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 鴎は自分が引っ込み思案だなどと思ったことはない。それでも、今の状況で彼女たちの前に飛び出し

  『あのー、ここはどこでしょう?』

……などと、間の抜けた質問をできるほどの勇気を出すことはできなかった。

「キューレヘルトの調子はどう?メーヴェ」

「あと少し、ですね……。3号機(ドリッド)は、絶対奏甲の中でも変わった仕様の機体ですから。長達には今暫し、1号機(エーアスト)を使ってもらうことになるかと」

  文明の利器の力によって姿を消した紅蓮の炎の明かりの下、2人の女性が話を続けている。
 灯りに照らされる周囲の壁はやけに薄い。おそらく麻か何かのテントなのだろう。歴史の教科書か、ファンタジー文学……いわゆるスポーツ少年な鴎でも漫画やアニメで見た事くらいある……そんな中から抜け出してきたような光景と、
自らを隠す"それ"の存在に、鴎の心は驚愕と困惑で満たされていた。
 長と呼ばれた銀髪の美女……その肢体はゆったりとした長衣に身を包んですら女性を感じさせ、同時に邪まに近づく異性などいとも簡単に屈服させるであろう覇気に満ちていた。
 彼女は暫し思考をめぐらし、丁寧に答えを返す技師風の女性、メーヴェへと向き直る。

  「あまり無理はしないで……と、いいたいけどできる限り急いで頂戴。『計画』の期限も迫っていますし、奏甲を貴方たち用に調律する時間もかかるでしょう?」

 返答に肯定するような、曖昧な笑みを浮かべる彼女に鴎は奇妙に惹き付けられた。
 別段、美人と見えるわけでもない。ウェーブがかった金髪は向かいの人物の半分ほど。めにつく装飾具は簡素なチョーカーと薄いメガネだけ。やぼったい研究者のような白衣は実用的ではあるが、およそ色気とはかけ離れている。だが、成り行きとはいえ『隠れている身』という現状は、鴎にそれについて考える暇を与えてくれない。『長』との話を終えたメーヴェは彼の隠れている”それ”……キューレヘルト、絶対奏甲と呼ばれたものへ近づいてきたからだ。

 キューレヘルトの姿を始めてみた時、鴎にはそれがいわゆる悪魔のように思えた。この現代から切り離された幻想的なな光景の中に、果たしてそれが自然に溶け込んで見えたからかもしれない。鉛色にカラーリングされた各所に突起の伸びる甲冑のような胴体、悪魔の如き頭の角、背中の翼……実際に飛べるのかは怪しいが、それらは少し知識のある人間にガーゴイルという単語を思い起こさせるだろう。
 だが、巨人には伝承の悪魔との決定的な違いが一つある。胸部に開かれた、人一人が納まりそうな空洞。そう、この巨人は人を解して戦うロボット……現代ではやはり空想の世界にしか存在を許されない機械なのだ。

 もっとも、今の鴎にとってこのデカブツの意味は遮蔽以外の何者でもない。近づいてくるメガネの技師を前に、鴎はどう挨拶すべきかと間抜けな思考を巡らせていた。


「え、えーと。はじめまして……あ、いや別に好きで隠れてたわけじゃなくって!気づいたら何かこんなところにいて、そもそもは……?!」

 それはボーイ・ミーツ・ア・ガールというには恐ろしく間抜けな出会い方だった。
 死角から覚悟を決めて飛び出した鴎だったが、そこに待っていたのは他でもないメーヴェだったのだ。もちろん、驚いたのは鴎だけではないない。隠れている人間など想像もしなかったメーヴェの衝撃は鴎以上だった。

「こ、コンダクター機奏英雄……現世騎士団!?聞いたの、今の話を?!」

 覗き見た時の知的な印象から一転、鬼気迫った勢いで詰め寄るメーヴェ。鴎は剣道の試合でも感じた事のない危機に後ずさりしながら、必死に言葉をつむぐ。

「い、いや、知らない!『こんだくたー』って何だよ!『げんせきしだん』って!おれは合格発表の帰りに駅を歩いてたらこんなところにいて、あとはなんも知らない!そもそもどこなんだだよ、ここは!?」

