無題迷話
第弐章 参話(後編)






 盗賊は見た。
 白く、圧倒的な、奏甲を。
 ソレは例えどんな剣で斬られても、たとえどんな砲で撃たれても、全くものともしない。
 それどころかほとんどの武器は、何か見えないフィールドで弾いている。
 彼等は思った。
 勝てない、と。


 ハイリガー・クロイツのクロー・オヴ・アークが奏甲の装甲を軟化させ、そしてそのまま切り裂く。
 装甲を除けば元々さして耐久力があるわけではない。絶対奏甲はあっさりと破壊され動かなくなる。
 切り裂き、抉り、そして引き裂く。
 遠くから何か狙撃銃のようなモノで狙撃されたらしく、ステータスモニターが奏者にフィールドが攻撃を防いだ事を知らせる。
 ハイリガー・クロイツは素早く長弓を手に取ると、弦が切れそうになるまで引いてから矢を放った。…命中。
 弓を片手に持ったまま、後ろから斬りかかろうとしていた奏甲を幻糸爪で切り裂く。
 そして弓から刀に持ち替え、さらにその後ろから突撃してきた奏甲を、袈裟懸けに斬りつける。幻糸爪ほど威力は無いものの、奏甲の機能を停止させるには十分な攻撃。
 が。

 ギィィィィィ………

琉都   「ノイズ…奇声蟲かッ!」
 しかしその奇声は本物とはどこか違っていた。まるで劣化しているかのように、時々ひび割れていたのである。
 それもあってか、誰もさして奇声の効果を受けてはいない。
クゥリス 『幻糸の乱れはなかったですよ!?』
 最近距離にいるとは言え、仮にも歌唱中。クゥリスは<ケーブル>を使用する事で、思念を使って話しかけてきた。
琉都   「じゃあ何がノイズを……?」
 と、その瞬間ステータスモニターの幻糸炉に関する部分で僅かにブレが生じる。
 周囲の敵奏甲は素早くハイリガー・クロイツから離れた。
 そして。

 ズグォォォォォ!!!!

 ステータスモニターの機体HP略図、その中の左腕部分が一瞬にして赤黒くなる。そして左腕の瞬間自己再生効率が極端に低下した事を知らせる警告。
 クゥリスも左腕を抱えるようにして痛みに耐えている。
琉都   「何だ……?」
 ステータスモニター左端に黄色い“通信中”の文字が現れ、そして“広域通信”の字と交互に点滅する。
盗賊頭  『今のはこのメンシュハイト・ノイUの能力の一部に過ぎない。奇声発生装置は弱まったが…幻糸砲はそうでもないだろう?』
琉都   「幻糸砲?」
 緑色の“通信中”の文字が広域通信の字の上に点滅する。
ソフィア 『ルィ姉が言うには、歌姫大戦の時に作られた幻糸を収束して発射する武器だね、って。』
琉都   「そうでなくて!何故フィールドも自己再生も機能しない!?」
アルゼ  『…アメルダが言うには、クロイツの瞬間自己再生もクロイツFも幻糸武器によるダメージには大した効果が無い、だそうだ。』
琉都   「冗談じゃない。…勝てるのか?」
 操縦者の戦意喪失を読み取ってか、ハイリガー・クロイツは武器を下げた。
盗賊頭  『おいおい、これぐらいで負けを認めるのか?もっと楽しませてくれよ……!』
 そう言って再び幻糸砲を構えるメンシュハイト・ノイU。
 ハイリガー・クロイツはそれを見て一歩後退りする。ステータスモニターの幻糸炉関連の数値がまたブレ始めた。
琉都   「………………!?」
 クゥリスが痛む左腕を抱えながら、何かをさらに歌い始めた。琉都がステータスモニターを見てみると、予測移動速度が上昇しはじめている。
盗賊頭  『さぁ、楽しませろ!!』

 ズグォォォォォ!!!!

