荒廃の使者〜英雄編〜
4・異界より来たるは・・・
新種奇声蟲の現れたその街は、混乱状態に陥っていた。逃げ惑う者、奏甲を駆り戦おうとする者・・・
その中に生身で戦おうとする、暗黒色の巨剣を背負った者の姿があった。
時折新種の発するノイズにすら微動だにしないその者は、決して強そうには見えない。多少筋肉質なだけの一般人のように見えた。
クシェウは半竜人特有のその常人では信じられないほどの筋力で跳躍、空中で三回転捻りして屋根の上に着地。そして無言で懐から袋と鎖分銅を取り出すと、袋の中からソラマメほどの大きさの透明な結晶を取り出した。
幸いにもと言うか、不幸にもというか。今この町にある奏甲は全部で五機だったらしい。汎用機体一機、飛行型機体一機、大口径ランチャー装備の機体が一機。決定打を与えられるのは、恐らく大型ランチャーぐらいかと思われるほどに貧弱な装備しかない。
「邪魔だ!退いてろ!!」
無駄とはわかっているが、クシェウは一応警告した。無論、そっちのほうが邪魔だ、と言うような事を言われた訳だが。しかし、クシェウにとってはこの戦闘に奏甲が参加するのは好ましくない。
やれやれ、と言った感じでクシェウは結晶を握り砕くとそれを空中にばらまいた。そして、鎖分銅を右腕にまきつけてから印を結び、本来なら長ったらしいはずの術式の最後の部分───詠唱だけを行う。
「彼の者達を封じよ!“幻縛鎖”!!」
鎖分銅の周囲の幻糸が怪しく輝きを放ち、術者の思念を読み取る。そして、幻影を見させる光が大気中の結晶で屈折・反射して、幻を見せる領域をつくりだした。今回そこに満ちた幻は、鎖で縛られ地中に引きずり込まれる、と言うものである。三機はしばらく足掻いていたが、地中に引きずり込まれる頃には大人しくなってしまった。
それを確認してから、背中の黒竜剣に手を伸ばす。・・・蟲が時折叫ぶ声にビビりながら、だが。───まぁ、半竜人と言う種は元々温厚この上ない性質なのだから、仕方がないと言えば仕方が無い。クシェウが戦いたがるのは、特異因子が埋め込まれているからだろう。
「剣に封じられし黒き魂よ。我が荒ぶる魂を・・・解き放て!!」
彼は半ば独り言のようにそう言い、ガッ、と黒竜剣を引っ掴む。と、その瞬間黒焔が体を覆う。だが次の瞬間には、焔は消えた。
黒焔が消えた後、ククク、とクシェウはいつの間にか閉じていた目を見開いて笑うと、戦いを悦ぶ狂気を含んだ竜眼───凶戦士(バーサーカー)と呼ぶに相応しい目である───で新種奇声蟲を見た。
「・・・原型を留めないまでに斬り刻み・・・殺す!!殺す!!殺してやる!!!!」
ドウッ!
狂った笑みを顔全体に浮かべた彼は、地面を勢いよく蹴り宙へと跳びあがった。いや、彼の姿は見えないのだが、大きくひび割れた地面とその上に浮かぶ彼の残像がそれを教えてくれる。
ドン!ドッ!ガッッ!ズン!
町の外なら、この戦い方でも誰も文句は言うまい。だが、ここは一応市街地なのだ。壁や道路、街路樹が見えない何かで破壊され、粉砕される。破壊された部分には、バーサーカーの残像が残っていた。
ドンッ!!
どうやら音速を超えたらしい。今さっきまで聞こえていた笑い声が途切れ、衝撃波が辺りに放出される。奇声蟲の体は見る間に斬られ、粉砕され、爆砕され、肉片となった。だが、それでもクシェウは暴走し続けている。
しかし、暴走などそう長くは続かないものだ。
ドゴン!グァラガラガラ・・・ゴスン!
