無題迷話

第弐章 四話







 燃え上がる炎、そしてほむら焔(ほむら)
 立ち上る煙。
 阿鼻叫喚の地獄絵図である。十人、いや、二十人かもしれない。考え得る限りの残虐と破壊と死が、そこに満ちていた。
 ついには天井──地上から見れば地面だが──までも崩れ落ちる。

 もうもうと立ち込める土砂埃を切り裂いて、黒い“何か”が漆黒くろ漆黒(くろ)夜空そら夜空(そら)へと突き刺さった。


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 琉都は違和感を感じ、ハイリガー・クロイツを操るのを一瞬止めた。そして、漠然とその違和感の元があるのではないかと思う方向を見る──ハイリガー・クロイツの頭がそっちの方をむいた。

 ギシャァァァァッ!

 その隙をついた奇声蟲ノイズ奇声蟲(ノイズ)の突撃を喰らい、機体がバランスを崩して傾く。左足を後ろに出す事で転ぶのは免れたが、しっかりと喰らいつかれてしまった。
 いつもの仲間が助けてくれるのではないか。そんな幻想を抱いたが、結局それは幻想にすぎなかった。何故なら、アルゼ達もソフィア達も、それぞれ別の依頼を請けてしまったからである。
 まぁ、同じ依頼を請けた者がいないと言えば嘘になるが…あてにはできないだろう。
 そして不幸な事に、このあたりの地盤は緩いらしい、と最近では噂されている。と言うのも先日、丁度琉都が奇声蟲ノイズ奇声蟲(ノイズ)6匹─貴族もいる─と戦っている場所の近くで地盤陥没がおきたためだ。
 そうこう言っている内に、ハイリガー・クロイツの装甲が見る見るうちに削られていく。奇声蟲ノイズ奇声蟲(ノイズ)の攻撃や幻糸アーク幻糸(アーク)武器にはクロイツフィールドは無効なため、守ってくれるのは装甲板のみである。
 刀を逆手に持ち直し、そして奇声蟲ノイズ奇声蟲(ノイズ)に突き立てる。白刃は腹部を貫き、蟲の命をたやすく奪った。もう一方の手で骸を叩き落し、次の得物に対峙する。
琉都「後四匹か…。できれば先に貴族が倒したいが、無理、か?」
 大いに意志を含めて、わざと無意味に繋ぎっぱなしの通信にその言葉を流す。もっとも、期待していなかったが。
 その考えを裏切らずに、彼は何も手出しをしない。
 やれやれ、といわんばかりに琉都は自らの奏甲に刀を収めさせ、そして最も得意とする得物──爪を構えさせた。


…十数分後…


 全身に傷を負いながら、貴族種はまだしぶとく生命を維持していた。緑色の体液で体を染めながらも、その五本の脚(一本は斬りおとされた)を曲げようとはしない。
 それとは対照的に、ハイリガー・クロイツは無傷だが膝立ちである。即ち、体力不足。もちろん歌い手ではなく、操縦者の方だ。
 奏甲の操作と言うのは、肉体的には負担が少なくても、精神的に大きく疲労させられる。精神が疲れれば肉体もそれに合わせるわけであって…以下略。
琉都「ぁぁぁぁぁあああ!!」
 今の今まで溜め込んでいた怒りを噴出させるかのように、八つ当たり気味に貴族に最後の一撃を喰らわせる。
 鈍い音がして、甲殻が砕け散り、脳が潰れた。全身の制御機能を失った貴族種が、その命を閉じた。


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 そこいらで拾ってきた枯れ枝を火に放り込む。ぱち、ぱちん、と爆ぜる音。
 こう言う蟲退治もたまにはいいかもしれない、などと琉都は鬱蒼と生えた木の枝のせいで僅かにしか星の見えない夜空を見上げぼんやりと考えた。

 ブォン!

クゥリス「キャッ!?」
 火の上を横切って何か人間型の物体が飛来し、クゥリスとの間を飛んでいったように琉都には思えた。とっさに振り向く。
??「ぅ…ぐ…」
琉都「…なんだ、優夜か。」
 天凪優夜。日に一回は宿縁であるルルカ・ソロ・エンフィールにツッコミをいれられている、生きたギャグとでも言うべき男。
 しかし、今日は少なくとももう五回はツッコミをいれられているはず。確か最初はスリッパだったか、と琉都は思い出した。つまりこれで六回目。
 頭から何か煙が出ているように見えるが、まぁ彼ならありえる事なのだろう。
 しかも、すぐに復活して立ち上がる。
優夜「何だ、はないんじゃないのかな?」
 顔面から木にぶつかっていったにもかかわらず、顔からは鼻血一つ出ていない。どうやって心配しろと言うんだ、と琉都はおもわず頭の中で叫んでしまった。
琉都「いや、何だ、としか言いようは無いだろ。…にしても派手に飛ばされたな。」
優夜「まー、ハリセン一本足打法で叩かれてあそこまで飛ぶのは、オレくらいのものだろうね。」
 自慢げな表情を浮かべる優夜。
琉都「褒めてねぇ…ッ」
???「この人に言っても無駄です。」
 焚き火を焚いているとは言え、どうしてもその光はそう遠くまでは届かない。その暗がりから、ルルカが現れた。
 すらりとした美人系の………だったら面白いだろうが、そう言うのとはまた違う。血色のあまりよくない、背の低い子供のような、そんな人だ。
 手にはハリセン(幻糸アーク幻糸(アーク)が織り込まれているらしい)を持っていて、顔にはまだ怒りの形相が僅かに残っている。しかしその表情の十割弱は『諦め』と言う名の悟りなのだが。
琉都「…要は、馬鹿は死ななきゃ治らない、と?」
ルルカ「ついでに言うと、ひねくれた根性もです。」
 即答するルルカ。
 よほど手を焼いてバターかマーガリンを塗って食べてきたのだろう(?)。
琉都「なるほど。『言い当てて然り』ってやつだな。」
 そう言って、焚き火の番に戻ろうと琉都は火に視線を落とす。その瞬間。

 キョォォォォォ…

 黒板を引っかいた時の、鳥肌が立つあのキィキィ音が、森の奥の方から聞こえた。
 衛兵種の一部が、時折こういった奇声を発する事に気付くのに、時間はかからなかった。
琉都奇声蟲ノイズ奇声蟲(ノイズ)…?  クゥ!早く奏甲に!」
クゥリス「はいっ!」
 自分より先にクゥリスをコクピットに向かわせ、火に土をかけ消してから琉都もコクピットに飛び乗った。
ルルカ「優夜さんも、遊んでないで早く行きますよ!」
優夜「えー。やだ。
ルルカどうしてこの人は…ッッ。『やだ』じゃなくて、早く奏甲に乗ってくださいっ!!」
 歌姫メイデン歌姫(メイデン)ルルカ・ソロ・エンフィール(15)に急かされ、機奏英雄コンダクター機奏英雄(コンダクター)天凪優夜(19)は渋々と言った感じで奏甲に向かう。