琉都   「ぅあぁぁぁぁぁぁ!!」
 ハイリガー・クロイツが地面を蹴って走り始める。
 先ほどまでの移動とは、その速さが段違いである。
 幻糸の激流から逃れた。そしてそのまま方向転換して、その大元へと向かう。
琉都   「らぁぁぁぁぁぁ!!」
盗賊頭  『楽しくなってきたじゃあないか!!』

 ッギィン!

 ハイリガー・クロイツの右腕の爪が繰り出した斬撃を、アサルトライフルで受け止めるメンシュハイト・ノイU。
 しかし如何せん機体の性能の差は大きい、ノイUはすぐにバランスを崩した。そこへ追撃を仕掛けるハイリガー・クロイツ。
盗賊頭  『こッの!!』
 転がって爪をかわすノイU。
 ハイリガー・クロイツは、地面に突き刺さった爪を一旦廃棄し、素早く刀を抜き放つ。弧を描いて抜き放たれた白刃は、次の瞬間にノイUを襲った。だが。
 周囲の土と言わず岩と言わず自然物がその刃を食い止める。そしてノイUは素早くそこから逃げ出した。
琉都   「歌術か!?」
クゥリス 『これは…多分“フーガ”です。でも…。』
琉都   「でも、何か? おっと!!」
 幻糸砲が再チャージされ始めたのを見て、琉都はハイリガー・クロイツを走らせる。
クゥリス 『“フーガ”は戦いの歌と織り交ぜられないはずなんです。』
琉都   「?」
クゥリス 『よほど歌術に長けていたり、そうじゃなかったら奏甲が歌術に最適で無い限りは、奏甲の支援と同時には発動できないんです。』
 ハイリガー・クロイツの機体横を幻糸の激流が通り過ぎた。素早く方向転換をし、そして再び攻撃に向かう。
 しかしまたも自然物の障壁がノイUを守り、ノイUはさも当然の如く奇声を発生させる。もし距離があればさほどの威力は無いだろう。しかし、至近距離ともなれば話は別である。
 聞く者の精神を狂乱の淵に追いやりかねない振動。
 幻糸炉出力や装甲強度などが劇的に低下した事を知らせるステータスモニター。
盗賊頭  『歌い手を交代させろ。さっきのノイズでイカレたらしい。─────────』
 広域通信を開いたままで、手下に指示をしているらしい。
 琉都はそれを聞いて、何となくわかったらしい。盗賊頭が何人もの歌い手を独占して、一人だけ高性能機に乗って戦っている事が。
 まぁ、一人だけ高性能機に乗っていると言う点では、琉都も大差無いのだが。
琉都   「ぉぃぉぃおいおい。人間をモノ扱いしてんじゃないぞコラ!」
 琉都はほとんど怒りに身を任せ、歌術支援の弱まったハイリガー・クロイツを、いざ特攻せんの勢いで突進させた。
 ノイUは僅かな動きでそれを避ける。そしてすれ違いざまに、ハイリガー・クロイツにアサルトライフルを発射。
 防護フィールドのせいで、弾丸は機体に届かずに終わった。だが、ノイUはそんな物隙を作らせるための布石だと言わんばかりに、その腕のノイズ発生装置を展開。
琉都   「させるかッッ!」
 機体を無理に方向反転させ、刀を中段に構えて走らせる。

 ズカッ!

