしく、その時に生じさせる音はまさに、雑音(ノイ ズ)というにふさわしい音だった。

 その鬱蒼と茂った森は程よく村に近い位置にあった。別に村のすぐ後ろに位置しているわけでもないが、決して無視できる場所でも無い……という絶妙な位置 関係。

 そんな位置関係だからこそ、当然、その村に住んでいる村人たちも例外なく、森から響く異質な雑音を耳にしていた。

 ずりゃずりゃという異質な雑音。時折響く大木がへし折れる音と、飛び立つ鳥達の悲鳴にも似た囀り。

 そんな、異質な状態がかれこれすでに3日間休むことなく続いていた。昼夜問わず鳴り響くずりゃずりゃという雑音。当然の如く、人々の精神は徐々に、徐々 に狂気に犯されていったのだ。

 そして、我慢も限界に来た村人の一人が殺傷事件を起こしたことで村長はついにその重い腰を上げたのだった。

『英雄じゃ……旅をしている英雄を雇うのじゃ』

 その言葉に、異議を唱えられるものなど、いくら自由民の村だとは言え今回ばかりは何も言えなかった。それほどまでに、村人たちの疲労は限界に達していた のだ。

 翌日。自由民から評議会に直接依頼が申し渡される。それは、歴史上まれに見る、異例の出来事であったことは言うまでも無い。

 その、歴史に刻まれるであろう依頼に参加すべく、自由民の村に6組の英雄&歌姫ペアが集まる。

物語は、ここから始まった。







「ま〜〜〜〜〜〜〜〜〜た、自分からトラブルを招き寄せようってのか、この移動型災害誘発装置搭載式すっとこどっこい馬鹿娘は!!!!」

 森の中に三十路近いと思われる男の、野太い声が響き渡った。声からは、余りある怒りのオーラというか、思念がもれに漏れ出している。このような薄暗闇の 森で、いきなり背後からこんな声を出されたら心臓麻痺を起こす輩も多分にいることだろう。

「何よ、何よ!!!フレドだって『任務内容の割には高い報酬だな(にやり)』とか下卑たいやらしぃぃぃいい笑みを横顔に浮かべて、大通りを横断してる明ら かに熟女ですよ〜って歌姫をストーキングしてたじゃない!!!!」

「いや、誇張しすぎだろう、さすがにそれは?」

 その心臓に悪い声に対して、真っ向から言い争っているのは、まだ、多分に幼さを含んだ少女の声。きっと、年齢的には16歳くらいがいいところだろうと思 われるような、気の強いだけではない元気さが滲み出ているようだ。

「え“……フレドさんって、マダムキラーだったんですか?」

 その誇張と詐欺と捏造にまみれた罵詈雑言を真に受けて信じてしまった者もいた。少し、丁寧な口調が実年齢から2歳ほど声の主を若く見せてしまうことは想 像に難く無いような、そんなやさしげな口調のものだ。

「……すみませんが、少し離れて歩かせていただきますね、フレドさん」

「あ〜……それはしょうがないかも……」

 それに続いて言葉を返すのは少し落ち着いた感じのする女性の声と、これまた幼く華奢なイメージを髣髴とさせる少女の声だった。女性の声には並々ならぬ 『嫌悪』感があふれ出ており、その女性の歌姫だと思われる少女の言葉も、どこか苦笑が混ざっている。

 「おい、エルシーアさん!俺に弁解の余地ぐらい与えろよ!!!!」

 一番最初に声を出していた中年(まだ中年じゃねぇ!!)の男性がそれらの反応に対して悲しい足掻きを見せたが、所詮は無力な人間に過ぎず、努力は実を結 ばなかったようだった。

 何故ならば、足掻いた後でさえも、酷く覚めた目付きや、刺さるような視線はまったく変わることが無かったのだから。中年男性の顔にはきっと男泣きの涙が 浮かんでいることだろうと、容易に想像できる状態だった。