「なん、ですって……?まさか、召喚者……今更!?」

 何が効果があったのかはわからない。だが、少なくとも鴎の叫んだそれは彼女に思考する理性を蘇らせた。そして、理性と困惑の気まずい沈黙。

「……つまり、あなたはたった今、召喚されたばかりの機奏英雄で、他のことは何も知らないし他意もない。そういうことで、いいのかしら?」

 とてつもなく長くて短い時間が過ぎ、先に口を開いたのはメーヴェだった。

「あ、……うん。話は、ちょっと聞いちゃったけど……えっと、その、メーヴェさん、ですよね?」

 鴎は喋ってから、自分の正直さに後悔を覚えた。予想通り、彼女はため息をつき、呆れと機嫌の悪さを表現している。

「立ちんぼうで話すのも疲れるし、まず腰掛けましょう。それから、貴方の名前を教えて欲しいのですけど?」

「……かもめ。うさき かもめ」

 わざとらしい丁寧語が耳に痛い。ばつの悪い顔で鴎はぽそりと質問に答えた。

「カモメくん、ね。……そんなにかしこまらなくてもいいのよ。貴方のいうとおり、わたしの名前はメーヴェ。あなたの知りたい事、わたしの事、説明してあげますよ」

 よほど困った顔が面白かったのか、メーヴェは先ほどの機嫌も忘れたようにくすくすと笑うメーヴェに、鴎は先生口調とあわせて子ども扱いされたような気分の悪さを感じつつ、テント片隅の簡素な椅子へと腰をおろした。

「さて、それじゃあ順を追って話しましょうか。あなたも気づいていると思うけど、ここはあなたたちとは違う世界、アーカイアと呼ばれる大地です。あなたたちは世界の母たる黄金の歌姫様の儀式によって召喚された救世主」

 (なんか、ありきたりで、強引な話だな)
 やはり簡素な作りの机を挟み、鴎はメーヴェの話に心の中で感想を呟いた。

 (そういえば、彼女と普通に話せるのもその儀式のせいなのかな)

「……今、アーカイアは危機に瀕しています。どこからかあらわれた奇声蟲という人を襲い自らの卵を植え付ける化け物によってね。奇声蟲は巨大で、強く、わたしたちでは戦えない相手。それで……」

「英雄を召喚して、その「キューレヘルト」とかって機械で戦ってもらう?」

 話途中で割り込んだ鴎の言葉は当たらずも遠いものではなかったらしい。
 先ほど、一悶着を起こした機体を見上げメーヴェは話を続けていく。

「話が早いわね。そのとおり……訂正するならキューレヘルトっていうのは固有名詞
 本当はもっといっぱい種類があって、絶対奏甲って呼ばれています。乗り手の意志と
 歌姫の歌によって起動する鋼の巨人。けれど、わたしたちは普通、乗り手にはないの。
 だから、乗り手になれる機奏英雄……異世界の人間を召喚したというわけ」

「なんだか、オタク連中が好みそうな話だなぁ……」

「オタク?」

「あ、気にしないで、おれのいた世界の話。……アレを作ったのはメーヴェなの?」

 変な方向にずれた自分の思考を鴎は慌てて修正した。誤魔化すように質問を投げかける。

「えぇ、そうよ。もちろん、設計だけだし、携わったのはわたしだけじゃありませんけど、アーカイアで始めての黄金の工房製じゃない絶対奏甲ね。あぁ、黄金の工房っていうのは奏甲を作る事を許されている唯一の……」

「そ、そう……なんだ……」

 質問内容を後悔しかけたとき、外から響く靴音にメーヴェの長い語りは中断を余儀なくされた。

「メーヴェ姉様、まだ起きてるですかー?」

 姿が想像できるような、かわいらしい少女の声と、

「そろそろ床につかないと、明日に響くわよ。無理するなって言われてるんでしょ?」

 低く、そして鋭い女性の声。

「……いけない!隠れて!」

 メーヴェは声にハっとすると、突然立ち上がる。鴎には何が起こったのか理解できなかったが、ここに彼がいることがまずいのだろうとは薄々感じた。だが、時間がない。

「そんなこといわれても……!」

 しどろもどろに立ち上がったところで、彼はやってきた人影と対面した。タイトな衣服に身を包んだ赤毛の女と、実用一辺倒の野外服の少女。彼女たちの行動はメーヴェ以上に迅速で、訓練されたものだった。

「機奏英雄!?……貴様メーヴェに何をした?!」

 腰の鞘から引き抜かれた長剣が、目標が飛び退いた空間を抜き打ちに切り裂く。駆け込みながらの大振りでなければ鴎の人生は今この場で終わっていただろう。

「お、お、落ち着こうよっ!?おれはさっき、ここで、しょ、しょうか……」

「黙るです」

 腹に、衝撃。
 兎のように懐へと飛び込んだ少女の拳が的確に鴎の鳩尾を捕らえていた。
 情けない呻き声をあげ倒れこむ鴎。2人に抗議の声をあげるメーヴェをかろうじてとらえつつ、彼の意識は薄れていった。

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