盗賊頭  『ッは〜!歌術組をどうにかしなけりゃこの機体に傷一つつくはずがなかろうが!バカどもが。』

 ギィィィィィ………

盗賊頭  『さぁ!処刑の時間だ!!』
 ノイUが肩の幻糸砲を構える。
琉都   「さ・せ・る・かァァァァ!!」
 ハイリガー・クロイツの刀が自然物の障壁を斬り裂き、続いて胴体を斜めに斬り裂いた。しかし、機能停止には至っていないようである。
 それを見て取り素早く再び斬り裂く。さきほどの斬創と胸の辺りで交差したその斬撃で、ノイUは今までのしぶとさから言えば意外なほどまでにあっさりと機能停止した。


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 奏甲の両手のハンドガンが火を吹く。
 時々弾倉を取り替えるために銃撃を止める以外は、常にハンドガンの二重奏が耳に届く。
アルゼ  「的が多いと狙わなくても当たってくれるからありがたいもんだ。」
 独り言を呟く。
 銃声の二重奏が呟きをかき消し、誰にも聞こえないはずだった。
 だが。
アメルダ 『だからって無駄弾撃たないでよね?報酬があるわけじゃないんだから。』
アルゼ  「はいはい、っと。」
 連続した瞬間的な爆発音──銃声が一つ鳴るたびに、敵奏甲の体のどこかが弾け飛ぶ。それは頭かもしれないし、ツノかもしれないし、四肢のどれかかもしれないし、ひょっとしたらコクピットかもしれない。
 アルゼはどこが吹き飛ぼうと良かった。
 銃を撃つ。それそのものに何か意味があるように感じられるからだ。白く染められた、記憶と言う本の何ページかを、読めているかのような錯覚すらさせてくれるからだ。

──異形を撃ち抜き、そして十字架で清め、封印する狩人──

 そのヴィジョンに、アルゼは一瞬銃撃を止めた。
 盗賊どもが好機到来とばかりに攻撃を仕掛けてくる。
アメルダ 『アルゼ、前!』
 その声でふっと我に返り、ハンドガンで剣を止める。ぎりぎりと圧されているその感覚も、何故か懐かしく感じられた。

──禍々しきその姿を、聖銃で切り裂き──

アルゼ  「たッ!!」
 サイレント・ヴォイスが剣を受け止めたハンドガンを巧みに操って受け流し、もう一方の手にあるハンドガンで敵機体にどこまでも斬撃に近い打撃を加える。斬られた装甲板が鈍い音を立てて吹き飛び、だがそれだけでは衝撃を吸収しきれず機体そのものも吹き飛ぶ。
 間をさらに広げるためか、アルゼは機体を後ろへ跳躍させた。

──『穴を、穿て。父なる神が我等に与えたもう能力で。』──

 ハンドガンを構えさせ、そして引金を引く。
 普通の鉛弾は敵機に、それも無防備な装甲が吹き飛んだ部分に命中した。否応なしに機能が停止する敵機。
 アルゼはサイレント・ヴォイスを跳躍させる。アメルダが歌を織ると、落ち始めていた鉄の塊は空中で静止した。

──『炎と雷の力授かりし生粋の狩人よ、聖書を読んで心を落ち着けるがよいだろう。』──

アルゼ  「聖…書?」
 呟いて、荷物の中から薄汚れた本を取り出す。
 何が何だかよくわからない内に、彼はそれを開いた。
 読み進めるうち、彼の中の記憶の本が補充されていく。忘れた事すら忘れていた事が、再び書き込まれ始めたのだ。

──『悪魔狩人(デヴィルハンター)よ、神はいつも汝を見守ってくださるであろう。汝が敵を撃ち滅ぼさんとするうちは…』──

──黒き肉体とおぞましき魂の成れの果てをあの世に葬る儀式。それは彼が肉体的に葬る事から始まった──

──彼が精神力を最大限に昂らせる事で、鉄塊は聖銃へと化した。数ある魔を殺せる武器の中でも、より純粋な狩人の武器に──

──聖銃が放った弾丸は聖雷と聖炎を纏い、ファイアヴォルトとなって魔を貫き、貫いた──

 アルゼは思い出した、彼がフリーターとして働いていた裏で何をしていたのかを。
 生まれつきの能力が元で、10の時からずっと彼は独りで戦ってきた。人に仇成す魔の存在と。
 精神を昂らせる術も戦いの中で学んだ。そして落ち着ける術もまた然り。