 ともあれ、この集団は、何もいつも協力して旅をしているPTというわけではまったく無い。ここまでくればもはや説明する必要も無いと思うが、自由民村の 依頼を受けた英雄達ご一向というのが、この者たちなのだ。

 先ほどの会話は、歌姫たちは自由民村からケーブルを通して、英雄たちは奏甲のスピーカーで直に話していたのだった。

 たとえ、会話の内容が任務中っぽくなくっても、たとえ、中年男性が男のアイデンティティーに本気で泣いていても、このものたちは一応『歴史に残る任務』 に携わる『一流(?)』の英雄達なのだ。

「……トラブル娘め、ただじゃおかねぇ」

 今の状態で死んだら、間違いなく怨霊としてこのアーカイアの世界をさ迷い歩くことになりそうなほどに怨嗟をたっぷりと含んだ、男の悲しい呟きが森に、奏 甲のスピーカー越しに響き渡った。

「マダムだけじゃなく、ロリータも好きなのですねぇ……」

 唯一、何故か生身でその中年(まだぎりぎり中年じゃねぇって!!!)英雄の奏甲に乗っている雷華という名の青年が、そんな処刑宣告というか、処刑そのも のじみた突込みを入れているとき、すでに、探索のために森に侵入してからかれこれ1時間ばかりが経過していたのだった。



☆☆☆



ズリュ、ズリュ。

「来たぞ、奴だ!!!!!」

 自由民村で聞かされたのとまったく同じ雑音(ノイズ)が森を探索していた中年英雄とその愉快な仲間達(……女性を見境なく襲うような方と一緒にしないで 頂きたいです)の耳に届く。この森という環境にしては、明らかに異質な音。

「くぅ……な、何ですか、この聞くだけで肌が粟立つような音は!?」

 女性だからだろうか、こういった音を生理的に拒否してしまうのであろう。探索隊の中で一番明確な拒否反応を示したのは、エルシーアだった。エルシーアの 脳裏に、テレサの心配そうな思念が届くが、それも気休め程度の効果しか生まない。それほどまでに、この音は常識を逸脱している音だった。

「……あそこ、何か動いていますねぇ」

 唯一生身で森の中に身をさらけ出していた雷華が真っ先に異常に気が付いたのは、エルシーアがその反応をどうにか沈めることに成功したときだった。

「……なんだ、ありゃあ?」

「…………(ひくっ)」

 驚きの声を思わず上げてしまった中年英雄。あまりのおぞましさに無言で顔を引きつらせることしか出来ないエルシーア。

 それは、二人の反応が指し示すとおり、あまりにも異質で、あまりにもおぞましかった。

シャアアアア!

 『それ』があげる鳴き声。

た、助けて……く、くわ……食わ れる……


 『それ』の周りから聞こえる小さなうめき声。

出 せ、だせって言ってんだよ!!!くそ、弾は無いのか!?!

 『それ』の中から聞こえてくる叫び声。

は はははは!!!素晴らしい……素晴らしい!!!これこそ、私が求めていたものだよ!ハーメルン殿!!!!

 『それ』の上から響き渡る笑い声。

何で、何でヘビーガトリングガンが効かないんだよ、こいつ……化け 物めぇ!!

 『それ』の前方から聞こえる、唯一まともそうな声。

 鬱蒼と茂った森は、一気に混沌(カオス)ワールドと化したのだった。

  ズリュ、ズリュという奇怪な雑音とともに迫ってきたそいつの全容が、ついに探索隊の視界でも捕らえられる位置に来た。

☆☆☆

 それは、強大な魚。それは、強大な怪物。それは、強大な恐怖そのもの。

 森の中、奇怪な音とともに現れた『それは』どう見てもブラオヴァッサァだった。日頃、お魚の愛称などで呼ばれている影ながら人気の高い機体なのだが、あ いにく陸上での戦闘はてんでだめで、使用用途が限られるという、当たり前といえば当たり前の欠陥がある機体だ。