クシェウは不幸な誰かの家にぶつかり、金属でできた左腕と黒竜剣だけが見えるような格好で瓦礫に埋まってしまった。その少し後、瓦礫の中から黒焔が立ち上り、消えた。
まるっきり力任せに瓦礫を吹き飛ばし、その中から立ち上がったときにはもうクシェウの目は正常に戻っていた。そして自分のしでかした事を見て、大きくため息をつく。
彼はゆっくりと工房に向かって歩く。一歩ごとに痛みに耐えているようだが、特に痛いとも何とも言わないあたりの精神力には感嘆する。
だが、新種を生身で倒せるような人間はいない。その常識で雁字搦めにされていた人々は、思いがけないと言うわけでもないが、ある行動に出た。
皆てんでに手に武器の代わりになるものを持って、入り口付近にいつの間にか待機していた。そして入ってくる瞬間に、言葉を浴びせる。
「ば、バケモノぉ!!」
「嫌!帰れ!!」
琉人も流石にこればかりはどうしようもなく、無視を決め込む事にしたらしい。“凱神”の内部骨格の修理をしている。クシェウは、慣れっこと言った感じで荷物をとると、何事か呟いて出て行った。
この事を知っていたのか、としか思えない行動だった。琉人の強化された聴覚には、クシェウの言葉がやっとではあるがはっきりと捉えられた。
(依頼だ、後で奏甲に乗って町のはずれに来い。仲間も一緒にだ。場所は・・・)
† † † † † † † † †
町外れの草原。こんなにいい所があったのか、と思うくらいにピクニック向けの場所である。琉人は“凱神”から降りると、大きく息を吸ってみた。草のにおいを多く含んだ空気が美味しい。
しばらく話をしたりして待つこと数分程度たっただろうか、上空から幻糸炉の音が聞こえてきた。飛行型奏甲のそれとは明らかに違い、複数の幻糸炉の音が不協和音として聞こえてきたのである。気になって上空を見上げてみると、そこには空の代わりに金属製の船底があった。
急いで各々奏甲に戻り、様子を見る。飛空船の船首には大きな穴が開いており、琉人は現世で見た“宇宙戦艦ヤ○ト”と言うアニメを思い出した。ただ、それと違うのは全面に幾何学模様で装飾が施されている──円陣を複数無理矢理に繋げたような模様だ。
ゆっくりと降下して来たそれには、到底クシェウ一人だけが乗っているとは思えない。仮にそうだったとしたら、恐ろしい事だ。甲板を見ると、こっちだ、と言いながらクシェウが手を振っていた。
面倒くさいので、途中何があったかはいちいち書かない。だが、その船がアーカイアの技術では到底作りえないという事だけは確かだった。転換率以上の出力を誇り、なおかつ暴走暴発の危険が無い巨大魔導幻糸炉(ラージソーサルアークドライヴ)を五基、特殊な空間を移動するための動力炉を二機搭載しているこの船は、クシェウの話によれば20名近い調査員やさまざまな物資がこちらに来るためだけに使っただけで、今は彼の好きにできるそうである。ちなみに、操縦は自動だそうだ。
客間らしい部屋に案内すると、クシェウは自ら茶や菓子を取りに部屋を出て行った。自動ドアが開く音はここ久しく聞いていなかったな、と琉人はふと思った。そして、何故彼が一体何のためにわざわざここまでするのかを考える。依頼をするだけならあの場で言うだけでもよかっただろうに、と。
他の者達は大人しく座っている。リィスもキオも、こう言うモノに乗るのは初めてなのかもしれない。琉人は現世で船にも何回か乗ったことがあるので、今回もそれと同じ感覚で乗っていた。
しばらくすると、クシェウが人数分の紅茶のような飲み物と焼き菓子を持って部屋に戻ってきた。慣れた手つきでそれを配ると、自分自身も安楽イスに身を沈める。一口茶を飲んでから、彼は話し始めた。
「さて、どこから話そうか・・・。いつもは俺が雇われる側なんでね。」
「じゃあ、依頼内容と報酬から。」
「わかった。依頼内容は、あちら側で建造した擬似奏甲の運用テスト。それと、キオ=ヴィーズの引渡し。報酬は擬似奏甲の中から好きな物を一機だ。」
彼はさらりとその名前を口にしたが、キオは自分の本当の名前をいきなり言われ、困惑しているようだった。琉人が何か口を挟む前に、クシェウはイスの肘掛についているスイッチを押し、立体映像を再生する。