 ぱんっ

 聖書を閉じ、操縦に戻る。
 浮遊歌術の効果が途切れたらしく、すぐに自由落下が始まった。しかし機体の全身を緩衝器具のように使用する事で衝撃を吸収させる。
 敵が斬りかかってくる。それをハンドガンで弾き、バックステップで間をとる。
 シュツルムシールドを持った機体が突撃して来た。しかし軸から機体を一歩分ずらし、すれ違いざまにアームガンで頭を撃ち抜く。
 その機体に構う時間は無い、とばかりにアルゼはサイレント・ヴォイスを振り返らせると、続けざまに鉛弾を放った。
 鉛弾が恐ろしいまでの精密さで、人間で言う心臓に相当する部分を撃ち抜く。それも放った全ての弾が、だ。
アルゼ  「敵対するなら…殺すのに躊躇わぬぞ!!」
 自らの精神を昂らせるために、また、無用な殺生を避けるための警告として、7年間使い続けていたはずの台詞を叫ぶ。
 精神の昂りに呼応するかのように、幻糸炉が異様なまでに激しく唸る。アルゼの掌から雷と炎が同時に一つ所から放たれ始め、フレームが電気と炎熱に耐えるためにか、聞きなれない音を発する。
 聖銃化。神が与えた奇跡の能力の一つ。
 サイレント・ヴォイスはアルゼの外骨格体となり、その能力を伝達する導管ともなった。アメルダはその様子を、ただ感じるしかできないでいる。
 アルゼ──サイレント・ヴォイスが両手の拳銃を一度宙に放り上げ、それぞれを投げたのとは逆の手で受け止める。そしてその受け止める動きから直接狙う行動に移る。
アルゼ  「ヴォルトフレイム・ブレット(雷炎弾)!!!」

 ガンガンガンガンガン!!

 五つの鉛弾だった物は、内に雷炎を秘めて飛んだ。僅かに紅い稲光の尾を引くが、すぐに空に溶けて無かったかのようになる。
 そしてそれぞれの雷炎は各々アルゼに敵対するモノを貫き、破壊し、そしてそのまま虚空へと飛んでいった。敵対するモノに穿たれた穴は、一瞬だけ僅かに放電し、そして僅かな時間で浄化の火炎を盛大に放つ。
アルゼ  「…浄滅、完了。」
 フレームから僅かに─放たれた弾に比べたらだが─残留した雷と炎が逃げていく。サイレント・ヴォイスの背中から逃げていく雷炎は、何のかは見るものによって違うものの羽の形に見えるだろう。
 その姿を見て、敵奏甲は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。アルゼはそれを確認して、精神と肉体の緊張を解す。
 そして何故記憶を封印していたのか、アルゼはその事を考えようとした。が。
アメルダ 『アルゼぇっ!』
アルゼ  「ぉわぇはっ、はい!?」
アメルダ 『痛いじゃないの!電気と熱とが体内を駆け巡ってたわよっ!』
 アルゼは忘れていた。奏甲の感覚を精神的に同調して受け取っている者がいた事を。
アルゼ  「ごめん、忘れてた。」
アメルダ 『「忘れてた」じゃないわよ!…今度からソレ使うときはまず一言言いなさい。』
 以外な言葉に一瞬驚いたものの、アルゼはくすと笑みを漏らした。
 そして、見えるはずも無いのに頭を下げて無言ながら謝った。