 もちろん、森の中で出会うはずもなければ、陸上をズリュズリュと引きずりまわれるほど頑丈な奏甲を持っているというわけではない。まさに、森においては 異質な存在と言わざるをおえないだろう。

 だが、このお魚が異質な理由はそれだけではなかった。

「……なんですか、この無駄に大きなお魚さんは?」

「さ、さぁ……?」

 日頃、冷静で穏やかな口調の青年も、少し焦り気味の様子だった。それに返すエルシーアの声もまた、先ほどと変わらず生理的悪寒から引き攣ったものだ。

 そのお魚はあまりにも巨大だったのだ。奏甲のなかでは最大級といわれるゼーレンが小さく見えてしまうほどに。

 その、本来小さいはず……というか、付いているはずが無い口には、一機の奏甲が咥えられている。ビリオーン・ブリッツの改修機であろうそれは、腕だけを 噛み付かれた状態で、宙に浮いていた。そろそろ、腕の関節が重量に耐えられずに分裂してしまうことだろう。

「た、助けてくれ!!!」

 そのビリオーンからスピーカー越しに響く悲哀に満ちた叫び声。当たり前だろう。誰が、お魚に奏甲ごと食われると想像するだろうか?誰が、そんな状況が本 当の現実で起こりうると思うだろうか?

 だが、それが現実に起こってしまったからこそ、かれは形振り構わず助けを求めていたのだった。

 お魚のサイドからは、絶えずバラララララ、という銃声が鳴り響いていた。聞く人が聞けば、それがガトリングガンのフルオート連射音だと、しかもオーバー ヒート目前の音だと気がつくだろう。

 その英雄は、ただ一人、『まとも』に戦っていた。諦めることなく、絶望することなく……あきれることなく、戦っていた。

「くそっ、くそっ、くそぉおおお!!!」

 スピーカーから漏れて来るそんな苛立ちの声は、本人が大真面目に戦っていることを何よりも確かに語っていた。例え、口に咥えられてぶら〜ん、ぶら〜んと 揺れるビリオーンに玉が8:2の割合で着弾していたとしても、かれは大真面目だったのだ。

 ちなみに、被弾しているビリオーンの英雄が出す声も、かなり悲哀を帯びてきているのには、やっぱり気がついていないようだった。

 しかし、そんなのがどうでも良いくらいに大変な人がいた。

「くそ、くそ、くそ!!!」

 ヴァッサァマインの体内から響く男性の声。そう、もう一度言おう。

 ヴァッサァマインの「体 内」から響く男性の声。

 スピーカー越し特有の少し掠れた感じがする声は、その男性英雄が、「奏甲ごと喰われた」ことを如実に語っている。誰がなんと言おうと、そ れが現実だった。現実は小説よりも奇なりとはよく言ったものである。

 そしてさいごに。

「はははは!!はは!!ははははは!!あははははははは!!!!!!!」

 こいつの存在を語らなければ始まるまい。

「あはははははは!!!!ハーメルン殿ぉおおお見てますかぁああああ!!!!」

 お魚の頭頂部。

「この子は最高です、最高ですよぉおおおおおおおおおおお!!!」

 そこで、タキシードにマスクを装着し、声も高らかに笑っている明らかに危ないこの人物。

 ……何から話せばよいのだろうか?とにもかくにも、危険な香りがぷんぷんしているのは言うまでもなかろう。

 そう、この森は今、混沌。

 カオスという名の瘴気に犯されつつあった。


「ふふ……この子も大きくなって……」

「あ……あ……ああああ!?!?」

 その混沌の中心部から程よく離れた場所にもまた、二つの影があったのだが、それは次の話に強制持込。





次回予告


「密林で〜お魚に、英雄達が出会ったぁ〜〜(ウルルン風)」


 次回は、電波10割り増しで行きます!


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