 キョォォォォォォォォッ
 ……

優夜「…!」
 急に歩みを速める。いや、むしろ走り出したと言った方が近いかもしれない。
ルルカ「急に走り出したりしてどうしたんですか!?」
優夜「フッ…。奇声蟲ノイズ奇声蟲(ノイズ)は倒さなきゃならない。それも美女に脅威を与えるような蟲なら尚更!!違うかい、ルルカくん?」
 その言葉の真の意味を理解するのには、琉都かクゥリスだったらかなりの時間が必要だっただろう。
 ルルカも最初の方は少し期待したりしたが、すぐにその期待は裏切られた事に気付いた。
ルルカ「つまり、美女が襲われていてそれを助けたい、と言うんですか?」
 ひらり、とは程遠いにしても、キューレP型によじ登りコクピットに収まる優夜。
優夜「正解だよルルカくん! さぁ、キューPちゃんを起動させてくれたまえ!」


 ちなみにその頃琉都は、もうすでに森の中を進んでいた。


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 たった一匹の衛兵種に、どうやったらここまで苦戦できるのだろうか。
 先ほどとは逆の立場に立った琉都は、そんな事を考えた。
 と言うのも、衛兵一匹倒すのだけの事だと言うのに、優夜はすでに二分近く激闘を──本人にしては激闘を演じていた。
クゥリス「琉都さん、手伝った方がいいんじゃないですか?」
 見るに見かね、クゥリスはそう琉都に言った。
琉都「本当は俺だって手伝いたいんだがなぁ。本人の希望だし…まぁもう少し様子を見よう。」
 本人の希望、と言うのは、『いい所を襲われていた女性に見せたいから、手出しをするな』と言ったような内容だったが。しかしルルカ曰く『優夜さんがやる気をだすのは珍しい』らしいので、琉都は静観を決め込んだわけである。
 もちろん、通信は開きっぱなしだ。
優夜せいやっ
 気合なのだろうが、気合のこもっていない声と共に振り下ろされた刃は、敵を貫く代わりに泥の多い地面に突き立った。
 蟲は痛手を負っているのか、積極的に攻撃をしようとはするが、ことごとくを紙一重からかなりの余裕をもってまで様々な間合いで外されていた。
 しかし優夜の攻撃も同じく外れているのだが。
優夜『だーっ!ぜんぜん当たらないっ!?』
ルルカ『…。ラルカ、“アフタクト”行きますよ!』
ラルカ『ん…。』
 アフタクト、と呼ばれた歌術が行使される。
 ラルカと呼ばれた歌姫が歌うそれは、通信を通してではほとんど判別できないほど、ルルカの歌う主旋律と『一つ』だった。琉都はステータスモニターの歌術譜面ウィンドウでしか、クゥリスは集中する事でしか、それの存在に気付くしかできないほどに。
 歌術の効果か、キューレP型こと“キューPちゃん”の動きが一段と早くなる。…しかしただ早くなっただけで、剣による攻撃が命中するようになったわけでは無いが。
琉都「…これは頭も痛くなるよなぁ…。」
 ルルカへの同情と哀れみの気持ちが、琉都の心の一部で生まれた。と同時に、自分は優夜のようではないと言う、真にもって変な自尊心も生まれた。
 と、その瞬間。

 グシャッ

 耳障りな音と目障りな体液を撒き散らし、奇声蟲ノイズ奇声蟲(ノイズ)が倒された。それも、キューレP型に“誤って”踏まれると言う、間抜けな死に方で。
クゥリス「やっと終わった、みたいですね。」
琉都「あぁ、そだな。………?」
 またもハイリガー・クロイツが、違和感を琉都に伝えた。それも、今までとは段違いに強い違和感で、下手をすれば吐き気を催すほどのものである。
 そのせいで、ヅシャヅシャと足音を立てながらキューレP型が蟲の遺骸から離れるのにも、琉都は気付けなかった。
クゥリス「あのー、琉都さん?そろそろミリィさんを、下ろしてあげた方が…。」
琉都「ん?…あ、わかった。」


…約二、三分の後…


 いつの間に熾したのか、一行は焚き火を囲んでいた。
 赤髪碧眼の女性──ミリィは、腰掛けるのに丁度いい、ベンチほどの大きさと形をした石の上に座っている。
ミリィ「とぉ、言うわけなんですよぉ。わかっていただけましたぁ?」
 と、何故かここで、ミリィは琉都の方をちょっと見た。
 と言うのも、彼女の話では、何時だったか琉都が現世騎士団まがい(実は裏で繋がっていたらしいが。)の盗賊団から助けた『11人の幸運な歌姫メイデン歌姫(メイデン)』の一人なのだとか。そのためなのかどうかはよくわからないが、話の途中も琉都に視線を飛ばしていた。
琉都「…悪い、長いもんだからちょっと寝てた。」
 琉都は焚き火のすぐ近くに持ってきた、両手で抱えられるほどの大きさの石に腰掛けていた。途中で何度か相槌を打つように首を振っていたのはこれだったか、と何人かは思った。
ミリィ「それって何か少しひどいですぅ…。」
琉都「優夜、お前は聞いてたか?」
 琉都は自分の背後の、斜めになった柱のような石に背を預け何か考えているかのような感じの優夜に話を振った。
 しかし、優夜は沈黙を保ったままだ。
ラルカ「…。」
 ひらひら、とラルカの小さい掌が優夜の目の前を往復する。だが、一行に動じる気配すら無い。
クゥリス「あれってひょっとして、寝──」
ルルカ「ええ、寝てますね。これ以上無いってほど、ぐっすりと。」
琉都「………。」
ミリィ「うぅ…。ミリィの話聞いてくれないなんて…みんなひどいですぅ…。」
 ついには泣き出すミリィ(二十数歳)。
琉都「あー、まぁアレだ。ハッシュ関数で圧縮してダイジェスト版に──」
ミリィ「電子署名暗号化なんてできないですぅ…。」
クゥリス「一体何なんですか、それは。」
 それ以前に何故そんな事をアーカイア人が知っていたのか、と琉都のほうが疑問に思っていたりしたのだが。
琉都「いや、何でもない。それより、もう一回話してくれないか。」
ミリィ「はいぃ。」


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 えぇっとですねぇ。今ぁ、私達がいるここにはぁ、ちょっと前まで個人の『隠し工房』があったんですぅ。
 それでぇ、そこではある奏甲のデータの採取とぉ、それを参考にした機体設計を行っていたんですよぉ。
 でもぉ、その奏甲が確かぁ……二百年前の奏甲だったんですぅ。
 形は蝙蝠みたいな羽とぉ、全身黒の装甲板が特徴でしたぁ。あ、後肩の逆十字型の防護版もですぅ。
 その奏甲のデータを参考に使って奏甲の改造をするぅ、『ユヴェール・シリーズ・プロジェクト宝石機計画ユヴェール・シリーズ・プロジェクト(宝石機計画)』にいたんですけどぉ…。

 ある日ぃ、その二百年前の奏甲が暴走しちゃったんですねぇ。それもぉ、まるで生物みたいに自分で動いてぇ、飛んでっちゃったんですよぉ。
 その時に地盤が壊れてぇ、隠し工房はほぼ全壊しちゃいましたぁ。だけどぉ、幾つかの奏甲は無事だったのでぇ、隠してあるんですぅ。…でもこれは秘密ですよぉ?