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 狙う。
 撃つ。
 ソフィアはその二つを繰り返し繰り返して、アルゼの背後を取ろうとしている敵奏甲、それと自分を狙っている飛行型奏甲を攻撃していた。
 風が無い場所ならどれだけの労力と弾丸が不要だったろう、山の上そのさらに上空と言う事もあって風は激しい。水中型のブラオヴァッサァを改造したフリューゲル・ヴァッサァだからこそ、風の抵抗をさして受ける事無く移動できるし安定できるのだ。
ソフィア 「ルィ姉、次の的は?」
 視界が完全に安定しないため、ソフィアは索敵をあまり高精度に行う事ができない。だからルィニアに歌術的に索敵を行ってもらい、ソフィアは狙撃のみに集中する事ができていた。
ルィニア 『真下に地上的が3、それから後方上空に空中的が2。気をつけるんだよ。』
ソフィア 「ぁいさ〜。」
 素人には到底真似できまい。明らかにそう言いきれるであろう動きで、地上の的を素早く狙撃する。そしてフリュヴァを泳ぐように旋回させながら上空に移動させ、ろくに狙いも定めず二発弾丸を放つ。
 一発は命中したが、もう一発はまるで見当違いな場所へ飛んで行った。
ソフィア 「あ〜。やっちゃった。」
ルィニア 『やっちゃった、じゃなくてね。後続はもう無いけど…空中的が4に増えたよ、ソフィア。』
 撃たなければ生き残れない、そう解っていたソフィアは、フリュヴァに狙撃銃を構えさせた。
 スコープを覗く。何か重要なコツを忘れて居るような気がしたが、気のせいだと割り切って引金を引かせた。
 弾丸は装甲板を弾き、そのままどこかへと飛んでいってしまった。
ソフィア 「はずれ、だね。」
ルィニア 『ソフィア、あんたなんでそんなにのんきにしてられるんだい?もう目の前に来ているはずだよ。』
 文字通り、目の前に来ていた。
 剣で斬りかかってくる敵奏甲に、ソフィアは狙撃銃で応戦する。だが元々が白兵戦用の武器ではないために、またソフィアがそういった戦いになれていないのもあってかなり分が悪い。
ルィニア 『ヴァッサァカノン発射して!』
ソフィア 「わかった!」

 どむぅッ!

 激しい水噴で敵機体が押し戻されていく、と同時にフリュヴァも反動で後ろへ下がっていく。
 フリュヴァに狙撃銃に弾を込めさせながら、ソフィアは焦りを感じた。と言うのも、見てみれば専用収納スペースに残っている弾がもう残りわずかだったからである。
 だからと言ってパニックを起こしたりしないのは、もはや達人の精神とも言えようか。
 敵機は鳥か虫のように素早くジグザグに飛行しながら、ソフィアの方に向かって来ている。
ソフィア 「的は四つだし、風は強いし、的の動きも早いし…。最悪の状況だね…。」
 そう言って彼女はフリュヴァに狙撃銃を構えさせる。
 スコープ越しに、見えないはずの風が、はっきりと見えた。そして、的がどう動くかが手に取るように読める。
 セキュリティがパスコード解除され、今までその半分も出ていなかった彼女の狙撃能力が、100%解放されたのだ。
 過去に彼女が裏世界の狙撃手訓練所で秘密保持のために施された、無数のパスコードによる記憶簡易消去処理。そのパスコードは、現在の状況そのものだった。
 絶対にありえない状況として考えられた施錠の言葉は、あっさりと一瞬にして破られたのである。

 パシュパシュパシュパシュッ!

 次々と狙撃銃が火を吹く。
 そしてその音に呼応して、的に穴が穿たれた。
 さも当然の事の如く、彼女はそれを確認。そして次の的の位置を訊ねる。
ソフィア 「ルィ姉、次の的は?」