空中に投写された映像は、誰だか知らないがキオによく似た男性のものだった。時々姿が乱れたりしながら、その男は焦った声で話し始めた。
『・・・それから、これは私個人の頼みなんだが、息子が行方不明になったので探して欲しい。息子の名前はキオ。キオ=ヴィーズ。残留魔導力追跡結果からして、君達が調査に向かう世界に“召喚”されたのだろうと思われる。発見した場合は、有無を言わずに連れ帰ってくれ。そうした場合には・・・』
ヴン
クシェウがスイッチを押すと、映像がかき消える。一息おいた後、彼は再び話し始めた。
「俺が以前、記憶幻視した結果からしても、そこの少年がキオ=ヴィーズであることは間違いないんだ。本当なら、本人の意思を問いたいんだが・・・」
「・・・もし・・・」
ん?とクシェウがキオの方を見る。
「もしも、本当にさっきのおじさんが父さんなら、帰ります。」
記憶喪失とは思えない回答。しかし誰かに操られたりしている様子はなく、自分自身の答えとして言っているようだ。クシェウはそれを見て、小さく頷く。
「・・・片方の依頼は成功、と言う事でいいな?」
琉人は頷く。ここまでラクな依頼なのに、みすみす断わるわけにもいかない。
「じゃあ、キオ=ヴィーズには適当な部屋をあてがうとしよう。それから擬似奏甲のテストの件の方も、もちろん承諾してくれるよな?」
強引な話の展開方法だが、ツッコミを入れる必要も無い。琉人はリィスの方を一寸見て、それから再度頷いた。
「よし、交渉成立だな。・・・奏甲ハッチの場所はわかってるな?」
† † † † † † † † †
飛空船内奏甲収納庫。
「・・・誰が奏甲同士の勝負の相手をすると言った?」
「言ってない、な。」
「お前が乗るのは試験機だ。“凱神”じゃない。」
(・・・指示するなよ、全く・・・)
琉人は指示された事で多少不機嫌になりながら、それでもすぐに言われたとおり試験機に向かう。試験機は全部で三種。基本構造はどれも通常の奏甲と何ら変わりはない、と説明を受けていたので、特に何の問題も無くコクピットを開き乗り込む。
「先に出て、操縦に慣れるまで無歌術起動試験も兼ねて、準備運動でもしててくれ。」
クシェウが奏甲の足元で指示する。指示された事で苛立つが、ここで反発すれば今まで何度と無く雇い主に言われてきたあの台詞が炸裂するだろう。代わりはどれだけでも居るんだ、文句を言うな。と。
草原に出て、しばらく歩き回ってみる。前線猛攻型の機体だけあって、歩くだけでも相当な出力があることを認識できる。幻糸炉の音が大きいような気がするが、気にしない事にした。
歩いてみたり、転んだ状態から起き上がってみたり。大抵の無歌術動作を試し終わったころ、船から一頭の生物が現れた。
生物は全身が金属光沢を持った黒いウロコで覆われていて、頭は鰐のような蜥蜴のような形をしている。人間で言うと項にあたる部分には漆黒の鬣を有していて、首の長さはどちらかと言うと長め。前足は巨躯に似つかず小さいが、小さすぎるわけではない。左腕は黒い金属で出来ている。しかし前足が小さい分背中の皮膜羽は巨大で、広げたら恐らく軽く長さ20mはあるだろう。見ただけでも羽を動かすための筋肉と、後足の筋肉がかなり発達しているのがわかる。胴体はどちらかと言うとずんぐりとしていて、一見鈍重そうに見える。尾は胴体の倍近い長さで、後足ほどではないにしてもそれなりに発達した筋肉を有している。
一言で言ってしまえば、暗黒金属竜(ダークメタリックドラゴン)。それは口を開くと、クシェウの声で話した。
「待たせた。戦闘機動試験を始めようか。データ採取は始めておいたから、全力で来い。」
「・・・あ、ああ。」
一瞬思考が停止したものの、以前も同じことがあったのでそれほど驚かない。それでも幾分驚きの混じった声で、<ケーブル>で歌うよう伝える。
グォン・・・グォン・・・、と聞こえていた幻糸炉の音が次第にその音の間隔を縮め、ゴンゴンゴン、ぐらいの間隔になる。