 でぇ、私が何でここにいたかって言うとぉ、逃げ遅れてたんですぅ。だから丸三日飲まず食わずでしたぁ。
 でもぉ、その間何回も奏甲の着地音を聞いたのでぇ、また来ると思いますよぉ、その奏甲ぅ。


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 こんな感じの事をさっきまで言ってましたぁ、と、ミリィは話を括った。
琉都「自分で動く奏甲、か。誰かが奪ったと言う線は──」
ミリィ「あるかもしれないですぅ。でもぉ、その日は工房には英雄、誰もいなかったんですよぉ。」
琉都「なるほど。」
 ふーむ、とアゴに手をあてて考え始める琉都。
 だが、その思考が深くなる前に、悪魔ゆうや悪魔の声がした。
優夜「ひょっとしたら潜入者がいた、って線もあるかもしれないけどねぇ?」
ルルカ「あ、珍しく優夜さんがらしい事を言いましたね。」
 激しく頷くラルカ。
優夜「嫌だなぁ、ルルカくん。オレはいつだって真面目だよ?」
 HAHAHA、と謎の外人笑いをする優夜。
 ミリィが一歩後退ったのには、気付いていないようだった。
琉都「…頼むから、少しは黙っててくれよ…。」
 しかし、その言葉は空しく、喧騒は激しさを増すばかり。
 耳に指を入れて、琉都はどうにか考える事に集中した。
琉都(──何か、思い出せそうなんだが──それも、そう昔の事じゃないはず──何時の事だ?──)
????「ゅう都さん。琉都さん。」
 琉都は声と共に肩を叩かれ、耳から手を離す。
クゥリス「こう言う仮説はどうですか?ハイリガー・クロイツもとりあえずクロイツの端くれです。だから、それと同じように、その奏甲もクロイツだとしたら…。」
琉都「クロイツ?…あぁ、そう言えばそんな物もあった────」
 そこでハッと気がつく。クロイツは自律行動する事もあるんじゃなかったのか、と。
ミリィ「そう言えばぁ、技師長がその奏甲をクロイツって呼んでましたぁ。」
琉都「ほとんど確定、か。クゥ、よく気付いたな。」
クゥリス「えっと…奏甲が自分で、って所でクロイツの話を思い出したんですよ。琉都さんも気づきましたよね?」
 まさか、思い出せなくて悩んでいた、とはとても言えない琉都であった。


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ミリィ『私も手伝いますけどぉ、その奏甲はとっても強いのでぇ、十分注意してくださいねぇ。』
 自分が改造を指揮したと言う、改造ローザリッタァ──宝石薔薇ユヴェール・ローザリッタァ宝石薔薇(ユヴェール・ローザリッタァ)に乗ったミリィから、注意が発せられた。
ミリィ『できれば捕獲してくださいぃ。そうすればぁ、多分奏甲の一機や二機買える位の謝礼が出ると思いますぅ。』
優夜『おお。オレにまかせてくれたまえ!何せ百戦錬磨の最弱──』
 すぱぁぁん!と小気味いい音。
琉都「そりゃはたかれるわな…。…ぐぅっ!?」
 またも違和感が琉都を襲った。しかし、今度は先ほどとは比べ物にすらできないほどである。言うなれば、気がそのまま重圧と化したかのような、そんな違和感だ。
ミリィ『来ましたぁ!アレがクロイツですぅ!』
優夜『やれやれ、しょうがないなぁ。』

ドクン──

クゥリス「? 琉都さん…?」
琉都(何だ、この感覚…。俺はアイツを、知っている…?)

ドクン──

優夜『ひゃぁぁぁぁぁ!!!』
ルルカ『優夜さん!逃げてばっかりいないでくださいっ!』
   
  

ドクン、ドクン、ドクン、

琉都「…エヴィルエヴィル(邪)…?」
クゥリス『え?』
 歌術歌唱が始まっているため、クゥリスはケーブルを使って琉都に問いかけた。
琉都「エヴィル・クロイツ、最凶奏甲の第一候補。」
クゥリス『…。
琉都(ハイリガー。これは、お前の知識なのか…? いや、今はそれどころじゃない、か。)
 琉都はカタナを抜き放たせ、キューレP型を追いかけるエヴィルに向かって、ハイリガーを疾走させた。
 しかし、流石は飛行型と言うだけの事はある。琉都がいくら追いかけても、一向に追いつける気配がないのだ。
優夜『どわーーーーーーっっ!』
 いや、それから走りで逃げている優夜も凄いのだが。
ミリィ『危ないですぅ〜〜っっ!』

 バシュ!

 ユヴェール・ローザリッタァが脚部に装備された多目的ミサイルを発射した。それはエヴィル・クロイツを捉えたかのように思えた、が、すぐに爆炎を突き破ってエヴィルが無傷で現れる。
?????『ヒャハハァ〜ッ!無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!そんなもんでおれ我(おれ)のフィールドを破ろうなど、笑止!』
ミリィ『だ、誰ですかぁ、あなたはぁ!』
?????『我が名はクリムゾン!破壊の精神の権化也!』
優夜『何と──』
琉都「…ん?」
優夜『何とカッコ悪い名前なんだ!?』
 その場にいた全員が、一時動きを止める。
クリムゾン『…殺すぞ、ヲイ。』