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 ハイリガー・クロイツがノイUを破壊し、やや遅れてサイレント・ヴォイスとフリューゲル・ヴァッサァも雑魚を掃討し終える。
 ノイUの操縦者が逃げないよう、琉都はハイリガー・クロイツでノイUを押さえ込み─もっとも、そんな事しなくても動けないのだが─、それから自分がまず奏座から降りる。
 破壊された奏甲から脱出するのは難しくない。盗賊の頭が敗者の面で奏座から出てくるが、目の前で待っていた琉都に捕まってしまった。
 16の若造に捕まってしまっている三十路に入ったオッサンと言う図もおかしいが、そのオッサンが情けない面で逃げようともがいているのに逃げられないのもまたおかしい。
琉都   「大人らしくないな?」
 この一言で反抗心が起きたか、盗賊頭は逃げようとするのを諦める。本当のところは琉都の後方に各々の武器を持って奏甲から降りる者の姿を認めたからだが。
盗賊頭  「で、要求は何だ?金か?それとも奏甲か?」
琉都   「まぁ、まずは落ち着け。それに俺達だって盗賊から略奪するほどアホじゃない。」
 盗賊頭が何度か深く呼吸をする。琉都は捕まえている手を離した。
琉都   「…正義の味方気取りだからな、俺は。まずは捕まえた歌姫を全員解放しろ。」
盗賊頭  「ああ、わかった。それだけか?」
琉都   「いやいや、まださ。…ルィニアさん、この奏甲の修理ってできます?」
 そう言って足元のノイUを指差す。
 ノイUを少しの間観察するルィニア、そしてすぐに結論を出した。
ルィニア 「胴体の斬傷だけだからね、多分修理できるんじゃないかな。」
琉都   「と言う事だ。」
盗賊頭  「何が「と言う事だ」だ。また盗賊しろってか?」

 ドゥッ!

 紅雷が琉都の脇腹のすぐ近くを通り過ぎ、そして盗賊頭の耳を掠ってから近くの岩に着弾する。岩は炎と雷で一瞬にして吹き飛んだ。
アルゼ  「次は頭をああする。真面目に喋らないか。」
 哀れ盗賊頭、未知の能力にただガクブル震えるのみ。琉都はその能力に一瞬驚いたようだったが、すぐにまた盗賊頭に二眼を戻した。
琉都   「更正するんならこの機体を返すと言ってるんだが…。あぁ、これの修理代はそっち持ちだ。」
ソフィア 「修理代はそんなにかからないと思うよ?」
琉都   「…だそうだが。まあそれに、こっちの三機の整備代の三分の一も出してもらうけどな?」
盗賊頭  「鬼か、あんたら。」
琉都   「俺は鬼だが。それが何か?」
 第三眼を開けてみせる琉都。ガクブル震えていた盗賊頭の顔面から、さらに血の色が消え失せた。
琉都   「鬼だ、と言ったのは冗談だ。まぁこれは冗談抜きだけどな。」
盗賊頭  「三つ目、か。」
 無理に笑ってみせる盗賊頭。琉都も笑みを返してから、話を続けた。
琉都   「まぁそんな所だろうな。…ソレは置いといて。一つ目の条件は簡単に飲めるだろう?」
盗賊頭  「あ、あぁ、いいだろ。」
琉都   「二つ目の条件は…まぁダメならどこぞにお前等を突き出して賞金を貰うだけさ。」
盗賊頭  「それは…。」
琉都   「金が無いならこの幻糸砲を貰うだけ。すぐそこに──」
 と、ルィニアを指差す。幻糸砲を見て何やらたくらんでいるようだ、横顔がにやけている。
琉都   「──欲しそうにしている技術者がいるしな。今返事できないなら後でいい。」


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 町工房。
 その一画でメンシュハイト・ノイUが人の目を引いているようだが、それを修復している技術者とその助手は気にしていないようだ。
 しかしそれよりも目を引いていたのは、その奏甲の足元に座っている、縄で縛り上げられた機奏英雄の方だったに違いない。