機体に取り付けられた特殊推進装置を使い、一瞬で加速する。そうして懐にもぐりこんだ瞬間、竜が立ち上がった。視線がほとんど同じ高さになり、嫌でもその竜眼を見ざるを得なくなる。
一瞬、畏怖の念に駆られた。その一瞬に、竜は強烈な一撃を与えてくる。幸いにも前足で殴ってきただけなので装甲板が凹むだけで済んだのだが。
「く・・・」
二、三歩後退し、体制を立て直すべく武器を構える。ちょっと変わった形状の剣と肩に装備した機関銃がこの機体の武装の全て。剣を構える前に、威嚇のつもりで機関銃を竜の足元に撃ち込んだ。竜はその巨躯でどうやって、と思うほど大きく跳躍し、そのまま飛翔に転ずる。そして上空を二、三回旋回した後、雷の息を吐き出した。
直進する雷撃を平行移動で回避し、機関銃をもう一度発射。高度を下げつつあった竜に数発命中したが、ウロコで弾かれた。驚異的硬度である。
しかし怯まず剣を構え、着地する瞬間に縦一文字に斬りつける。だが竜は特に回避するようなそぶりを見せるでもなく、そのまま着地。だが剣は頭蓋骨を叩き斬る直前、横から何か鞭のようなモノで弾かれた。ヒュン、と元の位置に戻るそれは、見てみれば間違いなく尾である。
「ただの斬撃で俺を倒せると思ってか!」
「このッッ!」
横に弾かれたときの勢いを失わないよう機体を片足を軸に回転させ、そのまま反対側から斬る。それを視界の端に認めた瞬間、竜は機体の腕に電撃の息を吹きかけた。
「ぐあぁぁぁあ!!」
鉄の塊とも言えるモノに乗っているのだから、これは相当に効く。琉人の視界は一瞬失われ、剣は機体の手からすっぽ抜けた。
「怯んでどうする!」
竜は全く躊躇いの無い動きで機体に飛び掛り、その鋭い牙で機体の肩を喰いひきちぎった。しかし、不思議な事に<ケーブル>からは何の変化も感じられない。これだけ大きなダメージなら相当のリバースがあるだろうはずなのに、歌の調子が全く変化しなかった。
「気にするな。擬似だから、そこまで再現できていないだけだ。ついでに言うと後二つ特殊装備があるぞ?」
竜は口から鉄塊を吐き捨て、戦意を誘うような口調で言う。その直後、再び喰いひきちぎろうと飛び掛ってきた。
思わず擬似ノイズを発しながらも、横跳びに避ける。発してから気付き、歌の調子が狂っていない事で再び驚いた。いつもなら琉人の擬似ノイズで歌の調子が狂い、戦闘力減少に繋がるものなのだが。
「ノイズとは・・・かなりアレな能力使うんだな。まぁいい、機体の“アナログ・ディジタル変換型ノイズ排除装置”のテストもできたわけだ・・・。」
竜はノイズの影響か、幾分ふらつきながら呟いた。琉人の強化感覚には十分捉える事が出来たが。
機体の肩は不思議な事に、もう再生してしまっていた。これが三つ目の特殊装備なのだろう。即ち、“再生型幻糸鋼”。転がって剣の近くまで移動し、それを拾って構える。
しかし、竜は羽をたたむとこう言った。
「全機能テスト完了だ。お疲れさん。」
そして、竜は船に戻っていった。琉人もそれに倣い、船に一旦戻る。
† † † † † † † † †
報酬として新機体を貰いうけ、別れとなった。すぐに空間転移を行うために、船の甲板には誰も立っていない。
新機体には“赤虎”と言う名前が与えられていた。その名の表すとおり真っ赤に塗られていて、血塗れた毛皮を持つ虎のように猛攻に長けている。一見ゼーレンヴァンデルングに酷似しているが、追加装甲部分の大半は出力強化パーツが内蔵されていて、追加装甲装備状態での移動力などの機動性はオリジナルとは比べ物にならないほど上昇していた。ただし、歌姫搭乗は不可能になってしまっていたが。
感動的なわけでもない、ただの別れ。二度あることは三度ある。生きていれば、絶対に会えると思った。だから、別に別れらしい別れをするわけではない。ただ、一度別の道を歩むだけと、至極あっさりと別れた。
耳障りな不協和音が響く。船の周囲の空間が歪み、そしてその歪みは道を開いて船を通した。
町に帰り、いつものように工房に奏甲を預け、いつものように宿に帰る。
何ら変わりない、いつもの事。
しかし、手に入れた新たな剣が諸刃である事に、誰一人としてまだ気付いてはいない・・・。