 あきれ返ったかのような声で、それでもけなされた(本人は本気で言っているのかも知れないが)事に対して脅しをかける。
ルルカ『どうぞやっちゃってください。優夜さんは殺されても死にませんから。』
 この声にもやはり、十割弱のあきらめと言う名の悟りが含まれていた。
琉都「むしろ攻撃されると分裂するんじゃないかと思うが…。」
クゥリス『…それは怖いですね。』
 満場一致で、優夜は殺されても構わないという結論が出た。
琉都「と、言う事だ。がんばれ優夜、君には俺たちがついてるさ。万が一人間らしく死んでも、骨くらい拾って砕いてやるさ。」
ルルカ『そんな事すると砕いた骨の破片から再生してきます!?』
ミリィ『うわぁ!それも怖いですぅ!』
優夜『いやいやいや。流石のオレも死ぬから、それは。』
クリムゾン『あのー、もしもし?ひょっとして、おれ我(おれ)を無視してません?』
 少し考えるような間。
クゥリス『無視したらダメですよ、琉都さん。』
琉都「お、ああ。あまりにも悪役として普通すぎて、忘れてた。名前もカッコ悪いし。」
クゥリス『確かにカッコ悪いけど、ちょっとかわいそうですよ。…ほら。』
 エヴィル・クロイツが体育座りをして、指で地面に『の』の字を書いている。
クリムゾン『どうせおれ我(おれ)など…どうせ…。って、なんでこいつらと話しているのだおれ我(おれ)は?』
琉都「ひとえに優夜が原因だろうと思うのだが。」
 あぁそうだった、とエヴィル・クロイツは立ち上がった。そして、両腕を意味ありげに持ち上げる。

 シュン──

 何かが空を斬り、岩を斬り、鋼を斬った。エヴィル・クロイツが僅かに指をくねらせる度、何かがぱかりと割れるように斬られていく。
クリムゾン『ヒャハハハハッ!これが見切れるか?見えないだろう!ヒャッハハァ〜!』


 シュン──

 シュン──

 キシャァァァァ…

琉都「って、『キシャァァ』!?」
クゥリス『あ、蟲ですね。後ろから六匹くらい来てます。』
琉都「そう言うことは、もっと早く言ってくれよ!」
クゥリス『…コントが面白かったもので、つい忘れてました。あはは〜…』
 あはは〜じゃねぇだろこのやろ、と琉都は誰かのせいで苛立ち気味な事もあって思ってしまった。

 シュン────ボトン

優夜『って、キューPちゃんの脚が!!?』
 キューレP型の脚部が、人間で言うフトモモの部分で斬られた。どんな剣でも創る事の出来ない斬創は、まるで研磨されたかのように光を放ってる。
クリムゾン『ヒャァッハハァ!さぁて、どう料理しようか?ん?』
 エヴィル・クロイツが指をくねらせた。
 と、何か見えない糸で固定されたかのように、キューレP型が宙に浮く。暴れる事ができないのか、それとも観念したのか、キューレP型は微動だにしない。
クリムゾン『そうだ!おれ我(おれ)の持つ剣でコクピットを両断してやろう!』
 エヴィル・クロイツは、鞘から剣を抜き放った。
 その剣は形は普通だが、紋様が刻まれている。見る者に畏怖を感じさせる『何か』を模っているらしいが、それはよくわからない。それほどまでにその紋様は抽象化されていた。
琉都「ミリィさん!悪いが後ろの蟲六匹を頼む!」
ミリィ『わかりましたぁ!『キリアス』起動、モードD!』
 二、三十秒ほどミリィの乗ったユヴェール・ローザリッタァはその場で立ち尽くしていたが、不意に宙に浮くとその背のスラスタを作動させ森へと消えて行った。
 程なく激しい戦闘音が聞こえてくるようになる。
琉都「さて…クリムゾン!それは流石にかわいそうだろ、ルルカさんとラルカちゃんだけが!
優夜『そうそう。って、オレの心配は!?』
琉都「あぁ、ついでに優夜もだな。あの非常食ひじょーしょく非常食がなくなったら、食糧難をどう乗り切ると言うんだ!」
優夜『いやぁ、食べてもあんまり美味しくないよ?別の意味で『食べる』のなら、大歓迎だけど──女の人限定で美人がいいなぁ〜。』
 もう言葉も無い、と言った感じの一瞬の沈黙。
 しかしエヴィル・クロイツは凶刃を鞘に収める事は無かった。先ほどまでよりも高く振りかぶり、そして振り下ろした。
クリムゾンヴァカは死ねェェェェ!!

 ッッギィン!

琉都「そーか、そこまで殺したいか。なら俺が相手してやるから、かかって来いよ?」
 カタナで受け止めたアークブレードを弾くと、ハイリガー・クロイツはキューレP型の前に立ちはだかるような形で立った。カタナを鞘に収め、自然体に構える。
クリムゾンおれ我(おれ)に戦いを挑むとは、愚か愚か。愚の極みだ! くらえ、我流剣技狼牙剣!!
 エヴィル・クロイツはアークブレードで喉元に突きを繰り出しそのまま切り払いに転じた。しかしハイリガー・クロイツは大きく一歩下がるだけで、最初の突きをかわす。
琉都「たッ!」
 アークブレードを大きく振るったために生まれた防御されていない空間に滑り込み、ハイリガー・クロイツは抜きざまにカタナの石突でエヴィル・クロイツの顔面をしたたかに打ち据える。空中でカタナを翻らせると、そのまま首を狙って斜めに斬り下ろした。
 エヴィル・クロイツはその一撃をかわすと、羽を広げて宙へと一旦撤退する。が、琉都はそれを無理に追わせたりはしなかった。
 カタナが何も無いはずの空間を二、三斬る。すると、キューレP型がごとりと地面に落ちた。
優夜『痛ッ!  降ろしてくれるなら、もうちょっと優しくして欲しかったなぁ。』
琉都「知らん。 さて、クリムゾン?お前の武器は大体もう見切れるぞ。さぁ、どうする?」
 エヴィル・クロイツがさっき使った武器は、極細に研ぎ澄まされた糸。それを見切るのは容易ではない、と言うよりも超人技である。
 クリムゾンは一瞬驚いたような声を出したが、すぐにそれは嘲笑に変わっていった。
クリムゾン『ハ、ハハハッ、ヒャハハハッ!貴様もヴァカだな?そんな見切られるような武器を主体にするはずが無いだろう!』
琉都(予想通りか。まぁ、構える余裕も与えるつもりはないが。)
クリムゾン『見るがいい!おれ我(おれ)の最凶──!?』
 ハイリガー・クロイツは一歩で間合いを詰め、二歩目で大きく跳躍する。超低空飛行をしていたエヴィル・クロイツとほとんど同高度まで跳躍し、爪で斬り裂かんと腕を振り下ろした。

 キョォン!

 少し変に響く金属音は、エヴィル・クロイツがその爪を防いだ事を意味するものだった。が、その瞬間。

 チリィィ…ィィン

 清んだ金属音が響いた。

 チリィィ…ィィン チリィィ…ィィン

 音がだんだん大きくなるにつれ、それが二機から発せられるものとはっきりと解る。

 チリィィィィン チリィィィィン

 そして音と共に、その機体を取り巻く防御幻糸結界クロイツフィールド防御幻糸結界(クロイツフィールド)が、先ほどとは違った色へと変わっていく。白が、赤へと。

 キィィィィン キィィィィン

 キィィィィン!