 かれこれ一時間はこの状況が続いただろうか、盗賊頭の頭の硬さを評価するのに琉都は心の中で『華色奏甲の装甲板並み』と言い始めた頃だ。
盗賊頭  「だから何も渡せないって言ってるだろうが。それに工房につれてきた時点でもうすでにどこかに引き渡すつもりなんだろ?」
琉都   「どうとでも言い訳は作れるさ。で、更正するのか、しないのか?」
盗賊頭  「しないんじゃなく、できないとさっきからずっと言ってる。」
 やれやれ、と琉都は頭を横に振った。
琉都   「まぁ、そうだろうな。 クゥ、何かずっと動きっぱなしにさせて悪いけど、ちょっと急いでこないだの依頼主の所行ってくれるか?」
クゥリス 「あ、はい。わかりました。」
 ずっと座っていたためにすっかり温まった装甲板の廃材から腰を上げると、クゥリスは小走りに工房の出入り口の方へと向かって行った。
琉都   「──とりあえず幻糸砲とノイズ発生装置は貰っていくが、奏甲そのものとアサルトライフルは後々いるだろうから置いてく。全部没収とか言われえしまえば洒落にならないけどな…。」
盗賊頭  「全部持ってけよ、どうせもう俺には必要なくなる。」
琉都   「そうは行かないな。後で必要になるはずだ、持ってろよ。」
 そう言うと琉都は工房出入り口の方に歩き始めた。
盗賊頭  「おい。なぜ、そう言える?」
 琉都は何も返事をしなかった。



 約三十分後

 少し向こうから三人、工房に向かって歩いてくるのが見えた。内一人がクゥリスである事に琉都は気付き、軽く手を振ってやった。
 残りの二人は貴族風の格好をしている。そう言えば元々この依頼はこのあたりに昔から住んでいるとある貴族がしたものだったか、と琉都は思い出した。ついでに発見・救出・保護した歌姫一人あたり数千Gも出してくれると言う事も思い出した。忘れていなかったのは、まだ解雇されてはいないと言う事くらいだろうか。
クゥリス 「琉都さん、代理の人を連れてきました。」
 喉まで出かかった、一々報告しなくてもいいだろう、と言うツッコミを飲下すと、琉都はクゥリスの頭を軽く二・三度ぽんぽんと撫でた。
 貴族風の二人はそれを半分無視するように工房の中に入って行った。

 そしてその十分後

 さきほど工房に入っていった貴族風の二人の内の一人が、首を垂れている盗賊頭を縛っている縄の端を持って出てきた。もう一人はそのほんの少し後に片手に何か書類を持って工房から出てきた。そして書類を持ったほうが琉都に話しかけてきた。
貴族風B 「あなたが彼の盗賊を捕らえた方なのですか?」
 頷く琉都。
貴族風B 「私の記憶が正しければ、なのですが…確かつい先日盗賊を見張っていた方々ではないでしょうか。」
琉都   「ああ。その見張りの途中でコイツがさらわれたんで、本拠地まで乗り込んでいったのさ。」
 俺一人で、と言わなかったのは無欲と言うのかバカと言うのか。
貴族風B 「わかりました。それではまず盗賊頭を捕らえた分の報酬です。」
 そう言うと彼女は金貨の入った、握りこぶし二つ分ほどの大きさの袋を取り出した。
貴族風B 「そしてこれが、あなたがたが見張っていた夜にさらわれた人数分を除いた、救出した事に対する分の報酬です。」
 そしてもう一つ、さきほどより一回り小さい袋を取り出す。
貴族風B 「そしてこれは特別なのですが、盗賊のアジト壊滅の報酬と言う事で、今回の分の奏甲維持費はその半額をこちらで負担いたしますので、後ほど工房にこれを渡してください。」
 胸ポケットから蜜蝋で封がされた封筒を取り出した。
 琉都はそれらを受け取り、袋の口を軽く開けて中身を確認する。一人で使う分には多すぎるが、当面の生活費を引いてから六人で等分すれば丁度いいだろう。
 それでは、と挨拶をすると貴族風の二人は去って行った。


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 後日談になるだろうか。
 幻糸砲とノイズ発生装置を外し終えるのに、時間はさほどかからなかったようだ。琉都が次の日工房に来た時には、もうすでに二つとも無造作に地面に置かれていた。