荒廃の使者〜英雄編〜

5・終の門(2)








 人気の無い坑道と言う物は、いろいろな存在が居る事が多い。それも特に、不気味に青白かったり真っ黒だったりするものが多い。

 この坑道の一番奥にも、不気味に青白い巨大な蠍の姿をした存在がいた。その八本の足が踏みしめている床には、まだ真新しい骨や古い骨が乱雑に散らかっている。見れば、どうやらそのほとんどが人骨らしい。



 蠍蟲は少しだけ落ち着きを取り戻し始めた。新しい獲物の前脚に、自分の尾針が命中したからである。

 彼の針からは即効性の特殊幻糸毒がにじみ出ていて、これを撃ち込まれた生物はほぼ例外なく悶絶死する。新しい獲物はもう一本の前脚の爪で、しつこく彼の鋏を切り払い続けていた。

 しぶといヤツだ、と彼は思った。あのワケの分からないチカラを使う獲物を喰べてから、我の知能や肉体は超絶的に強化されている。無理に止めを刺さずともいずれは死ぬのだから放っておこう。

 蠍は瞑れていない片方の眼で、哀れな獲物をじっと見た。



 少しだけ時間の針が戻る。数分前・・・



 琉人は足を滑らせ、見事に転んだ。何か丸い物を踏んだらしい。

 (一体何が・・・しゃれこうべ!?)

 つまり、彼は不運にも頭蓋骨を踏んで転んでしまったわけだ。踏まれた方も不運ではあるが、死んでしまった今となっては全く関係ない。

 そしてさらに不幸な事に転んだ拍子に剣が彼の手から離れ、暗闇の奥へ放物線を描いて飛んでいった。少しして、ザシュ、と言う鈍い音が聞こえた。そしてそれに続く形で、凄まじい悲鳴が聞こえた。

 グギャァァァァァァアアア!!

 「グァァァアアアア!!!」

 思わず耳を塞ぎ、悶絶する。剣の飛んでいった方向へ転がったのは、結果としては不幸であった。

 ギィィ・・・

 「・・・蠍?」

 そう言った瞬間剣が蠍の眼から滑り落ちた。その次の瞬間。

 ギシャアァ!!

 その長い尾が天井をこするのも気にせずに、蠍は琉人に毒針を深々と突き刺そうとした。琉人は咄嗟に身を捻って避け、そのまま剣まで転がって移動する。幸運にも、ほぼ無傷で剣まで到達できた。

 しかし、幸運はここで途絶えた。

 鋏で掴み上げられ、放り投げられる。そしてそれにあわせて、尾の毒針を突き立てられた。鈍い痛みを感じ、意識が遠ざかる。今まで以上に記憶が思い出され、まるで幻糸炉付の走馬灯のように駆け巡った。

 巨大蠍の鋏が迫ったのを今まで以上の第六感で感じ取り、目が見えないにもかかわらずあてずっぽうに剣で斬りつけた。ギィィン、と鈍い感覚が腕に堪え、それが命中した事を物語る。

 それが何度も何度も繰り返された。





 クシェウはやっと、スェルが“見た”場所に到達した。巨大な青白蠍にとっておきの幻術をブチかまし、一時的に動きを止める。

 「おい!大丈夫か!?」

 うぅ・・・あ・・・、と弱弱しく返事をする琉人。蠍の毒を注入された右腕は、すでに萎び始めている。

 (壊魂毒か・・・厄介なモン持ってやがるな、奴さん。)

 背中の大剣を素早く鞘走らせ、その勢いのまま自分の右手首を斬る。ぶしゃっっ、と凄まじい音がして鮮血が噴出した。ぐぅっ、と堪えるような声をあげるが、止血しようとはしない。

 「我は汝の知らぬ者、汝は我が知りたる者。我は唯一神の名の下に汝に命ず。白き光よ、赤き水の契約に従い、汝が慈悲を以って我らを癒せ。我が身はいつか滅びる定め、汝は永久の命持つ定め────」

 信じられないほど早口に、長々しい初級治療術の詠唱を行い、それと同時進行に左手で印をきる。

 しばし時あって、琉人の呼吸が安らかになり、そのまま寝入るようになった。それを認めた後、クシェウは自らに止血を施してから巨大青白蠍に向き直る。

 「今からおまえに、止めを刺す。覚悟はいいな?」

 無論、返事がある事を期待してなどはいない。

 クシェウは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を二、三度してから、自らの肉体にある命令を送った。

 ヒトノスガタニテリュウノチカラカイホウセヨ

 ぽっ、と体が一瞬光り、それからベキベキと何かが急激に成長する音が聞こえた。羽、ウロコ、尾が“解放”され、最も戦いやすい形態に変化したのである。

 「接触幻影剣!!」

 変化が終わるや否や、技名を叫びながら蠍の上方に大きく跳躍する。尾と羽で巧く位置を調整しながら、黒竜剣を振りかざした。

 「でやあぁぁ!!」

 ドガッ!!キィィィィ・・・

 蠍の肉体に触れたと同時に、剣が幻糸発光を始めた。それを見て、クシェウはこれから起きるであろう惨事と自らの失敗を悟った。

 「チッッ・・・」

 剣を引っこ抜いてから坑道出口に向けて飛ぶ。剣を引っこ抜いた後も、その場に留まる幻糸は恐ろしいまでの光量で発光している。

 大急ぎで坑道を抜ける途中、誰かとすれ違った気がした。多分気のせいだろう。スェルは今船に戻ったばかりのはずだ。そう勝手に決めつけ、クシェウは文字通り急いで坑道から飛び出した。





 リィスがやっと坑道の奥にたどり着くと、そこには死んだように眠っている琉人と巨大な蠍がいた。

 何の脈絡も無く、相打ちと言う言葉が脳裏に浮かんで弾けた。

 「・・・」

 彼女はすでに混乱してしまっている。何の考えも無く、蠍の上面に攻撃歌術をぶちかました。

 ボン!

 成功。激しい光の中から、甲羅が小さく爆ぜる音がした。もう一度攻撃する。

 ボン!

 また成功。

 「う・・・うぅ・・・ん」

 琉人が目を覚ましたらしい。呻き声が聞こえたので振り向いた瞬間、蠍の発していた光が一際大きくなり・・・



 全ては、無に閉ざされた。

























 この後、この坑道は再び操業再開したそうである。いくらか落盤した部分もあったらしい。

 それと、あくまで噂に過ぎないが、その落盤跡にくすんだ金の瞳を光らせる霊が出る、と言う噂と、今まで見たことも無い大型・異形の蟲が落盤跡から跳びだしていった、と言う噂が立った。

 しかし、それは歴史の陰の部分に葬られる事となった。この事件の全貌を知るのは、神と、悪魔と、半竜人だけである。