 クロイツフィールドが、真紅に変色した。約2名を除いて、その変化には誰もが驚いた。
ルルカ『な、なんなんですか?いきなり白が赤に…!?』
優夜『ああ、ビックリだねぇ。でも何か嫌な感じだなぁ、まるで血に染まったみたいだ。』
クゥリス『琉都さん?これは一体…。』
 共鳴だ、と二人同時に言った。
クリムゾン『フィールドが変色するほどに、出力が上昇したのだ。』
琉都「だから、今だけは粗方の攻撃を防げる。ただ、共振している機体のはそうでもないけど。」
 そう言って琉都がハイリガー・クロイツに爪を引かせた瞬間、先ほどまでとは目に見えて勢いの違うエヴィル・クロイツの肘鉄が炸裂した。高濃度の幻糸アーク幻糸(アーク)がスパークし、小爆発がハイリガー・クロイツの鳩尾で起きる。そのダメージはクゥリスに精神的に伝わって、それのせいで一瞬歌術が停滞するほどであった。
 空中でバランスを崩したため、ハイリガー・クロイツはキリモミ式落下をした。
琉都「せえぃ!」
 着地の瞬間、左手を突かせ側転の要領で立ち上がらせる。だが勢いが残ったままだったせいで、2、3mほど大きな溝を足で掘ってしまった。
クリムゾン『今度こそ見るがいい!おれ我(おれ)の最凶武──』

 ちゅどぉん!

