荒廃の使者〜英雄編〜
2・雑音混入率上昇
朝。全てのものに目覚めを告げ、邪悪なる者を追い払い、新たな誕生を思わせる朝日が昇る。
無論、それはアーカイアにおいても変わらず、どの存在にも公平に訪れる。
いつの事だっただろうか、琉人はここの夢を見た。そこでは自分は無力で、たった一匹の衛兵種に喰らわれる。・・・最悪な夢だった。
その夢をみた日の朝、学校へと向かう途中で、ここに召喚された。一瞬前には満員電車に乗っていたはずなのに、次の瞬間には一人の女性と自分が森の中に立っていたのだ。
いつ終わるのだろうか、ここ数ヶ月、琉人はおぞましい夢をみる。自分が歌姫の腹を食い破り、一匹の蟲として誕生する。自分が食い破った者の顔は、リィスそっくりだった。・・・考えるだけで恐ろしい。
召喚前の事もあるので、いつか起こるのでは、と彼はそれを危惧している。今までに何人か徒党を組んで、そのときに話した事があるのだが、皆何か駆り立てられているようにも見えた。
興味深いのは“蟲は現世人だった”と言う情報だ。あまり詳しい情報は得ていないが、どうやら信憑性はかなりのようであった。
どのようにして遺伝子改変が行われ、どのように誕生するのか正直なところ興味がある。だが、だからと言って異形の存在に為りたくは無い。
最も、ひょっとしたら歌術で変貌させられる可能性も存在するのだから、いっその事死んだほうがいいのかもしれない。
(・・・だめだ、こんな弱気じゃ。強くなるんだろ?)
自問自答し、彼は奏甲のコクピットから出る。まだリィスは目覚めていないが、もう太陽は南中直前だった。
奏甲の甲板を修復するときの余剰部品を流用して工房でついでに作ってもらった幻糸製の剣(銘は“白柳剣”とある)を持ち出し、素振りをする。一振りごとに心が軽くなる・・・ほどでもないが、次第に素振りそのものに集中していく。
素振りをやめる頃には全身汗だくだったが、起きてすぐの嫌な考えは消えた。剣を鞘に収め、腰に帯びる。
(これは自分の弱さの象徴なのかもしれないな)
そう思いながらも、彼には剣をどうにかするつもりは無かった。もしこれを捨てるつもりなら、最初から作ってもらう事は無かっただろう。
(そう思うと、これは弱さを象徴すると同時に、それによって成長できる己の象徴なのか?)
考えればキリが無い。
「・・・リィスは起きてきそうに無いし」
そう呟くと、琉人は少し走る事にした。
低木のまばらな平地を十数分走っただろうか、小さな森が見えてきた。そのまま森に入ろうとするが、森の周辺には300〜400m間隔で看板が立てられており、そこにはこんな事が書かれていた。
“注意!この森には超小型奇声蟲が出没します。幸いにも人間以上の大きさのものは確認されていませんが、十分に注意してください”
(警告じゃないのか)
そのまま看板をスルーして、彼は入って行った。
外見以上に大きな森だったらしく、鳥や虫の声が聞こえる。本当に奇声蟲がいるのであれば、彼女ら(アーカイアにはオスが存在しないはずなので)はにげだしているはずだ。
少し安心した風で、琉人は走るから歩くに速度を変える。しばらく行くと、清い泉もあった。
泉が無ければ森は存在しないはずだからな。とかなんとか言いつつ彼は泉の水を飲む。が。
「・・・ぶふぉぁッッ!不味ッ!」
思いっきり吐き出してしまった。泉は見た目とは裏腹に、なんとも言えないどす黒い味だった。なれていれば美味しく感じるのだろうが、初めて飲む者にはきつすぎる。
「何だ、この森は・・・」
そう呟くが、その声はどこかノイズのようにも聞こえる。自分でその事に気付き、なんとも恐ろしい気分になった。
と同時に、なんとも言い難い感情に包まれた。甘美な破壊の誘いが、彼の脳裏を掠める。
「俺は一体どうしたんだ?!」
そう言う時、声は普通に戻っていた。
どうやら彼はノイズに似た音波を発する能力を得てしまったらしい。何度か叫ぶうち、だんだんコツがつかめてきた。
どうやらノイズは“負の感情の叫び”らしい。憎み、怒り、悲しみetc...
それらを内包した叫びであれば、ノイズのようなそれが使える。
「!!!!!!!!!!」
本気でノイズを叫ぶと、周囲の生物の気配がかき消される。己の存在が確認できる。
「これは病み付きになるな・・・」
のどが嗄れたので、琉人は泉の水をまた飲んだ。と、今度はなんとも言えない爽やかな味が口の中に広がる。
「さっきはあんなに不味く感じたのに・・・どう言う事だ?」
と考えているうちに、近くの茂みから一匹の奇声蟲が這い出てきた。彼は一声ノイズを発すると、泉の水に口吻をつけた。
(そうか・・・この水にはノイズで浄化される、特殊な性質があるんだな。そして、そうでない時にはノイズを発する能力を与える・・・)
もしもこんな場所でなまじ正義気取りの英雄に出会ったら、彼は奇声蟲と共同で戦わなければならなくなる。そんな事はなるべく避けたい。
もしそうでなくても、英雄を標的に戦いを行いたがるバカもいる。そいつらに気取られたら、この泉の性質が悪用される。
琉人は、薪と飲み水を集め足早に森を立ち去る事にした。
愛機“凱神”の影が見えてきた頃には、もう三時になっていた。リィスはのんきに、地面に下ろしていた奏甲の手にティーセットを広げ、紅茶をすすっている。
「おーい」
琉人が呼びかけたのに気付き、リィスは
「はーい」
なんとも平和な叫びの呼びかけだなぁ、と思いながら琉人はリィスの方へ向かって行った。
後日、凱神には拡声器が取り付けられたが、有効に運用される事はほとんど無かったと言う。
参考文献
地神 琉人の特技:奏甲改造/弱点察知
今回拾得した技能:擬似(デミ)ノイズ
あとがき
なんでこんな因果な事をしでかしたんだろう?
何も(擬似とは言え)ノイズ能力なんか与えなくっても、もうすでにかなりの戦線を乗り越えてきていたわけだから(召喚されてから一年くらいかな)。
しかも今回ほぼ琉人しか出てねぇし!やばっっ。
へっぽこ(自称)SS書きの琉都、ここに極まれり。
ま、そのうち召喚直後の琉人の話も書くつもりではいるんで。(いつになるかは未定)
キャラこんなので良かったらストーリーに勝手に使っていいっスよ (≧ω≦)b
自分としては使ってもらえれば嬉しいので。
2004/04/28更新箇所
ほんの少し減量。結局元より増えてるけど(w
2004/05/21更新箇所
括弧などの使い方を更新。