 赤い幻糸結界クロイツフィールド幻糸結界(クロイツフィールド)──赤幻糸結界ロート・クロイツフィールドロート・クロイツフィールドの表面で中規模爆発が起こった。
 誰が見ても明らかに、多目的ミサイルのそれである。爆煙が消える前に、スラスタをふかして現れたのはミリィが駆るユヴェール・ローザリッタァであった。
ミリィ『遅くなりましたぁ!奇声蟲ノイズ奇声蟲(ノイズ)衛兵種をぉ、えーっとぉ、何匹だっけキリアスぅ?』
キリアス≪小型衛兵種3匹と中型衛兵種2匹です。最も、この機体だけでは優勢指数は低かったのですが…。≫
琉都「が?」
ミリィ『あぁ、そうだったんですぅ。通りすがりの機奏英雄様がぁ、助けてくださったんですぅ。』
 と、そこまでミリィが言った瞬間、森の梢を引き千切って一筋の雷炎がエヴィル・クロイツに肉薄した。が、あえなくロート・クロイツフィールドに阻まれる。
クゥリス『琉都さん、あの弾丸…。』
琉都「そうだな。まぁ、まず間違いないだろうね、彼等に。」
キリアス≪彼の助力で、先ほどの戦闘の優勢指数は98.22%に上昇していました。物凄い実力の持ち主です。≫
 二発、三発。
 続けざまに放たれた雷炎弾が、赤幻糸結界ロート・クロイツフィールドロート・クロイツフィールドの上で立て続けに炸裂する。
 がぅん、がぅんと銃声を発しながら森から歩いて現れたのは、琉都とクゥリスはとても馴染みのある機体であった。
クゥリス『あぁ、やっぱりそうだったみたいですね。』
琉都「…だな。おーい、アルゼ。その攻撃でも今の奴を倒すのは無理だぞ。」
 サイレント・ソングが新調したての、六発しか装填できないが威力は自動小銃より高いマグナムを、渋々と言った感じで降ろした。
アルゼ『うん?お、琉都じゃないか!こんな所で何やってるんだよ、お前。』
琉都「そっちだって訊ける立場じゃないだろ?その質問は──」
クリムゾン『ヲイコラ!これでおれ我(おれ)を無視したの、今日何回目だ!ちったぁ真面目に聞きやがれ、この雑種どもが!』
 キレたのか、クリムゾンが通信に無理矢理乱入する。
琉都「あぁ、ごめん。サパーリ忘れてた。ついでに優夜の存在もキレイサパーリと。あっはっは。」
優夜『オレ、忘れられてたのね…。』
アルゼ『まぁ気にするな。よくある事だしな!』
クリムゾン『…キレイサパーリ、じゃないだろう…。まぁいい、そろそろ本当におれ我(おれ)の最凶必殺武器を、見るがいい!そして見たら死ねェ!!ヒャーッハッハァ!』
 エヴィル・クロイツは高度を下げ、そして着地した。そして自分自身を抱きとめるように、両肩に手を伸ばす。
優夜『…N?』
ルルカ『「N」って何ですか、「N」って…。って優夜さん、それどころじゃないですよ!起動時間が──』
 ぶしゅう!と蒸気のようなものを吐き出して、キューレP型が止まってしまった。より高出力な起動をしていればいるほど、こう言った止まり方をするらしい。
優夜『と、言うわけで。琉都くん、とりあえずオレはここで見物してるから。がんばってくれたまえ。』
琉都「…結局役立たずか。一体何しに出てきたんだ…?」
 その問いの答えは、多分永遠に解らない。そうどこかで直感していながらも、琉都は呟いてしまった。
 そうこうしている内に、エヴィル・クロイツは肩の防護板を外し、それを組み合わせて一組の十字架として持っていた。出力が低下しているのか、フィールドの赤みが少々薄くなっている。
クリムゾン『ヌウゥゥゥゥゥゥ…!』
 その十字架を片手で持ち、エヴィル・クロイツはクリムゾンの気合に合わせて力んだ。力むにつれ、次第に赤い光が十字架を被っていく。それは少しずつ武器を模り──。
ルルカ
優夜『おぉー、見事なダガーだねぇ♪』
『「♪」とか言ってる場合じゃないですよ!』
優夜『そう?じゃあ、「☆」は?』
ルルカ『結局同じようなものじゃないですかそれもやめてくださいっ!!! ッぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…』
ラルカ『お姉ちゃん、大丈夫?』
 そうやって優夜一行がほのぼのギャグをかましている間にも、エヴィル・クロイツはその赤い光のダガーを振りかざし、ハイリガー・クロイツに襲いかかった。
琉都「ッ!」
 寸前で避ける。が、この回避は僥倖以外の何者でもないと言う事を、琉都はどこかで理解した。抉られた地面が超高濃度幻糸アーク幻糸(アーク)のせいで溶けている。
クリムゾン『ほお、よく避けられたな?だがこれはどうだ!』
アルゼ『ッ! 危ない!!』
 横薙ぎに巨大な赤光のダガーが振られる。が、それはアルゼが放った弾がハイリガー・クロイツの裏膝に命中したため、空振りに終わってしまった。それも、膝カックンで避けられたのだ。
クリムゾン『…。』
 思わず絶句するクリムゾン&エヴィル・クロイツ。琉都はハイリガー・クロイツを上手く立ち上がらせると、その隙にかなりの間をとった。
 アルゼは弾丸を装填し、攻撃に備える。
キリアス≪優勢指数マイナス95.38パーセントです。この戦闘区域を離脱する事を強くおすすめしますが?≫
ミリィ『…まだもうちょっといてもいぃ?』
キリアス≪了解しました。≫
 クリムゾンが精神的打撃から回復するのに、さほど時間はかからなかった。が、それでも十分すぎるほどの時間であった。
クリムゾン『ヌゥゥ…。このおれ我(おれ)をここまで怒らせたのは、キサマが初めてだ!』
琉都「それはそれは。そのような名誉、この身には大きすぎるんだがな。」
クリムゾン『何故結界発生装置フィールドジェネレータフィールドジェネレータを使わぬ!愚弄するな!死ぬがいい!』
 再び赤光ダガーが閃く。まずは兜割、そして右斬上げ、そして逆袈裟。
 赤幻糸結界ロート・クロイツフィールドロート・クロイツフィールドが妙に変形するのを感じ、琉都は上手く機体を繰るがそれらを紙一重で喰らう。命中した部位の装甲が、まるで火であぶった飴のように、溶けてしまっている。
 だが、ただ攻撃を喰らってばかりでは芸が無いと言わんばかりに、琉都も懐に飛び込み一撃離脱の爪を喰らわせた。しかしそれは恐ろしいほどの修復力で回復してしまったようだった。
クゥリス『琉都さん!ここは逃げた方が──』
琉都「ンな事できるかっ!俺はそこの逃げ専みたくなりたくはない!」
 そこの、で両脚の斬られたキューPを指差すハイリガー・クロイツ。
 しかし指差された当の本人は
優夜『いやいや、本当のことを言ったらお世辞にならないじゃーないか。』
 とまるで褒められたかのような事を言っている。
 いや褒めてない(褒められてない)と、まともな常識を持ち合わせた者は思わず心の中でツッコミを入れるが、彼がそんな事に気付くはずもない。
 そのわずかな隙をついて、エヴィル・クロイツの赤光ダガーが一閃。赤い光は幻糸アーク幻糸(アーク)の装甲をいとも容易く溶かし、クゥリスの紡いでいる織歌が鈍った。
琉都「油断一秒怪おれ我(おれ)一生、ってか!っと…クゥ、ここは危ないんじゃないか?」
 織歌同様動きの鈍くなったハイリガー・クロイツを酷使して間合いを取らせると、琉都はおもむろにコクピットハッチを開いた。そしてそこに手を差し込ませ、痛みと疲れで汗だくのクゥリスをつかみ出し、露岩の多い地面に置く。
琉都「アルゼ、アメルダ。クゥを頼めるか?」
アルゼ『ああ、任せとけ!』
 サイレント・ソングが防御の構えを取りつつ、岩場の前に立ちはだかった。それを見て、神妙な顔で頷く琉都。
 まるで無防備に、エヴィル・クロイツへとハイリガー・クロイツの足を進めさせる。
クリムゾン『ハッハァ〜ッ!もはやこれまでと、死にに来たか?いいだろう、望みどおり殺してやろう!!』
 エヴィル・クロイツは全体重をかけた一撃を放った。
 しかし、それは空振りするに止まる。
琉都「…開眼…」
 紅い瞳の第三眼がまぶたを開き、琉都の能力の一端が解放された。物体の持つ気配オーラ気配を擬似的に視覚化し、狭い範囲ではあるが全方位を視界にしてしまう。
 周囲の、文字通り全てが、琉都には遅く見えた。しかし、無音のように感じられる。大量の興奮物質が内器官から分泌され、肉体は無意識の枷から解き放たれて、その力を十二分に発揮できるようになった。
 斬りおとされる赤い光の刃を軽いサイドステップで避け、相手の攻撃を最小限の動きで避けつつ、懐に飛び込む。巨大な武器を持った敵は、大抵の場合懐ががら空きである──はずだった。
琉都(ッ!?)
 エヴィル・クロイツの胸部が変に変形したかと思うと、それは一瞬後にハエ捕り草のような形になって、ハイリガー・クロイツを挟み壊さんと虚空を噛んだ。
琉都(まるで変な能力オンパレードだな…。本当に何でもありか?)
 そのハエ捕り草を避けられる範囲まで間をとると、立て続けに赤光の刃が横から襲い掛かる。それをしゃがんで避けるが、肩防護板が一部溶けてしまった。
 しかし、それがある意味幸運だったのかもしれない。なぜならばそのせいで、結界発生装置フィールドジェネレータフィールドジェネレータの存在に琉都が気付けたのだから。
琉都(これが両肩にあるのか!)
 奏甲の手でやっと握り包めるほどの大きさの十字架。探ってみれば、もう片方の肩にも、同じようなものがある。それが防護板の丁度交差点にぴたりと収まっていたのだ。
 蹴り→回し蹴り→赤光ダガー、の三連コンボを間合いをとって避ける。その間に結界発生装置フィールドジェネレータフィールドジェネレータを組んだ。
 そして発動させようとした瞬間、前からはエヴィル・クロイツが、後ろからはミサイルが迫ってくるのがはっきりと“見え”た。
琉都(くっ…!)
 ギリギリで横飛びに避け、エヴィル・クロイツに衝撃を与えられるよう仕向ける。
 そして、琉都は一度、三眼を閉じた。全ての時間が元通りになり、今まで肉体と精神が強いられた疲れが、ちょっとした津波の如く押し寄せてくる。
 だがそこで休んでしまっては、すぐにでも殺されるだろう。フィールドジェネレータを右拳に握りこみ、天高く突き上げる。
琉都「クゥ、後四十秒だ!疲れてるとは思うが、後四十秒だけ歌ってくれ!」
クゥリス『は、はい。』
 歌が心もちわずか強くなる。
 そして同時に琉都は、自分のものではない、何か強い感情を感じていた。
 フィールドジェネレータを握った拳を、さらに強く握り締めさせる。
琉都「──心よォッ!!
 そして意味も無く言葉にしてしまう。
 拳の中のフィールドジェネレータが唸りを上げ、赤光の武器を形作っていく。そして装甲板から、超高濃度の幻糸アーク幻糸(アーク)に誘われたかのように、樹枝形の結晶が赤い光の中だけで成長した。
優夜『おぉ〜、こっちは巨大な腕かぁ〜
ルルカ『だからその「」とか「」とか「」とかやめてください…。あぁ、頭痛が…。』
ラルカ『腕〜
ルルカ『ほら、とうとうラルカまでまねし始めたじゃないですか!まったく本当に──』
 以下略。
 ギャグな会話はきっと、この三人の十八番おはこ十八番なのだろう──正確には優夜だけかもしれない。
 そんな事を考えながらも、琉都は再び三眼を開いた。また精神と肉体が限界を超えた稼働を始める。
琉都(後三十秒…後三十秒でコイツを止めなければ!)
 得たばかりの巨大な腕は、どうやら奏甲を動かすのと同じ要領で動かせるらしい。うまく拳をつくってくれた。
 赤光ダガーを巨腕で叩き落し、それを地面に叩きつけるついでに、これまた巨大な掌で地面を突き高く跳ぶ。エヴィル・クロイツは羽がある事を忘れてしまったかのように、地上でそれを眺めて居るだけだ。
 琉都は機体の体勢を着地できるよう整えさせ、それと同時にエヴィル・クロイツに巨腕で足払いをかけた。見事に転んだのを眺めながら、土煙を立ち上らせ着地する。
琉都(今だ!)
 まだ転びきっていない、不安定な状況のエヴィル・クロイツに正間突きを繰り出す。あいにくと肩に当たっただけだったが、それでもコロニー式回転をかけながらエヴィル・クロイツが吹っ飛ぶ。
琉都(追い討ちを──!)
 フッ…と琉都の時間感覚が元に戻った。ゆっくりと回転しながらゆっくり吹っ飛んでいたエヴィル・クロイツの姿も、今ではただ恐ろしいほどの速さで吹き飛んでいるようにしか見えない。紅眼がその日の分の力を使い果たしたのだ。
 紅眼が力を使い果たすのとほぼ同時に、ハイリガー・クロイツの起動が障害状態に陥る。それでも一般起動状態に入ったのではなく、戦闘起動状態を維持できているため、いくらかは素早く動けるようだったが。
 エヴィル・クロイツが地に伏した。それに歩み寄り、ハイリガー・クロイツは巨大な拳を振り上げる。
琉都「アァッ!」

ごっ!しゅうぅっ!

 左脚を溶かし、そして赤光巨腕は役目を終えたかのように静かに消えた。エヴィル・クロイツは沈黙し──たかのように見えたが
クリムゾンおれ我(おれ)は…死なぬ…この鎧と共に…おれ我(おれ)は在る…』
 そう呟くように搾り出すように言うと、クリムゾンはエヴィル・クロイツのコクピットからずり落ちた。そして突然エヴィル・クロイツが立ち上がり──誰も乗っていないはずなのに立ち上がり、空へと突き刺さった。

 琉都はそれを、計り知れない疲労の中で、ぼんやりと見て取る事がやっとできた。


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 斬られた痕も消され新品同様の“キューPちゃん”が、流石に5機も並ぶと手狭に感じられる工房の中に、堂々と2機分のスペースを占領して立っていた。と言うのも、ルィニアが整備がてらにその改造の長所と短所の抗議をしつつ分解してしまっていたからである。それをさきほどやっと元に戻した所だった。
ルィニア「ふぅ…流石に改造機の修復整備は疲れるねえ。」
ソフィア「いつも修理してるけどね。慣れないとやっぱり大変だよね。」
 幸いにも、ルィニアの改造癖は出なかったようだった。


 ベッドの中で、まるで泥のように、泥沼の如き眠りを貪る琉都。その枕元でクゥリスは静かに歌を紡いでいる。むしろ歌うと言うよりもハミングすると言った方が近いくらいだが。
 精神的・肉体的疲労は眠らなければ回復する事はまず無い、と言ってもいい。だからあの後糸が切れたように眠り始めた琉都──が乗ったハイリガー・クロイツを運んでくれたのはアルゼとミリィだった。

こん、こん。

 ちょっとだけ間延びしたノックの音。クゥリスは歌うのを止めると、音を立てないよう細心の注意を払いながら、部屋のドアを開けた。
ミリィ「入ってもいいですかぁ?」
クゥリス「…静かにしてくださいね。今、眠りの最も深い所ですから。」
ミリィ「ミリィはわかりましたけどぉ──そのぉ…。」
 意味ありげに後ろを見るミリィ。
 クゥリスがそっちを見ると、機奏“迷惑製造装置”英雄こと天凪優夜の姿があった。もちろんルルカとラルカも付属。
クゥリス「…。」

ぱたん。

 無言でドアを閉めるクゥリス。そして何事も無かったかのように琉都の枕元に戻ろうとしたが、それは天と母姫様が許しても迷惑製造装置あまなぎゆうや迷惑製造装置が許さなかった。
 それはもはや問答無用でドアを開け、そして一言の断りも無しに部屋へ入ってきた。ラルカもそうしたようだったが、さすがにルルカはまだ良識が残っているらしく、ごめんなさいと謝りながら結局部屋へ入ってきた。ミリィもそれに続く。
優夜「やぁ。琉都くんの調子はどうだい?」
クゥリス「見ての通りです。うるさくなりそうですから出て行ってください。」
 かなりいらついている声で、クゥリスは唸るように言った。
 しかしそんな事で引き下がるタマでは無いのだ、この天凪優夜と言う生きた迷惑製造装置(略して迷惑機)は。
優夜「せっかく人が心配して見に来たって言うのにそれかい?ちょっと酷いと思うんだけどなぁ〜。な、ラルカ?」
 ラルカは黙っていたが、首を縦に振った。
クゥリス(…この人たち、本当に『一体何なんだ?』ね…。)
ミリィ「いいじゃないですかぁ、心配をして見に来ただけなんだからぁ。──あ、そうでしたぁ、忘れるところだったですぅ。」
 意味深に優夜に目配せをするミリィ、だが全く気付いていない優夜。仕方が無い、と言った顔でルルカが口を開いた。
ルルカ「クリムゾンが目を覚ましました。ただ──。」
クゥリス「?」
ルルカ「優夜さん曰く『面白いこと』になってます。」
優夜「正しくは『かなーり面白いこと』になっている、だけどねぇ。」


 クリムゾンは椅子に腰掛けて大人しくしていた。その目には、何か心配事があるかのようなものが浮かんでいる。大方宿縁の心配をしているのだろう。
優夜「や。」
 声に反応して、扉の方を見た。優夜を先等に女性がぞろぞろと入ってくる。
「あぁ、優夜どの。それにルルカ嬢とラルカ嬢、ミリィ姉様と──後ろのお嬢様はどなたですか?」
クリムゾン
クゥリス「クゥリス=フォルティッシモです。あなたがクリムゾン──」
クリムゾン「違いますよ、それは僕の名前ではありません。」
 え、とクゥリスは声を上げた。
 クリムゾンではない、と確かに彼は言ったのだから。
クゥリス「え、え?でも…?」
クリムゾン「僕の本当の名前は、紅沢くれないさわ こう紅沢 孝(くれないさわ こう)です。コウ、とお呼びください。優夜どのの話によれば、あの機体に乗っていた時は、クリムゾン、と名乗っていたそうですが。」
ルルカ「私は優夜さんが真面目に話をした事の方が驚きましたけどね…。」
 

  
 ぼそり、とルルカが呟いた。もちろんその場にいる全員に聞こえてしまったが。
優夜「と、言う事だよ。かなーーり面白いことになっただろう?」
クゥリス「ハァ…。」
紅沢 孝「優夜どの、ひょっとして僕はもう一度、事の全てを話したほうがいいですか?」
優夜「いんや、そんなことしてたら日が暮れるからねぇ。」
紅沢 孝「わかりました…。では、要点だけかいつまんでお話いたしましょう。」

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

 僕があの機体に乗せられたのは、完全に他意によるものでした。
 あの機体に乗る前は、僕はリーゼ・オフィツィーアと言う、四本腕のリーゼ・ミルヒヴァイスに乗っていたんです。

 突然、僕のオフィツィーアが壊れてしまったんです。整備していた人の話では、フレームに負荷がかかりすぎていた、と言うんですが──関係ないので省きますね。
 仕方なく、新しい機体に乗ることにしたんです。少し遠くの町にしか、乗り換えられるだけの工房がなかったので、徒歩で行く事にしました。もちろん、宿縁の歌姫も一緒にです。
 そうしたら、突然空から降ってきたんです。文字通り、まるで湧いたかのように。
 誘われるかのように、僕はふらふらと、その奏甲がさしだした掌に乗って、そしてコクピットに乗り込んだんです。

 …それから後の事は、覚えていません。

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

 貴方がたと戦った事すら、覚えていないんです。
 そう紅沢は話を終えた。
クゥリス「妙な話ですね…。」
優夜「オレもそう思うけど、同時に頷けるんだよなぁ〜。強すぎる力は人を狂わせる、みたいな所があるからねぇ。」
ルルカ「それにこっちには人を操る手段なら、いくつもありますしね。」
 ルルカはそこでラルカの方を見た。
 が、すぐにありもしない方を向く。
紅沢 孝「…そうだ、クリスタ。クリスタはどうしてるんでしょうか?」
クゥリス「クリスタ、って、あなたの宿縁の人の事?」
紅沢 孝「ええ。ボロのマントを羽織っていて、その内側にナイフをたくさん持っていて、背中には自分の身の丈ほどもある毒々しい紫の鞘の大剣ツヴァイハンダー大剣を背負っています。険しい表情しかしていないのですが、笑うと可愛いでしょうね。」
クゥリス「…。」
紅沢 孝「背は僕より頭四分の一ほど大きいです。瞳はダイヤの原石のような薄汚い黄土色、髪は短くて真っ白──むしろ白銀です。声は──」
クゥリス「もうわかりました。でも、私はそんな人見かけなかったです。」
 そう、ですか。と言って、紅沢は首を垂れた。

きぃ…

 不意に扉の開く音がして、全員が振り返った。そこには──
ルィニア「おや、どうかしたかい?」
 
 と、手に盆を持っていて、そこに形の歪なサンドイッチの乗った皿を載せた、ルィニアとソフィアが立っていた。
ソフィア「どうかしたの?えぇっと…」
紅沢 孝「紅沢 孝です。コウとお呼びください。」
ソフィア「じゃあ──コウぃだね。それから…優夜?」
優夜「オレは呼び捨て!?ぃってつかないの゛ッ!」
 『つかないの』の『の』でルルカの必殺武器、幻糸アーク幻糸(アーク)ハリセンが火を吹いた。心地よい音が響き、優夜の頭が半分ほど顔面から壁にめりこむ。
紅沢 孝「あの、ルルカ嬢?それはやりすぎだと、僕は思うのですが。」
ルルカ「気にしないで下さい。どうせ殺しても死にませんし、死んでも生き返ってきますから。それより何か優夜さんに言う事があったんじゃないですか?」
ソフィア「あ、うん。とりあえずキューレヘルトPlusの修復と整備、それからちょっとした調整が終わったから、これ。」
ルィニア「このサンドイッチの分もコミだからね。きっかり、払ってもらうよ?」
 そう言って差し出した紙をルルカは受け取った。そしてしばらくしてから、もはや文字で表せない叫びを上げる。
 一枚の紙切れの正体は──
ルルカ「この請求額は一体何ですか!!?ボッってませんか!?」
 ──請求書だった。それも、かなり高額な。


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アルゼ「金は天下の回りモノ、だ。利子はその金額に10%追加するだけで、年利月利週利日利その他一切の時間によって増える利子は無し。返すのは次に会った時でいいからな。」
 そう言って、アルゼは金貨の詰まった袋を渡した。
 優夜は全く悪びれもせず受け取る。
優夜「いやぁ〜、悪いねぇ。お金が出来たらいつかお金が出来たら返すよ。」
琉都「無かったら作れ、ってんだ。しかも実質貸してるのは俺だし──」
 ブツブツと文句を言いながらも、琉都は大あくびをひとつ。寝足りないのをアルゼが無理矢理起こしたのだから、仕方ないと言えば仕方が無い。
クゥリス「いいじゃないですか。整備費にまわすべき分が余って仕方が無い、なんて言ってたのは琉都さんですよ?」
琉都「そうは言っても、蟲退治の報酬金が入らなかったのは、かなり大きい損失だしな…。」
 そう、蟲退治の報酬金は出なかった。と言うのも、蟲退治と言うのは名目だけで、本当ならばエヴィル・クロイツの捕獲をさせる魂胆だったらしい。もちろん依頼主は隠し工房だった。
優夜「さぁ、今夜は飲むぞぉっ!」
ルルカ「そんな事で張り切らないでください!飲まないで下さいっ!」
 もちろん冗談だったらしく、とりあえずルィニアに金貨を渡してはいた。だが余ったらしく、また飲むだの何だのと騒いでいる。
琉都「…クゥ。」
クゥリス「はい?」
琉都「おまえ、酒に強いか?」


 その夜は、酒場では全部で10人近い機奏英雄コンダクター機奏英雄歌姫メイデン歌姫が酒盛りをして、そして内数名が暴れ、酒場はとんでもない騒ぎになったらしい。



 紅沢とミリィは仮コンビを組み、その翌朝には旅立ってしまった。
 そして、優夜たちも、文字通り何事も無かったかのように、自分たちの旅へと戻っていった。